『フラジャイル』
| うちの高校にはカウンセリング室とゆーものがある。週に一度、県の保健センターから心理療法士とやらいう人が来て、悩める生徒の相談を受ける。たまに先生も相談してたりするようだけど。 それ以外の時は閉めておけばいいものを、交代で先生が詰めて、生徒の悩み相談に乗ってやることになっている。 でもさ、自分でいうのもなんだが、俺みたいな不良教師に相談しても駄目なんじゃないのか。生徒の方も心得たモノで、俺がいる時にはほとんど入ってこない。偶に来ても遊びに来たようなヤツばかり。 「ネムイ」 カウンセリング室の椅子は生徒をリラックスさせる為とか言って、普通の事務用の椅子ではなく座り心地のいいソファだったりする。座ってるだけで眠くなるような代物だ。と言ってここで寝てしまったら、万が一生徒が入ってきた時に、ただでさえ芳しくない俺の評判が下がることうけあい。いまさら落ちようもない気もするが。 あ〜、煙草吸いてぇ。でも、カウンセリング室は禁煙ということになっていて、当然灰皿もない。最近じゃ職員室も禁煙になっていて、俺なんか中坊の頃に戻って、トイレや校舎の裏で隠れ煙草な日々だ。偶に生徒とかちあったりもするが、お互いに見ないふりをする。 どうせ誰も来ないだろうと煙草と携帯灰皿を取り出した所で、入り口の戸が開いた。 慌てて煙草をポケットに戻す。 「ちゎーっす」 おいおい、悩み相談に来た態度じゃねーだろ、それは。って、うちのクラスの中島じゃねぇか。短ランのボタンは一個もとまってないし、頭は金茶色だわ、カバンはぺったんこだわとうちの学校には珍しくヤンキー(死語)丸出しの中島だが、突っ張ってんのは外見だけで、授業もさぼったことがない。俺が高校ン時はもっと………げふげふ。 「げ、キバセン。なんで、今日、トーマちゃんじゃないの」 俺は体育祭の種目かっつの。ちゃんと木橋先生と呼べ。 そう、本当は今日は藤間先生という生物担当の年配者で温厚な相談しがいのありそうな先生の担当の筈だった。が、藤間先生が今日どうしても外せない急用が出来たとかで、明後日の俺の番と替わったのだ。 外のプレートもちゃんと俺の名前が入れてあった筈だぞ。 俺がそう言うと、中島はそのままくるりと向きを変えた。 「おい、ちょっと待て。どこ行く気だ」 「………帰る」 「何か相談があって来たんだろ。そりゃ藤間先生と違って、俺じゃ頼りないかもしれんが、話すだけですっきりするかもしれんだろ」 逃してなるかと入り口を塞ぐように立ちはだかった。 いい加減退屈してたんだよ。それに仮にも担任してるクラスの生徒にも相談してもらえないってのもどうかと思うしな。 キバセンに相談しても、とか、トーマちゃんの裏切り者、とか小声でぶつぶつ言っていた中島だが、顔を挙げるとぐっと俺の事を見据えてきた。 「センセ、俺マジで悩んでんだよ。ちゃんと相談のってくれンだろうな」 俺は思わず唾を飲み込むと、せいぜい重々しく頷いた。何かコイツ、目がでかいせいか瞳に力があるというか、逆らえないものがあるというか。 とりあえず元に戻って、机を挟んで向かい合うと、中島が口を開くのを待つ。 ちゃんと相談にのれとかすごんだくせに、いざとなったら言いにくいのか、中島は俯いたままで、何度も唇を湿して、ちらっと俺を上目遣いに見ては、また俯くを繰り返す。 こっちから催促するのもアレなので、気持ちをほぐす為に雑談のネタを振ろうと思ったが、何も思いつかない。さすがに担任してるクラスの生徒だから他のクラスの生徒より馴染みは深いが、中島は俺に懐いてくるタイプでもないし、個人的に話したことはほとんど無い。かといってこの間のテストの話じゃカウンセリング室っつーよりは進路指導室だし。いや、それ以前にうかつにネタふって、それが悩みの種だったらどうするよ。 「あのさ………」 貝になってた中島が、ようやく口を開いたと思ったら、またすぐ閉じた。 おいおい。そんなマジ言いにくいような悩みなのか。それを俺に相談しちゃっていいのか。しらねーぞ。………帰ろうとしたのを無理矢理引き留めたのは俺だけど。 「ノド乾かねーか。ジュース奢ってやろうか」 ここは一つ、少しでもリラックスをだな。俺がしたい。 そう言って立ち上がると、縋るような目で見上げられてしまった。こんな可愛かったか、コイツ。 「すぐ戻ってくるから。………逃げんなよ」 とりあえず釘をさして、それこそ逃げるようにその場を離れた。 売店でオレンジジュースと缶コーヒーを買って戻ると中島はそのままの姿勢で待っていた。戸の開く音にちょっとびくっとして振り向いて、あからさまにほっとした顔を見せる。 ひょっとして俺が逃げると思ってたのか? シツレイなヤツ。逃げられるもんなら逃げたかったけどさ。そういうワケにもいかんだろう、仮にも教師なんだし。 「ほらよ。これなら飲めるだろ」 オレンジジュースを目の前に置いてやると、俺はコーヒーのプルトップを引く。 コイツはコーヒーも炭酸も駄目とかいうワガママなヤツなんだ。一年の宿泊訓練の時に適当に配られた飲み物がコーヒーで、途方に暮れた顔してたのを見かねて俺のジュースと替えてやった。2年で担任になる前に話したのはその時だけだ。 「覚えてたんだ」 しみじみと言うと、両手でオレンジジュースの缶を持ち上げる。な、なんかカワイイ。 カションという缶の開く音にふっと我に返る。 「………好きな人がいるんだ」 ジュースと一緒に何かを飲み込んだ様に中島が口を開く。 なんだ、恋の悩みか。セーシュンってヤツ? ほっとしたようなつまらないような気持ちで先を促す。 「それで?」 「その人、男なんだ」 思わずうっとなる。そりゃヘビーな悩みだな。 「まぁ、その、なんだ、思春期にありがちな気の迷いってヤツかもしれないし」 「って、トーマちゃんにも言われた。よく考えてみなさいって」 良かった、藤間先生と同じ意見ならあながち間違ってないってことだろう。 「でも、好きなんだ。気の迷いとかだなんて思えない」 中島がおっきい目でぐっと俺を見つめてくる。 「………それで? オマエはどうしたいわけ?」 「へ?」 きょとんとした顔で中島が聞き返す。 「打ち明けるとか、付き合いたいとか思ってるのか?」 「だって、男同士なんだよ? それにその人、ずっと年上の大人の人だし」 何を言い出すんだとでも言いたげに中島が言い返す。 「でも、好きなんだろ」 「そりゃ、そうだけど。………男同士でそんなの………」 「あのなぁ。………好きなら付き合いたいとかHしたいとか思うのが普通だろ。男同士だって関係ない。逆にそういう風に思わないってことは、オマエのはただの気の迷いとか、憧れってコトだ」 「違うっ! そんなんじゃない」 自分の思いを否定されまいと必死になって中島が食い下がってくる。コイツにここまで思われてるヤツって誰なんだ? ちょっとうらやましい気がする。 「………判ったから、落ち着け」 「だって、男同士だし、打ち明けたってメイワクなだけじゃん。………フラレるの判ってて打ち明ける勇気なんかないよ」 思わず叫んでしまった反動か、中島はすっかりトーンダウンしている。 「でも、悩んでるんだろ。ここに来るくらいは」 「だから、それは。………打ち明けたいとかじゃなくてさ、誰かに言いたかったとか。だって、こんなん、ダチにも相談できないし。やっぱ、俺って変なのかとかさ」 「まあ、普通じゃないよな」 ばっと顔を挙げた中島が、泣きそうに顔を歪める。 「でも、変じゃない。愛のカタチなんて人それぞれだし。好きって気持ちは止めようがないよな。たとえ相手が男でも女でも、結婚してても好きだと思うのは自由だと思う」 「………」 「もちろん、いくら好きだからって何してもいいわけじゃないけどな。相手に気持ちを押しつけるのはよくないし、でも、思うだけなら」 「自由?」 俺の言葉をひきとって、中島がふっと笑う。………やっぱカワイイかも。 そう、思うのは自由だが、教師が生徒をってのは、ちとマズイよな。 「で、誰なんだ、オマエの相手っての」 「………そ、それは、ちょっと………」 「言えない? 誰にも言わないぞ」 一応、カウンセリング室での会話は秘密ってことになってるし。 「………言えない」 きゅうって赤くなって俯く。それがまたカワイイ。いかんな、どんどん思考がマズイ方へ。 「大人の人で俺に言えないってことは学校関係者?」 って、俺は何を詮索してるんだか。でも気になる。 「………まさか藤間先生っ?」 「………バカ」 むっとした顔で中島が返す。 「こら、仮にも教師に向かってバカはないだろ」 「バカだからバカって言ってんだろっ」 「オマエなぁ」 「鈍感っニブチンっ本人に向かって名前言えるわけないだろっ」 「って、オイ………」 「………いっちゃったじゃん」 今にも俺につかみかからんばかりだった中島が、へなへなとソファに座り込む。 それからそっぽ向いて、ジュースをすする。 何を言っていいやら、思わず口パク状態の俺に、中島はそっぽ向いたままで言った。 「何だよ、好きなだけなら自由なんだろ」 「オイ、コラ」 肩を掴んで振り向かせると、真っ赤になって泣きそうな顔をしている。 「俺なんかのどこがいいんだよ………」 他人事だと思ってた時はまだ頭が働いたが、当事者となるとそうも行かない。つか、全然いやじゃないってのが問題じゃないか。 「わかんねーよ」 「わかんねーってなんだよ」 「だって、気がついたら好きだったんだよ」 「おまえね………」 「なんだよ」 中島はむくれた顔で俺を見る。でも、口調だけは開き直っていても、目は潤んでいるし、顔は真っ赤だし、かわいいことこのうえない。 「ま、いいや。確かに好きに理由なんかねぇよな」 俺はやや投げやりになって言った。誰だって好きになるなとは言えないだろう。たとえそれが倫理に反する相手でも。 「何だよ、それ」 「そだな、オマエが卒業するまで俺のことが好きだったら、それから考えてやるよ」 だからと言って、教師が生徒を口説くわけにはいかんだろう。 「………それって、どういう意味だよ」 「だから、卒業するまで返事はお預けだ」 それでも誘惑に負けて、不審気に瞳をぱしぱしさせる中島の頭をわしゃわしゃと撫でてやる。 「………それって、ちょっとは脈ありってこと?」 「卒業するまで秘密だ」 「ずっりぃー」 もっとも卒業するまで俺の理性がもてばの話だけどな。 |