トッカータ

 下心はなかった。そう断言しよう。
 すっかり酔ってしまった小林さんを、俺のアパートに連れ込んだのは不可抗力だ。
 たいして大きくもない駅では、歩いて行けるホテルは一件しかなかった。そこは小林さんをちらりと見て「満室です」と素っ気無い回答をした。泥酔者を泊める寛大さはないということだろう。俺だってその気持ちは分かるから、責めることは出来ない。
 この状態で電車に乗せても、駅から家まできちんと帰れるかどうか<わからない。俺が一緒に行っても良いのだが、案内してくれる小林さんがしっかりしていないと、家まで送れない。
 そこで仕方なく、そう、仕方なくアパートまで肩を貸して帰って来たのだ。
「水、飲めますか?」
 問い掛けてコップを差し出すと、小林さんは一気に飲み干した。酒のせいで咽喉が乾いているんだ。
「何があったか知りませんが、無茶な飲み方は駄目ですよ。今日はうちに泊まって行って下さいね。俺も飲んでいるから、送っていけませんから」
「泊まっても、宜しいのですか?」
 尋ねながらも、カーペットの上に寝転んでしまう。これで駄目といえる人がいるだろうか。
「仲尾さんは優しいのですね。私は……」
 そのまま眠り込んでしまった。
 前後不覚の人間を襲うほど俺もケダモノじゃない。だから寝てもらっても構わないんだが、こうも無防備だと脱力するよなぁ。俺の気持ちには、微塵も気付いていないってことだもんな。
 二間のアパートの、手前の部屋で小林さんが寝てしまった。
 俺だって酔っている。奥の部屋のベッドまで引きずって行く気になれなくて、枕と掛け布団を持ってきてやった。服が皺になると思ったが、上着を脱がせるだけで精一杯だ。
 シャツとスラックスがしわくちゃになるのは、勘弁してもらおう。いざとなれば俺の服があるし……。いや、サイズが合わないか。小林さんは身長があるもんな。
 フリーサイズの服なんて、持っていない。大体私服自体が少ないんだ。仕事始めてから、結構真面目な生活を送っている。
 そうだよ。俺、最近全然遊んでないんだ。だからこんなに、慎重になってるんだろうか。
 だからこんなに、惹かれてしまうんだろうか……。
 眠っている小林さんの唇に、そっと唇を重ねた。乾いた感触の、触れるだけのキス。それなのに鼓動は高なり、ひどく緊張した。
 キスなんて、今まで何遍もしているのに。どうしてこんなに切なく感じるのか。
 やっぱり、この人が好きなんだ。
 遊んでいないから、人恋しいんじゃない。
 人肌が欲しいのでもなく、小林さんが好きなんだ。
 自分でも笑えるほどの純情を貫いて、俺は何をしようとしているんだろう。悩みを打ち明けてもらえない関係なのに。告白の一つも出来ないのに。
 それでもどうしようもなく好きなことに気付いて、頭を抱えた。
「小林さんが好きです。おやすみなさい」
 小さな声で挨拶をして、俺はベッドに潜り込んだ。
 ごそりと、小林さんが寝返りをうつ音が聞こえる。暗闇に慣れた目で見ると、布団の中で丸まるようにしていた。その姿が妙に可愛くて、頬が緩んでしまう。
 小林さんが飲みすぎた原因をあれやこれやと考えているうち、俺も眠ってしまったようだ。