トッカータ
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| 「仲尾さん。まさか、今の返事は嘘ではないですよね。からかったのではないですね」 不意に伸びてきた小林さんの手が、俺の二の腕を掴む。その手の冷たさに驚いた。よほど緊張していたのだろう。血の気がない。 「この状況で冗談が言えるほど、俺は心臓が強くないですよ」 「すみません。とてもではないですが、信じられなくて……」 小林さんが明らかに動揺しているのが分かる。心なしか、目が潤んでいるようにも見えた。 「信じられないのはこっちです。今日は小林さんと別れるために会ったのに、どうしてこんな……」 こんな風に、お互いに告白しあっているんだろう。 離れたくないって思った。でも、手の届かない人だと諦めたのに。 「別れようとしていたんですか? どうして仲尾さんが、そんなことを考えるんですか」 「だって、小林さんは先生と結婚するんだと思ってたんですよ。だから、いつまでも俺と遊んでないで、先生のところに帰れって言うつもりだったんです。失恋したまま小林さんと良い友達でいたいなんて、未練がましいことはしたくなくって」 小林さんは大きく息を吐いた。腕を掴んでいた手が離れ、両手が床に着く。 「良かった。本当は一時間以上前から、駅までは来ていたのです。でも勇気がなくて、なかなか電話が掛けられませんでした」 「だから……」 二十分で来るといったのか。 「私は今日仲尾さんに会って、こうして気持ちを伝えて、本当に良かったのですね。そうでなければ、私は仲尾さんを失うところだった。我を通す余りに、こんな誰も幸せにならないことはすべきではないと、ずっと考えていたのに」 「誰も幸せになれないって、そういうことだったんですか。でも俺は幸せですよ。それに、不幸にするなんてこと、あるわけがないじゃないですか。誰が不幸になったんです?」 一瞬ピアノの先生のことが頭を過ぎる。でも、他には誰だ? 先生のお母さん? 別に娘が男と別れたぐらいで、不幸になるわけがない。 「しかしこんな告白をすれば、仲尾さんは不快に思い、今までの日々を嫌悪すると、ずっと考えていました。彼女も、結婚するつもりであった私がケンカをした訳でもないのに、急に別れを告げて、嬉しく思うわけがありません。それにぜひに彼女と私を会わせたいと、彼女の母親に頭を下げた私の父は、どうです? 現に昨日は、怒り狂っていました」 「なに言ってんですか? そんなのは不幸とは言わないっ!」 俺は思わず声を荒げていた。 分かっていない。小林さんは何も分かっていないんだ。 今まで、父親の言うなりだったと恥じていた。でも恥じたってその根性が変わらなければ、何もならないじゃないか。 誰だって、自分の道は自分で選ばないといけないんだから。 「間違っていますよ。小林さんの選択は、みんなを幸せにしたんです。先生は本当に自分を愛してくれる人と結婚する、大切な未来を得たんですよ。確かに小林さんと結婚したら、それなりに幸せだったかもしれない。でもそんなの『それなり』でしかないじゃないですか」 小林さんは、面食らったように俺を見ていた。 「お父さんだって、先生と別れた事の意味をきっと理解してくれますよ。政略結婚でもあるまいし。自分の息子と結婚させたいぐらい気に入っていたんでしょう? そんな人が、好きではなかったなんて言っている男と結婚するなんて、悲しいじゃないですか。それに自分の息子が好きでもない人と結婚するなんて、そんな事を喜ぶ親がいるんですか?」 俺は大きく息をついてから、早口で付け加えた。 「もちろん、男と恋愛しているなんて言われて、喜ぶ親もいないと思いますけれど」 この告白だけは、周りを不幸にする可能性が高い。俺だってまだ親にはカミングアウト出来ていないし。 「そこまでは、言っていないです」 小林さんは、頬をを赤めて言葉を続けた。 「仲尾さんが付き合って下さるとは、夢にも思っていませんでしたから」 「下さるって、そういう言い方はやめましょうよ。だって俺たちの関係は、友達から恋人に昇格したわけですよね」 小林さんがじっとこちらを見た。 先程までのやりとりで頬だけではなく、うっすらと目元が赤くなっている。少し戸惑うような表情が色っぽいことを自覚しているんだろうか。 静かに顔を寄せると、唇を合わせた。唇同士が触れるだけの、ライトなキス。 「どうです? 男とキスをしても、大丈夫ですか?」 真面目一方で生きてきて、恋も結婚もまともに考えた事がない。そんな人だと、よく分かった。 だから俺とのことも、どこまで自覚して告白したのか、判断がつかない。 先生とのことを考える過程で、逃げ場所的に俺を選んでしまった可能性もある。普通なら男には逃げないだろうけれど、小林さんはそういう方面に疎いようだから。近くにいた俺を、恋愛相手と勘違いしてしまったのかもしれない。 そうだとしても、みすみす逃がすつもりはないけれど。 「俺と恋愛、出来ますか?」 小林さんはいきなりの展開に、付いてこられないらしい。目を丸くして、こちらを見ているだけだ。 もう一度唇を重ねた。軽く啄ばむように何度か、それから優しく舌を忍ばせる。 最初は体を固くしているだけだった小林さんが、おずおずと応じ始める。緊張の余り、唇も少し固くなっているのが分かった。 「ねえ、小林さんはゲイじゃないでしょう。俺とこういうことをしても、大丈夫ですか?」 「私は……」 言い掛けて、小林さんは口を噤む。それから、何度か慎重に呼吸した。 「仲尾さんと一緒にいたいと思います」 健気に答えたその言葉に、感じ入らない人がいるだろうか。間近で聞くその声は、また格別だ。 「俺も、そう思います」 抱き寄せて唇を合わせると、必死に応じてくる。何度も何度も舌を絡め合わせ、小林さんの固さがとれるのを待った。 俺の家に来るのにも、きちんとスーツを着て、ネクタイを締めている姿は小林さんらしくて微笑ましい。 しかし今は、邪魔なだけだ。 「だから、良いですよね?」 ほんの数時間前までは、純愛していたはずなのに。手が届く存在だと分かった途端、貪欲になってしまう。変わり身の早さに、俺は密かに苦笑した。 俺の言葉に緊張しているのだろう。小林さんはほんの少しだけ首を縦に動かした。 しゅるりとネクタイを解き、ワイシャツのボタンを一つずつ外す。そっと滑り込ませた手の平を胸に当てると、呼吸が荒くなっているのが分かった。皮膚が粟立っている。 これから起こる事態を予想して、興奮したのだろうか。それとも予想出来ずに、怯えているのか。ごくりと咽喉が鳴らす音が、はっきりと聞こえた。 既に立ちあがっている胸の突起に触れると、びくりと身を震わせる。そんな初々しい反応に、俺は手を止めた。 「ベッドに行きましょう。狭いけれど、ここでするよりずっと良い」 この様子では、セックス自体が初めてかもしれない。いきなり床に押し倒しては、かわいそうだろう。 ベッドに深く腰掛けるように促すと、丁寧にワイシャツを脱がせる。 すると小林さんも手を伸ばし、俺のコットンシャツのボタンを外し始めた。そしてするりと両手を差し入れ、裸の胸を合わせるようにして抱き付いてくる。 突然の積極的な行動に驚いていると、小林さんは顔を上げ、唇を重ねてきた。 「好きです。仲尾さんが、欲しい」 「え? 俺が抱かれる方ですか? てっきり……」 反論している間にもチノパンのボタンが外され、小林さんの手が滑り込んで来る。 思いもかけない大胆さで、起ち上がりかけたものを握り込まれた。やわやわと揉みしだかれ、声が漏れてしまう。 いくらセックスに慣れていなくとも、男同士だ。どうすれば良くなるかは、当然分かっている。不慣れでも熱心になされる行為は、駆け引きがない分、性急で強烈だ。 「ちょっと、待って」 追い込まれるだけでは、満足出来ない。お返しとばかりに、小林さんのスラックスの前を開ける。 触れてみれば、既にそれは芯を持ち始めている。俺のものを扱くことで、興奮していた証だ。 愛しさに、俺は跪くと大切に取り出してその先端を口に含んだ。 「ちょっと、それは……」 小林さんが声をあげるが、構わない。括れから先を何度か吸うと、そのまま大きく頬張った。 頭上からは、かすかな声が聞こえる。喘ぎ出しそうなのを、押し殺しているのだろうか? 口淫の快楽は、強烈なはずだ。 漏れ聞こえる吐息混じりの声は、すごくセクシーだ。ぞくぞくする。 先程は一気に追いたてられたのだ。こちらだってそれなりの返礼をしなければならないだろう。 口内でそれは、たちまち熱を持ち体積を増す。先端からは、独特の味が染み出た。 「随分元気ですね。溜まってました? それとも……」 完全に起ち上がったそれは、想像以上の大きさだ。 先程までは大して変わらないと思っていたのに。こうなると俺のものは、少し貧弱に見える。やっぱり男は膨張率だよな。 久し振りの行為で、これを受け入れるのは少しきつそうだ。 「そんなこと……。仲尾さんが急にそんなことをするから」 「俺がしたから感じてくれたんなら、嬉しいですけどね」 話しながらも、充分な硬度を持ったものを手でなぞった。そこからゆっくりと、双球を擽り、後方に手を忍ばせる。秘められた部分は、やはり頑なに閉じていた。 しかも触れた途端、小林さんの体がびくりとして後退る。 「仲尾さん、そこを使うのですか?」 目は怯えをはらみ、すっかり硬くなっていたはずのものは、その体積を減らしている。 「繋がりたいとは思っていますけれど、小林さんのはちょっと……」 無理だろう。初めての行為で、辛い目には遭わせたくない。 小林さんはごくりと咽喉を鳴らした。それから決意したように、ゆっくりと頷く。 「わかり……ました」 わかっちゃいないって。 俺は周囲を見回し、放り出したままになっていた乳液を見付けた。去年の夏、日焼けし過ぎた時に女子社員から貰ったものだ。まだ使えるよな。 とろりとした液体を手に取ると、半分を小林さんの手に移した。 「手伝って下さい」 俺の手に残ったものを、自らの後方に塗り込める。それから向かい合わせに小林さんの腿の上に腰を下ろした。 「俺が気持ち良くなれるように、後ろを解してくれますか?」 今度は別の意味で、咽喉がごくりと鳴るのが聞こえた。二人の体の間では、小林さんが再び熱くなっている。 「良いの、ですか?」 信じられないというように呟く声。 俺は小林さんの手を取り、そっと後ろに導いた。指を重ね、侵入するようにと促す。 おずおずと入口付近で蠢く指先が、焦らされているようで堪らない。 「早く……」 自らの指を入れたくなるのを抑え、催促する。前はこんなに熱くなっているのに、いつまでも待たされるなんて、耐えられない。 思わず腰が動き、二人の熱が触れ合った。 「痛かったら、言って下さいね」 医者ではあるまいし、何を言っているんだか。そんな不器用さが、小林さんらしい。 ゆっくりと入って来た指は、思ったほどの抵抗がなく受け入れられた。 久し振りだからと、心配するほどではなかったか。早く体を繋ぎたいと、俺自身が願っているからかもしれない。 小林さんは、まっすぐ入れて来ただけで動かさない。 「小林さんが入って来ても痛くないようにして下さいって、お願いしてるのに」 苦笑混じりに言うと、おずおずと内部で蠢く感触。 やはりきついか。 痛みが気持ち悪さに変わって来た頃、不意に指がその部分を擦った。 「ん……」 思わず体が動いてしまう。 小林さんは驚いたのか、動きを止めてこちらを見た。 もっと、刺激して欲しいのに。 「そこ、すごくいいから、もっと……」 そうねだると、安心したのか先程より大胆に指が動き始める。 「いい。いいから、中でもっと動かして」 何かせずにはいられずに、俺は二人の間にそそり立つ二本を、両手で扱き上げた。 「ああっ、小林さん……。指をふやして。中に、欲しいから……。早く、繋がりましょうよ」 動いてしまう腰を、小林さんが片手でしっかりと抱きとめてくれている。 内部でぐいと圧迫感が増した。 「仲尾さん、すごく中が熱い。きつく、絞め付けてきて……」 俺も、後方が熱くなっているのが分かる。もっと欲しいと、動いている。 「もう、いいから」 腰を大きく上げると、小林さんの指が抜ける。 「本物を中にもらっても、良いよね」 答えを待たずに、熱く育ちきったものに手を添えると、ゆっくりとその上に腰を下ろした。 きつい。 待ちきれずに迎え入れてしまったが、早まっただろうか。 少しずつ侵入してくる熱塊は、圧倒的な存在感で、ギリギリまで俺の中を押し広げる。 小林さんも辛いんじゃないだろうか。 しかし満足に気遣う事も出来ないまま、根元まで受け入れた。 「すっかり繋がったの、分かります?」 俺の言葉に、小林さんが頷く。ほっと息をつくと、その充足感に我ながら驚いた。 こんなにきついのに、こんなに満たされるなんて……。 「辛く、ないですか?」 小林さんの優しい声に、俺はふっと笑った。辛くないわけがないじゃないか。意地悪の一つも言いたくなった。 「余裕みたいですね。絞め付け過ぎたかと思ったけれど、平気なようだから動きますよ。もっと絞ってあげないと、駄目みたいだ」 最初は少しずつ、動く。 威勢良い言葉を放ったものの、体はキツイ。 ギチギチに飲みこんだものは隙間なく俺の中を押し広げている。お互いの負担が少ないように慎重に上下していると、やがて楽になってきた。 「ん、ん……」 熱く猛りきった小林さんの段差の部分が、俺の中のいい部分を擦る。 今まではきつ過ぎて、得る事のなかった感覚だ。 「あぁ……、あっ」 声が漏れ、腰が動いてしまう。浅ましく、感じる場所に擦り付けようとしてしまうのだ。 「仲尾さん? 辛かったら……」 「すごく、良いです。熱くて固くて、気持ち良い。だから動いて、俺を突いて」 この人は、言ってあげなくては分からないらしい。もどかしいくらい鈍感だ。 床に着いていた両手を、小林さんの肩に回した。自分の体重で、より深く繋がる。 苦しいほどの圧迫感だ。息と共に、苦痛めいた声が漏れてしまう。 小林さんの手が、俺の腰を支えた。 「え?」 「私の肩に、掴まっていて下さいね。そのままで、苦しいでしょう?」 「でもそれじゃあ、気持ち良くな……、あうっ!」 大きく突き上げられて声をあげる。強く腰を掴まれ、乱暴に揺さぶられる。 夢中で小林さんの肩にしがみ付いた。 「激しすぎっ」 声をあげてから、慌てて付け加える。 「でも、すごく気持ち良い。だから、もっと、して……」 穿たれる熱に、腰から蕩けてしまいそうだ。いや、いっそもっと蕩けて、更に強く絡み付きたい。 「こんな激しいなんて……。ねえ、気持ち良い、ですか? 小林さんは、俺の中でいいですか?」 肩にしがみ付いたままで問い掛ける。突かれるだけでは、少し足りない。言葉が欲しかった。 一番最初に好きになった、あの声を聞かせて欲しい。 「熱くて、きつくて……」 「それで?」 「すごく、素敵です」 「小林さんもすごく熱い。太くて、きつくて、俺の中がいっぱいになってる……」 乱暴に突き上げられて、俺のものは二人の腹に挟まれて扱かれる。 小林さんはラストが近付いて来たのか、動きが性急になった。 その乱暴さに翻弄されて、俺も限界が近付いてきた。 「もう、もう良いですか? 中に……」 小林さんの声に、俺はその愛しい首を掻き抱いた。 「きてっ。中に欲しいっ!」 言いきらない内に、体内に熱いしぶきが散るのを感じた。その感覚に、俺も二人の間に白濁を放つ。 「あぁっ」 身震いをして極まり、凭れるように抱き付くと、温かい腕が俺を柔らかく抱きとめた。 |