入院した月で、手術の月です。

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 5月の入院日記

日記から抜粋なのでING状態でかいてあります
長いのでオフラインでお読みください
単語の説明がありますのでクリックしてね☆不明な単語は知らせてね


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1996.5.21(火) 入院 初日
 尿検査 MRI 採血 抗生剤の適正検査 テープ適合検査 
9時30分 入院する 院内の説明を入院してきた人とで聞く
いきなりの尿検査
診察台で足を開いて尿道からカテーテルで尿を採取する。
恥ずかしさで顔が厚くなるようだ。
外来へ行きDrと面談する 

MRIを撮影に他院へ行く。歩いていると大学の前で学生が楽しそうにおしゃべりをしていた。少し胸が痛む
予約をしていたのに時間がかかり出血がズボンから染み出てきた。
手持ちのナプキンがないので買いに行くところへ院内放送で呼ばれる。

ガウンに着替え初めての「MRI」の中に入る。
細長いカプセルで耳元に工事の音がする。時々マイクで『大丈夫ですか?』と聞いてくれるが「大丈夫じゃないです」とは言えない。

造影剤を注射して再び入る。
腹の上に乗せた重たい板は、 容赦なく腹部を圧迫するので出血が気になった。
5人のDrが私のお腹の悪いところを診てくれるのだ

1時間以上はカプセルの中にいた。色々なことが頭の中には浮かんでは消える。とめどなく繰り返すこの思いに、拳に力が入るよ
また歩いて病院へ戻る。

一息つく間もなくDrの診察と検査だ。私はもうフラフラなのだ。
婦人科では大きい手術なのだと聞く。

二つとも卵巣を切除すること、ホルモン療法が出来ないことなど
説明を受ける。
肩が落ちそうになるがハッキリと言われるほうがいいや。

卵巣を残せないのではなくて、生きる為に卵巣を切除するのだ。
生き延びる方法が私には与えられているのだと
頭の中を変換させる。

誰の為にではなく自分の為に生きなければ、意味がないのだから。
ガン診断から半月でここまでこれたこと、ラッキーと思わなければ

熱を出して一人で留守番している息子が心配だ。
自宅へ連絡すると夫が帰っていたので安心する。

子供達が良く眠れます様に、夫の風邪が早く治ります様に。

ふ〜ぅ 私も寝よう 貧血でクラクラだ。

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5.22(水) 2日目
エコー 出血時間検査 腎盂造影検査
朝 隣りの女の子から「親に向かってウルサイとは何事だ!」と大きな声で寝言を言ったと聞かされた。あー恥ずかしい。

腎盂造影検査は点滴で薬剤を流して時間を決めてレントゲンを撮るのだ。
造影剤が身体に浸透すると指先がピクピクと動き、体中が暑くなる。

点滴が終わりそうになったのに誰もいないので、慌てて叫んでしまった。
レントゲン室の扉は頑丈に出来ていて声が届かないから必死だった

最近の点滴は大丈夫と聞き、感心したがまたもや恥ずかしいな。

昨日 撮影したMRIの結果を受け取りに行かないといけないのだが検査で時間がとれず、夫にお願いする。
一度も仕事を休まない夫は迷惑そうに
「看護婦がやってくれないの〜こういうことは!」と怒っている。
私に言っても知らないよ〜

この人は私が死ねば、仕事を休んでくれるのかな?
いや、死んだ者は返らないからと、仕事に行くんだろうな。どっちにしても仕事が優先なんだな。
幼稚園のお母さん方が来てくれる。これからもこの人達の力を借りる時があるのでしょう。娘は退園した方がいいのかも。

知人と友人が青い顔をして来てくれたが、検査で忙しく話はできない。
友人はエレベータが閉まるまで「ガンバレ」と応援してくれた。
泣きそうになるが泣かないで踏ん張る。

明日は6時15分から検査だ。お腹が痛いけど眠るぞ〜
息子の熱が下がって良かった。
一人で心細くてたまらないのだろうな。

お母さん必ず帰るからね。

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 5.23(木) 3日目 
エコー 下剤 麻酔科医の説明 腹部CT 内科検診 術後説明  剃毛
AM6:15 にガストロをコップ一杯服用する。ポカリスエットを薄めた味に近い

  9:15 CTを撮る。1cmおきに何枚も撮影していた。感心する。
エコーをとる 肝臓 腎臓 胆嚢 バスト 膀胱 その他

初めての剃毛はドッキドッキだ〜内診台に乗り股を開いて丁寧に剃る。腿もお腹も剃る。
おまたももちろん剃るのだ。ヒエ〜って感じだ。
おへその掃除もしてくれた。古臭いゴマがたっぷりと採れた。

麻酔科医の説明を聞く
背中に腰椎麻酔と全身麻酔を併用し、筋肉弛緩剤を使うので呼吸が出来ない為
人工呼吸器をつけ術後は、硬膜外持続麻酔を入れておくらしい。
お〜お恐!

内科検診 3分で終わる お腹をポンポンと叩いただけだった。これでいいの〜?
という感想だ。

ナースから説明を聞く
卵巣膿腫で手術の方とふたりで個室へ行く
術式が違うので、内容は異なるが点滴の本数まで教えてくれる。

何度も同じことを説明しているはずなのに、ニコニコと嫌な顔もせずに話をする
すばらしいナース魂だ。
その場で下剤を服用するが、これが酢っぱくて鼻につく。

夕方 ホッとしていると子供と母達が来る
明日の手術に立ち会うために出て来たらしいが、来なくていいよ、と言ったのに。

皆が心配しているのが手にとる様に伝わる。
私の心にそのエールが届いてくるよ。
色々な神を信じたいし、すがりたいけれど・・・・。

私が今 一番信じられるのは
皆が心から治って欲しいという祈りの気持ちと
私が死なないぞと心底、願う力だ。

それより大きい思いがあるだろうか

ここまで来るまでに挫けてしまうのかと思った。
逃げてしまうかとも思った。

強くなりたい 強くなりたい もっともっと 強くならなければ。
何よりも 誰よりも 自分の為に強くなりたい

明日からは新しい道が待っている
誰のせいにもせずに ガンになって良かったと言える日が来る様に

私が私の命として生きて行くのだから。泣くなよ!TANPOPO

皆 頑張っている 不安や恐怖 痛み 苦しみ 哀しみ 焦り
沢山の想いから逃げずにいる

私だって頑張れるはずだ

ふ〜ぅ 気合いを入れすぎて疲れた様だ もう 導入剤を飲んで寝よう

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5.24(金)  4日目 手術日

AM6:00 300cc浣腸する
もう 我慢は限界だ トイレから帰れないほどお腹が痛い
尿にチラホラと黒い粕があるくらいだ。これでいいのかな。
生まれ変わった私の腸♪これからは腸も大切にします

腹痛と腰痛が日増しに強くなり限界に来ていたので良かった。

AM8:00 点滴開始
手術着に着替えるが出血があるのでパンツは履いたままだ。
背中が開いているので、スースーする。緑の紙の帽子も被る。

院長回診
最終出産から年月が浅いので珍しがっている様子だ。
Drが「カルチノーマー」と言った言葉がやはり心に刺さる。
何処かで信じたくなかったのかな。

家族が立ち会う為に来る

ナースから術後は個室で過ごすことを聞かされ「大部屋でいいです。費用に余裕がないので」とビックリして言うと
「治療の為なので部屋代は同じです」
とのことで安心する。

私のベットを端に移動している
入院が長くなる人は端に居てもらうそうだが「長いとはどれくらいのこと?」
話が違うジャン。1ヶ月で帰れるのではないの?

もうすぐ時間だ ストレッチャーの音がする

私の卵巣さん 子宮さん 卵管さん リンパさん 
今まで働いてくれて ありがとう
健康を授けてくれて ありがとう
私は忘れないから 彼方たちが私の中で息づいていたこと。
一生一緒にいられなくて ごめんね

目が醒めた時 一番はじめに 何が見え 何を思うのだろうか。


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5.24(金) 術後 メモから日記に6月27日に記載する
AM9:10開始 PM3:30終了

何度か聞こえる心電図の警報音が自分のものだと気づいた時は
コン畜生!と思った
手術中に死んだのは計算違いだと。

顔を叩かれ目を覚まし 初めて見たのはナースの白い影だった

意識が回復しても身体は自由にならず、動くのは瞳だけだった
「意識はあるのかしら?」と覗き込む家族に瞳をクルクルと
回転させて、ワザを見せたのに
「や〜気持ち悪い 目が動いてるぅ〜」と声を上げたのを
覚えている

病室に移動した後、去タン剤の吸入と酸素吸入をした

硬膜外持続麻酔の為か、身体は夜も動かない            
足にグルグル巻きに包帯がしてあったのはなんだったんだろう
(むくみ防止とあとで聞く)

持続麻酔が効いていても痛みと嘔吐が繰り返し襲う
こんな痛みは経験したことがないよ なんじゃこりぁ〜だ。 

喉が異常に乾く せめて唇だけでも濡らして欲しいとナースに言うが
却下された。

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5.25(土) 5日目
点滴 造血剤注射 

まだ身体中が痛む
砂袋と尿管と膣にY状のドレーンが入り、抜けない様に膣壁に縫い付けられている。動くと血液がドクドクと流れて行く

これでは大部屋のリカバリーには入れないのが分った
硬膜外持続麻酔は入れたままだ。

子供達が来るがイライラして「帰りなさい」と一人で息子を帰宅させて
しまう。今日は笑顔を作れない。
後で後悔し自己嫌悪に陥る。

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5.26(日) 6日目  7.5に記載

お昼 夫、兄夫婦 知人 が来る
このあたりの記憶は薄く誰が来たかしか書いていない

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5.27(月) 7日目

母が来てからそのまま自宅へ帰るらしい
ありがとう。忙しいのに来てくれて。
ガンの事 隠していてごめんね。心配させたくなくてね。
できればずっと
隠しておきたかったんだよ。

娘が来る 幼稚園は休園してホテルへ預けているが、泣くのをこらえている。
まだ、この子は4歳なんだなと思い出す

切除したモノの結果はまだ出てこない

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5.28(火) 8日目

膣からのドレーンを抜く
 
Drから話があった
筋腫に似ていたが「悪性腫瘍」だったこと
Drも間違えるほど大きいものだったらしい。愕然とする

体がんと頚がん、ふたつのがんはこれから何処へ流れて行くのだろうか。
このまま消えてくれるのだろうか
それとも、どこかで増殖をしてやろうと企んでいるのだろうか。
子宮全体ががんに囲まれていたとは。

もっと早くに子宮内視鏡をしていれば発見できたのではないかと
初期に通院した病院を恨めしく思ってしまう。

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5.29(水) 9日目
造血注射は毎日になる。発熱 39℃
尿管をはさみクリップで留めて尿意を感じさせる訓練開始

詳しい病理の結果はまだでない
個室のトイレに10分かけて行けた

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5.30(木) 10日目
尿管を抜く 尿を出す時痛い
残尿を計るとほとんどないので、喜ぶ

大部屋に帰りたいと申し出る
熱が上がったり、下がったりしている
痛み止めの座薬 インテバン を1日に2個は使ってしまう

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5.31(金) 11日目
早く元気になりたいが
油断すると、涙でメガネがプールになっている
自分でも気がつかないうちに泣いているのだ

結果がでるまで不安で仕方がない。
蕁麻疹がでる
家のことが心配でならない。
連絡してもいない夫にイラつく
子供達だけで留守番しているのだから、早く帰ってきてよ

こんな時くらいは仕事を減らして欲しい

私はこれから何処へ流れていくのだろうか。


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