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免役も低カし、脱毛がはじまる月です。
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7月の入院日記 |
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7月の日記 7.1(月) 白血球5000 HB 9.2 造血注射(ブルタール) 白血球はまだ低下していない。 Drの話しでは、抗がん剤治療後10日目から14日目がピークらしい。 3000台になると、白血球増多剤2000台で注射(ノイトロ)。 白血球が低下しなくても白血球の中の好中球?が1000以下になると無菌室らしい。 『このまま低下しないこともあるのですか?』と質問すると 通常は必ず低下するものらしいです。 まだあと2クールあるので、体力を蓄えておかなくてはいけない。 感染症に気をつけて回復期を過ごそう。 自宅に電話した。移動教室の準備はなんとか、整ったので安心するが 確認してあげたかった。薬は持ったのかな。外出だけでもできないものかな。 7.2(火) 造血注射 Drから脱毛の説明を受ける。毛根の状態で個人差はあるが、3クール終了すると ほとんどは無くなるらしいのだ。帽子を用意しておくといいでしょう。 とのこと。 また伸びるからいいけど、頭が寒そうだ。 子宮頚部にあった卵大の腫瘍は、病理結果がでるまで、悪性であると 診断を受けていなかった。 そのために膣を切除しなかったことが気になるが 転移があれば 電気で焼くという結果がでた。 自分のがんを知ればしるほど 恐くなるけど、自分の身体のことだ。 逃げてはいけないよね。 夫の知人が温熱療法でがんが治ったので、私にもそうして欲しいと言う。 私は今、強い副作用を覚悟で近代医学の治療を受けているのだ。 助かる見込みのない状態ではない。 化学療法を断って、民間療法に踏み切るなんて恐くてできないよ。 まだ死ぬと決まったわけじゃないんだから、私の死を簡単に受け入れないで。 勧める人達もがんになったとき、化学療法をせず、民間療法にかけることができるの・・・。 抗がん剤治療が効かないと騒がれていても私は受けるよ。 妹がシャランQのアルバムを持って来てくれた。 外で食事をする、院内では元気に思うけど、外にでると暑さでふらつき 私は病人だなー。 と実感する。 7.3(水) 造血注射はまだ続く ADrから血管を確保しておかないと2クール目が心配とのことで、注射は足の甲にする。 注射の上手いDrが言うのだから、本当に難しいのだろう。 由美子が来てくれた。皆に心配かけて、巻き込んでいる。 私が必ず、克服することがお見舞いのお礼だろう。 7.4(木) 白血球 3800 HB 8.9 造血注射 やはり、8日目から白血球が低下するんだな。 夫と娘とファーストフードへ食事に行く。息子がいないので気が抜けた。 娘は嫌いなトマトが食べれたと、涙目で得意げに笑う。 散歩しながら、小さいボールを2個と髪止めを買ってあげた。 今夜は気持ちは落ち着いているのに、 左後頭部が痛いので、薬を飲んだ。 7.5(金) 造血注射は成功せず、ADrが来るのを待った。脱毛がはじまる 朝、耳がむずむずして、目覚めると、枕に毛がたくさんついていた。 シャンプーしても次から、次へときりがない。排水口もつまるほどだ。 同じ部屋の方が紙袋を持ってきてくれた。『抜けた毛をここに入れたほうがいいよ』と お礼を言いながら、思いやりに胸が熱くなる。 頭をさっさっと左右に振っても、パラパラと白いシーツの上に黒い毛が落ちる。 覚悟はしていたので、とうとう来たかという感じだけで、涙はでない。 いつの間にか、すこしだけ、強くなれたのかもしれない。 幾度となく、化学療法を繰り返し、近代医学よりも、このがんの勢力が大きくなったとき 終末になるのだと知った。生きる力ががんより優っている間に歩いておこう。 残こされた時を指折り数えるのでなく、生きられる日々に感謝しよう。 最後は、チューブだらけになることは、避けなくては。私の意にはそぐわない。 最後まで、私が私らしく生きていくためにも、治療ができないときは 緩和ケア病棟へ行くことを強く希望する。機会をみてDrに話そう。 7.6(土) 造血注射 白血球が低下しているが、体調がよければ1泊だけ自宅へ戻っても良いと許可がでた。 あきらめていたので、得した気分です。 夕食は病院では食べられないもののオンパレードだった。 餃子・キムチ・松茸ご飯・ラーメン・・・ 夜は早めに寝る。 掃除や繕いものの家事があるのに 自宅に帰ると、寝てばかりいます。 7.7(日) 造血注射 病院に戻る時に、息子から、移動教室のおみやげを貰ったので、開けて見ると 小さな箱に人形が入っていて、『お母さん 長生きしてね』と書いてあった。 テレビの上に飾りながら、涙が溢れてどうしようもないよ。 7.8(月) 白血球 2800 HB 9.0 造血注射 部屋の人とSさん達、4人で外食した。久しぶりのビールだ。 ついつい楽しくて、門限を過ぎてしまい、ナースに遅れるなら、連絡してくださいと 注意を受けた。反省はしているが、楽しい時間を送った。 Sさんは、体がんで3年目の再発だと言っていた。 7.9(火) 造血注射 M Dr 白血球増多剤服用 2種類 主治医から2クール目を17日からと聞く。夕方からの発熱はまだ下がらない。 白血球の低下のために今日から、白血球をあげる薬を内服する。 炎症と重なり、正しい効果が得られるか、わからないようだ。 体力がどんどん落ちてくる のがわかる。このままで、3クールまでできるのだろうか。 抗がん剤での死亡が騒がれている中で、治療をすることは本当に良い事なのだろうか。 と 少し、考えてしまった。「しないよりはしたほうがいい」という理由だけで・・・。 娘の熱は下がっただろうか。 7.10(水) 造血注射 膣の奥のほうに、刺すような痛みがはしり、睡眠を妨げるので内診してもらう。 帰る家をなくしたリンパ液がたまっているせいらしい。 ボルタレンSRで様子を見ることになる。 夕方、由美子がターバンを持ってきてくれた。彼女の大きさに今更ながらに 感謝してしまう。 7.11(木) 造血注射 白血球増多剤 ボルタレン センナ 白血球 2800 外泊は無理だと思っていたら、2泊での許可がでた。 夫にそのことを報告すると、予定があったらしく困った顔をしていた。 この先、脳への転移があるかもしれないことを話した。 夫は脳へ転移したら 安楽死を望んで欲しいと言った。 唖然とする私は頭の中が真っ白になり、返答につまる。 それって、人から言われることなの?私が自ら希望して選択することだよね。 私は・・・生きていける可能性がある限り、生きて欲しいと願ってくれるものと 思っていた。 現実問題を考えてしまうと、幼子を抱え、病人を抱え、生活するのは 大変なことでしょう。 それでも「生きて欲しい」と願ってくれると思い込んでいた私。 そう願ってもらえたからこそ、無理な延命を私が拒否しようと考えたりするわけでしょう。 どうして、私にそんなこと言うの。 合理的な夫のことだから、悪気で言ったのではないことは解るが、それでも哀しい。 私は生きていく意味があるのだろうか、とふさいでしまった。 死なない保証がないと、妻として必要とはされないのだろうか。 死ぬかもしれない私は 、夫にとって足手まといでしかないのだろうか。 妻として、母親として、用をなさない私は 夫にとってはいらないということか。 私は死なない。何があっても絶対に死なない。 このままでは死なない。元気になって新しい道を生きる事もできるんだから・・・ |
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