東京オリンピック当時のある話を紹介します。
話は1年前の1963年11月23日から始めます。当時,私は中学生。
その日、いつもより早く起きてテレビをつけていました。日米間で初めての衛星通信実験が行われる日でした。しかし、最初に飛び込んできた画像は驚くべきものでした。
ケネディ大統領が暗殺されたというニュースだったからです。
さて、この衛星通信実験は翌年に控えた東京オリンピックを中継するために行われた実験でした。日本国内ではオリンピックの開催に合わせて新幹線が作られました。マラソン会場となった甲州街道も世界に衛星中継されると、立派な道路が作られました。
アベベがローマ大会に続いて2連覇を遂げたマラソンレースが終わると、そこは一般車に解放され、今度はカーレースの場となりました。
警察は頭を痛め、日本で初めてのネズミ捕りを始めたそうです。毎日、順調に交通違反者が捕まっていましたが、ある日からパタッと違反者が捕まらなくなりました。そこで、おかしいと思った警察は、その原因である「ここにポリあり」という看板を見つけました。そして、その看板を立てたのが、近くの子供のいたずらであることを突き止め、この子供達を警察署でしかったそうです。
これはある週刊誌に出ていた話ですが、この記事を書いた記者は「この話、どこかおかしい。子供のいたずらにより、ネズミ捕り本来の目的である、スピード違反する車を減らすことができたのであるから、子供達はしかられずに誉められてもいいのではないか」と書いています。
さて、子供のいたずらに対する賛否は意見の分かれるところです。しかし、この話の中で明らかに言えることは、警察ではネズミ捕りを始めてから、今日は18台捕まえたから、明日は20台を捕まえようと、数値目標を設定しながら、精を出していたのではないか、と推察できることです。つまり、手段であった「違反車を捕まえる」ということが目的化してしまったということです。こうしたことはわれわれの日常で頻繁に起こることです。
日本では学校教育でも、与えられたテーマを解くことばかり、繰り返し訓練してきました。与えられた目的に従って手段ばかり考えてきたとも言えます。それは工業化時代でのピラミッド組織における要請でもあったのです。組織構成員は指示に従って、解決策ばかりを考えていれば良かったのです。
しかし、情報化の進展に伴って、これまでの生産者優位から消費者優位の仕組みへと移行した情報化時代にあっては、激しい変化に対応していかなければなりません。そこで、目的から手段を考えることだけでなく、必要に応じて手段から目的を考える力が求められてきます。「それを何のために行うのか」と考えたり、テーマを形成する力です。
これまで私たちは、ほとんどの時間を目的から手段を考えることだけに使ってきたのではないでしょうか。そのことが、管理社会や官僚主義の維持、そして、日本の多くの組織が指摘される、戦略性の欠如にもつながっていたのではないでしょうか。
情報化時代においては、思考回路を状況に応じて、手段思考に使ったり目的思考に使ったり、自在に反転できる能力が求められているのです。組織が大きくなり、個別の業務領域が狭くなり、全体が見えなくなっています。そうした状況で本質を見失った判断を防ぐためにも、ブレークスルー思考が有効なのです。