
ヒマラヤの北方、チベットではヤク(3000mを越える高地に住み、独特の長い毛を持つ牛の仲間)を飼い、その乳からバターやチーズを得ている。チベット高原は更にモンゴル・中央アジアの遊牧文化に隣接している。
チベットは東部のカム地方に森林地帯が見られるものの、東北部のアムド地方はモンゴルにつながる草原地帯、そして西北部のチャンタン高原をはじめとする広大な地域が厳しい乾燥にさらされた地域である。これらは8000mを越えるヒマラヤの峰々が南からのモンスーンを遮ってしまうことによる。
一方、ブータンはヒマラヤの南麓、温暖湿潤なモンスーンの恩恵を受ける側にある。国土の大部分はヒマラヤとインド平原の間、深い森林に覆われた山々で、ブータンの人々は谷間のわずかな平地、あるいは段々畑を切り開いて農耕を行ってきた。しかし、チベット仏教カギュ派の一派「ドゥルック派」を国教とし、仏教の教えは国民の生活の隅々まで強い影響を及ぼしている。
ブータンや西隣のシッキム・ネパールなどのヒマラヤ南麓は、雪山を越えてきたチベット文化がインド亜大陸のモンスーン文化と接する場所にある。言い換えれば遊牧民の乳利用文化と農耕文化が出会うところなのだ。インドにも「ダヒ」や「ラッシー」など、独特の乳利用の伝統がある。しかし、ヒマラヤ山麓の食文化は更に興味深い。「米食と大量の乳製品利用が生活の中に共存」しているのである。
今回はブータンに2年間滞在した経験を持つ久保淳子さんの協力をいただき、雷龍の国ブータンの乳利用の文化を取り上げてみた。久保さんの体験を主に、編者がブータンや他のチベット文化圏で行った取材を交えて構成したものである。これを機に、日本ではあまり知られることのないヒマラヤの王国について、また、そこで暮らす人々に対し少しでも関心を寄せていただければ幸甚である。背景:ブータン国章(西岡京治「神秘の王国」から)