「別れのバター茶」
 そるちゃ(お茶)

 実は「バター茶」という表現はチベット的ではない。
 チベット語では茶のことを「ちゃ」もしくは「そるちゃ(お茶:丁寧語表現)」と云う。もっとも、茶とはバター茶のことを指すのがほとんどなので、「ちゃ」=「バター茶」と考えて良いだろう。インドにいる亡命チベット人は、インド風のミルクティー「チャイ」と区別する意味で「ぺ(チベット)ちゃ」と呼んだりもする。「スウヨウツア(酥油茶)」という表現はおそらく中国語だろう。そのような言葉は知人のチベット人からは聞いたことがない。

 ぺちゃの作り方:

1)磚茶(固形に固めた茶)を削り、煮出す。
 この段階で、天然ソーダを加えることもあるようだが、色々なやり方がある。様々な文献では次のように紹介されている。

・「煮出したところへ、塩、バター、重曹を加えて…」:西尾京治・里子『神秘の王国』
・「チベットとモンゴルでは…(中略)…磚茶を砕いたものを煮立て、塩、天然のソーダ(茶の色をよくするといわれる)、バターや動物の脂肪を加え…」:石毛直道『食の文化地理』
・「この筒の中にお茶を入れ、さらにバターと少量の塩・ソーダを入れる」:高山龍三『失われたチベット人の世界』
・「ブータンでは磚茶に重曹を加えて色と香りを出す」:久保淳子『地球の歩き方』

 現代の日本でも、工業的な茶の抽出の際、抽出効率を良くする目的で「アルカリ抽出」を行う。もっとも、最終的にpH調整が必要となり、味はあまり良くないようだ。

 チベットでも、品質の良い茶葉のときはソーダを入れないとのこと。それから考えると、ソーダ添加の目的は日本と同じではないかと推測されるが、pHに相当する工程がない。詳しくはさらなる調査を待ちたい。

2)煮出した茶を濾す。

3)乳・バター・塩を加えて撹拌する。この時「どんも」と呼ばれる細長い筒状の容器に入れて撹拌を行う。

"Two type of Tibetan tea" 
Illust.:「Tibetan Cooking」
"Dongmo with gyalo"
Illust.:
「Tibetan Cooking
    
Tibetan Tea Kettle "Khokti (left) and Hul (right)"
Illust.:「Tibetan Cooking」

4)できあがったお茶はポットに入れておき、木製のお椀などに注いで飲む。チベット人は「チュバ」と呼ばれる褞袍のような服の袂に自分用のお椀を持ち歩く。

 このお椀は他にも重要な役割がある。チベット人の主食「ツァンパ」をこの中で捏ねて調理するのだ。
 チベットはチンコー(大麦の一種)を主食とする。しかも、チンコーを麦焦がし(関西地方で云う「はったい粉」)の状態にしておき、食べるときにはバター茶とこね合わせて団子状にして手で直接食べる。
 ツァンパは携帯性に優れ、燃料の少ないチベット高原でも容易に調理できる。風土に適した食の様式である。

チベットの木製の椀
Photo:「失われたチベット人の世界

 チベット人はバター茶を実によく飲む。来客があれば必ず茶が出される。時には、もう飲めないとお椀を塞いだ手の上からおかわりを注がれる始末である。

 最初にお茶をいただくとき、またチャン(どぶろく)やアラ(焼酎)を飲むとき、薬指を浸して3回はじくことがある。これは仏教の三宝(仏・法・僧)に供養するためとも、餓鬼・畜生に供養するためとも云われる。同様の風習はモンゴルにも認められる。このほかに、おめでたいときはツァンパの粉をつまんで撒くこともあるが、同じ様な供養の意味を持つとのこと。

 さて、話を映画「 Seven years in Tibet 」に戻そう。

 主人公ハラーがチベットを去るにあたり、アウフシュナイダーの家を訪ねて別れを告げるシーンがある。例によって茶でもてなすのだが、出立の間際にあえてハラーの茶碗を飲み残しの状態にしておく。

 客人が再び戻り、また茶をもてなすことができるように、との意味なのだ。客人を厚くもてなすチベット人のうるわしき習慣である。

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