はじめに・・たしでれ くずでぽ いん ぺ?


 97年、ハインリヒ・ハラーの「チベットの7年」を映画化した「Seven Years in Tibet(ジャン=ジャック・アノー監督)」が日本でも公開された。


Seven Years in Tibet / Sound Track
John Williams /Yo-Yo Ma 1997 Mandalay Entertainment

 物語は、パンジャブ・ヒマラヤのナンガパルバット峰のドイツ登山隊に参加したハラーが、第二次大戦の勃発により敵国人として当時のイギリス領インドの捕虜収容所に捕らえられ、何度かの逃亡の末、同僚のペーター・アウフシュナイダーと共に中立国であったチベットに辿り着くところから始まる。

 二人はやがて14世ダライラマ法王の知己を得ることになる。当時、まだ好奇心旺盛な少年だった法王と、故国に妻子を残してきた登山家は、文化の違いを越えた心の交流で結ばれていった。しかし、幸せな日々は長く続かなかった。国共内戦に勝利した毛沢東の「人民解放軍」がチベットに侵攻したためである・・。
 この映画の主演が当代の人気俳優ブラッド・ピットだったせいもあり、映画はなかなかの興行成績を収めた。ハラーの回想録に映画的な脚色が加わったため、現在公開中の「クンドゥン(マーティン・スコセッシ監督:14世ダライラマ法王の誕生から亡命までを描いている)」に比べればかなり感傷的である。しかし、当初はブラピ目当てで映画館を訪れた多くの観客に「チベットとは何か」「チベットで何が起きたか」を知らしめるには十二分に効果があった。


Kundun / Sound Track
Philip Glass 1997 Nonesuch Records

 「禁断の秘密国」。峻険なる山々により周囲から隔絶されたこの国の一般的なイメージはこんなものだろうか。スウェン・ヘディンやニコライ・レーリヒ、日本の河口慧海などの先駆者により少しずつその姿は明らかにされていったが、文化に対する誤った興味と認識から、インド仏教の正統な流れを継承したチベットの仏教に対し「ラマ教」と名付けるなど、正確な理解にはまだまだ遠い部分がある。日本でも僻遠な山間地域を「○○のチベット」などと呼称することがままあるくらいなのだから。

 ところで、チベット人の国民的飲料として「バター茶」なるものがある。件の「Seven Years in Tibet」のおかげなのか、昨今はチベットのバター茶について知っている人が意外と多い。「茶」+「バター」、日本ではおよそ考えられない組み合わせだが、いったいどのように作り、どんな場面で飲まれるのか。

 美しき雪山に囲まれた国の知られざる食文化について、早速考えてみよう。

ルンタ:ルン(風)タ(馬)。文字通り「風の馬」と訳す。馬と経文が印刷された「護符」のようなもの。峠を越えるときなど、これを天に向かって撒いて「ラ・ギャロー!」などと叫び、神を称えて道中安全を祈る。

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