水晶岳(黒岳) (『続・展望の山旅』)                               is

北アルプスのど真ん中。どっちを見ても山また山。正真正銘三六○度の山岳展望が得られる展望の名山。

 展望の名山ベスト一○を選んだことがあった。展望の迫力、山々の連続性などを基準に、登りやすさなども少しは考えに入れた。自分が登り、実際に好天の下で見たということを前提条件とした上での結果は以下の通りである。@蝶ヶ岳A鳳凰山B北ア水晶岳(黒岳)C美ヶ原D大菩薩峠E穂高岳F塩見岳G飯盛山(八ヶ岳南東)H陣馬山I富士山 大方の納得のいくところであろうか。それとも・・・。

 北アルプスの核心部にある水晶岳は、どこから入って時間がかかるので、登りやすさの点では難点がある。しかしそれだけ深いところにあり、文字通り三六○度の山岳展望が得られる数少ない山なので、ナンバー三としたのである。頂上に樹林などの障害物がなく、三六○度望むことができても、たいていはどこかに”空き”ができてしまう。しかし、この水晶岳からは、どの方面を見ても切れ目なしに三○○○b級の山々が続く。こうした山では、完全に一周する”究極のパノラマ写真”の撮影も楽しみである。

 私が夏に登った時は(注・1975年)、白山や浅間山のように七、八○`離れた山は写真ではわからなくなっていたが、瀬木紀彦さん(笠ヶ岳の項参照)が秋に撮影した写真では遠方も明瞭で、南アルプスなどと合せて描き加えることができた。その瀬木さんの三六○度のパノラマ写真を見てびっくりしたのは、つなぎ方が私と全く同じだったことである。三六○度ということは、つなげていく際出発点をどこにしてもよいわけである。左端が槍ヶ岳でも薬師岳でも野口五郎岳でもよいのに、二人とも槍ヶ岳からつないでいたのである。風景に関する認識には”共同主観性”があるのだろうか。そうだとすると、山岳展望をその起伏量、連続性からデジタル風に計測し、評価することにも意味がでてくるのではないかと、展望に対する”展望”があれこれふくらんでくるのだった。

 ところで、三六○度の図を描くとなるとなかなかの”力仕事”で、原図は約一・五bの長さになった。うんざりする時もあるが、描く際の座右の書が五百沢智也氏の『鳥瞰図譜=日本アルプス』(講談社)である。地理の専門の研究者であり、地形そのものを熟知した上で絵が描けるのだから強い。科学と芸術が統一されているわけである。初めて氏の作品を見た時、本当に手で描いたのかとしばし見入ったものだった。表現方法はもちろん、行間ならぬ”図間”(?)から、展望図に対する姿勢を学ばせていただいている。同書によれば氏が水晶岳に行
かれたのは一九五一年。当時は名前の由来になった水晶やザクロ石が随分沢山あったそうである。私が行った時に見たのはあいにく熊の黒い糞。二日後には鏡平小屋で夜、本当に熊の親子に会うハプニングもあった。

 なお、最近山の標高の見直しがなされている(八ヶ岳・権現岳の項参照)。三角点は必ずしも実際の山頂ではないからだ。そうした際この水晶岳も話題になる。三角点のある北峰(二九七八b)より南峰が高く、三○○○bを超すというのだ。深田久弥氏の『日本百名山』の影響もあり定説の感もあった。しかし、地形図からはそうは見えず、簡易測量で南峰もやはり三○○○bはないことを確認した人もいた。今回の地理院の調査でそれが裏付けられた(二九八六b)。定説をうのみにしない実証性が大切である。三○○○bなくても水晶岳の良さに変りはない。

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