八代のい草


熊本県におけるい草の歴史は古く、約490年前の1505年八代郡千丁町大牟田上上城主・岩崎主馬守忠公(いわさきしめのかみただひさこう)が領内の古閑淵前にい草を栽培させ、特別の保護のもとに奨励したのが始まりといわれています
宝暦年間(1750年代)細川霊感公が栽培と製織を奨励された記録もありますが、明治維新前までは『お止草』(おとめぐさ)として大牟田・新牟田・上上・新開・下村の五つの村に栽培が限られていました
大牟田表、八代表、肥後表と変わり幾多の困難を乗り越えながら地場産業として定着し、八代地方を中心に宇城・球磨地方で目覚しい発展を遂げ、今日では日本一の生産高を誇る『くまもと畳表』の生産地に成長しました
平成9年度全国畳表生産量円グラフ   【 平成9年度 】

熊本県の全国における畳表の生産量は78%(2,500万枚)にのぼり、全国生産量のほぼ8割のシェアを誇ります。また熊本県の中でも八代市郡でほぼ9割生産しています。

【 資料提供 】  八代市

【 平成11年度 】
国内い草作付面積 3.680 ヘクタール
熊本県内い草作付面積 3.300 ヘクタール ⇒ 国内の 89.6%
国内畳表生産量 1.600 万枚
熊本県内畳表生産量 1.300 万枚     ⇒ 国内の 81.2%


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