ラシーン〜さようならそしてありがとう





ラシーンとの最後の日〜2002.8.26 1:30p.m.〜


ラシーンへの惜別の辞



はじめに・・・

 ラシーンが手元から離れて1週間たつ。
 ラシーンを購入してから7年間弱。
 11万キロを上回る距離をともに走った。

 いま、ラシーンを思い、惜別の辞としたい。

パソコン通信にて・・・

 そもそもラシーンを購入したのは、ネットの影響がきわめて大きい。
 当時、日産PAOに僕は乗っていた。
 そしてラシーンに対する漠然とした興味の中、ニフティサーブ(当 時)のパソコン通信の日産ラシーンフォーラムのメンバーとなってい た。
 そこでオフ会に参加した。
 実際のラシーンを見て、接して、感じた。
 それだけでなく、ラシーンフォーラムの中で話題がでていた、リア タイヤキャリアのないモデルへのサンルーフ装着可能モデルのリクエ ストがTYPE−Fという特別仕様車により叶えられたとき、そこに は購入をためらう何らの障害もなく、実物のラシーンTYPE−Fが 手元にくるまで長い時間はかからなかった。
 その後もラシーンフォーラムのオフ会に参加することにより、直接 日産側開発メンバーの人たちと接する機会が与えられたことは大変に 参考になるとともに“ラシーン”に対する愛着をより深めることとな った。
 それは、オフ会だけでなく、ラシーンフォーラムにおいてのリクエ ストが、反映されていくことがカタログにより確認出来たからにほか ならない・・・TYPE−1のラゲッジルーム画像のカタログへの掲 載(リアタイヤキャリアのないTYPE−1はラゲッジにタイヤを搭 載しているが、その画像が当初のカタログには掲載されていなかった ・・・もちろん僕の買ったTYPE−Fのカタログにも)、5Fマニ ュアルモデルが、廉価版としての設定ではなく、「運転を楽しみとす るために」積極的に選択されていることの反映、特別仕様車のTYP E−Jのなまえ等々、枚挙にいとまがない。(もちろんこれらのこと はラシーンフォーラム時のログが埋没してしまった現在としては証明 しようがない。だが、それを知る人がどこかにいてくれるというだけ で十分である。)

 そして、最終的に、ラシーンの販促のために発行されていたラシー ンスタイルブックへ自分のラシーンが掲載されたことにより、“オー ナー心”は最高の形で満足されたことは言うまでもない。(それは今 でも大切に持っている。)
 ラシーンスタイルブックは何冊も発行されているが、その中にはほ かにもラシーンフォーラムで接することができた人々が載っている。 ニフティラシーンフォーラムはその後紆余曲折を経て、日産自動車本 体からは離れた日産フォーラムとして今もニフティにあるが、ラシー ンオーナーだった皆はどうしているだろうか・・・

インターネットへ・・・

 ラシーンが発売されたときはパソコンの普及期に当たり、上述した ようにニフティに代表されるパソコン通信の最盛期でもあっただろう。 その後インターネットが爆発的に広まり、オーナー同士の情報交換の 場がそちらに移動するのにはそんなに時間はかからなかった。
 そして僕自身もインターネットを利用するようになり、そしてウェ ブサイトを開設するにあたってラシーンをその題材にすることにした のは当然の成り行きであっただろう。
 またニフティの日産フォーラムからの知り合いであるとよしんさん が開設したラシーンMLに参加し、そちらでさらに数多くのラシーン オーナーの皆と知り合うことができた。
 MLにおけるオフ会で、千葉県まで走ったこと、丹波篠山からの帰 り雪道を徹夜して走ったこと。モビリティパークでキャンプしたこと 、猿回しを見たこと、どれも忘れられない・・・。

 今更ながらネットの影響は大きくなったと感じている。

ラシーンの購入とネットとの関わり・・・

 ラシーンを購入したきっかけはネットからの情報が最大のものだっ た。そこではメーカーからのメリット情報だけでなく、ラシーンオー ナー達からのデメリットを含む情報、ラシーンがあることで何が変わ るのか、何ができるのかということがオーナーの視点から説得力を持 って語られ、それはカタログに掲載されている数字を自分の生活にお きかえて理解するのに非常に役立った。つまり、ラシーンを購入する ことはその費用を上回るメリットを得られるであろうことを理解する ことができたのである。

ラシーンからA160へ・・・

 今回、ラシーンに変わってメルセデスA−160を購入した。
 当然ながらネット上の情報を最大限に活用した。

 今、情報は与えられる時代から、自ら探し出すことができる時代に なっている。それは、与えられた情報を自ら検証することができるよ うになったと言うことを意味しており(自らの発する情報も検証され る対象となりうることは当然である。)、そしてその判断の結果につ いては自らが責任を負わなければならないと言うことなのである。

いつかきたみち・・・

 話を戻すと、この“いつかきたみち”というページはラシーン とミゼット2のために作ったページである。

 このページを作るきっかけとなった“ラシーン”という車があった こと、その車のオーナーであったことをささやかながら紹介すること ができ、そしてほかのラシーンオーナーにとってすこしでも役に立つ ページであったことを願いながら、ラシーンに対する惜別の辞とした い。


 いつの日にか自分の人生について思いを馳せるとき・・・
自分と共にあったラシーンという車を決して忘れることはないだろう。

 これからどんな車に乗ろうとも、ラシーンと共に走った道を忘れる ことはない・・・
 それは、ラシーンと共にはしった・・・いつかきたみち・・・。


平成14年8月31日午前4時、出張先の東京にて原案作成。