技術ボランティア [ 会報第3号 ]

1998.12.1

発行者・青木与志夫

編集者・中島良一

※PDF版の会報はこちらです。
会報目次に戻る
〜目次〜

天井は見飽きた

技ボラたちと出会って
 ・
自己紹介
 ・
私にとっての、技ボラ
 ・大学で

技ボラで学んだこと
 
技ボラで期待すること

座談会「簡易環境制御装置はこうしてつくられた」(その2)
 ・図面は作らない?
 ・
K-ECSのこれから
 ・
キット化か、量産化か

ことぶき日記(第3回)

風祭通信
 
合体、そして自爆・・・

お知らせ

monologue クマッキーさんが語る

技ボラたちと出会って  クマッキーさんのトレードマーク

kumacky@onosokki.co.jp

■大学で

補聴器を開発研究したい
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

私は当初、宇宙開発にあこがれて工学部に入学した。そして、寮生活をした。寮のミーティングで皆の話がわからず、この時に決めたきまりなどを守ることが難しかった。このようにコミュニケーションができない原因で人間関係に苦しんだ経験から、社会や会社で生きられるかという不安があった。「このままでは、広い世界に見聞を広げることはできず、仕事などが得られなくなる。例え、仕事が得られても生きがいは感じないだろう。」と私が所属していた精密機械学科の先生に相談してみた。すると、先生に「それなら、補聴器の研究開発をしてみないか?」と言われた。この時から、私のチャレンジが始まったのである。

パソコンに興味があったことや、物作りをするにはどうすればいいのかという疑問もあったので、システム工学をほとんど独学で学んだ。そのこともあって、先生の話を聞いてすぐに耳の仕組みとはなんだろう。仕組みをそのまま、DSPにプログラミングすれば、補聴器ができるのだろうかと思った。(しかし、聴覚は驚くに値するシステムなのでプログラムにするのは難しいのである!)

卒論で福祉工学を学ぶ
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

補聴器の研究開発を薦められた先生は、パソコンを利用した福祉工学を専門としている。その先生のもとで、卒業研究をした。先生に与えられたテーマは「失語症患者のコミュニケーション機器の開発」であった。

研究室と研究の連携をとっている言語療法士と、コミュニケーション機器の打ち合わせで千葉労災病院を訪ねた。失語症患者に初めて出会って、他の障害者を考えなかったことに気が付いた。今までは、難聴という障害しか考えてなかった。これも、技ボラに興味を持った要因の一つだと私は思う。

他の障害者を考えなかった…
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

失語症患者は脳の障害で、頭では言いたいことが分かっているのに、発声がうまくできない特徴がある。しかも、ほとんどの失語症患者は右半身が不自由である。利き手が使えず、車椅子の生活を強いられる。コミュニケーション機器を製作するまえに、言語療法士と多くのアイデアを話し合った。入出力をどうするのか?どんな使い方をするのか?など、いろいろな問題を少しすづまとめていった。これもやはり、失語症患者の身体的障害―利き手が使えないという制約に苦労した。結局、入力はタッチパネルにし、出力は音声LSIを利用することになった。データは名詞、動詞など分類した分類語彙表を言語データとして利用し、データベース化する。技ボラで最も苦労するインターフェースはWindowシステムを採用した。機器は、コンビニや工事現場に見られるキーボートなしのタッチパネル式ノートパソコンを利用することにした。

インターフェースやデータベースの検索方法に、未知な部分が多いという問題が残っていたので、本当に使えるかどうかパソコンでシミュレーションして、研究する方針で行った。完成したが、残念なことに卒業間際だったので、そのアイデアの評価実験をすることはできなかった。この悔しさが、東京マイクロコンピュータカレッジという社会人を対象としたコンピュータサイエンスの学校にはいるきっかけになった。

技ボラでジャイロセンサーを利用したマウスを見て、「これを使えば、タッチパネルより使いやすいじゃないだろうか?」と思った。チャンスがあれば、ジャイロセンサーを使ったコミュニケーション機器を開発してみたいと思った。もし、開発できたら発表する(と思う。)

 

前のページに戻る 次のページに進む 事務所に戻る

オリジナル:Prowler7010 最終修正日: 1998/12/22
編集:yossy.aoki 最終修正日: 2006/10/14