・1日目(中村から越智へ移動)
四万十川からのはしごで、仁淀川へと向かう。中村から電車で佐川へ。そこからバスで越智へ。バスは高知発松山行きの長距離急行バス。なのに、私の行く先は佐川からたかだか5,6分先の越智。なんだか変な感じだ。バスの奥まではいるのも面倒なので、「越智で降りますから」と運転手に告げ、入り口付近に立たせてもらう。急行バスは指定席制であり、立っている人なんて誰もいない。恥ずかしい.。越智が近づくとなんと土砂降りの雨。おお、なんてこった。また、雨か。これで何日連続なのだ。
そう思っているとバス停に着いてしまう。ものすごい雨の中バスを降りるハメになってしまった。トホホ。傘はファルトザックの中ですぐには取り出せない。失敗、失敗。今度からは、傘はすぐに取り出せるよう外のポケットに差しておくようにしよう。
とりあえずバス停前の食堂の軒下で雨宿り。現在地もわからないので地図を見てここはどこか考える。バス停を見ると「越智駅」の名。地図を見ても電車は走っていない。昔、電車が走っていたのだろうか。しばらくすると小雨になる。どうしても自分の現在地がわからないので、2.5万図を手にガソリンスタンドへと向かう。
「ここはどこですか。」
なんと間抜けな質問の仕方だ。
「バイクですか、車ですか。」
「歩きです。」
不審な目で見られる。
現在地と、目的の沈下橋の場所を聞くとそそくさと逃げ去るのだった。
10分くらい歩くと沈下橋。河原もある。見るとファルトの人が一人。静岡から来たという。
「ここは、通好みの川ですよ。」と言われる。彼は今日はあまりに気持ちがいいので100メートルだけ漕ぐと言って、本当に同じ河原の100メートル下流まで漕ぎ、そこでテントを張った。
一見不真面目そうに見えるが、そこまでしてテン場を移動するというのは実は大変まじめなのではないだろうか。
彼を見送った後、買い出しに出かける。
越智は意外と大きな町で商店街もあり、食料品は一応何でもそろう。スーパーもありそこには待望のレトルトご飯が売っていた。
移動で疲れたので、昼飯は食堂にはいることにした。『川地図101』によると、越智はツガニソーメンがおいしいので是非食べるようにとある。そこで、食堂のドアを開け、
「ツガニソーメンやってますか。」
と聞く。
「えっ。ツガニソーメン、そんなものやってません。」
おかしいなあ。名物のはずなのに。他を当たることにする。が、食堂は探してもそこ以外にない。しかし、どうしてもツガニソーメンが食いたいのだ。で、役場に行って聞くことにする。
「すみません。ツガニソーメンが名物だと聞いたのですが、この辺で食べさせてくれるところはありますか。」
窓口の男の人に聞く。
「ちょっとお待ちください。」
親切にも役場の中の人たちに聞いてくれているようだ。
「10月のお祭りの時にはでるんですけど、今はないようです。」
やはり四万十川と同じで、ツガニのシーズンしかやっていないらしい。
再び、先ほどの食堂へ。
「ツガニソーメンは、お祭りの頃しかやっていないそうです。」
ざるそばを注文しながらそう言った。
ここの店主は、地元の人ではないのでツガニソーメンの存在すら知らないらしい。
しばらくすると、店主の奥さんが帰ってきた。この人は地元越智の人だ。
越智駅のことを聞くと昔は立派な駅舎のようなバス停があったらしい。そして、誰もが駅と呼んでいたというのだ。駅というと即電車を連想してしまうが、そうじゃない場合もあるのだ。
ゆっくり食事をしたあと、川へ戻る。
たばこを吸ったり、ぼーっとしたりしてから対岸の公衆便所へ洗濯をしに行く。狭い手洗い場で石鹸で押し洗い。ビニールに詰めてテン場へ帰る。
夕方遅くなってから釣りをする。流し毛針だ。橋の下あたりの浅いチャラ瀬でハリを流すとアタリがある。あげてみるとオイカワだ。まだ小さいが、唐揚げには最高だ。それ以降適度な間隔で釣れる。全部で、オイカワ7匹、ウグイ1匹釣れた。それらを唐揚げにした。ウグイは大きかったので3枚におろし、オイカワは腹も割かずにそのまま揚げた。とってもうまい。やはり現地調達は最高だ。
・2日目(越智から片岡沈下橋)
朝起きるとピーカンの天気。今までの天気が信じられないほどだ。さっそく、昨日洗った洗濯物を干す。洗濯物を河原に広げると、灰色の石がカラフルに変化した。
時々洗濯物をひっくり返して、まんべんなく乾燥するようにしていたが、とにかく暑い。何もしていないのに背中や胸に汗が噴き出し、スーッとたれる。たまらん、たまらん。ふと見ると、昨日買い出ししたばかりのピーマンがもう腐り始めている。ものすごい暑さだ。キュウリもホットキュウリと化している。また、昼飯用に買っておいたパン2つも空気が膨張し、ビニール袋がぱんぱんに膨れてしまっている。中は、もう腐っていそうだ。河原の猛暑に耐えきれず川には行って水浴びをしたりしたが、すでに体は超乾燥状態。ビールだ、ビールだ、と、商店街へ。
酒屋へ行くとそこには、冷蔵庫にジョッキが冷やしてあり生ビールをついで売ってくれると言う。それはすばらしい。1杯注文。300円。店内のいすに腰掛けて朝からグイグイ。夕方になると近くの人たちが集まってくるらしい。手軽なビヤガーデンだ。
いい気分になってパンなどを再び買い出ししテントへ戻る。もう腐らせるのはいやなのですぐに買ったばかりのパンで昼御飯にし、ホットキュウリを川で冷やしながら口に突っ込む。
そうしているうちに洗濯物は完璧に乾いてしまった。Tシャツならまだしも、チノの長ズボンまでからっと乾いてしまったのには驚いた。
昼飯のあと、遅い出発。
川はゆったりと流れ、川底の玉石が透けて見える。とても美しい。仁淀川は四国で2番目にきれいな川らしい。地元の人たちによれば、徳島の方にある穴吹川という川に次ぐということだ。
そして、川に鮎釣り師が多い。四万十川にはほとんどいなかった。その違いは何なのだろう。しかし、カヌーにとって危険だとか大変困るというほどではない。カヌーの上で昼寝ができないというくらいだ。
河原には、イソシギ、イカルチドリ、ササゴイなどの川の鳥が遊んでいる。四万十川のように他にカヌーをしている人もいなくて、とても静かで落ち着いた川だ。
が、下るにつれて川底の石の上に泥が付くようになり、川を歩くとその泥が舞い上がるようになる。最近まで降っていた雨のせいなのか、それともじわじわと進行する水の汚れなのか。いずれにせよ、あまりうれしいものではない。
しばらくいくと発電所からの放水口にでる。
四万十川で知り合った人が、ここの渦は大きくてつかまると洗濯機の中のようになってしまい、出るのに苦労すると言っていた。また、ここは鮎釣りの名所にもなっていてたくさんの鮎釣り師が竿を出している。が、川幅が広いので釣り師の方は問題がない。
渦にはいる前から力一杯パドリングをしたことによって渦からは容易に脱出できた。しかし、何も知らずにのほほんと渦に入ってしまったらちょっとやっかいそうだった。
これをすぎればあとは目をつぶっていても下れる、との情報から、スプレースカートをはずし、足まで太陽の光を浴びながらゆったりツーリングモードにはいる。双眼鏡も首から下げ、優雅なバードウオッチングツアーである。時折チーっと鳴いて飛ぶカワセミを双眼鏡で追跡するのはとても楽しい。俺は何もしないのに何でそんなにビビルんだあ、などと思う。
そんな中、川が大きく二つに分かれているところに出た。右は浅そうだが下れる。鮎師が2人ほどいる。左は、大きな石で進路はよく見えないが浅くはないようだ。
迷った末、左へ。やはり鮎師はいやだからだ。
が、その直後、
「うそー、そんなの聞いてないよおー。」
となる。
なんと目をつぶっていても下れるはずの川に落ち込み出現。予期しないところに突如現れた上、無防備にもスプレースカートをはずしている。船は大きく右に傾きコクピットから水がジャバーッと進入。
「うわあ、沈するうううう。」
素早く右のパドルを大きくのばしリカバリー。なんとか最悪の沈は避けられたものの完全な水船状態。さらに首から下げていた非防水式の双眼鏡が水をかぶり浸水。これは参った。すぐに布で水を拭いたのだがすでに遅し。双眼鏡の左レンズは細かな水滴で曇ったまま。優雅な時間はそう長くは続かなかったのである。
しかも、双眼鏡を少しでも乾かそうと首から下げてその後も下っていたところ、またまた大きな瀬があり、またまた水をかぶってしまうというハメになってしまった。
やはり、カヌーいすとの双眼鏡は防水に限るという結論になりそうだ。(問題は金だ。)
この日は、片岡沈下橋手前の左岸に上陸。テン場に決定。一日中暑かったので、ビールを求めて集落まで歩く。酒屋を発見したのだが、お盆で休み。仕方なく、かわいくジュースで水分補給。
テン場に戻ってもまだ夕御飯には時間があるので、10年のカヌー人生で2度目というロールの練習を始める。岸から数メートルのところまで漕いで、わざと沈。心の中では、「ここでセットをするんだよな。」と思いながらも、頭の中はすぐにパニック状態。体の方はさらに弱気で、沈と同時にカヌーから勝手に脱出してしまっている。やはり、私にロールは似合わない。すぐにくだらん練習を中止。
夕飯の準備をしていると、なにやら放送が。
「本日8時より盆踊りを行います。一年に一度の盆踊りですので、みなさんよろしくお願いしまーす。」
最後の「しまーす」の言い方からするとすでに役員の人は酔っぱらっているようだ。
その後も、
「ご婦人の方は花を付けますので、受け付けに寄ってくださーい。」などと、上機嫌の放送が何度かある。
楽しそうな盆踊りのようなので見に行こうかと思ったが、一年に一度の部落の人の楽しみをじゃましてはいけないとも思い遠慮。(焚き火の横で聞いていたベイスターズ戦のラジオから離れられなかったともいう。)
・3日目(片岡沈下橋から伊野)
沈下橋で遊ぶ子どもたちを横に見ながら下流へ。徐々に都会へと近づくためか、河原でキャンプをする家族が増えてくる。中には、河原にキャンプ場があるところもあるようで、そういうところは関東の海水浴場並に混雑していた。
そういう中を何度か通過していると、2人乗りのゴムボートが岸から離れたところでばちゃばちゃ遊んでいるところに出会う。が、乗っていた高校生ぐらいの男2人は、
「すんまへんが、これひいてもらえまへんか。」
聞くと、流されてしまったのだという。瀞場のようで流れもあまりないような所なのにどうしたことだろうか。
とにかく、カヌーのバウ(前)のグラブループにつかまらせ、バック漕ぎで川を遡上し、仲間の所へ引っ張っていった。彼らはちょっと恥ずかしそうだった。
伊野で上がることにする。この下には堰があり、それを越えるのが大変そうなのと、その下は私の大嫌いなジェットスキーの天下らしいからだ。
橋をくぐった所でカヌーを止める。そこから川は大きく左右に分かれるため、テン場を決定してからその方にカヌーを進めないと上陸できなくなる可能性があるからだ。
左岸を歩いていくと、おじさんが横になってのんびりしている。
「何をしているんですか。」
「ゴリを捕っているんだ。」
見ると、川の中に金属製の網ざるのようなものがある。仕掛けは、梁と同じで、下流から上ってくるゴリが網の中に自然に入るということになっている。そばのバケツには、すでに何百ものゴリが入っている。
「すごいなあ、何時頃からやっているんですか。」
「そうだなあ、11時頃からかなあ。」
今は、4時なので、かれこれ5時間もそうやって寝そべり、ゴリがある程度網に入ったらバケツに移すという作業をしていることになる。何ともいい午後の過ごし方ではないか。
これを酒で煮るとうまいんだそうだ。
川岸をさらに歩くとカヌーをあげるのには最高のはやりの親水護岸があり、その上が芝生になっている所を見つける。カヌーに戻り、そこまで漕ぐ。
すぐにカヌーをばらして干す。ふと目を上げるとそこには大きな煙突が。やったあ。銭湯が近くにある。俺は天才だ。こんな所を見つけるなんて。最高じゃないか。
早速タオルとお風呂セットを持ち出発。何てったって仁淀川に来てから風呂に入ってなかったからなあを考えながら煙突を目指す。
が、ガガーン。煙突はこともあろうに製紙工場のものだったのだ。私の住んでいるところでは、煙突なんてもう銭湯以外考えられない(実際、子どもの中には煙突とは何か知らない子もいる。)のだが、まだ工場の煙突というものがここには存在していたのだ。
しかし、私の体はもう銭湯に入るつもりになっていて、
「今更、ダメなんて私耐えられないわ。」
と言っている。
そこで、電話ボックスへ直行。タウンページをめくる。銭湯、銭湯、銭湯は、っと。
再びガーン。こんな大きな伊野町なのに銭湯が、ない。うっっそーーー。
はあ。大きくため息をつきながらとぼとぼと戻る。
そして、川岸に腰掛け一人ブルーに向こう岸を眺める。対岸には私の小さなテントとは違う大きなホテルらしきものがライトアップされて輝きはじめている。でかいなあ。なんというホテルだろう。
「かんぽの宿」と書いてある。
ん、何。かんぽ。かんぽ・・・。かんぽの宿なら立派なフロがあるじゃないか。
また電話ボックスへ。
やったあ。8時までなら外来入浴OK。
ルンルンしながらテン場に戻ると、川岸で釣りをする親子あり。話をすると、その人もカヌー(ダンサー)を持っているとのこと。いろいろと話をするうちに親しくなり、私がビールを買いに行くというと自転車を貸してくれた。そのビールを飲みながら釣りをしているのを眺めていた。
「いいでしょう、この川は。何てったって、四国で2番目にきれいなんだからね。」
この川でいろいろな人と話をしたが、一番気持ちが良かったのは、誰もがこの川に誇りを持っているということだ。鮎についても、四万十の方が大きいけれども味は仁淀川の方がいいと言う人が多い。
「オラの川はきれいだぞ。」そういえる川を持っている人はとても幸せだと思う。そして、その川のそばに住んで、その流れを見ながら生活できるってほど、すばらしいことはないのではないだろうか。
そんなこんなでゆったりしているうちに、とてもフロに行く元気はなくなってしまった。なにせ、対岸に見えるのだが、橋まで戻り、川を渡り、また歩くととても10分や20分で行けそうな気はしなかったからである。
ちなみに、次の日かんぽの宿まで歩いていったが、片道30分かかった。また、右岸にもキャンプができるスペースがあった。そちらの方が、かんぽの宿や駅には近い。
が、左岸の方(私がテントを張った方)には、和紙の博物館やお寺がありこちらも魅力的であった。(負け惜しみではない)