天神 信一の肺がん闘病記
日付
場所
項目
内  容
備考
←前のページへ
■再発・転移、入院
2003/03/20(木) がんC 入院手続き 入院の受付をするとA棟6階との事でホッとする。(B棟でなくて)
6階に行くと看護師に案内され、部屋は608号室の右側真中だった。そう思い通りにはいかない。
体重、身長を計る。あと、心電図、レントゲン検査。昼食は用意されていたが、湯呑、箸は持参しなかった。同病室の人に割り箸をもらう。
咳が止まらないと言うと、もう少し強い粉薬に変えるとの事。
後で、FO先生に説明を受け、明日から2日間は外泊OK,日曜日は9時に戻り1日尿を貯める。
月曜日3時に治療計画等を話すとの事。
咳止めの薬を看護師さんが持ってきてくれた。1日4回。毎食後と就寝前。
 
自宅 外泊 帰宅する。  
2003/03/21(金) 自宅 水戸(西郷地)に行く 朝5時起きの意気込みも、7時過ぎの出発となる。運転は次男。連休初日のせいかあちこちで渋滞、常磐道渋滞は初めて。10時頃着。叔父夫妻が来ていた。追い出すような格好になってしまったが。
親父もお袋も元気そうで、ホッとした。
普通の他愛もない会話をする。
正月来なかったので、甥にお年玉をあげる。社販で買った評判の枕4人分を持参。
昼、寿司、フライ等をご馳走になり、2時過ぎ西郷地を出る。
 
2003/03/23(日) がんC 外泊から戻る 午前10時〜翌日10時まで貯尿。
咳き止めの古い薬は看護師さんに預ける。検便2本。
7時頃妻来る。アガリクス2本、水1本、耳栓、梅干、ハンガーを持ってくる。
夜の消灯が厳しくなったとの事。武蔵、GoodLuckを最後までみて寝る。
周りのいびき、耳栓助かる。
 
2003/0324/(月) がんC 治療 夜中いびきで4回起きる。
前日寝る前に靴下とズボン下を脱ぐ。朝方寒く、靴下を履く。
朝の検温時は普通だったが、7時30分頃熱を測ると37.8度。体調悪し。
ウィンドブレーカーを着、横になりウトウトする。汗もかく。体調戻る。
9時シャワーを浴びる。
10時40分頃、がん友K子さん来る。
妻へTEL、持って来て欲しい物を告げる。
3時ギリギリ妻病院着。二人で説明を聞きにFO先生の所へ行く。
3/20入院時のレントゲンを見せてもらうが、両肺のがんは無数、大きくなっている。早めの治療開始が必要と思われる。
詳細は参考資料の治療計画参照。
抗癌剤治療(1、8日目)
 3/25(火)、4/1(火)に点滴。退院。自宅療養。第1クール終了。
  ・・・・・>入院。を第4クールまで繰り返す。
 
2003/03/25(火) がんC 予定 「骨の検査」核医学検査(骨シンチ)
呼出  9:00投与、呼出  15:10検査
9:00頃 抗がん剤治療の開始。
 
  がんC 治療 9時抗がん剤治療の開始。
同時に2F「骨シンチ」の注射を受ける(点滴引きずり)
点滴の中身は別途記録。
点滴中は全く普通と同じ、副作用もなし。昼食も普通に食べられる。
14:20頃、点滴が終わる前に「骨シンチ」に呼ばれる。看護師より。点滴は落下スピードを弛めてくれた。(最後の液は利尿作用が有るとの事、トイレに行く。)
2F「骨シンチ」検査。検査開始直後、点滴の所為か汗がダラダラ流れるように出た。
別の器械に移る前にタオルを借り、汗を拭き、トイレに行かして貰う。(利尿作用のせい)無事検査終了。
途中点滴が終わり逆流していたので、走るように病室に戻り(15:20頃)ナースコールをして、外してもらった。
16:00入浴。夕食は無事食べられる。
夕食後、同室の「AMさん」のHPを覗かして貰う。
消灯直前まで見ていた。途中、HPよりAMさんにメール送る。
 
2003/03/26(水) がんC 予定 CT検査 9:30(10分前までに)、CT造影・頭部  
  がんC 治療 朝の検温:35.7
本日検査、絶食の為早めの薬、水、セレン茶を飲む。
7:00頃、高山の耳鳴り状態、シャックリが出る。副作用の所為。耳鳴りは11時頃解消。
9:15−3FでCT受付。がん友K子さんが後から来る。
造影剤の注射をしCT実施。
10:00頃病室に戻る。牛乳とアップルクレープを食べる。KWさんからの差し入れも有り。健康食品を飲む。
検温36.0、血圧を測る。咳の薬の追加が出た。種類の多い薬の小分けをした。
12:30食事中、がん友K子さん立ち寄る。預かり物を渡す。明日また。
15:00TI部長が見舞いに来て下さる。果物頂く。
病室で病院での近況報告。1F食堂に移動して、会社の近況を聞かせて頂いた。
16:00病室に戻る。メールを書く。妻、会社の人。
AMさんの奥様とHPの話等で話し込む。
17:50健康食品を飲む。(食事間近だが)
18:00夕食。少し吐き気があり、残す。先程の健食の所為か。夕食に出たフルーツはイチゴ。イチゴは差し入れとダブル。2回とも。
19:00頃、看護師、吐き気の話で吐き気を抑え、少し腸を刺激してくれる「座薬」を用意してくれる。便秘のため下剤も1粒もらう。
20:35座薬を入れる。吐き気治まり気味。お腹がグルグル言うが、消灯ギリギリまでガマンしてトイレに行ってみようと思う。結果は×出ない。
夜中3:30頃再度挑戦も×どうしても出ない。
 
2003/03/27(木) がんC 治療 6:20検温:36.5 吐き気の話で座薬。
朝食は吐き気で口に出来ない。梅干1個とおかずで出た昆布の佃煮少々。
座薬は忘れているようなので、催促する。座薬を打って横になる。1時間30分後位にトイレへ。前回の座薬と同じで液状のものが少し出て、少し力んだりしてねばってみる。硬い便が出口を塞いでいる感じ。力みを繰り返し、肛門を閉めたり開いたりして刻んで出してみると見事に出た。少し楽になる。
何か口に出来るものは無いかと、昨日頂いた果物を開けてみる。イチゴが傷みそうなので、腐りかけを選り分けて食べる。
がん友K子さんが約束通り、立ち寄ってくれる。見舞いの花を頂く。お互い病人なのに、不思議な感じで恐縮である。
自分のパソコンでの闘病記や、AMさんのHPの紹介や、K子さんの抗癌剤後の副作用体験などを聞く。
昼食は少し食べられた。売店で買い物をし、小さい「赤いきつね」「緑のたぬき」
「焼きそば」とガム、歌舞伎揚げ、サンドイッチを買った。
風呂は18時しか空いてなかったが、予約して汗を流す。風呂から上がって、飯を食おうとするも、まるで受け付けず。「緑のたぬき」や歌舞伎揚げを食す。
妻が来てくれた。着替え、果物(グレープフルーツ)を持って来てくれた。
明日2階の横浜銀行で「プロポリス」の振込みを頼まれた。
義理の叔母が土か日に見舞いに来るそうである。
 
2003/03/28(金) がんC 治療 朝、早めの検温37.5。少し熱があり、気分は悪い。
何も食べないといけない、と思い煎餅を食べて薬を飲む。
朝食は口に出来ず、寝込む。(氷枕を用意してくれた)
FO先生には、「無理してでも食べないと、吐気が長引くよ」と言われた。
売店にて、水、いなり3ケ、プリンを買ってきて食べる。
妻から依頼の「横浜銀行振込」の件は対応してないとの事。
吐気止めの薬6日分が出る。(すぐ1錠飲む)
本当は月曜日だが、臨時の採血をする。
昼ちょと前、トイレに行く。硬そうな便が出そうで出ない。いくら力んでも、肛門の開閉で便を千切ろうとしても。15分位格闘してもダメで、脂汗がでてきたので覚悟を決めて、ナースコール。
事情を説明し、ゴム手袋を持ってきてもらう。その手袋で詰まっている便を指で掻き出す。コロコロがでて最後に長くて太い便が出た。やっとすっきり。昼食は半分くらい食べた。夕食も半分くらい。
 
2003/03/29(土) がんC 治療 朝検温38.5
朝食が運ばれても、匂いで吐気が増大。当然食事は出来ない。洗面所で胃液を吐く。
少し治まって、熱を測ると39度。ナースコール。解熱の座薬を打ち、氷枕をして寝る。汗をかいて熱を下げる。
本日午後1時30分、義父母、義叔母見舞いの予定だったので、歩くのも辛かったが妻にTEL.事情を説明して、断りのTELを依頼。
9:00頃 売店で水、オロナミンC、アイス、ヤクルトを買ってくる。
午前中には熱は下がり、楽になる。
夕方妻が来てくれる。着替えや水、生姜の佃煮、蕗の佃煮、プロポリス、果物等を差し入れてもらう。義父母、義叔母、明日来てくれるように手配をお願いする。
 
2003/03/30(日) がんC 治療 6:05座薬を入れる。熱38度。看護師が掛け布団1枚追加してくれ、氷枕を用意。
6:40トイレに行くも、右側使用中だったので、エレベータで2Fに行くも、途中出てしまうかと思うほどだったがトイレでしゃがむとオナラと一緒にボンと出た。やわらかめの便であった。
ベットに戻り、寝る。途中熱を測ると39.5度
朝食は食べられず。昼食は少し。
義父母、義叔母見舞いに来てくれる。
着替え、バナナ、オレンジ、煎餅、水の差し入れ。
 
2003/03/31(月) がんC 治療 朝方熱36.6度。今日は大丈夫か。6:00吐気止座薬。6:50トイレやわらかい便。
朝食、ご飯にお茶を掛け、梅干、梅昆布、生姜の佃煮等で食べる。7:30熱37.7(もらっていた座薬を入れる)
FO先生
・解熱の座薬をもう1本増やす。
・点滴(栄養剤)を打つ
・明日の予定は、本日の血液検査、レントゲンの様子から
8:30点滴(栄養剤)開始、8:50採血 9:00検温36.6、10:00レントゲン
10:55検温36.2 新しい薬(朝方の熱を防ぐ)3日分
11:00吐気止座薬 11:10検温36.2熱は下がった
 
2003/04/01(火) がんC 治療 6:00今日は昨日の薬の所為か、熱は上がらず。ブラインドを開けると、驚くかな桜は一気に8分咲き。
座薬をもらい打つ。トイレやわらかい便。
朝食:飯が粥だったので、食べれた。
予定通り、抗癌剤の点滴を打つ。先週と同じメニュー。
AMさんとお客用椅子に座り、看護師の名前と特徴を教わったり、子供の話や色々他愛も無い話を長々とした。楽しかった。
売店に行き、水、カルピスウォーター、梅しば、耳かき等を買い病室に戻る。ハッポースチロールの入れ物の氷を入れ替え、買ってきたものを整理して入れる。
昼は粥のせいで、順調。Wさん本日退院。お住まいは三浦海岸との事。
もらった煎餅(のりせん)を開けて食べる。皆さんにお裾分け。最後には3個ずつ配る。
点滴終了で、シャワーを浴びる。一息つくと気分爽快。
会社にTEL,HMさん宛名職人の件、実は乗換案内だった。MIさん、決算短信等のpdfファイル、HPの修正、アップロードに関して質問があった。KOさんに説明はしたが、MMさんが良いと答えた。
TIさんには近況報告。メール返事の件はすぐ返送した旨伝えるが、再度確認、再送も。
TMさんにもTEL。E-MACの件や、他の件で。
病室に戻り、がん友K子さんへメールの返事。
夕食は8割方食す。妻からTEL。持ってくる物の確認と、TOさんが明日見舞いにくるとの事。
 
2003/04/02(水) がんC 治療 夜中2時頃目を覚まし、寝付かれず。眠剤を半分程もらうも、シャックリが出始め苦労した。シャックリ止めをいろいろ試みるも、止まらず(AMさんのHP、看護師さんの氷水一気飲み)お手上げ。本日は、終日天気が悪そう。霧雨。
朝の検温36.2 安心。朝食も8割方食す。
水、氷の入れ替え。
インスタントコーヒー買ってきて飲む。(たまには飲みたい。許して!)
TOさん、5時40分頃見舞いに来てくれる。
水信の果物、高そうな苺と、初物の枇杷。
パソコンを見せながら現況を話してるところで、夕食が運ばれる。電話があったみたいで、席を外した。
戻ってきたときには、食事も終わっていて(ほぼ完食)話の続きと思ったが、会社の話へと話を切り替えた。
直販の現況を聞き、HP通販の話をした。
最後にお見舞金(HSさんと連名)を頂いた。何度もいいのに。
 
2003/04/03(木) がんC 予定 8:30採血  
  がんC 治療 眠剤を飲まずに眠れると思っていたが、2時前に目が覚めて以後寝るれず。パソコンとノートを持って、いざ2Fへ。ちょっと寒い。1Fへ階段で向かうも、女医が追い抜いていく。何事かと思っていると、霊安室から警備の方が出てこられ、先程の女医さんが中に消えた。警備の方に事情を説明し、1F食堂受付に座っていて良いか尋ねると、ついてきて確認後OKしてくれた。
古い手書きの闘病記をパソコンに打ち始める。しばらくすると先程の警備の方がこられ、3時にパン屋さんが来るからそれまでには2Fに移ってくれというので、2Fはちょっと寒いので、戻ってきてよいか尋ねると、ダメという顔をするので、3時近くに成ったら、2Fへ移動した。今度は2Fの場所探し。エレベータ前方右に机発見。キャスター付で、それを会計前の一番明るそうな椅子の前に設置。パソコンとノートを広げ、続きを打ち始める。と、エレベータからHY看護師が降りてきて、こちらに向かって歩いてくる。事情を説明すると、構わないが看護師に一言いってきた方が良い。今は私が連絡しとくから、今後はそうしなさいと言われた。少し経つと連絡しといたから、と言いに来てくれた。ごめんなさい。それでも4時前には体が冷えてきたので、机を片付けて病室に戻りベットに横になった。5時30分までぐっすり、そのまま起きた。
夜中/番外編
    治療 早めの洗面、6時を待ってブラインドを開ける。もらった苺を2個ずつ4人へ配る。
昼から粉薬を2袋にする。ミニコンサートを聞きに行く。終わって、病院の外を少し散歩する。売店で日清のカップラーメン小、ガム、プリッツ、ヤクルトを買ってくる。カップラーメンはすぐ食べた。
16:00予約の風呂に入ろうとすると、女の人が入ってしまったので17:00予約の人なのでチェンジしてあげた。
普通
2003/04/04(金) がんC 治療 耳栓なしでぐっすり寝たが、トイレには何度も起きた。夜中熱を出し、氷枕をもらう。汗をかき、何度も下着を替えた。その内熱が下がったので、氷枕を外す。朝方また熱が上がる。37.7度。また氷枕をもらい、便秘なので一度すっきりしたいと言うと、今飲んでる薬はそのままで、座薬を出してくれた。1時間後トイレにいったが、少ししか出なかった。でも、出たせいで気分がよくなり、みるみる熱も下がった。カップ焼きそばを食べる。
がん友K子さん立ち寄る。4月16日頃、1週間ほどの入院との事。
1F食堂にてラーメンを食べる。細麺のサンマーメン風で普通の醤油ラーメンではなかった。夕方妻から電話があり、外泊の場合今日の帰りに迎えに行く。日曜日は19時30分病院に送る事で決定。
薬の追加が出た。外泊のため、座薬2個も。病院の夕飯は食べなかった。
 
  自宅 外泊 家に帰ってきて食事をしたが、余り食べられなかった。家でトイレに行くも、硬い便で苦労する。2回、少し出てるが完全ではない。掻きだしも失敗、出血がひどい。右脇腹も痛い。
同病室のTTさんから検索依頼のあった(検索済)中伊豆の湯治場の印刷を取った。
 
2003/04/05(土) 自宅 外泊 熱は出ていない。再度トイレで挑戦。硬いウンチが出た。その後トイレに行ったときは、やわらかいウンチだった。右脇腹の痛みが少し和らいだ。粉薬2包は飲まないようにする。
昼、旨いそば屋近くにあったっけ?と妻に尋ねると、ないよと言いながら、そばの在庫を確認している。自分で作ろうとしている。とろろはあったっけ?と聞くと、当然そんなものはないとの返事。買いに行くのも億劫(外は冷たい雨)だったので「とろろ」は諦めたが、ほんとうはとろろを付け汁に混ぜた、ざるそばが食べたかったのである。そうこうするうちにできあがったのは、しその天婦羅、野菜のしらす入かき揚げつき「かけそば」だった。ネギの薬味を入れ、七味をかけ、かき揚げを浮かべて食べたそのそばは本当においしかった。後で自分でお椀に水で少し薄めたつゆにそば、ワサビとネギをいれ、のりを刻んで食べた。これまたおいしかった。
夕方、契約プロバイダの個人ホームページについて、説明を印刷した。
個人ホームページ作成の準備を開始する
2003/04/06(日) 自宅 外泊 昨夜遅かったにも関わらず、朝5時30分頃目が覚めた。薬、トイレ。
昨日の新聞広告で、買い物他今日の予定を決めていたので、車でユニクロに買い物に出かけた。
不二家のケーキを買いに。(実はレストランだと思い込んでいて、パフェが食べたかったのだが)
夕飯はリクエストでカレーに。多少の味覚障害の副作用かいつもの味に感じなかった。トイレは下痢。
19:00頃家を出て、病院に向かう。19:20頃病室着。新しい患者さんが正面真中にいた。KN看護師に外出中預かりの(未使用)座薬を返す。外泊中の便の話をすると、下痢止めの薬をもらう。すぐ薬を飲む。
 
2003/04/07(月) がんC 予定 採血、レントゲン  
  がんC 治療 朝5:45頃早めにブラインドを開けると、お天気は良さそうである。丹沢の山々は見えたが、富士山は見えなかった。
ところが、6:15頃外を見ると、真っ白な富士山が姿を現しているではないか。感激。
下痢止めの薬を飲むことになった。
10:00頃 レントゲン
SMさんが退院した。次回は放射線治療をするそうである。
13:00前、FO先生が白血球が1800まで落ちている。明日から白血球を上げる注射をする。木曜日採血。また効果が出ている(癌が小さく)との話があった。
看護師がきて、今日から白血球を上げる注射をすると言って注射をされた。
自分のホームページを作る(闘病記)事を決意する。プロバイダへの申し込み(無料)をした。ホームページの骨子を作り始めた。
個人ホームページのプロバイダ申し込み
ホームページの骨子作り開始
2003/04/08(火) がんC 予定 白血球増加注射  
    治療 10:00頃 白血球増加注射
退院したSIさん今日からまた入院された。
ホームページ取り急ぎ作成し、アップロードしてみた。中身は別として、成功である。妻と弟にメール連絡する。しばらくすると、妻から修正命令があり、同感だったので修正し、アップロードした。
「アクセスカウンター」機能と、「掲示板」機能を使いたかったので、調べ始める。1回目の設定では完全に失敗である。
AMさん夫妻が病室に顔を出してくれた。外来で来た帰りだ。ホームページ作成の報告をし、気づいたところの指摘をお願いした。
しばらくしてメールで、実名表示が4箇所あるとの指摘を受け、直ちに修正した。
「アクセスカウンター」機能と、「掲示板」機能の不具合を修正し、アップロード。
「アクセスカウンター」がまだ不完全であるが、明日以降に直す事にする。
と思ったが、落ち着かないので調べたら、記入ミスがあり修正したら正常に表示した。
 
2003/04/09(水) がんC 治療 朝5:20外が明るくなってきたので、ブラインドから外を覗いてみる。まーなんと美しい、富士山がくっきり見えるではないか。思わず、3個有る内の2個のブラインドを半分まで開けてしまった。
メールを受信したら、家族3人からホームページを開設したことに関するアドバイスや励ましをもらい感激した。ありがとう。
今、治療と言っても白血球の数を上げる注射くらいで、経過観察と言ったところか。
10:30頃 白血球の数を上げる注射をする。
11:00過ぎ、AMさん夫妻病室に立ち寄る。AMさんの奥様と、同じ病室の(自分のいる病室)TTさんが明日誕生日なので「ハッピィバースデー」を歌ったり、いろいろ話をした。AMさん夫妻と自分とは歳も近いので、お互い同窓生のような感覚で話しているようである。気が付かなかったが、自分も中学、高校の同級生をイメージしたりしていて、同感だと思った。また、AMさんは自分のホームページの掲示板に書き込みもしてくれていて、勉強することも一杯である。
ちょっと便秘気味だったが、やっと下痢気味だがやわらかい便が出た。すっきりした気分である。
 
2003/04/10(木) がんC 予定 採血、白血球の数を上げる注射。TI部長14:00来院予定。  
治療 本日富士山は、雲で見え隠れもほとんど雲に覆われている。
8:50採血
10:30がん友K子さん立ち寄る。16日から入院予定。近況を報告し合い、子供の話やがんの話をする。と、ボランティアの方が入って来られ、同じ病室の患者さんのマッサージをはじめる。そういえば、先週もボランティアの人が話し掛けてマッサージをしてもらっていた。K子さん「いいな〜!あたしも今度してもらおうかしら」、自分は先週声もかからず、恨めしそうに眺めていた事を話す。しばらくしてK子さん帰る。
そうしたら別のボランティアの方が入ってきましたヨ!でも、自分の前の患者さんに声を掛け、内心アー!なんて運の無い星の下に!と思っていると、前の方が断ってくれたので、来ました来ました、こちらの番が。マッサージでもしましょうか?と言われたので、いいんですか?というと、ハイ!というのでお願いした。内心ヤッター!である。ほんとうに気持ちよかった。
10:30頃  白血球の数を上げる注射
14:00頃 TI部長、TOさんが見舞いに来てくれた。有給休暇の話、1年半の休業手当ての話をして下さった。少しホッとすると共に、治療に専念できそうである。(精神的な負担が軽減された)
また、会社の近況やTOさんの家族の話、保険の話などして帰られた。
16:30風呂(シャワー)にはいる。抜け毛がすごい。恐らく数日で禿げるであろう。
 
2003/04/11(金) がんC
外出 薬が2種類今朝でなくなったので、追加をお願いする。
FO先生に外出を打診するとあっさりOKが出た。抜け毛がすごいので、散発(思い切って短く)と買い物でもしてこようと思う。
また、FO先生から4/14(月)血液検査をし、午後2時に今回の治療の結果をお話し、退院(但し、その場で入院手続きをする)にしましょう、と説明を受けた。
2週間程度の自宅療養(次の治療に備えて体力を回復する期間)となる。
外出届を9:00〜17:00で出し、病院を出る。相鉄二俣川に向かってむっくり歩き出す。運動不足だから、散歩のつもりで。ほどなく駅前の長崎屋に着く。2階入り口前の長いすに座り、一息。10:00開店だからあと20分ほど時間があるので、二俣川駅に向かって歩き出す。駅の立ち食いそば屋、宝くじ売り場が移動していて、ひとつの建物(プレハブ?)の中に収まっている。少し様変わりしていた。ドコモショップも改札正面に新装開店していて、まだ開店前だったが新しい機種などチェックしておいた。
 
      そうこうしていると、10時近くになったので、長崎屋に行き帽子売り場を目指した。坊主にした後に被る帽子である。だが自分がイメージしていたような帽子が無い。諦めて床屋に行った。どうしますか?というから、一番短くって言ったらどのくらい?と聞き返すと、2ミリ!と言うので、じゃあそれで!と言うと電動バリカンであっという間、もう丸坊主。外へ出ると頭ヒンヤリで少し寒い。これはどうしても帽子を探さないとと思い、駅をはさんで反対側の西友へ。西友にも思ったようなのが無い。と、西友の前のジーンズショップを覗くと、イメージ通りの帽子をマネキンが被ってる。ヤッタ!と思ったが、開店前。ガラス超しに覗くと、店員はいる。こちらに気づいてはくれたが、開けてくれそうにも無い。諦めて、少し時間をつぶそうと思い、自宅に立ち寄る。禁止されているコーヒーを1杯入れ、ベットに横になると、ウトウトしてしまった。軽く昼飯を済ませ、先程の携帯のことも有るので少しお金を補充し、家を出る。ジーンズショップに行き、帽子を探すとワゴンにいろんな種類の帽子があった。その中から一つを選び、購入。早速被ってみると、頭が暖かい。途中ドコモショップに寄り、午前中覗いたときと違ってプライスカードがあり、店員さんを呼んでいろいろ聞いてみる。これはと思う機種「N504iS」のブルーの在庫もあり、手持ちのお金と貯まっているポイントで、ぎりぎりお釣りが来ると踏んで、購入を決意。少し待たされたが、いろいろ係りの人とやり取りがあり、さてお会計、ドキドキしたがギリギリセーフ。散歩を意識し、踏みしめるように病院へ向かう。  
     
帽子を被らない時
帽子を被った時
 
      病室に戻り(16:10頃)、メールをチェックすると、会社関係で6通きていたので、何通か返信する。一日中留守にしていたし、金曜日なので少しあせった。また、メールの中に以前自分の部下だったAIさんと、今も一緒に働いているAIさんの同期ESさんが見舞いに来てくれるというのもあり、坊主にしたばかりなので、少しはずかしい気もする。
 夕食を食べていると、その二人が顔を出し、お見舞いだと言って綺麗な花を持ってきてくれた。感謝、感謝。ご飯を食べながらいろんな話をし、食事を済ませ、片付けてまた話をした。と、今日買ってきた携帯の話になり、ESさんが一緒に写真を撮ろうと言い出し、説明書も見ないで操作し始めた。その時の写真が右の写真である。あとで説明書を見てわかったが、明るさ調整、ズームもあったのである。3人でセルフタイマーで撮った写真は失敗だった。そんなんで、ワイワイガヤガヤ、先生と生徒、生徒が見舞いに来たみたいなどと言いながら、本当に楽しいひと時を過ごさせてもらった。面会終了のチャイムとアナウンスがなったので、エレベーターまで見送り、二人は帰られた。娘くらいの若い女の子と話していると、元気を分けてもらったような気になる。お二人さん、ほんとにありがとネ!!と同時に2人残っていた病室の患者さん、ほんとうにお騒がせしました。ごめんなさい。
 でも、この記事にしてもMayさん、hideさんの掲示板書き込みに対する対応も、消灯時間に阻まれ、実際は4月12日に書いている。なお、上の2枚の写真は12日の夜中、2Fで説明書を読みながら撮ったものである。(はずかしいけど、掲載しちゃいます)
 
2003/04/12(土) がんC 治療 6人部屋の3人が外泊で、自分も含めて病室に残っているのは3人。少し寂しい。
体調はここのところ良好である。
Mayさんの紹介で、自分の掲示板に「のりちゃん」(初対面でずうずうしくちゃん付けで、すみません。でも、自分でのりちゃんって言ってるからいいか!?)から書き込みがあり、ホームページを拝見させて頂いた。ダイエット目的がきっかけでランニング゙を始めて、もう17年の素敵な女性である。
また、hideさんの闘病記もじっくり読ませていただいた。みんなガンバレ、ガンバレの気持ちである。
静かで、まったりとした感じ。今日は特別かわった事もなさそうである。
 
2003/04/13(日) がんC 治療

夜中2時に目が覚めて、少し眠れず携帯、説明書片手に2Fへ。(もちろん看護師さんには一言言って)まだ使い慣れていないので、いろいろな機能を試す。また、迷惑メールも多いので、アドレスの変更もしてみる。
5:00久々の便、少し難産。でも、すっきり。
14:00風呂。髪の毛が短い(殆どない)せいかシャンプーは本当に楽である。
18:40頃 妻、次男見舞いに。明日退院なので、早めに持って帰れるものはお願いした。

 
2003/04/14(月) がんC
→自宅
退院
朝、上半身に発疹が出ていて、少し痒い。FO先生に相談すると、外来時皮膚科の検診を受けるように言われる。
9:00頃 採血。10:00レントゲン
退院の準備(片付け)を少しずつ始める。
2:00妻も病院に到着したので、FO先生の説明を聞きに「ナースステーション」に向かう。先生からは今回の治療の効果(3/20の入院時から4回レントゲンを撮っているが、1回目の抗癌剤治療直後のレントゲンは3/20より大きくなっているが、2回目の抗癌剤治療後のレントゲンは前回よりも、3/20よりも小さく、また最終、本日のレントゲンは更に小さくなっている)や、退院後の注意事項等の説明があった。
入院中の清算をし、自宅へ。
 
     
 

 

 
 
Copyright S.Tenjin.AllRights Reserved.