| 日付 |
場所 |
項目 |
内 容 |
備考 |
| 2003/08/05(火) |
自宅 |
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ここの所、1週間に1回程度の更新になってしまった。特に変わったことはない。薬も1日1回程度の服用に抑えている。
変わった事といえば、数日前から口内炎ができている事くらいであろうか。昨日塗り薬を買ってきて塗っているが、あまり効かないようである。 |
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| 2003/08/12(火) |
がんC
会社 |
検診
出勤 |
3週間ぶりの検査。今日は血液検査がない。レントゲン検査をして、そのフィルムを持って受付を済ませる。予約時間前に呼ばれ(初めて)、診察室へ。ドクターがニコニコして「うん、いいですね。これが今日ので、これが前回、そしてこっちが前々回の。」と、3枚のレントゲン写真を指さしておっしゃるのでホッとする。正直なところ、ガンが大きくなっていたら、という不安は常にあるから。次回は9月16日(火)となった。予約時間前に終わった。
がん友(K子さん)が入院しているので、 病室を覗いたが気持ち良さそうに眠っているので、声を掛けずに病院を後にし会社に向かった。 |
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| 2003/08/19(火) |
会社 |
出勤 |
最近ほとんど薬を飲まないようにしているが、肌寒いせいか日中咳が出た。久々の症状だが、電話に出て話をしようとすると咳き込んでしまう。夕食後咳止めの薬を飲んだ。 |
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| 2003/09/03(水) |
会社 |
出勤 |
久々の記載です。なんと15日ぶり。元気で過ごしております。会社の仕事で悪戦苦闘しています。仕事に集中してると(ほんとかな?)、病気のことは忘れるので有り難いです。ここの所薬は全く飲んでいません。でも、体は順調です。
そういえば、この闘病生活の発端、健康診断後の病院からの再検査して下さいとの連絡、昨年の9月11日であるから約1年が経った事になる。早いものである。 |
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| 2003/09/16(火) |
がんC |
検診 |
今日は1ヶ月と10日振りの検診でした。妻同伴で行って来ました。レントゲンを撮って、検診。検診前はやはりドキドキです。ガンが動き出していない事(変化のない事)を祈って診察室に入ります。結果、変化なしでホッとしました。次回は10月21日(火)で、35日後です。
4種類の薬は全く飲んでいないし、食欲もあるし、少しずつでは有るが髪の毛も伸びてきているし、順調です。強いて言えば、冷房で体調を少し崩し気味で腰が痛い事がマイナス面です。
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| 2003/10/01(水) |
会社
自宅 |
出勤
帰宅後 |
悲しい出来事がありました。
今日、妻と一緒に会社から帰ってくると、長男がベランダにしゃがんでいて、「ダイが死んだ!」と言うのです。(ダイは我が家の愛犬シーズの名前です)何をつまらい冗談をと思ったのですが、どうやらそうではないようなのです。
昨日も元気そうでしたし、その日の朝は気にも止めず会社に出かけたので、俄かには信じられませんでした。でも、残念ながらほんとうでした。
取り敢えずダンボール箱を用意し、長男がベランダから抱きかかえ毛布に包んで顔だけ出して寝かせました。
一番妻になついていたので、妻は声をあげて泣いていました。
次男も帰ってくると、無言のままタオルを絞って一生懸命顔を拭いてあげていました。
それからインターネットでペットの火葬等を調べ、今日はもう遅いので翌日電話で内容を確認し、長男と妻が火葬等の手配をする事にし、寝ました。
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| 2003/10/02(木) |
会社
自宅 |
出勤 |
自分はどうしても会社を休めなかったのですが、
家では 長男が電話で確認を取ってくれ、火葬にして遺骨を家に持ち帰って来てくれました。妻は会社を休んだのですが、長男についていく勇気も無く、家で待機してたそうです。
犬とはいえ家族の一員が欠けた事で、家はちょっとしんみりしてます。何かポッカリ心に穴が空いたような、そんな気持ちです。
ダイは10歳、人間で言うと56歳でした。 |
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| 2003/10/05(日) |
自宅 |
外出 |
昨年の11月に手術で入院した時、同じ病室の「I山さん」から肺がん患者の会「はいから会」に入りませんか?というお誘いを受け、訳もわからず名前を書いた。
その「I山さん」から、今年の5月に「6月に食事会」をしますとお誘いを受けたが、再発、入院の時だったので行けなかった。
そして9月に「古都鎌倉清遊のご案内」というお誘いの手紙を頂き、また「T中さん」からも電話でお誘いがあり、「行きます」と返事をしておいた。
前置きが長くなったが、「古都鎌倉清遊」その日が今日なのです。
昨日から電車の時間等を調べ、早めに出たのですが横浜駅で少しパニクってしまいました。横須賀線を京浜急行と勘違いし、ちょっとあたふたしてしまいました。それでも横須賀線に乗ったのですが、横浜駅で20分ロスをしてしまい車中では「長谷駅到着はギリギリか、少し遅れるか」とハラハラしていました。そんな訳で、鎌倉に着いたのが10時50分で、間に合うか?と思いながら江ノ電に乗り換えるとホームには見た事のある女性が3名いるのです。ちょっとホッとし、うれしくなって「はいから会の方ですよネ?」と声を掛け、「そうです」の答えに一安心。
でも、結局長谷駅に着いたのが11時5分で、5分の遅刻。駅で待っていて下さった方々、すみませんでした。
また長谷駅では、入院当時話したことのある「H間さん」の顔を見つけ、嬉しくなりました。
さて、それからは鎌倉高徳院の大仏様、長谷寺の観音様を拝観し、長谷寺境内の高台ではすばらしい景色を眺め、みたらしダンゴを頂きました。
(右の写真は、携帯で撮った大仏様の写真です)
そして昼食は、横山大観が「花は色、人はこころ」と色紙に書き、生前良く通われた懐石料理の店「御代川」で頂きました。
電話でお誘いを受けた「T中さん」も足が悪いため、ここから合流参加で、やっとお会いでき、ホッとしました。
食事を取りながら、自己紹介と近況報告をし合い、初めて顔を合わした参加者の皆様の事をほんのちょっと知ることが出来、また楽しい時間を過ごす事が出来ました。参加された皆様、幹事の皆様、ほんとうに有難うございました。
そして、参加された皆様の今後が気になりますし、年2回、5月と10月に会を開催すると言うことでしたので、また今度元気でお会いできる事を心から願うばかりです。
そして、行く時、帰る時ごいっしょ出来た「H戸さん、S掛さん、H留さん」有難うございました。
このホームページをご覧になった「はいから会」の皆様、時々掲示板への書き込みをお願い致します。プライバシーには気をつけますので、匿名希望の場合は、例えば「はいから39号」(今日配られた新しい名簿の番号)でも結構です。よろしくお願い致します。
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| 2003/10/19(日) |
自宅 |
外出
(釣り) |
楽しみしていた釣りの日がとうとうやって来た。
お天気が悪くなる、という当初の予報が秋晴れの良いお天気という予報に変わったのでホッとしていたし、期待も膨らんでいた。
朝5時50分に会社近くの駐車場で待ち合わせをし、1台の車に3人が乗り込み、近くのコンビニでもう1人を拾い、昼飯のおにぎりを買い込んで、いざ出発。目指すは金沢八景の「太田屋」。「釣りバカ日誌」の撮影にも使われた船宿で、主催は「はまフレンド」。今日の狙いはアジ、サバだ。
7時過ぎに到着したが、既に8〜9割方揃っている。皆さん早いのである。4隻で、それぞれ25名位乗り込むから参加者はざっと100名位であろうか。受付をし、クーラーに入れる氷をもらい、仕掛けを2組買って、乗船。
予定通り8時出船。沖合い15分位の近場だそうだ。振り返ると「富士山」も見え良いお天気を実感し、金沢八景のジェットコースターを後ろに見ながら沖へ、沖へ。
しばらくすると「さあ、やって下さい!棚は40メートル、底に着いたら3メートルくらい巻き上げて!」という船長の声に、竿を出す。良形、30cmくらいのアジが右隣にくる。でも、自分にはアタリすら来ない。なお、右に2人、左に1人、そして自分の計4人が会社の仲間で、並んで竿を出している。竿と竿の間隔は1.5m位であろうか、お祭り(近くの人の釣り糸が絡む状態)は覚悟しなければ。でも、釣れた人はもう1人位であろうか。余り釣れていない。底が40mもあると、巻き上げるのも一苦労、疲れる。釣れないと尚更だ。
そんな空気を察したか、船長「じゃあ、上げてください。型は小さくなるけど、移動します!」と。
移動したところは底が30m位で、さっきの所よりは浅く、巻き上げもその分楽である。唐揚げサイズのアジが、あっちこっちで上がり出した。サバも混じる。カサゴやイサキも。自分にもアタリが来た。サバだ。サバは元気が良い。30cmくらい。しばらくして良形25cmくらいのアジも。
という具合で、釣り場も何回か移動したが、あっという間に6時間が過ぎ納竿、おしまいになった。結局自分は、サバ2匹、アジ4匹、計6匹の釣果であった。まあ、釣った魚は自分で全て捌くので、ちょうど良い数かも。釣る楽しさから言うと、アジがもう少し釣れても良かったかな?!なあーんてネ。これが実力でしょう。
でも、久しぶりで楽しかった。でも、明日はきっと筋肉痛だろう。
家に帰って、6匹捌いたが疲れてしまって、結局アジのたたきは女房が作ってくれた。ワサビ醤油で食べたが、最高に旨かった。 |
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| 2003/10/21(火) |
がんC |
検診 |
35日ぶりの検診。今日はお休みを頂いているので、時間を気にする事はない。9時30分の予約なので、8時40分頃家を出た。例によって、歩いて病院に向かう。お天気が崩れるような事をいっていたが、良い天気でよかった。
まず、3Fでレントゲン。レントゲンの出来上がりを待って、レントゲンを持って2Fの受付へ。途中K田医師と出会う。「自分はまだ見てないんだけれど、ホームページ書いてるんだって?!」と声を掛けられた。受付にレントゲンと予約票と診察券を出すのだが、どうしてもレントゲンが気になってしまう。ほんとうはいけないのかもしれないが、受付に出す前に、おおきな封筒から出して見てしまう。ジックリと、穴が空くほど。前回と変化が無い事、ガンの影が大きくなっていない事を確認する。ホッしてから、受付に出すのである。ゴメンなさい。
受付をして1分もしないで、「中でお待ち下さい」と言われ、10分位で名前を呼ばれた。O先生の診察室へ。レントゲンが4枚並んでいて、「変わった事はありましたか」ときかれたので、「特にありません」と答えると、「これが前回ので、こちらが前々回の!全く変化ないですね。最後に治療をしたのが7月1日ですから、3ヶ月以上経っていて変化なしです。順調です。今だから言えますが、3ヶ月位で変化が出てくる事が多いんですよ」とおっしゃる。前もってレントゲンを覗き込んでいるが、流石にホッとする。このままガンなんて消えてなくなってくれれば良いのに、とも思う。先生にお礼を言って、診察室を後にする。会計を済ませ、久々に6Fの病室を覗いてみるつもりでいたので、エレベータで6F病室へ。ナースステーションでN井看護師と目が合う。病室の名札を見ながら、知っている人を探したが1人もいなかった。いつも607号室は女性部屋で、今日もそうだったが、カド部屋の611、612号室も女性部屋だった。女性の患者さんが増えているのだろうか、偶然か?入退院時、ベット周りのお世話をして下さっていたN澤さん、I原主任にもお会いできた。「太ったんじゃない」とか「髪の毛、色が濃くなったんじゃない」と、声を掛けて頂いた。
6F病室を出て、病院を後にし、二俣川の駅に向かった。途中駅前の長崎屋に寄り、5階のベスト電器を覗いて展示品の「マッサージ器」を試し(ほんとうはこれが目的で来た)
、気持ち良くなって家電品を見て回り、結局何も買わずに下に下り、靴下を買って長崎屋を出た。長崎屋を出たところに床屋があるのだが、営業中だったので入った。まだぜんぜん伸びていないのだが、鏡を見ていて整えたいと思っていたから。
床屋を出て、早めの昼食を回転寿司の「魚屋路(ととや)」 で食べて帰宅。
次回は11月18日(火) |
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| 2003/11/18(火) |
がんC |
検診 |
28日ぶりの検診。今日の予約は9時30分から10時とあったが、いつもの通り8時30分頃家を出て病院に向かう。この頃、手術痕の傷に少し違和感を感じている。さほど痛い訳ではないのだが、傷痕のツッパリ感、あばらの軽い痛み等が感じられる。季節のせいと思うのだが、検診前だと妙に気を回してしまう。少しガンが動き出しているのでは、4ヶ月と20日余り薬を飲んでいる訳でもないし何もしていないし。周りのガン友が心配するのも当然かも。と、あれこれ考えながら歩いて病院に向かった。
3Fでレントゲンを撮り、出来上がったフィルムを持って2Fへ。例によってレントゲンを覗く。ドキドキである。頭の中にある先月のレントゲンの図と変化が無いように思う。先月ガンの影があったあたりを穴の空くほど覗き込む。大丈夫だ、素人目だが変化無さそうだ。
受付にレントゲンと予約票、診察券を出して待合室の椅子で待つ。いつもより患者さんの数が多く感じる。天井を移動するカルテ等を運ぶ機械の動きをボーッと眺めたり、いろんな患者さんの動きを監察したり、あぁ、この患者さんは今日が初めてなんだ、これからどんな闘病生活が待ってるんだろう。などと、聞こえてくる会話から想像したりして待つ。今日はいつもより待ち時間が長い。まぁ混んでるからしょうがないが。
と、見覚えのある顔が!K村さんダ。懐かしく声を掛けると、診察を終え、「入院するんだ」と言う。主治医は入院か、外来治療のどっちがいい?と、俺に聞くんだよ。こっちにしなさい、って言ってくれた方がいいんだけどな、と言う。同じ頃の退院だったが、毎月撮るレントゲンで少しづつ影が濃くなってきてたそうである。心が痛む。
と、「天神さん、中待ちにどうぞ」と声が掛かる。K村さんに挨拶し、別れて今度は中で待つ。しばらくすると主治医の声が掛かり、診察室へと入る。「んー、いいですネ」といつものようにレントゲンを3枚並べて、変化がない事を強調された。「変化が出てきたら、その時点で治療は考えますが、いまのところこのまま何もしないで良いでしょう。」ガンの動き出しが無いから、変に薬で体をいじめる必要が無いと言う事である。ホッと一安心。
年内は次回で最後。次回の予約をして帰宅。
次回は12月16日(火) |
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| 2003/12/16(火) |
がんC |
検診 |
本日定期検診。年内最後の検診という事と、寒さのせいか傷口付近の違和感、お腹の調子がここの所良くなかった事で、検診前は妙に緊張感と多少の不安があった。(先月も同じようなことを書いているが)
9時の予約、妻も一緒に行くという事で二人で病院へ。車で向かったが、渋滞気味。別に遅れてもいいのだが、妻に運転を任せ、車を降りて歩き出す。9時ギリギリに到着。いつものようにレントゲンを撮り、出来上がりを待って受付をする。すぐ中待ちに呼ばれ、程なく先生に呼ばれる。また例によって先生「いいですね。変わりないです。」で、一安心。
妻が一緒だったので、先生いつもより丁寧に「こっち(肝臓)は肺のレントゲンに変化が無ければ大丈夫です。それに何かあれば、自覚症状も出てきますから。」
と。
何はともあれ、今年は無事に済みそうなので感謝。
次回は年明けの1月20日(火) |
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| 2004/01/20(火) |
がんC |
検診 |
新年初めての検診。昨日の雨も上がって良い天気だ。歩いて病院に向かう。歩くスピードはあまり早い方ではないが、誰にも抜かされなかったので体力は回復しているようである。以前はゆっくりしか歩けず、よく抜かされていたからである。
さて、例によって3Fでレントゲンを受け、フィルムを持って2Fの内科受付へ。しばらくして中待ちの名前を呼ばれ、程なく主治医から声が掛かった。レントゲンフィルムを3枚並べ、「良いですね。」最後の外来治療(抗癌剤)から6ヶ月が経過したので、ホッとしている。が、今後の治療方針等を確認すると、多少の不安な気持ちを察したのか「6ヶ月経ちましたから、今度CTを撮ってみましょうか」と尋ねられたので、「はい」と答え日程を調整する。
また、造影剤X線検査のため「同意書」にサインと日付を記入する。CT検査の予約をし、CT検査のための採血をし、会計を済ませ病院を後にする。
次回のCT検査:2月 9日(月)14時00分(昼食抜き)
検診 :2月17日(火)9時00分〜9時30分 |
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| 2004/02/09(月) |
がんC |
検査 |
本日CT検査のため、会社を早退し病院へ。
用心のため早めに会社を出たが、予定より大分早く着いてしまった。待つこと40分位であろうか、名前を呼ばれ診察室へ。造影剤注射をしてCT検査をする。造影剤を打つと体がぽっぽする。検査後副作用等を考慮して、20分位待って(造影剤の影響を見るため)病院を後にする。 |
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| 2004/02/16(月) |
自宅 |
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本日は会社で終日打合せがあり、メールもろくに見ずに帰宅した。
自宅に帰りメールを開けてみると、面識の無い方から以下のようなメールが届いており、読み進めるうち愕然としてしまった。
はじめまして!
5日に手術し、昨15日がんC退院しました神奈川区の○○と申します。611号室に居ましたが、ひょんな事からAMさんの奥様からお話を伺い、あの闘病記を続けられていた「Mayつ」さんが脳に転移して重体で入院されていること知りました。今は少し小康状態にある様ですが放射線治療の手も尽き、近々退院又は転院を求められて居られる様子です奥様は天神さんに知らせて欲しいと言って居られました。ナースセンター中の615号室に奥様付添で居られます。もしかしてご存じなければと思いお知らせする次第ですが、ご迷惑でしたらお許しご放念下さい。
そういえば、暮れから頭痛がするとHPに書いてたな、1月10日以降の書き込みが無く気になってけど、カナダにスキーに行ったり、ボーリングをしたり、ウォーキングを元気にしてたのになぜ?!と、どうにもやりきれない気持ち。
いずれにしても、明日は定期検診のため病院に行くので、まだ入院してるかどうか分からないが、病室を尋ねてみる事にする。
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| 2004/02/17(火) |
がんC |
検診 |
8時20分頃家を出て、病院に向かう。9時10分前頃病院に着き3Fに向かう。途中、後姿に見覚えのある人を見かけ、前に回って顔を覗き込むとやっぱりK村氏。お互いの近況を交換する。ガンが少し動き出しているようである。見た目は元気そうであった。
3Fでレントゲンを撮り、出来上がりを待って2F受付へ。すぐ中待ちで、10分程で先生に呼ばれる。結果、状態は良いようで肝臓のガンは楕円形で長い方で3cm位。7月のCTフィルムと見比べるとずっと小さくなっている。肺の方のガンも小さいのが2つあるのみ(見た目には)で、入院当初無数にあったガンを思えば、上出来、いや出来過ぎかもしれない。感謝。
来月の予約をして診察室を出、会計をしようとしてS井氏(はいから会メンバー)と会う。奥様とご一緒だ。言う事が旨く聞き取れないと思ったら、奥様「私が通訳しますけど、脳に転移していて少しろれつが回らないんですよ」という。「でも、(そちらは)お元気そうで良いですね」と笑って言われると、「今のところは何とか」と答えるしかなかった。別れ際に「自分は先が見えているから、自分の分まで頑張って生きてくれ」みたいに言われると、何ともいえない思いが込み上げてくる。堅い握手をして別れる。
そして2Fのエレベータに乗り、6F「Mayつ」さんの病室へ。ナースステーションで「AMさんは入院されてますか」と聞くと、T田看護師が応対してくれ、「ちょっと座って待っててください」という。そして「Mayつ」の奥様を連れてきてくれた。「まあ、立派になって」、「何が?」と言うと「髪の毛が生えて」と。そういえば、顔を合わせてた頃はお互い(私とMayつさん)髪の毛はなかったかも。そんなやり取りをしながら、ナースステーション内の病室615号室へ。「Mayつ」さんはこちらに背を向け、ベットに横になっていた。顔は見えなかった。折角生えていた髪の毛は、放射線治療のせいか抜けていた。反対側に回って顔を覗き込むと、眼を開けている。奥さんが「大きい声で呼びかけてあげて!明さん、天神さんよ、天神さんが来てくれたわよ」でも、残念ながら殆ど反応は無い。
以前からそうだったのだが、Mayつさんの奥さんはビデオ、写真好きで、というよりマニアと言った方が良いくらいで、話しながらビデオを撮ったり、写真を写したりしていた。
奥さんの話によるとある日突然、風呂あがりに目の前にあるバスタオルが認識できなくなったそうである。そこで異常に気づき、脳がガンに侵されている事を知ったそうである。
また、 初めて行った海外旅行「カナダでのスキー」の話をMayつさんが言ってた「国際人、いや宇宙人」ぶりを十分発揮して話してくれた。中学生時代の写真を見せてくれたりもしてくれた。奥さんは覚悟していて、本当は9日が山だったようだが、後は本人の生きようという力次第だと言う。どんな状態でも、少しでも長く生きていて欲しいと言う。今日で放射線治療が終わりで、退院もしくは転院しなければいけないようである。でも連絡が取れて良かった、と喜んでくれた。
「落ち込んでるかと思ったが、元気そうで安心した。」と言い、何かあれば(転院も含め)連絡してくれるように頼んで、病院を後にした。今日は半日しか会社の休みを取れないので、その足で会社に向かう。
次回は3/23 |
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| 2004/03/23(火) |
がんC |
検診 |
定期検診。3Fでレントゲンを撮って写真を持って2F受付へ。中待ちで少し待つと、主治医に呼ばれる。経過は良さそうである。去年の3月25日に最初の抗癌剤点滴をしたのだから、1年経ったのだ。また、最後の抗癌剤が去年の7月1日外来だから、約9ヶ月が経過した訳だ。ホッとする。この調子ならば、検診は2カ月おきでも良いが、4月にもう一度来てからにしましょう、と言われた。
次回は4/20(火) |
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| 2004/04/17(土) |
自宅 |
外出 |
「はいから会」=港の見える丘公園内大佛次郎記念館茶室にて=
昨年10月に鎌倉で開催された「はいから会」 が、今春は大佛次郎記念館前で集合との案内が来ていた。今日がその日である。横浜に30年住んでいて、実は港の見える丘公園も大佛次郎記念館も行くのは初めてであった。
仲間と会える期待と、多少の不安を抱えながら10時30分に家を出た。JR石川町で下車して、元町商店街を散策しながら目的地に向かった。のんびりウィンドショッピングするのも楽しいものである。商店街を抜けると右に上る坂があり、その上が港の見える丘公園のようである。ゆっくりゆっくり坂を登り公園内に入ると、ベイブリッジが一望でき、右手に大佛次郎記念館が確認できた。集合時間は12時だったが、まだ20分ほどあり公園内をぶらぶらした。
5分前になると、大佛次郎記念館前に「はいから会」メンバーがちらほら集まり出した。声を掛け、皆さんの近況を聞く。そうこうするうちに幹事のI山さんが車で到着し、荷物を降ろしている。にぎり寿司や、オードブル、どうやら持ち込みの品々のようである。後で分かったが、大佛次郎記念館には和室があり、どうやらそこが会場で、その持ち込みの品々だった。館内にレストランでもあるのか、あるいは館内を見て回った後で、どっかで食事でもするのかと思っていた、いや思い込んでいたのは大間違いであった。
ゆったり20名定員の和室に参加者は17名、右手の庭にはわずかに残った桜 、左手には港が一望でき、風通しも良く風情が有り、I山さんならではの会場設定に感心させられた。
飲んで食べて、語らい、あっという間の4時間であった。楽しい時間を「はいから会」のメンバーと共有出来た事に、またI山さんのご尽力に感謝します。 |
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■大佛次郎記念館について
港の見える丘公園の展望台の右に広がる沈床花壇の奥にアーチ型の屋根と赤レンガの外観が一際目立つ瀟洒な館。横浜ゆかりの偉大な作家「大佛次郎」の業績と生涯を様々な資料で紹介しています。
大佛次郎は横浜に生まれ、そして横浜を最も多く描いた作家です。中でも「霧笛」「幻橙」は開化期の横浜を愛惜をこめて描いた名作として今も多くの人々を魅了しつづけています。代表作には「パリ燃ゆ」「天皇の世紀」などがあり、「鞍馬天狗」の作者としても親しまれています。
貸出施設:和室(20人、62m2) 他
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| 2004/04/20(火) |
がんC |
検診 |
月一回の検診。3Fでレントゲンを撮り、受付へ。途中でフィルムを覗くと何かいつもと違うよな気がして不安になる。中待ちでの待ち時間もいつもより長く、不安が広がる。と、先生に名前を呼ばれ、診察室へ。でも先生、3枚のレントゲンを見ながらニコニコ。自分も3枚のレントゲンを見比べながら、気のせいであったかと胸を撫で下ろす。
次回の予約をするが、2ヵ月後かと思いきや先生前回言った事はすっかり忘れているようで、このままのペースで1ヶ月毎に経過を見ていきましょう、と言う。まあ、良しとしよう。
次回は5月25日(火)
がん友のK子さんが、婦人科の患者だけの会を立ち上げることにしたとの事で、「婦人科外来のあたりにチラシ貼るつもりなので、お暇でしたら見てください」というので探したが、患者さんに白い目で見られるだけで見つからなかった。まだ用意が出来ていないのかもしれない。
会の名前は、「タンポポの綿毛」 で、抗癌剤の副作用でつるつるになった頭に、産毛のような毛が生えてきたのを見て、姪が言ったのことから付けたそうである。彼女曰く「タンポポの綿毛は風に舞って飛んでいき地面に根付いてまた花が咲く。強さを感じる花ですよね。」応援していくつもりである。
半日の休暇なので会社に向かう。
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訃報 |
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会社に出社し、メールを開くと
「Mayつさん亡くなりました」の訃報。しばし茫然となる。
Mayつさんのホームページの掲示板で情報の確認をする。17日の見舞いの記事では、すっかり痩せてしまっていた事が書いてあったが、不覚にもその後掲示板のチェックを怠っていた。20日通夜、21日告別式とあったので、本日20日の通夜に出席する事にした。喪服も何も用意してきてないので総務で黒いネクタイを借り、5時過ぎ会社を出た。横浜線長津田駅で下車し、歩いて会場に向かう。参列者が大勢来ていた。焼香のための列に並び、焼香の順番が近づいてきた時、こみ上げて来て涙を抑えることが出来なかった。焼香を済ませ、早々に会場を後にした。
Mayつさんと初めて知り合ったのは昨年の3月24日で、がんセンターの608号室に自分が入院していた時、後からMayつさんが入院してきた。お互いにパソコンを持込んでいた事も有り、親しくして頂いた。自分の闘病記をホームページに掲載していることを聞き、それではと、このホームページを作るきっかけとなった恩人でもある。奥様のハルミさんとも親しくしていただき、年上の先輩に対して誠に失礼だが、同級生のような古くからの友人のような不思議な感覚でお付き合い頂いた。その後病院で何回かお会いし、あとはメール等で情報交換していた。
そんなMayつさん、急変から2ヶ月、よく頑張ったと思います。
3/10がご本人の、4/10がハルミさんの誕生日だったと聞いております。律儀な性格のMayつさん、知ってて頑張っていたのかも知れません。そして奥様のハルミさん、ほんとうにお疲れ様でした。
Mayつさん天国でのんびりして下さい。たまにはメールでも頂けると.....。
ご冥福を心よりお祈り申し上げます。 |
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| 2004/05/25(火) |
がんC |
検診 |
本日、定期検診。
例によって、3Fでレントゲンを撮りフィルムを持って2F呼吸器内科受付へ。途中フィルムのチェックをするが、変化は無さそうである。最後の抗癌剤点滴をしたのが昨年の7月1日なので、11ヶ月弱が経った。このままずっと変化が無ければ良いが、そうもいかないだろう。でも、出来るだけ長くそうあって欲しいと思う。
ドクターの検診もあっという間に終わり、1ヵ月後の予約をして診察室を出る。
会計を済ませ、7階婦人科へ。昨日から「がん友のK子さん」が入院しているからである。 2泊3日の、抗癌剤治療のための入院と聞いている。病室の名札をチェックしながら探していくと、一番奥の4人部屋に名前が有った。点滴を始めた所であった。点滴の落ち具合が悪いのか、腕の位置をあれこれ調整している。
一段楽して、「診察どうだった?」「うん、変化なし」「良かったわね」と話がはじまり、「タンポポの綿毛」主催の講演会(朝日新聞社記者の「上野創(はじめ)」の講演会)の話になった。メールで概要は知っていたが、「朝日新聞社記者の上野さんに講演依頼」としか書いてなかったので、あの上野さんという事は思い浮かばず、著書である「がんと向き合って」を読んだこともすっかり忘れていた。
「あの上野さんなんだ、誰かに借りて本を読んだ気がする」というと、「そうよ、私が貸したんだもの」と言われてしまった。いやー面目無い。
出社の予定だったので、講演会の案内(パンフレット)をもらって、早々に病室を後にした。「講演会の案内」については、後日ホームページ内でご紹介します。
次回は6月22日(火)
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⇒ 朝日新聞社記者の「上野創(はじめ)」の講演会 .........pdf |
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| 2004/06/22(火) |
がんC |
検診 |
本日定期検診。
昨日の台風がウソのように晴れ渡り、ベランダから富士山も見える良いお天気となった。歩いて病院に向かったが、汗だくだ。
3Fでレントゲンを撮り、2F受付へ。本日はいつもと比べて、病院内は比較的空いているようだ。すぐ主治医から呼ばれ、「変わりありません。優秀です。」のお言葉。ホッとする。会計を済ませるが、まだ9時30分前だ。
実はガン友のK子さんが今日から入院で、9時30分から10時の間に入院すると聞いていたからである。どうしようか、病室受付で聞こうか、2Fの入院手続きをする受付を見張ろうか迷って、病院の外に出た。携帯のメールで居場所確認。すぐ返事が来て、病院に向かうタクシーの中である事がわかった。会社があるので「またの機会に」と返信して、病院を後にした。
次回は7月27日(火)
追記:CTは秋口に撮りましょうと、主治医。
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| 2004/07/27(火) |
がんC |
検診 |
本日定期検診。
今回の1ヶ月は長く感じた。実際35日ぶりだからであろうか。妻が会社を休んでいるので、車で病院に向かう。渋滞を覚悟していたが、意外と空いていて拍子抜けした。おまけに、何時もなら何台か並んで待っている病院の駐車場もすんなり。夏休みのせいかなあ、なんて思いながら3階のレントゲン受付へ。いつもより大分早い。レントゲンを済ませ、2階呼吸器内科受付へ。すぐ中待ちで、主治医に呼ばれた。結果は良好。先生もカルテをめくりながら、1年経ちましたねー、と。昨年7月1日が、外来で最後の点滴(抗癌剤治療)だったからである。感謝。
次回は8月31日(火) |
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| 2004/08/31(火) |
がんC |
検診 |
本日は定期検診.。
昨日腰痛と体がだるかったので会社にはお休みを頂いて病院に向かった。いつものようにレントゲンを撮り、受付をし主治医の検診を受ける。変化は無さそうだ。次回CTを撮る事になりそのための採血をする。
次回は10月13日(水)CT検査
10月21日(木)検診
更年期障害だろうか、病気のせいであろうか、
・夜中トイレに何度か起きる
・体温調節が出来づらいのか、夜中汗をかく
・夜中、体の痒みで目が覚める
・朝吐き気をもよおす事がある
等々、自覚症状があるが大して気にはしていない。
主治医に「どうですか?調子は?何かありますか?」
と聞かれて、いつも「特に何もありません」と答えてしまう。 |
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| 2004/10/21(木) |
がんC |
検診 |
先週10月13日(水)にCT検査
本日はいつものようにレントゲン撮影をし、先週の検査結果を聞く。中待ちでの待ち時間がいつもより長く感じ、妙にドキドキして色んな事を考えてしまった。前回のCT検査が2/9だったから何と8ヶ月ぶり、肝臓のガンがどうなっているか気になる所である。
主治医に呼ばれ、診察室に入る。CTの撮影フィルムを指差しながら、「ここが肝臓のガン、んー、前回より小さくなってますね。他も小さくなってますね。」とおっしゃる。
ガンと思われる個所に赤い線が引かれている。どこがガンか、素人目には判別しづらいが周りに比べて灰色っぽかった。やっと安堵する。
最後に「年内は今日で最後にしましょう。すぐ年末になってしまいますから。奥様にもよろしくお伝えください。」といわれ、ほんとうに胸を撫で下ろす。感謝。
次回は来年1月27日(木) |
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