「今度こそ海に行く」08/06 05:54
今日も雨である。でも、8月8日は海に行くので、晴れて欲しいな。
今から社員旅行である。これも仕事である。
「こちら葛飾区水元公園前通信111」08/11
18:42
夏休みを無事に過ごしています。お元気でしょうか。
まずは最近の映画から。「愛を弾く女」は、見ていてけっこう飽きないのだけれど、見終わってから、これはいったいどういう映画だったのか考えてしまうものでした。エマニエル・ベアールがきれいだから、まあいいか、といい感じでした。おすすめしません。
いくら自分が好きでも、人にはすすめられないものってあります。ダニエル・シュミット監督の「季節のはざまで」はそういう映画です。ストーリーよりも、幻想的なシーンの連続に圧倒される感じです。主人公はふとしたことから、かつて住んでいたホテルを訪ねることになる。彼はホテルの経営者の孫なのだけれど。で、ホテルが近いうちに取り壊されるので、海が見える部屋にあるものをとってきて欲しいと頼まれるからなのです。ホテルに足を踏み入れた彼は、かつてのホテルのようすを思い出します。映画のほとんどは彼の回想なのですが、その全編を貫くホテル専属の歌手の歌とか、手品師とか、がいい感じなんです。さらに、祖母は幼い主人公に昔話をしてくれるのですが、これも当然映像になるわけで、3つの時間が交錯していきます。かつてサヴォイホテルでサラ・ベルナール専属の給仕になった祖父の話とか(これがすっごくいいんだな。サラのキスで目覚めるシーンとか)、いろいろ。もともとシュミットという人は、時間とか現実と幻想の境を明確にしない映像をつくる人なんだけど、今回もそれが気持ち良くって。センチメンタルな感じでちょっと泣けます。ところで、このホテルは山にあるわけで、では海の見える部屋というのは何だろうということになるのですが。というわけで、好きな人は絶対に好きになるけれど、そうじゃない人にはつらいかもしれない映画です。
8月になってから、あまり本は読んでいません。永倉万治の「女房のいない週末」(角川文庫)をうっかりかみさんにもらって読んでしまいました。ちょっと身につまされる話もあるのですが、おもしろくなかったです。キャシー・アッカーの「アホダラ帝国」(ペヨトル工房)は、まあ、キャシー・アッカーでした。ギブスンなどのパクリをしながら、おじゃぐげな書き方をされた本です。父親の強姦されたことのある、薄幸な黒人女性と彼女を好きであるにもかかわらず、彼女を人間以下にしか扱うことのできない男との悲しいラブストーリーなんだけど、全編4文字言葉だから、まあ、何ですね、付き合いにくい本です。アッカーの小説の女性って、ものすごく被害者なんだけど、それに対する批判はあるらしい。父親の犯されたり、男に虐げられたり、それでも、愛って何なの?教えて!という感じの主人公がとても悲しかったりするわけです。アッカーにしてみれば、女性にはかようにつらい世界なのかもしれません。「血みどろ臓物ハイスクール」がだめな人は、本書もだめでしょう。けっこう読むにがつらかった。
今年のSFマガジンの6月号と8月号にそれぞれ載っていた、パット・キャディガンの「信じる者は救われない」とパット・マーフィーの「骨」を読んだけど、あまりおもしろくなかった。「信じる者」は、人格を吸い取って売りさばいたりとか、買った人格で頭くらくらとか、そういう話です。サイバーパンクの波が過ぎて、すっかりそれが普通のスタイルということになったなあと思うのでした。「骨」はアイルランドからロンドンに来た、巨人の悲劇です。舞台は過去だから、SFというよりもファンタジーですね。
あとは、講談社から出ていた村上春樹小説全集の短編集3にある、「トニー滝谷」「人食い猫」という単行本未収録の短編も読んだな。なかなか救いのない話だったな。「TVピープル」の時期だもんな。
社員旅行といえば、先週の金曜日、新幹線が止まりましたね。もろ、ぶつかったのでした。石川県の山中温泉が目的地なのですが、結局裏日本回りで、自由席で行くというはめになり、えらく疲れてしまいました。あうあうです。目的地に着いたら4時過ぎで、何か疲れに行っただけですね。最後は酒飲んで部長と「おまえなんかクビだ」「いいですよ、して下さいよ」などという話になって、なかなかつらいものがありました。気分は最低で帰ってきたのでした。まあ、別に部長とやりあったのは気にしていないのですが、一緒にいた人に悪かったのですけど。
日曜日は海に行けました。よかったよかったです。岩場で予定通り釣りをして、焼いて食べました。貝もはがして焼いて食べました。水野がころんでけがをしてしまったのがとてもかわいそうでした。くもりだったにもかかわらず、けっこう日に焼けまして、背中がひりひりするんですよ、これが。あー、でもこれがこの夏唯一のレジャーだったかもしれない。実は今日11日は、丹沢にいるはずだったのです。しかし、台風のおかげで朝は雨だったでしょ。すぐに晴れてはきたんだけど、すでに時は遅く、ぼくはこうしているのでした。洗濯をして、掃除をして、和久井とかみさんが来るのを待っているわけです。さっき、中学校のプール開放に行ったら、やってなかったというのもショックだったな。
ということで、夕べは佐藤さんが手に入れたマッカリを飲んだのでした。去年韓国に行ったときに飲めなくて、とてもくやしい思いをしたのですが。
韓国の清酒というのは、お米だけではなく、雑穀も使って作ります。で、その清酒に対するどぶろくが、マッカリにあたるわけです。なかなかおいしかったですね。アルコール度数は9度と弱く、味はにごり酒と比べると、乳酸飲料といった味があって、なかなかです。また飲みたいですね。
そういや、「月刊金曜日」も読んだんだっけ。朝日ジャーナルなきあと、広告に頼らないメディアをつくるということで、今年の秋に創刊される週間金曜日の創刊準備号とでもいうのかな。筑紫哲也とか本多勝一とか、そういったメンツです。内容は想像の通りですが、けっこう薄いわりに500円もするので、うっかり買うとびっくりします。スタイルから言えば、自由な言論というのは必要だし、それは評価したいとは思うのです。しかし1歩まちがうと、約5万人の定期購読者のみを対象とした雑誌は、そのせまいサークルの中で閉じてしまう危険があると思うのです。そうした形のジャーナリズムがどれだけ有効かは疑問があるのです。とはいえ、じゃあどうしろというのはなくって、このスタイルにせざるえないだろうというところに苦しいものがあるのですけど。ということで、いちばん興味深い記事は、「原発で働くある青年の死」でした。
「月刊金曜日」の政治関係の記事は予想されることしか書いていなくて、そういう意味ではおもしろくないのだけれど、そういう間にも現実は進行していく。ついに細川内閣がスタートしたわけです。今度の政権にも、期待してはいけないし、できる部分もあるのだけれど、マイナス部分もあるので、0かな。マイナス部分というのは、新生党の人が中枢になるポストにいるからで、これでは基本は変わらない。注目は建設大臣のポストに社会党がいること。金丸がこけてから、建設業界はすっかりこけまくって、仙台市、三和町、茨城県と続き、次は千葉という噂です。ところで金丸は建設族なんだけど、この人がこけたあと、建設族にはたいした議員がいないのです。そこで、金丸時代に甘い汁がなくなった上に社会党の大臣でしょ。建設行政がどのくらい見直されるかは、ちょっとは期待してあげたいと思っているのです。公共事業で地元にお金を落とすという体質が、どのくらい改まるかなあって。意味もなく橋や道路やダムを造って、経済を押し上げていたわけだから、この不況の折り、さらに押し上げられようとしている公共事業なわけですが、汚職でそうもいかなくなってきて、不況には公共事業という方程式もなく、楽しいところです。こうした公共事業がいかに日本を壊してきたか、短期的には経済に+の効果をもたらしつつ、長期的に−の効果しかないことなど、わかっているはずです。もっとも、広中環境庁長官もたとえば長良川河口堰にもすぐに反対と言えないし、ジレンマは多いんでしょうね。江田科学技術庁長官も原発はまあ、とりあえず、だし。
というところに、実は連立政権のほころびが出るかもね。いわゆる55年体制というのは、自民党(企業経営者、事業主)対社会党(組合)=2:1というものだったわけです。組合の結集率が下がって社会党は低迷していきます。土井のときに一時、盛り上がったのは、消費税という問題もあったのだけれども、減った組合に対し、それ以外の生活者が支持したからです。55年体制の崩壊というのは、組合の崩壊にしかすぎないわけです。そして新しい対立としては、短期的経済効果対長期的生活環境水準となるわけです。大きな問題は、長期的な方が、経済的に貧しいということです。企業はお金を出します。でも個人が自分の生活を守る政党のお金を出すというのは、むずかしいと思うのです。個人がすっかり貧しいからなのですが。そしてもちろん,短期的経済効果の恩恵も受けることになりますから、そうした個人の内部のエゴも大きな障害となるのです。まあそれはともかく、組合も結局は組合員の利益を守るという形の上では、企業組織と相似だし、それが保守化し、組合が企業と一体となっていく過程で保守的になっていくのはしかたないのですが。だから左派の社会党候補は組合から支持されなくなっているわけですが。結局のところ、古い社会党に生活環境保護派の看板を持たせようとして、なかなかうまくいかないということになるんですね。それが一番望まれているものだというのが、月刊金曜日の主張からわかるのですけど。そしてそれが左派に近かったりします。保守対革新とか、資本主義対社会主義というのはないって、たぶん、共産党ですらわかっていると思うのだけど、ではそれは何かというときに、生活環境保護派の利益を求めてくれる受け皿がないとうわけです。で、いっそ社会党が分裂した方がすっきりということになるのです。脱組合で政党を維持するのは、前述のようにむずかしいのだけれど、でもそれができるようにするというところで、選挙制度改革という話が出てきたんですね。でもそれをみんな忘れているのですが。共産党は経済的に安定していて、やっていくるんだけれど、その影にはカルティックな支持者がいて、それが他の人からの支持を妨げていたりもします。ジレンマですね。共産党の政策自体、いいと思うんだけどさ。
でもまあ結局は、すべての人の体質が、つまり日本人の体質が改善されないかぎりは、だめでしょうね。
「秋の声を聞いてしまったな。」08/15 21:05
今日はコオロギの声を、銭湯に行く途中に聞いてしまった。
もう秋である。
今日は大山(丹沢にある)に、かみさんと行って、疲れたのでした。出羽三山はいつかいきたいのだけれど、計画を立てるのが嫌いというか、にがてなぼくのことなので、あーでもいつかは行きたいですねえ。
「海にいくそ」08/21 06:48
今年はSF大会に行こうと思っていたのだが、ぼーっとしているうちに、締め切られてしまった。
今から海に行きます。いつものパターンです。「重力に虹」を読んでいるのだけど、あまり
にあるいので、いつになったら読み終わることやら。みやだいがすすめたので「企業戦死YAMAZAKI」は読んでしまった。おもしろかったので、会社においてある。斎藤もSF大会に行けなくて残念でした。そのうち落ちついたら遊びましょうね。
「海に行った」08/25 18:32
先週の日曜日に、また石川と葉山に行った。潮が引きすぎて、釣りはあまり成果がなかったが,それでも石川はまあまあ釣った。ぼくは2匹ぐらい釣ったところであきらめて、潜ることにした。今回も少し濁っていて、あまりきれいな水中の景色ではなかったが,アオウミウシとかアメフラシなんかもいたな。今回の最大の成果は、アワビをとったことである。早速浜辺で焼いて食べた。2匹つかまえたので、石川の分もあったので、よかった。あとはウニも食べたし、けっこう満足したのであった。浜きりんというビールも飲んだし。単に横浜の工場で作った生ビールなんだけど。
ワイシャツのピンというのはけっこう恐ろしいと思う。新しいワイシャツのときは,よく調べてから着るのだけど、怖い。あれって、何とかなんないのかと思うな。あぶないじゃない。
「こちら葛飾区水元公園前通信112」08/30
23:58
まず訂正から。
海に行ったのは土曜日21日のことであった。日曜日は花やしきに行って、ローラーコースターという日本一遅いジェットコースターのようなものに乗っていたのでした。人家の木の下を通ったりして、こわいのでした。
岩波ブックレットの「ナディン・ゴーディマが語る」は中身が薄いのでした。ゴーディマは南アフリカの人種差別がアメリカのそれとは違う問題であることを強調していたのですが、質問者は女性作家ということで、ゴーディマにフェミニズム感を期待してしまう。しかしゴーディマはフェミニズム文学に対しては懐疑的だし、反差別ということでは支持するものの、といったトーンで、かみあわなかったりします。ゴーディマの目はどうしても人種差別に向いてしまうというのは、南アフリカにいる白人女性だからかもしれません。というか、彼女にとって、白人男性から差別されることよりも、黒人女性を差別することの方が、意識の外にあるのかもしれません。
石坂啓の「赤ちゃんが来た」(朝日新聞社)を買ってしまった。新聞連載分以外にも、他の雑誌に書いたこともずいぶん収録されている。けっこう売れているみたいである。
金曜日27日、台風の日である。ぼくの身にも災害は起こった。都営浅草線で通勤しているので、電車が止まることはなかったが、その分とても混んでいて、帰りはつらかった。とてもお腹がすいたので、あわてて料理をしたら、小指を切ってしまった。包丁で、小指の先0.5ミリメートルくらいを切ってしまったのだ。血がたくさん出た。今でもとても痛いのである。とても悲しい。うちの会社は今月はひどい目に会うらしく、社員旅行に新幹線に続いて、今日30日は午前中がビル全体の停電だった。いよいようちの会社もだめかもしれない。
「重力の虹」はようやくTを読み終わった。でもあと半分ある。これを読み終わるまでは本を買わないようにしようと思っていたのだが、欲求がたまってきて、本を買ってしまった。前から欲しかった、石内都の「モノクローム」(筑摩書房)という写真+エッセイの本と、先月文庫になったジョン・アーヴィングの「ウォーターメソッドマン」と、衝動買いでニコルソン・ベイカーの「もしもし」(白水社)である。買ったので満足した。本というのは、読んだときと同じくらい、買ったときに満足を与えてくれる。だから、買ったのに読まない本が増えるのだが、買った時点で本は消費者に半分は満足をさせているわけだから、それは正しいのかもしれない。
明日から、ヤクルト対中日の3連戦である。これはなかなか大切なのであるが、テレビ放映はない。でもドキドキである。