1994年7月


「こちら葛飾区水元公園前通信156」94/07/13 07:00

 金日成は死んじゃうし、村山はナポリを観て倒れるし、ナイジェリアもサウジアラビアも決勝リーグの予選で消えてしまうし、安藤が石川の話をちゃんと聞いていないから、石川は不幸な目にあうし、いろいろ大変なのであるが、お元気でしょうか。

 最近は島田雅彦の「アルマジロ王」(新潮文庫)とか、あまりおもしろくなかったし、江國香織の「きらきらひかる」(新潮文庫)はまあ読めたけどな、ミュリエル・スパークの「死を忘れるな」(白水社)はたくさんの老人のところに、謎の電話がかかってきて「死を忘れるな」と言っているうちに、ぼけてみんな死んでいくという話で、コメディだけどつらいものがあったし、リン・ティルマンの「憑かれた女たち」(白水社)も読むのにつらいものがあった。で、今週の1番面白かったのは原田宗典の「日常ええかい話」(集英社文庫)だったりする。楽に読めて笑えていいな。

 映画は「トリコロール・青」を見た。3本のうちでいちばん暗そうな話だし、期待していなかったんだけれど、ゆったりした映像と音楽にはけっこう満足できた。キェシロフスキ監督の映像はクラシカルで基調はあたたかいイエローブラウンである。映画自体は青がテーマなんだけれど。話もたいしたことないし、ラストはなかなか恥ずかしくて、今回の映画を最後に引退するっていうのもうなずけてしまうが。音楽は「ふたりのヴェロニカ」とほとんど同じだな。ジュリエット・ビノシェはあまり好きな女優ではないけれど、強さと弱さの同居をうまくだしていてなかなかいい。あと2本は「白」と「赤」で、こっちは明るそうなので期待している。ジュリー・デルピーもイレーヌ・ジャコブも好きな女優だ。もっともフランスでもっともヒットしたのは「青」だそうだが。

 CDはエブリシング・バット・ザ・ガールの「アンプリファイド・ハート」とエディー・リーダーのセカンドが出たので、早速買った。前者は、変わらない人たちである。「エデン」などの初期にくらべると元気がなくなってけだるい感じが強くなったけれど、アコースティックである。昔はこういうのはおしゃれという言葉で語られたな。エディー・リーダーは前のがひどかったので、買うのをためらったんだけれど、何曲か、フェアグラウンドアトラクションのギターの人が参加しているというので、買ったのだ。そもそもフェアグラウンドの曲はすべてギターの人が書いていたわけだから、同じものをエディーのソロに求めるのは無理な話なのだが。結果は、フェアグラウンドほどポップではないが、センスのいい曲が並んでいて、落ちついて聞くには気持ちいい。どっちも気にいっている。もうすぐスウィング・アウト・シスターも出るはずだ。

 経済同友会が発行した「男と女のいい関係」という冊子も読んだ。大企業の人事課長よかそういったクラスの人20人によるグループ92が作成したものである。財界がこういうものを出すとどういう内容になるか見本のようなものであった。
 けっこうまともなものであった。女性の労働参入に対しては積極的だし、そうあるべきだとしている。家事を100パーセントすることはないし、男性がしている残業とか、接待にはあえて参加することはない。というのも、それら自体が悪習だからだ。むしろ男性もまたそうしたものから離れるように言っている。男性が仕事、女性が家事というスタイルも否定しているし、税金控除の100万円という金額や専業主婦に有利になりすぎて、かえって女性をおとしめている年金制度という指摘もしている。そういう提言をしながら、この冊子が批判されるのは、当事者が男性の旧来の立場を捨てきれないところにある。男性が積極的に家事をするとか、そういうことは言わずに、女性にやらなくてもいいんだよというのは卑怯だ。男性上司と女性部下という対立しか問題にしていないし。女性を同じレベルでの仕事のパートナーとしていこうという意欲に欠けるのである。ということでこの冊子、興味のある方には差し上げます。先着1名だ。
 エネルギー業界もなかなか男ばかりである。女性の扱いがすごく軽い。これはしゃべると長くなるので今夜はやめよう。そういやこのところ毎日、通産省や東京電力に足を運んでいるのだが、水野も高畠も見ないな。あたりまえか。

 変なニュースをいくつか。毛沢東の元秘書にインタビューしたところ、毛氏はギョーザが嫌いだったとか。「なんであんなものがうまいんだ」などと大晦日には言っていたらしい。薬を信じておらず、サツマイモやトウモロコシを食べ、ときにはビタミン剤も飲んでいたとか。大連市のデパートでは、客に使ってはならない禁句集を作成し、店員にくばったとか。「見てわかんないの」「買わないなら聞かないでよ」という横柄でぶっきたぼうな態度では怒られるのだ。石川様、上海ではどうでしたでしょうか。噂の国書刊行会の日本史の教科書を見た。それによるとポツダム宣言は天皇の聖断により受入れられるのである。ついでに角川書店の現代文の教科書も見た。村上春樹の「パン」は「夢で会いましょう」の収録されている話だけれど、ボツで、かわりに池澤夏樹が入っていた。実は申請本には同じ池澤のエッセイが収録されていたのだけれど、これもなくなっている。あとは、吉本ばななと吉本隆明があって、ル=グインのエッセイまである教科書であった。他社のものにはレヴィ=ストロースとかロラン・バルトなんかも収録されていたな。藤井貞和の「『サラダ記念日』本歌どり」というのもあった。

 C・W・ニコルと畑正憲の対談「森からの警告」(ソニーマガジンズエンターテイメント文庫)を読んだら、けっこう悲しい気持ちになる。電力会社や建設会社や通産省や建設省のえらい方の脳にぶちこんでやりたい。自分の仕事を考えると、なんだか悪魔に魂を売った気分だな。林野庁は巨大な赤字をかかえ、次は土地を売って埋めるしかないけれど、買うのは誰かというと、電力会社が有力。ここで、環境保全はビジネスとしてとらえてもらおうということを記事にしたいのだが、会社との力関係ではまだ無理だな。水力発電の見直しと森林保全ってテーマなんだけど。炭素税もばんばんとってガソリンも値上げしていいと思っているくらいだもん、電力会社が森林を整備してくれたら、その分炭素税をまけてもいいと思うのだ。やはりクマがすめるような山が必要である。今日も広島でクマが殺されて悲しいのであった。


「こちら葛飾区水元公園前通信157」94/07/16 13:00

 なかなか暑い日である。じっとしていても汗がとめどもなく出る。これでやせるといいな。無料でサウナである。いいことだ。エアコンのない生活というのはなかなか電力会社にさからっているようでいい。

 どうしても肌の合わない映画監督っている。フランス映画だって、だめなものはだめなのだ。アンドレ・テシネ監督の映画は、ほんとうにおもしろくない。それなりに評価されている人らしいけれど。「深夜カフェのピエール」という映画を見たのだけれど、だめだった。ピエール君は田舎から出てきて俳優を目指すのだが、頭はからっぽ。中年女性にとりいったり、男娼になったり。あげく、ひも付きの娼婦に恋をして(これがエマニュエル・ベアール)、悲惨な目にあったりする。あげくに、兵役について映画は終わる。見ていて思ったのだけれど、アンドレ・テシネという人は女性が嫌いなんだと思う。「ランデヴー」のジュリエット・ビノシェといい、「バロッコ」のイザベラ・アジャーニといい、今回のエマニュエル・ベアールといい、なんか愛の感じられない撮影の仕方である。許せん。
 マヌエル・プイグの「天使の恥部」(国書刊行会)はなかなかよかった。ヨーロッパを経由してハリウッドに亡命した女優(過去)、メキシコに逃れたガンを患う女性(現在)、人の心を読むことのできる女優(未来)の3人が交互に出てくる。アルゼンチンの政情、女性対マチズモ(男性優位主義)などがからみ、スパイ小説になったりSFになったりする。会話や日記などで綴られていくのである。なかなかよみがいのある小説であった。村上春樹の「パン」が教科書から消えたのは、やっぱしかたないと思う。「パン屋の親父は頭のはげた五十すぎの共産党員だった。」「パン屋を襲うことと共産党員を襲うことに我々は興奮し、そしてそれが同時に行われることにヒットラー・ユーゲント的な感動を覚えた。」という記述は、多分いやな思いをする人が少なくないと思う。それは小説が悪いというんじゃなくて、「パン」が教科書に収録されたとき、村上春樹自身が責任をとりきれない類のものだからだ。その上で、最終的に判断するのは現場の教師だから、収録された教科書があってもいいと思うし、教科書検定なんていらない。「パン」の収録は非難されるだろうが。もっと別の短編にすればよかったのに。

 先週はプールで本当にひさびさに脚がつるという痛い思いをしたが、今週が無事であった。夏はプールである。そして冷えた日本酒である。


「こちら葛飾区水元公園前通信158」94/07/21 06:54

 五十嵐推薦の「川の書」も「星の書」も本棚に積んである。いつ読むのかなあ。3巻のタイトルは「The book of being 」である。どういう日本語になるのかな。「存在の書」という感じかなあ。ということで、SFは読まずに稲垣真美の「現代焼酎考」(岩波新書)を読み、アルフレド・ロペス=アウスティンの「月のうさぎ」(文化科学高等研究院)を読んでいるのであった。焼酎甲類というのは、「純」とかそういうものなのだが、これはひたすらピュアな水とアルコールなのかと思っていた。味もそっけもないものである。でも、実は味もそっけも持たせるために、ほんのわずかだけ本格焼酎をブレンドしているということで、びっくりしてしまった。焼酎といえば九州だが、いいちこも二階堂も新しい蒸留方式でクセのないものを作り、全国制覇したわけで、昔からあるものとは違うのである。でも、みんなその方がおいしいと思っているのだからしかたない。八丈島の焼酎も、もともとは芋だったのに、より売れるようにするために麦にしていったとか。そういや鹿児島の芋焼酎も最近は麦をまぜたりしてるもんな。九州の人は焼酎を飲むといっても、それが古来のものではないというわけ。でもやっぱり、死んでもペットボトルの焼酎とか飲みたくないぞ。そのわりにはウォッカはいいんだけれど。泡盛にも涙ぐましい物語があるし、焼酎が飲みたくなってしまった。「月のうさぎ」というのは、セーラームーンとは関係なく、メソアメリカのインディオの神話についての本である。
 さっきまで見ていたのは、深夜映画を録画した「セントエルモスファイヤー」である。ひさびさに見たけれど、顔から火が出そうに恥ずかしい映画でした。でも、当時売出し中の若い俳優がみんな元気でいいです。自分の過去の恥ずかしさをいっぱい思い出します。ぼくがめずらしく推薦するアメリカ映画なのであった。
 BGMは元イエスのピーター・バンクスという人のソロアルバムである。73年発表だ。この人の次のアルバムは93年だからな。ほとんど売れなかった作品で、多分日本では発売されていない。以前、中古レコードで49000円という値段がついていたな。こういうものもCDで聞けるのだから、すごい世の中である。ゲストは豪華で、ヤン・アッカーマン、フィル・コリンズ,スティーヴ・ハケット、ジョン・ウェットンといったところだ。中身はほとんどジャムセッションで、てきとうにバンクスがギターを弾いているというものである。このいいかげんさがけっこう気持ちいい。

 台風が気になるが、いちおう今週末も海という予定である。

 この夏は、たまったSFの本を読むつもりです。


「今日からプロ野球も後半戦だ。」94/07/23 06:11

 そういうわけで、今から海である。でも波が荒らそうで、泳げないかもしれない。なかぞのは仕事である。

 昨日、健康診断を受けた。体重を見て、「上限だな」と言われてしまった。ほっとけ、というわけにもいかないか。お腹の脂肪は少しは落としたいな。

 21日の花火はきれいだった。不景気のせいか、数が少なく、終わるときには会場から、えー、という声も聞こえたけれど、逆に不景気でもこういうことにお金を出してくれる柴又・かなまちの企業・商店には感謝したい。土手に座って、ほとんど真下で見る花火は迫力満点である。これを経験していらい、遠くから花火を見るという気はしなくなった。密度はこかったな。


「こちら葛飾区水元公園前通信159」94/07/27 06:29

 たまったSFを読もうとしてまず手をつけたのが、コニー・ウィルス&シンシア・フェリスの「アドリアニ遁走曲」(早川文庫)。失敗だったかもしれない。「テルジーの冒険」を思わせるという言葉を信じていれば良かったのに、あるファンジンでほめている人がいたから。そう、ぼくは「テルジー」はあまり好きではない。

 7月23日はまた石川と海に行った。台風がどっかへ行ってしまい、けっこういい天気だったな。海はまあ、さほどにごっていなかったし。で、少しはましな大きさのウミタナゴとカサゴが釣れたので、けっこう満足している。580円の竿でもなんとかなるものである。石川はトコブシをとってくるし。ベラは小さかったな。あとキヌバリというハゼだ。今回は矢野がいるので、魚を持ちかえって、料理することにした。ウミタナゴとカサゴは塩焼き、ベラとハゼはセロリの葉を使った酒蒸し、貝はオーブンで焼いたり、みりんと醤油としょうがで煮たりした。けっこう堪能した。次は8月6日にまた行こうと思っている。人数が多ければ、浜辺で焼いて食べたいと思うのだが、いかがだろうか。でも、ハゼ釣りもいいなあ。

 7月24日は佐倉にある川村美術館に行った。佐倉の駅から送迎バスが出ている。フランク・ステラという人の企画展だった。アルミなどの廃材を使ったオブジェが目をひいたけれど、これを見ると美とはなにかをあらためて考えてしまう。材料が廃材ではなく、あえて作ったものだとしたら、どう感じるだろうか。ゴミのかたまりだからこそ、そこに人間の活動の痕跡を感じとり、オブジェの圧倒的なパワーを感じることになる。マイナス×マイナスである。そういうものが成立するということは、言葉では言えても、なかなか想像できない。おそらく同じものをぼくが作ったら、ゴミと思われて捨てられるだろう。まあ、同じものは作れないだろうが。建築に関しては、いろいろ思うところがあるのだが、ステラの建築はあまり好きではない。

 7月26日、「禁断のつぼみ」という映画を見た。ひさびさに何だかよくわかんない映画だった。
 日本酒センターで長期熟成日本酒の試飲をした。出羽桜と新潟の高千代の3年ものはボディが強く、濃い感じがしたけれど、なかなかおいしかった。いずれも低温貯蔵(5℃〜0℃)なので、大きく変質していない。富山の富美菊の花園だよりは、ワインを思わせるフルーティーな香りがあり、ボディもしっかりした、それでいて重くない酒である。500mlで850円なので、おすすめである。大阪の蒼龍の大古酒は老のいいものというか、古いわりには軟らかく、なかなか良かった。ひねた感じもあるのだが、そういやみではない。蓬莱鶴の5年もののようにかびくさいのはいただけないな。広島の華鳩の12年物は貴醸酒の古酒であった。甘い感じが強いままで、特上の老酒である。老酒っぽくなるのは、いずれも常温熟成型である。下手に熟成させると、かびくさくなったり、ただのしょうこん酒になったりするので、そのかげんとか、大変だろうなと思う。なかなかいいものを試飲させてもらった。

 わしたショップという沖縄物産店が銀座にある。プランタンのある並びだ。今日は茶流彩彩のごーやー茶と、JAのゴーヤードリンク・うわさのごーやーさいとにんじんフルーツみっくすジュースを買った。ごーやー茶は苦くはない。独特の香ばしさがある。おいしいとは思わないけれど、まあ飲める。ジュースはまあ普通であった。沖縄特産の柑橘類が入っているんだけれど。ゴーヤードリンクは強烈である。ほろにがでさっぱりしたというのは嘘じゃない。でも、にがうりのほろにがさである。けっこう強烈である。中薗は平気だって言うけれど。甘味を強くしてあるけれど、にがうりジュースである。想像した通りである。なお、わしたショップには沖縄のいろいろなものが売っている。泡盛はもちろんのこと、ごーやーにスターフルーツ、パッションフルーツ、などなど。けっこう楽しいと思うけれど、7月31日は棚卸しなので注意。

 桜井浩子の「ウルトラマン青春記」(小学館)を衝動買いしてしまった。


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