1995年3月


「こちら葛飾区水元公園前通信195」95/03/08 22:54

 ドルが90円を切った。昔は1ドル360円だったなんて、誰が信じるだろうか。などと、榎田さんのようなまくらにしてしまうのであった。

 3月4〜6日は高松い行ってきた。かみさんの大学の先生が退官するんで、宴会するっつうから、まあついでに行ったわけだ。といっても、宴会には出ず、その日は栗林公園(りつりんこうえん)とかそのそばの動物園とか、玉藻公園とかをうろうろしていたんだけれど。
 4日にひとりでうろうろした栗林公園は、まあきれいに整備されつつあった。でも動物園が悲しい。せまいところに押し込まれていて、なかなか見ていて涙を誘う。オランウータンやライオンやクマ。ゴイサギなんか、公園の池にもいるんだから、檻に入れておかなくてもいいじゃないと思う。でもナマケモノのこどもはかわいかった。大人のなまけものは寝ているけど、子供は目覚めていてね。見つめ合ってしまった。人間の檻もあるはずなんだけれど、見つからなかったな。
 4日の夜はホテルの近くに一人で飲みに行った。日本酒を飲もうと思ったのだけれど、栗焼酎がおいしそうだったんで、そっちにしたな。
 夜はかみさんが友達とホテルに戻ってきたんだけれど、なんか眠くて頭がぼけていて、あんまり相手しなかったな。子供はいるけど、もうすぐ離婚するとか。きれいな人なんで、トゥーサンの「カメラ」みたいなことを考えちゃうな。
 5日は金比羅に行った。○に金のマークの旗がたなびいていた。6日は屋島だ。隣の四国村も行った。民家園は好きで行くんだけれど、四国村もけっこういい。生田の日本民家園や飛騨の民家園のようにゆっくりと中まで見る、あがってみるというのではないけっれど、狭い中で傾斜を生かしてできているので、ぐるぐる回っているのがけっこう気持ちいい。
 さて、高松ではうどんばかり食べていた。とにかく、3食うどんという土地である。イタリア料理屋では讃岐うどんミートソースである。インド料理屋には必ずカレーうどんがある。喫茶店のモーニングセットもうどんとコーヒーである。これじゃしょうがないよな。あと、書店はすべて宮脇書店という名前である。宮脇さん以外は書店をやっちゃいけないらしい。琴平電鉄にも乗ったな。古い木の車両とかがあって、ちょっと感動したな。瀬戸大橋も渡った。往復しただけだが。思ったより瀬戸内海ってきれいなんだな。
 今回は飛行機を使ったが、あっという間に着くので感動がない。でも新幹線が使えないのでしょうがないか。

 3月に入って、「日本のフェミニズムE セクシュアリティ」(岩波書店)、「我輩ハ苦手デアル」原田宗典(新潮文庫)、「合い間」ミシェル・ビュトール(岩波書店)、「幽霊たち」ポール・オースター(新潮文庫)を読んだ。「幽霊たち」は、すでに角川文庫の「シティ・オブ・グラス」を読んでいる身には、犯人のいない探偵小説という構造はわかりきっていて、そう楽しめるものじゃなかったな。今はスティーブ・エリクソンの「黒い時計の旅」(福武文庫)を読んでいるけれど、そんなにおもしろいわけじゃない。

 今週の土曜日こそは、ビーフシチューを作ろうと思う。石川は遊びにこないかな。

 かみさんは永野のりこの「GOD SAVE THE すげこまくん@」を読んで、「こういうのは読みたくない」とか言っていたな。ぼくは、駒田がいいっていうんで買ってきたんだけれど、まだ読んでいない。絵が気持ちいいな。永野のりこは産経新聞の連載がおもしろい。

 さて、今回の円高だが、たとえ一休止したとして、今後も進むだろう。これは日本の経済体制が招いたことでもあるし、しょうがないなって思っている。円高は不景気を産み、これが日本の購買力を下げるから、貿易黒字は減らないからだ。悪循環である。日銀の介入も公定歩合の引下げも効果がないので、とくに後者はできればしないで欲しい。日銀の総裁はしないって言ってるけど。
 むしろ、円の購買力を適正なものにする努力が必要だなって思う。今の購買力は1ドル180円というレートだもん。日本の経済を輸出依存から適正な価格で内需を高める方向にしないとね。途上国への債務の帳消しとか、赤字国債を恐れない姿勢が必要だと思うのである。輸入でしていいのは、建設業界くらいかもしれない。これはけっこうでかいぞ。
 今回の円高で、いったい誰が得をし、誰が自分のことしか考えていないのか、ようく見ておくといい。今回、春闘の結果も大きな影響を与える。短期的には、賃上げは円を強めるように見える。でもまあ、たいした賃上げはできないだろう。そうすると企業の内部保留が増えるからやっぱり円は高くなる。前者の場合、内需が拡大するが、後者の場合、内需は拡大しない。結論として、状況は悪くなるだろうな。

 あとは、都知事選挙がどうなるかですね。岩國が立候補を予定していて、石原よりも支持が高いっつう噂もある。こうなりゃ、がんばれ岩國だな。やっぱり談合で都知事を選ばれても、じゃあ選挙権って何なの? だもんな。上田哲とか黒木三郎とかいるけど、無理だろうな。大阪は知らん。北海道は自民党支持だもんな。よくわからん。
 まあでも、日本は悪い方向に向かっていることだけは確かだ。日本人は頭が悪いから、期待してもしょうがないんだけどな。不戦決議もできない国際感覚だもんな。自業自得だと思う。


「こちら葛飾区水元公園前通信196」95/03/11 10:06

 フィリップ・リオレ監督の「パリ空港の人々」を見た。おもしろい。主演がジャン・ロシュフォール、「髪結いの亭主」の人。カナダからフランスに着いたはいいけれど、パスポートもクレジットカードも靴もすべて盗まれ、残ったのは妻へのプレゼントだけ。おかげで入国審査にパスせず、空港から出られない。妻は空港の外でヒスを起こしながら待っている。空港内には、外に出られない人が何人か住んでいて、けっこう逞しく生きているので、お友達になるんだけれど、この人たち、国籍もさまざまだし、わけありだし、謎だしってなところだ。空港という狭い中に閉じ込められながら、映画はフランスの外に向かって開いているっつうわけだ。とにかく空港の中で生きる様子も、妻のカリカリ状態もひたすら笑えるのである。主な登場人物は、ロシュフォールがカナダとフランスの二重国籍で、妻がスペイン国籍、以下空港の住人はギニア、コロンビアだったが国籍剥奪、国籍不詳、エチオピア?といったところだ。これだけでも、映画がわかるというもの。これ以上はねたはばらさない。
 でも実はもっと面白かったのが、同時上映のパトリス・ルコント監督の「ボレロ」という短編。ボレロを演奏するオーケストラの小太鼓奏者を映しただけなんだけれど、これがとにかく笑えるのである。知ってるかもしれないけれど、ボレロという曲はひたすら小太鼓が一定のリズムを叩き続け、だんだん強くなっていく。それに合わせて、のってくる楽器も増えて、盛り上がっていくという曲だ。けっこう気持ちいいので、好きなんだけれど。

 山田芳裕の「デカスロン」の6巻が出た。相変わらず強力なパワーで押しまくる、陸上競技まんがである。


「こちら葛飾区水元公園前通信197」95/03/15 22:16

 いきなり湿っぽい話になってしまうが、今日、大学のときの友人の葬式だった。友人といっても、最近はめったに会ってなかった。大学の寮での同室の奴で、あまり気は合わなかったもんな。もっとも、それは誰のせいということじゃなく、性格だからしかたないんだけれど。
 自殺、縊死というのはあんまりだな。あんまりいい死に顔じゃなかった。切れちゃったのかなあ。
 まあ、せめて還暦までは死なないで欲しいと思った。たしかに気が滅入る世の中だけどさ、まあだからってそんなに急ぐこともないと思うんだけど。生きていることで、なにがしかのものを享受していってもいいと思うしさ。

 そんなわけで今週は映画は見ていないんだけれど、本は、仁川高丸の「微熱狼少女」(集英社文庫)を読んだ。あんまりおもしろくなかったな。今は蓮實重彦の「小説から遠く離れて」(河出文庫)を読んでいる。たいして内容のある本だとは思わないけれど、「羊をめぐる冒険」と「吉里吉里人」と「裏声で歌え君が代」その他いろいろな小説が類似していることを強引に追っていくのは、いずれもが所謂、聖杯探究小説であることと同じ構造になっていて、ほとんど小説を読んでいるスリルはある。

 葬式の後はそのまま帰るというのは何なので、みんなでちょっと飲んだあと、神田のICIスポーツでクロカンのスキーを買った。安いライトツーリングにしようと思っていたのだが、結局エッジの付いたバックカントリースキーにしてしまった。けっこうな出費になってしまった。これで25日はばっちりである。

 そういや「セーラームーンSS」はちゃんと見ているんだけれど、中学生か高校生か
はわからなかったな。でも、主役はどちらかというとちびうさという雰囲気である。ち
びうさがちょっと成長した感じがする。絵はSのときよりきれいになったし。というか
、うさぎも少しおとなっぽくなった気もするしな。これからである。


「こちら葛飾区水元公園前通信198」95/03/16 23:12

 かみさんがCD屋でアニメのCDを見ていたら、「セーラームーン」の場所に「ゼイラム2」があったとか。ちょっと違っている。
 今日はプールに行こうと思ったんだけれど、雨のおかげで行けなかった。悲しい。明日は行こうと思う。

 そういったわけで、会社でパソコン通信を始めようと思っているのだが、どうしてくれようかといろいろ考えている。何とかワープロを新しくしたいのだが、OASYSのノートにするかラップトップにするかとか、通産省のデータをインターネット経由で使うためには、パソコンをどうしたらいいかとか、そんな具合だ。どんなシステムにすればベストなのか、おまけに副社長を説得しなきゃいけないし、まいってしまう。でも、実はパソコンのことなんてよくわかんなくて、今日も秋葉原で話を聞いたのだけれど、何だかわからなかったぞ。六太郎windowsとか、OASYSwindowsとか何のこっちゃ。メモリーの増設とか言われても、わからんぞ。どうすんだろ。提案書は書けるのだろうか。パソコンはFMVを推薦されたけど、よくわからん。明日は通産省に行こう。

 NHKのドラマ新銀河「この指とまれ」はけっこうおもしろかったので、めずらしく
ずっと見てしまったのだが、結末には納得がいかない。でもルビー・モレノはいい。

 「セーラームーン」が高校生かどうかわからないというのは、話のなかでそういうことがまったく触れられていないからなんだな。でも、希望からいけば高校生になっていてほしい。やっぱり成長は必要である。


「こちら葛飾区水元公園前通信199」95/03/18 12:08

 ねたがきれた。そういや、今月号の日経サイエンスに「デジタル文書をどのように残すか」という論文がある。フロッピーの寿命は10年、光ディスクでも30年が寿命。でも、それ以前にハードウェアもソフトウェアも旧式になってしまって、読めなくなってしまうという。わかっちゃいるけど、あらためて言われるとつらいものがある。今までの電子メールを全部プリントアウトして保存しようかって、やっぱそこまではしないよな。昔のテレビドラマのように消失してしまうものなのかもしれない。
 子孫が押入れの奥からそういうメモリーを発見しても、読むことがなかなかできない。苦労して旧式の機械で古いOSをのせて読んだら、ろくでもないことしか書いてなかったら、がっかりするだろうな。でも、そういうのもロマンはあるかもしれない。祖父の古い日記を発見した、とかじゃなくてさ。作家○○の電子メールを発見とかさ、ニュースになったりして。雰囲気としては、るじるしさんのまんがみたいな気がしてきたな。

 今日のBGMはリンジー・ディ・ポールという、70年代のポップスシンガーの「L
OVE BOMB」でした。ちょっとささやくようなボーカルはけっこう気持ちいい。
実は昔からけっこう好きだったんです。でも、榎田さんしか知らないだろうなあ。


「こちら葛飾区水元公園前通信200」95/03/21 09:41

 きっと心配してくれてる人がいると思うのですが、ぼくは無事です。サリン事件ですが、使っている地下鉄は浅草線なので、何とか。水野も無事だったな。高畠や田中は大丈夫かな。

 昨日は「フランケンシュタイン」を見た。カメラワークとか、いろいろとよくできているし、手術のシーンなんかもほとんど包丁をふりまわしているといった趣で、とてもいいのである。神経や血管をつなぐなんてことはせず、ただ縫い合わせるといったところは、この映画のうまい演出だと思う。ディティールにこだわるあまり、全体を壊すということはない。でも、やっぱり、クラシカルな話を現代に作るというのはむずかしいなって思った。現代のプロメテウスの話を、ストレートに作ってしまっているから、シェリーの時代ならともかく、現代では、「何をいまさら」といったテーマに思えてしまう。人間が禁断の技術を、ここに至るまでつねに開発してきたともとれる歴史だし、クリーチャーの悲しみも、わかっているって。ちょっと退屈な映画だった。

 サリン事件はなかなか悲惨な話になっているけど。予測、右翼の犯行であり、犯行声明は出ないような気がする。現在、右翼は不戦決議などで危機意識を持っているし、先日の社会党火炎瓶事件のような殺傷するテロをしかねないのが現在、彼らだけのような気がする。それに右翼にはかつて毒ガスを扱っていたじじいがいてもおかしくはない。左翼ならすでに犯行声明を出しているし、おそらくそんな元気はないんじゃないかな。わかんないけど。オウムかもしれないという説は絶対に出るだろうけれど、その証拠はない。てなわけで、地下鉄に乗るのはこわくもあるけれども、浅草線はテロ事件と関係なさそうな場所しか走ってないと思ってるんだけれど。

 小学館の「食材図典」は、読むとけっこうおもしろい。というか、食材に対する以外な事実に対面できるからだ。でも、食材の調理の方法はあまりくわしくなくて、その面で期待してはいけない。まあ、ヒントくらいにはなるんだろうけれど。カリフラワーはブロッコリーから発生したとか、日本のクワイと中華料理に使うクワイは別物だとか、そういう蘊蓄だな。買うような本じゃない気もするけれど、実際売れているみたいだ。
 蓮實重彦の「小説から遠く離れて」(河出文庫)を読み終わった。70年から80年代にかけて書かれた小説は、偶然同じ構造をもっていたという。「羊をめぐる冒険」、「吉里吉里人」、「裏声で歌え君が代」、「コインロッカーベイビーズ」、「枯木灘」、「同時代ゲーム」がいずれも主人公が何らかの謎の権力によって宝探し(羊、秘宝、ダチュラなど)をするようにしむけられる、そこでは主人公はつねに双子であり、捨て子であるという、そういう構造があるという。それを検証しつつ、「枯木灘」や「同時代ゲーム」のみが物語の枠を壊そうとはたらく小説であるという。逆に「狂風記」の場合、物語としての規範にはまっていて、小説ではないという。小説として、物語を越えることを評価するとして、でもそれが何なのか、よくわからない。「小説から遠く離れて」という書物自体が、現代に小説という秘宝を探す試みで、自己言及的なんだけれど、それは蓮實自身自覚している。そういうスリルはきわめて物語的だな。そして発見してなお、その先へ行こうとして何だかよくわかんなくなってくることが小説的かもしれない。別に、人に勧める本ではない。


「こちら葛飾区水元公園前通信201」95/03/26 11:13

 サリン事件の直後にオウム捜査が始まった。でも、建前はオウム捜査は品川の公証役場の拉致事件捜査なのだが、どう見たってサリン捜査に見えてしまう。さらに、拉致事件捜査といいつつ、踏み込む証拠というのは、はっきりしない。それだけで果してあれだけ大がかりな捜査ができるのだろうか。今度の警察の行動には、不審な点が多い。今回はサリンが出てきたから、何となくかっこがついているが、逆に日本の警察はたいした証拠がなくたって、何だってできてしまうという、そういった恐ろしさも見えるような気がするのである。事実、そうなんだろうけど。

 今週は、石川淳の「六道遊行」(集英社文庫)を読んだ。上総の小楯という盗賊が、咒の秘法を会得しようと葛城山に行こうとするが果たせないでいる。この主人公が、ひょんなことからしばしば現代にタイムスリップを重ねるようになり、ダンサーの真玉と出会い、玉丸という子ができる。一方、平安時代、都では女性をめぐる権力争いがあって、盗賊の一味はこれにちゃちゃを入れる。小楯は平安時代で盗賊をしながら、未来の玉丸を見守るという。これがおおまかな話。天国と地獄の間、六道を行くという。一見、波瀾万丈で破天荒な話なのだが、そういった物語の果てに、すべては消えていってしまうという無常さが「狂風記」のときと同じように残るんだな。それがいいといてばいい、けっこう一息で読んでしまえる本である。ということで、佐藤さんも安心して、読んで下さい。

 今週の映画は、椎名桜子監督の「家族輪舞曲」である。以前、深夜映画を録画していたので、見てしまったのだが、これがすごくつまらない。何だかよくわかんない。あまりいい記憶のない部分での自主製作映画を思い出してしまう。こんなにつまんない映画がつくられたこと自体に、感心してしまった。

 今週の体験は、成分献血である。有楽町で献血したのだが、時間があったので、成分献血をした。まず、採血して血小板の数を調べる。これによって、血漿献血か血小板献血にするかを決める。ぼくの場合、血小板の数が十分だったので、血小板献血となり、血漿と血小板を200mlずつとることになる。
 血管から採られた血は、機械で遠心分離され、だいたい400mlくらい血をとったところで、血球成分を返してくれる。見ていると血を入れたり出したりしているんだけれど、あまり感覚がないな。ぼくの血は濃いので、早く終わると言っていたが、それでも1時間ちょっとくらいかかったな。血がこいのって、いいのか悪いのか聞いてみたら、まあ、濃すぎるのは良くないそうだ。だいたい男性は血が濃いとか。血の出し入れを5回もやれば、採血終了である。最後は血球を返してくれて終わり。成分献血の場合、いろいろチェック項目のあるみたいだし、最後も血圧を計ったので、めんどくささがわかる。
 4月1日より献血の回数の数え方が変わって、すべて1回として数えることになる。今まではたとえば400mlの場合、2回って数えていたのだが。あと、献血の回数によってもらえるものも変わる。いままではバッチみたいなものだったが、ガラスの容器になる。回数によって色が違うという具合だ。ぼくは今回の献血で30回を越えた。ばっちをもらった。いらないのになあ。

 今週のアウトドアは、北八ヶ岳でクロカンである。雪の中を歩いてきたというわけだ。雪が顔に当たっていたかった。新しい板はなかなか歩きやすく、靴もピンディングがめんどうなことをのぞけば、快適だった。エッジがあるといっても、ゲレンデを降りた感触では、なかなか板の操作がむずかしいといったところだが、そのへんの感触もつかめたのは収穫だった。もちろんテレマークターンといった高度な技が使えるわけじゃない。しかしまあ、林の中をスキーで行くというのが快感である。靴はそのまま履いていけるので、荷物も少なくていい。でも、やっぱり北八ヶ岳は遠かった。

 今週のエスニック料理は、フィジー料理「イカ・バカロロ」である。白身魚のココナッツソースである。
 材料は白身魚、タマネギ、チンゲンザイ、トマトといったところ。魚はスズキやヒラメなどもいいが、今回は黒ムツを使った。身にやや脂肪分が多いが、それがかえって味わいがあっていいみたいだ。フィジーで黒ムツを食べるかどうかは別にして。
 魚はまず切り身にしてかるく塩をふっておく。これをサラダ油で軽く焼く。これを取り出してから次に、タマネギの薄切り2分の1個を炒める。これもとり出し、はがしててきとうな大きさに切ったチンゲンサイをフライパンに並べ、焼いた魚、タマネギ、そして適当に切ったトマトを入れ、ココナッツミルク300ml、水50ml、塩、好みによりコショウ、魚の匂いが気になる人はタイムなどを入れて、10分ほど強火で煮る。やはり、ココナッツミルクというのが、なかなかエスニックしていていい。淡白な味の魚が、ココナッツソースによく合うようである。材料なども工夫して、ココナッツミルクを料理に使ってみるというのは、やってみると面白いと思うので、すすめておく。


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