「こちら葛飾区水元公園前通信282」送信日時96/09/14
02:00
先週の土曜日は山に行ってきました。野村と一緒で。
ルートはですね、奥多摩駅からバスで東日原に出て、ここから鷹の巣山に登り、見晴らしのいい尾根道を歩いて七つ石山を通り、鴨沢に下りるという計画であった。
奥多摩駅でバスを待っていると、ケーナとかいうアンデス系の楽器を吹いているおじさんがいた。もう、周囲の目も気にせず、一生懸命吹いているのである。でもまあ、それはそれで味わいがあっていい。何か山に登る前から盛り上がっちゃうってなところだったな。
東日原から鷹の巣山へ登るルートは、けっこうきつい坂だったです。標高1700mへ一気に登るという、あまり人に勧めたくないルートですね。途中でケーナおじさんに追い越されてしまい、頂上到達時刻は30分もあったらしい。ちょっとくやしかった。おじさんは頂上でもケーナを吹いていた。気分はアンデスである。
鷹の巣山から七つ石山までのルートはアップダウンもほとんどなく、とても見晴らしのいい道で、こういうところを歩くとけっこう幸せな気分になれる。いろいろ花も咲いていたし。天気が悪くて、実際は見晴らしは悪かったんだけど、これは来年、雲取山からの下りを楽しみにしたいと思う次第である。
鷹の巣山までの登りはむちゃくちゃだったけど、あとは楽でしたねえ。ほぼ予定通り、17時過ぎには下山できてめでたしめでたしでした。
でも翌日は弟の引っ越しを手伝ったんだからな。まったく。
今日はCDをたくさん買ったので、BGMは豊かである。
まず、BRAZILIAN LOVE AFEAIRの2nd「UMA BRASILEIRA」、ヨーロッパ・ラテンである。去年のベスト3に入れている1stと同様のなので、今さら言うこともないけど、ぼくはとても気にいっている。SIMONEMORENOのような本場ブラジルと比べると、なんかもうちょっとタテノリじゃなく横に流れるようなキーボードの音が、それはそれで気持ち良かったりする。でもまあ、ラテンはいいなあ、と。
元ETERNALのLOUISEの「NAKED」は、けっこうノリのいいR&Bってなところで、これもけっこう気にいっている。特徴と言われても困るのだけれど、リズムはそんなにタイトじゃないのですごく聞きやすい。ETERNALはもともと4人編成だったのだけれど、LOUISE以外の3人は黒人で、そういうわけで、彼女だけを取り出して売り出してしまうというのは、何か人種差別的でいやなんだけど、まあ、残ったETERNALはけっこう売れたし、まあ結果は悪くないので、よしとしよう。
SUZANNE VEGAの「NINE OBJECTS OF DESIRE」は、やっぱりあんまり変わってないなあ。昔のアコースティックなときから歌は変わってないのに、バックだけがバンドしちゃうと違和感があるけど、でもそれは可能性が広がっているという解釈でいいかな。
それと、これはおととい買ったのだけれど、掛札悠子の「レズビアンである、ということ」(河出書房新社)を読んでいて、笹野みちるが聞きたくなって、近所の古本屋で中古の「GIRL MEETS GIRL」を買ってきたのだけど、音はちょっと重くって、ライブハウスの演奏そのままの音なんだけど、詩がいいです、って、ストレートでね、女性と女性のラブソングって単純に言ってみたちころで、これは抑圧されている存在だから屈折もあるわけで、でもそのあたりの痛みというのが伝わってきて、これはけっこういい作品ではないかと思ったりもしたのだけど、ちょっと疲れる。でも、日本のものを聞いていていいなあって思ったのってひさびさのことだな。プロデュースはホッピー神山っていうと、駒田なんかは音の想像ができるんじゃないかな。あまりクウォリティの高い音とは思わないんだけど。
エリック・ロメールの「夏物語」は、予想外にいい映画だった。いや、頭を思ったほど抱えなかったという方が適切かな。ストーリーは単純で、バカンスに一人で来た男の子のまわりに3人の女性がいて、あっちふらふらこっちふらふらという、はたから見るとちょっとうらやましい境遇なんだけど、主体性がないし、もう見ていてイライラするのはお約束である。こうなると結末が見えてしまいそうなんだけど、その見えてしまう結末を後味悪くないようにさらっとやってのけた点で、今回の映画は良かったのではないか、と。かように思うのである。ということで、あまりおすすめする映画ではないし、石川にはまた何か言われそうだけど、まあ、そういうことである。17歳も恥ずかしいけど、人間、27歳も恥ずかしいもんだと、恥ずかしい映画を見てまた思ってしまった。
ということで、今週のおすすめは、諸星大二郎の「栞と紙魚子の生首事件」(朝日ソノラマ)である。大ぼけな本屋の娘、栞がうっかり公園のごみ箱から生首を持ってきて、処分に困ってると、相談された古本屋の娘、紙魚子が「やさしい生首の飼い方」なんて本を持ってきてくれたりという心暖まるような短編がたくさん入っている。いつもの諸星と違うのは、とにかくお笑いホラーってな感触。主人公である二人の少女もはまっているし、伊藤潤二の線に近いとも思うのだけれど。駒田はきっと何かデッサンが狂っているような絵には耐えられないかもしれないけど、おすすめしてしまう。身も蓋もないような話ばっかりで、クトルーちゃんとかいう少女も出てきたりして。
てなわけで、明日、じゃない、今日は天気が良ければ行徳にハゼを釣りに行こうと思っていたのだけれど、だめっぽいなあ。ついでにサッパも狙おうとオキアミまで用意したのに。もちろんセイゴもって。まあ、しょうがないなあ。
「こちら葛飾区水元公園前通信283」送信日時96/09/14
12:07
今日は結局、雨ということで、家にいるのである。でも、こういう季節の変わり目で雨だったりすると、膝が痛い。もともと弱いとこなんだよな。人間、どこかしら故障はかかえているんだよなあってことを思い出してしまう。池山のアキレス腱みたいだなあとかさ。
今夜はかみさんの友達が遊びに来るというので、夕方は料理をしなきゃいけないんだけど、何にしようかな。そう、実はハゼの天ぷらはメニューの予定だったのに。サラダ、スープ、メイン、サイドって考えていかないと。
実は先週から、そう多くの本を読んでいるわけじゃないのだけど、でも「マヨンベ」のことは書くからね。
アンゴラの作家ペペテラの「マヨンベ」は、単なるアンゴラの内戦日記のようなものかと思っていたのだけれど、むしろもっとラディカルな小説で、なかなか読みごたえがあった。血がさわぐ人もいるかもしない。でもなぜかこれを読んでいて思い出したのは、埴谷雄高のことだったりする。
舞台はアンゴラの飛び地カビンダ、主人公センメドはゲリラの司令官。彼を軸に、周囲の人間のモノローグがときおりはさまる構成。ゲリラの組織は内部に部族対立も抱えていて、それをセンメドはうまくまとめようとする。でも何といっても意外だったのは、ジョアンとオンディナのラブアフェア。これが物語全体のバランスを崩すほど中心に食い込んでいる。というのも、小説を通したテーマというのは、ゲリラのリーダー、センメドは自らを内戦が終われば、次の世代が政府を作り、自分が消える運命としている、そうした内戦を通した時間の見方だからなのだが。ジョアンは部下であり、センメドが期待をかけている存在。ジョアンのゲリラ名はコミサリオ、共産主義の教育担当といったところ。でもゲリラの中にいたため、経験が少ない。一方、オンディナは教師。ジョアンよりも若いが、豊富な経験はジョアンに物足りなさを感じる。というか、ジョアンは子供すぎる。二人は婚約している。オンディナは自分の強い自我を自覚し、他の男性とのセックスも罪悪と思わないのだけど、何よりジョアンよりも強いため、彼を支配してしまうという自覚が、他の男性とのセックスをきっかけとして、ジョアンと別れようという意思に傾く。ジョアンはそれをよしとしない。ジョアンはそんなこと気にしないというが、オンディナはやがてそれはジョアンを傷つけるという。
話だけ書いても、そうめずらしいストーリーではないのだけれど、何よりオンディナというキャラクターの魅力がこれを支えている。自分が他者を支配してしまうという自覚を持つほど強い女性というものが描かれるというのは、なかなかすごいヒロインではないか、と。センメドは二人の仲をどうにかしようとするのだが、センメドにも過去がある。オンディナは自分を支配するほど強いセンメドに魅かれるが、ではオンディナが愛しているのは誰なのかな、とか。
埴谷には「内ゲバの論理」(三一新書)という編著があるけど、そういえば「死霊」はどこでもない世界での話であった。登場人物はみんなゼロ次元にいるような。そうなのである、埴谷はゲリラの戦場を失ってしまったからなのだ、という。それが、かの小説を閉塞的なものにしており、ゲリラ戦を通じて外へ展開されることがなかった、でも「マヨンベ」はそうではない、その密度の濃い会話がそれを示している、そう感じてしまう。
ペペテラは30年続いたアンゴラ内戦のゲリラの教育係、というか情報宣伝係というか、それで小説を書いているし、本書の全体を通した、おだやかな展開はそうした目的を感じさせる。でも、実はポルトガル系アンゴラ人だったりする。
掛札悠子の「レズビアンである、ということ」(河出書房新社)はかみさんに言わせると笹野みちるの「Comimg Out」より面白かったとのことだが、ぼくは逆にとってしまった。掛札が理論編だけど、納得はするけど、ぼくにとって笹野の実体験編の方が新鮮だったから。
掛札がレズビアニズムというくくりをいくら拒否しようと、本書は結果としてレズビアニズムの本となっている。著者は最終的にレズビアンという言葉が意味をなさなくなることを期待している。それは、男性に対する女性、異性愛者に対する同性愛者が差別される立場である以上、それをクリアにしなければならない、と。とはいえ、それは今のスタンダードな形に近づけるものだろうか。レズビアンであるということは、明確に男女差別を排除し、家制度を排除する中にとりこまれることになる。笹野の曲「お金をかせごう」では明確に平等なカップルが示されている。一方が他方を支配することのない関係、これをスタンダードにすることこそレズビアニズムではないだろうか。レズビアニズムがレズビアンとは別だとは思うけど。フェミニズムから黒人フェミニズム、在日フェミニズム、レズビアンフェミニズムは欠落するし、それぞれから黒人レズビアンフェミニズムは欠落する。そうした総体を実はすくい取っていくことがフェミニズムでもあるのだけれど、そうした文脈の中でフェミニズムもレズビアニズムも意味を持ってくるし、だからこそ本書がレズビアニズムの本であることでそうでない読者に意味を持つのだと思うが。
レズビアンである、ということを通して、家制度や子供の強要、男女の支配関係、そうしたものが見えてくる。レズビアンという言葉が無意味になるということは、こうしたものが消えることだと思う。だからこそ、「月の瞳」とか「GO FISH」などのレズビアン映画を見るととてもやすらぐわけだし。
あと、今週は「さらば国分寺書店のオババ」(新潮文庫)も読んでしまった。フィリップ・K・ディックの「流れよ我が涙、と警官は言った」(サンリオSF文庫)も読んだけど、これでトーキングヘッズの原稿が書けるかなあ。明日が締切りだ。
そういや、昨日一昨日と通産省通商産業研究所主催の「21世紀の日本経済」についてのシンポがあって、その一部を聞いていたのだけれど、ほとんどの話はこれまでの経済の分析と97年の経済予測というもの。脳味噌が腐ってるんじゃないかと思ったけど、まあ経済予測はむずかしいからな。結局、短期的な予測しかできないと、21世紀なんて何それって。その中で人口問題からの予測が唯一長期的でおもしろった。人口問題について、いろいろあるので、次回はこれについて書きます。人口が減るんだから、原子力なんて過剰な設備投資なんだって。
「こちら葛飾区水元公園前通信284」送信日時96/09/22
09:42
昨日は大津港へ釣りに行く予定だったのだが、台風のおかげでキャンセル。でも起きたら雨が降っていないので、江戸川放水路に行ってきました。まあ、酒の肴になる程度のハゼが釣れたのでよしとしよう。7月の頃よりもずいぶん大きくなっていて、天ぷらにするとちょっと背骨が気になる。今回は、ナイジェリア風チキンとエビのペッパースープを作ったということもあって、天ぷらの方もカレー粉を混ぜてみました。ハゼのフリッターカレー風味といったとこでしょうか。
来週は館山で釣りをするかテニスをするか悩むところなのである。
「ウルトラマンティガ」の第3回は良かったです。駒田の好きそうなセリフもあったし、高樹澪が演じるイルマ隊長も活躍したし。ジャニーズに囲まれて活躍する隊長って何かいいです。「これからは隊長ではなく女王様とお呼び」とかさ。「女王様、怪獣がこっちに向かってます」なんてね。
実は、イルマ隊長が今ひとつリーダーシップを発揮してないシナリオなのには大きな不満があるのだが、それは今後の課題としたい。あるいは、制作側の頭が古いのか。
「イルマ隊長、実は」
「何をしているの、ダイゴ隊員、私よりも早く、他の人々を助けて」
「イルマ隊長、まずはあなたからです」
「何を言っているの、ダイゴ隊員、地球を守るのが私たちの勤めなのよ」
「そんな、イルマ隊長のいない地球なんて守っても何の意味もありません」
「だめよ、ダイゴ隊員、そんな、私は隊長、あなたは隊員、私の命令を聞きなさい」
「いやです、イルマ隊長、ぼくは、実は」
「だめよ、今は緊急事態よ、私が女であなたが男だなんて、今は関係ないわ」
「イルマ隊長、そんなんじゃないんです」
「いいえそういうことだわ。私のことはあきらめて」
「ぼくは、ウルトラマンティガなんです」
チャララー、チャラララー
などということを書くと、誤解する人がいるかもしれないなあ。まあ、そういう話には、ならないだろうなあ。
こういうことを話していたら、中薗には「年増趣味」とか言われてしまった。ほっとけっつーの。
そうか、実はみんな特撮のことしか興味がないのね。いいです、ほっといて下さい。
HMV(つい、HIVと言いそうになる)でバーゲンだったので、ETERNALの「POWER OF WOMAN」と、SWV(SISTERS WITH VOICES)の「NEW BIGINNING」を買ってしまった。こういうソフトなノリの黒人コーラスには弱いなあって思ってしまう。別にすすめはしないけどさ。今はETERNALを聞いている。何か聞いた曲だなあって思ったら、BOB MARLEYのカバーだった。こうして聞いていると、脱退したLOUISEの方がダンサブルな音だなあ。そういうもんかなあって。
先週、通産省通商産業研究所シンポで人口と21世紀の経済の話を聞いたので、その話です。ちょっと硬い話題。レセプションでも人口問題研究所の所長と話したし。
まず、不良債券などが足を引っ張ることで、今世紀中のGDP成長はせいぜい2%となる。これに労働人口減によって2010年にはマイナス成長になる。この見方は否定できないだろう。どうも、今回のレポーターの上智大学教授の八代氏は女性に進学率向上による初婚年齢の高齢化に原因を求めたいようだけど、さすがに女性を進学させるなとは言わなかったな。もうこれは変えられない流れだとはわかっているらしく、仕事を続けても育児できる環境が必要だとはしている。所長の阿藤氏は子供を産んだ方が有利になる社会になればいいって言ってたけど、でも勤続するのと再就職でパートになるのでは年収300万円も違うんだから、そのくらいの保護はしなきゃいけないんだけど、そんな金、政府が出す? というわけで、基本的には産んでも産まなくてもいい社会が理想だというのがフェミニストの主張なんだけど、まあ、それでも潜在出生率は2に近いはずだから、まあ、いいとは思う。ただ、この日の話を聞いていて、おじさんたちに抜本的な政策は作れないと思ってるから、出生率は1.5を下回る状況が続くでしょう。特に日本って、欧米と比較しても結婚によるメリットが少ないし。家制度が崩壊しなきゃ。八代氏も阿藤氏も家制度の崩壊は避けられないことでは一致していたけど、この点についていけない人もいたようだ。
実は一番関心があったのは、外国人労働者のこと。八代氏は、熟練労働者は受入れるが、未熟練は受け入れないという。というのも、賃金が高いから、どっと日本に入ってきて、かえって企業の効率化を阻害する、すなわち非効率的な部門を残すことになるという主張。でも、それは頭ではわかっていても、結果として入ってくると阿藤氏も言っていた。この外国人の人口をどうカウントしていくのか。
ということで、今回はぼくはいくつかのシナリオを用意した。
まず、高齢者や女性の就業について。最近、大手企業はリストラと称して、定年を早めたり(東京電力なんて55歳だぜ)している。でも、65まで働かないと。年金を引き上げるというインセンティブはあるな、絶対。そして、高齢者が安価な労働力となる。これによって、かえって所得格差が縮まる。よほどの役職についていないと、55歳以降、生産性の低い仕事につかざる得なくなるもんな。女性の場合はそういかないだろう。学歴も高いし、男女格差も小さくしないと。ということは、
選択肢1、企業は女性を活用するか、レベルの低い男性を活用するかの選択を迫られることになる。別に男性も女性も同じなんだけど、男性の優秀な人材が相対的に少なくなるわけだから。
外国人労働者は、受け入れざるを得ない。
選択肢2、日本の社会は外国人を受け入れるか、排除するか。きっと老人介護にも外国人は入ってくる。でも、まだ日本は外国人と共生する社会ではない。どころか、欧米も排除の傾向があるくらいだから。でも、入ってくれば労働人口は減少しない。そうすれば、企業が夢見る経済成長は現実となるかもしれない。
選択肢3、いっそ日本の企業はペーパーカンパニー化する。産業空洞化をいっそう進行させ、日本の仕事はサービス業だけ。欧米のように所得格差を広げる政策を導入し、円は投資に向かい、利益を上げることで、日本の経済力は維持。貧しい人には利益は還元されないから、多くの人が生産性の低いとされている部門に就業する。
結論、企業も政府も、いままで認めたくなかったことを認めないと、どうしようもなくなる。経済至上主義からの脱却なんて鳩山じゃないけど、そういうもんではないですか。原子力発電なんかも政府の言うように作っていたら2010年以降はお荷物になるだけ。それを、2030年まで平均2.2%の経済成長があるという前提で必要だなんて言っている通産省・資源エネルギー庁の人の脳味噌は腐ってるんじゃないかって思う。あるいは、外国人労働者の受入れ。実は、バブルがはじけても失業率は3%、これは非常に低いと言われている。でも、八代氏の指摘だと、これはパートタイマーが吸収したから。加えて、外国人の解雇もあるだろう。日本の経済は強いのではなく、切り捨てられる弱者を持っていたということになる。でも、これは人権問題にも発展することだからね。そうはいかなくなるだろう。それとも、強引に不法就労を認め続けるのだろうか。保守化している日本だけど、その反動は大きい、と見る。
もう経済は成長しないのに、開発を進める政府は、その赤字を残し、将来の経済の足を引っ張る。でも、当人たちはその頃には死んでるからな。やっぱり日本のペーパー国家化ですか。強い円で海外へ投資を持続させ、貿易黒字を維持し、空洞化するって。