1997年10月


「こちら葛飾区水元公園前通信325」送信日時97/10/04 08:39

 いきなりではあるが、徳弘正也の「Westling with もも子 1」(集英社)である。実は彼のちんこマンガはとても好きなのだが、ひさびさに 読めるのでうれしい。話はというと、グラマラスな女子レスリングの選手と彼女のフォールされたい男性が高校でレスリング部を作って、というものだけで、も う想像できてしまうものなのだが、これはやっぱりぼくもフォールされたいぞ、というものである。

 新井千裕の「天国の水族館」(PHP研究所)とか読んで怒ったり(つまんなかった)、石井苗子の「女族」(角川書店)を読んでいらいらしたり(テーマは 女性の怒りだというのだけれど、そんなに怒られても困ってしまう)、加門七海の「大江戸魔法陣」(河出文庫)を読んでおいおいって思ったり(江戸は結界で 守られてるって言われても、なかなかとってつけたような強引さで困ってしまう)しています。あっでも、加門のあやしげでこじつけのようなノンフィクション は実はけっこう気にいっているんですけど。どこまでまじめなのかわからないところがいいです。こっちもちょっと本気になってみようか、というお遊びなんで す。
 奥津要の「食辞林」(双葉新書)も読みました。江戸に逆上って、食べ物の語源などを川柳や小咄などに求めていくという。葡萄というのはギリシャ語で中国 経由に日本に入ってきたとか。酒飲みを左利きというのは、鉱山で働く人は右手に金槌、左手にのみを持つわけで、左手がのみ手だという、そういうことだと か。うんちくの世界ですね。
 うんちくと言えば、小泉武夫の「冒険する鼻」(三一新書)は強力です。臭い食べ物が次々登場する。スウェーデンのニシンの缶詰「シュールストレンミン グ」は缶の中で発酵しているため、空けるときは部屋の窓を全開しておかなくてはならないとか。昨日、ノルウェー関係の仕事をしている人を取材したのだけれ ど、このシュールストレンミングを食べたことあるかってきいたら、あるそうで、くさやみたいなもので慣れるとおいしいですよと平然と言っていた。さらに 「手に入りますよ」とまで言われ、好奇心はうずいたが、まあ、そこはそれである。
 小泉はそういうわけで、発酵した韓国のエイ、「ホンオ」とか、様々なチーズも紹介しているのだが、そうした中でカイコの蛹の話もある。実はこれは食べた ことがあるのだが、魚のえさみたいで一つ食べるのがせいぜい、あとに口のなかにやな臭いが残ってしまうのだが、さすがに小泉もおいしいとは思わなかったら しい。こういうものを食べる長野県民はすごいと言っておこう。本多勝一は子供のころ丼で食っていたというからなあ。こういう本は読んで、ただただあきれる というものである。
 いとうせいこうの「解体屋外伝」(講談社文庫)はけっこうおもしろかった。というか、解体屋というのは洗脳された人間を外すわけで、やってることはコン ピュータなしのサイバーパンクなのだが、そのあたりの感触がなかなか。オウムを思い出すこともあるし。あと、これは「ワールズエンドガーデン」から続くも のなんだけど、この世界にはタイなど世界中からの移民が登場する。移民がたくさんいる未来の日本という姿は、よく考えればあたりまえのものなんだけど、そ れを正面から書くいとうの目というのは信用できると考えている。
 日本には今後、さらに移民・難民が入ってくるだろうし、それを止めることはできないって考えている。もちろんそれを良く思わない人はたくさんいるだろう し、その意味でナショナリズムという反動があるとも予想している。そうしたとき、日本という国に住んでいる人にとって、アイデンティティはどうなるのだろ うか、ということも楽しみではある。
 ということで、吉田孝の「日本の誕生」(岩波新書)に行くわけである。
 この本は歴史的にどこで日本という名前が成立したか、そのアイデンティティはどこ
で成立したかを追っている。ただ、こうした研究が一方で現在の日本の右翼の歴史観とすれすれのところにきてしまう危惧をはらんでいる。そのことを吉田自信、あとがきで書いている。
 教科書論争というのは結局のところ、日本という国へのアイデンティティの問題ではないだろうか。それは国=民族=政府という幻想をそのまま維持したいと いう欲求ではないかと見ている。だからこそその幻想を傷つけたくないがゆえに、自虐的な歴史観を否定する。でも国=民族ではないし、国=政府でもない。日 本にいるのは日本民族だけではないし、1945年以前に起こした戦争は当時の政府が起こしたものであるわけだし。それは江戸時代や鎌倉時代の政府と同じよ うな視点で見るべきではないか、そうすることでナショナリズムを排除して見ることができるのではないかって考えている。
 にもかかわらず「フランスへ行こう」というような感情はいごこちがいい。それがアイデンティティの問題なんだけど、長くなるからやめよう。
 いずれにせよ、日本には外国人が増えるべきだと思っているし、そうなる。それによってアイデンティティが揺るがされることを歓迎するし、それによって起こることはこれまで何かを犠牲にして発展してきた日本が払う当然の代償だとも思っている。
 ついでに書いておくと、日米ガイドラインなんて、かえって東アジア全体を刺激するだけだし、まして日本を守ってくれるようなものじゃない。日本はもっと ジャパンマネーを有効に利用した方が地域の安定に資すると思うのだが、国際政治の舞台ではアメリカのコバンザメに過ぎない国だからしょうがねえなあって思 う。これも長くなるからやめよう。
 これも長くなるからやめるけど、たとえばブルース・スターリングが「グローバル・ヘッド」で脱アメリカしてしまったりするって感じが支持できるってなも んかな。アメリカにとってアメリカとアメリカ人しか見えない(ナショナリズムとレイシズム)のだから、そんなもん迷惑なだけだって思ってる。
 ということで、吉田は本書の今後のテーマとして、沖縄や北海道がどういう過程で日本というアイデンティティの中に入っていったかの研究があるという。

 といったことを、本をよみながらずっと考えてしまった。
 あんまり映画とかも見ていないし、うだうだしてしまっていかんなあって思うけどさ。テレビで「小早川家の秋」(小津安二郎監督)とか見て、新珠三千代が きりっとして美人でいいなあとか、そんなもんである。この映画、とってつけたように笠知衆が出てきて、火葬場の煙を見て、妻が人が死ぬのはさびしいという ことに答えれ「いやあ、でも子供がむんぐりむんぐりと生まれてくるからなあ。ようできておる」などとしゃべるのである。いやあ、この言い回し、いいなあ。


「こちら葛飾区水元公園前通信326」送信日時97/10/05 11:10

 かみさんがブースカの人形を買ってきて、けっこううれしそうにしているのだが、ブースカにはブースカとは書いていない。かわりにイヌクマと書いてあり、さらに円谷プロ○Cである。なぜブースカがイヌクマなのか、これも謎である。

 金曜日から銀座の日本酒センターでは滋賀の酒まつりというのをやっていて、まあ、こういう人ですから、つい買ってしまうのですが、福引で信楽焼きの猪口をもらった。たぬきの顔としっぽまでついていて、なかなか変である。ちょっと飲みにくいけど、それはご愛嬌。

 ということとは関係なく、最近東急では秋が香るビールが安いので、そればかり飲んでいるのであった。


「こちら葛飾区水元公園前通信327」送信日時97/10/07 22:56

 一部の人にはご心配をおかけしていたことではありますが、かみさんが無事、子供を産みました。女の子で3300g。母子ともに健康です。10月7日、時刻は16時39分ですか。まあ、そういうことです。
 最初、予定日は10月1日だったのですが、後日9月27日に修正、「10月1日では遅すぎる」と思ったのでしょうか。しかし、結局予定日から10日遅れ となりました。SFファンにはなりそうもないですね。(今、10月7日はニュースステーションの誕生日だと言っていた。そうかあ)
 13時前からずっと立ち会っていました。まあ、足や腰をマッサージしたりしてましたが、あまり役には立ってないようでしたね。頭が見える頃は、おっ、と か思うんだけど。実際、生まれてみると、けっこうリアリティもないもんだなあとも思ったりした。へその緒ってゴムホースみたいだな、とかさ。それでもま あ、子供の声を聞いていると、いいもんだなあとも。
 名前は「ブースカ」としました。秋らしいでしょ。優雅でかつ力強いというものです。本当は10月だと少しはずれているのだけど、これは遅れたからしょうがない。

 ということで、かみさんが入院しているわけで、銭湯に行くわけであるが、せっかくなので行ったことのないところに行こうと思い、柴又の北野浴場というと ころに行きました。サウナは200円なので入りませんでしたが、森林浴がぬるい湯でのたあっとできてとてもうれしかったですね。森林浴のところはぼくしか 入っていなくて、個室状態でしたし。まあ、そんなわけです。


「こちら葛飾区水元公園前通信328」送信日時97/10/12 21:18

 白状します。先週の日曜日はかみさんと「宇宙戦艦ヤマモト・ヨーコ2」を見てました。いや、何となく頭を使わないものを見たかっただけですが。本当に頭を使いませんでした。いきなり東京マリンが出てきたりして、懐かしかったです。

 そういうことはどうでもいいんだな。今回は。
 ということで、娘が生まれたってことで、お祝いのメール、ありがとうございました。この場でお礼を申し上げます。
 いくつか質問もあります。ブースカの命名についてですね。
 意味は秋に吹く強い風、転じて台風です。ということで、誰かののイメージする「ハリケーン娘」というのは、正しいのです。まあ、女性は強くないと生きて いけないと思って、こういう名前にしました。男の子でも合うという指摘もありましたが、男ならこんな優雅な名前はつけないです。もっと泥臭いというか、そ んな名前にしただろうな。ただし、男の子が生まれた場合、名前の決定権はかみさんにあったのですから、ぼくの意思は関係ないんですけど。
 ブースカと聞いて「源氏物語」という反応もありました。「ブースカ」という巻があるのです。そういうことでは、どこかの若菜ちゃんと姉妹かもしれない。だから優雅だって言ったでしょ。でもどんな話は覚えていないんだけどさ。
 夏目漱石の小説って言った人もいました。けっこう好きな小説の一つです。
 さすがに、そういう名前の駆逐艦がありましたねって言う人はいなかったな。
 ブースカというと、言葉のイメージとして本当に野原を切り開くというイメージがあって、香港活劇のブリジット・リンかジャンヌ・ダルクかってなもんですか。
 でもやっぱり、ブースカに似てますね。元気はいいけど食欲が旺盛なわりにかみさんの母乳があまり出ないので、欠食児童のまま泣いてばかりいます。まあ、 そんなわけで、おかげさまで母子ともに元気で心配することもなさそうだということは、報告しておきます。あとはこのまま無事育ってくれればいいなってなも んです。
 しかし、現在最大の課題は、うちの母親とかがお宮参りがどうのとか勝手にさわいでくれていることである。宗教が違うからいいっつーの、と言ってもねえ、まったく。まあ、そんなもんである。

 話は変わって、先日、NHKの土曜特集を見ていた。内容はカラスの生態。おもしろかったのは、目黒の自然教育園をねぐらにするカラス。彼らは早朝、まず 銀座でごみをあさる。お腹がいっぱいになると、水元公園まできて遊んでいる。よく考えると、このカラスの行動範囲って、ぼくの毎日と同じではないですか。 ただちょっと向きが逆なだけで。自分は銀座のカラスかって思ってしまいました。業界誌の記者だし。

 そんなわけで、イアン・バンクスの「ファイサム・エンジン」(早川書房)を読み終りました。が、面白いかと言われるとどうも。話は遠い未来。人類のあら かたは宇宙へ出て行ってしまって、残った人類はコンピュータの内部でなあなあで過ごしている。おかげで、二三回死んでも平気ってなもんである。ところが、 この太陽系に暗黒星雲がやってきて、太陽の光をさえぎってしまうという。そこで、コンピュータの世界に気力を取り戻すために冒険するという。そういう話な のであるが、話の入り組み方は実際の世界とコンピュータ内部の世界だし、四人の話が別個に進み、どこでどう交わるのかはドキドキものではあるんだけど。 やってることって、けっこうファンタジーの世界である。逆に言えば、あらゆるファンタジーは仮想世界の中の住人として再現できるのがSFなのではないかと も言える。まあ、ハードカバーなので、無理に買うことはないと言っておく。


「こちら葛飾区水元公園前通信329」送信日時97/10/17 14:02

 今は残雪の「突囲表演」(文藝春秋社)を読んでます。中国のある街で起きた不倫の話なのだが、これがガルシア=マルケスの「予告された殺人の記録」のよ うなスタイルで、しかしやたらと饒舌に書かれたものなのだな。これはけっこう面白い。中国の小説はすごいなあってなもんである。

 サントリーの冬の辛口生ビールは辛いというかアルコールが強いだけで味も素っ気もないビールだけど、サッポロの冬物語は心地よい甘さがちょっと変な感触 のビールである。しかし、日本で一番飲まれているビールがスーパードライだっていうのも何なのだろうか。基本的に日本人にはビールの味がわからないのでは ないだろうかと思ってしまう。そういう中で地ビールが検討しているのも不思議だけど。

 とはいえ、岩波書店から坂口謹一郎著「酒学集成」全五巻が出るが、これを
買うほど酒飲みではない。


「こちら葛飾区水元公園前通信330」送信日時97/10/18 23:24

 とりたてて書くこともないのだけれど、町田純の「ヤンとカワカマス」(未知谷)はおすすめです。舞台はコーカサス地方。ネコのヤンが一人で住んでいる。 そこにカワカマスがやってきて、いろいろ話をしてから、スープの材料などを借りていく。翌日もまた同じ。カワカマスは借りるばかりなのだけれど、ヤンは別 に悪く思わない。そうじゃなくって、自分の家に誰かがたずねてきてくれる、そういううれしさだけがストレートに伝わってくる。そんなことを感じさせてくれ る本です。短い話だし、絵もいっぱい入っているのだけど、なかなかいい本です。
 買ったきっかけというのは、そもそもシンボルスカの詩集を読んだとき、読者カードを返送したら返信がきまして、編集者が本書もいい本なのでよろしくとか 書いていたので、それでは、と思い、買ったわけなのですが、まあプッシュするだけのことはありました。だから、ぼくはすすめてしまうのである。

 どうでもいいけど、原田宗典の「はたらく青年」(中公文庫)の解説は泉麻人との対談なんだけど、そのアルバイト編が本書に収録され、一方初体験編は泉の 「はじめてのグループ交際」に収録されている。ということは、何となく泉の本まで買わされるような気がして、これはけっこうずるいのではないかと、まるで 本の雑誌のご隠居のようなことを思ってしまったのである。


戻る