「こちら葛飾区水元公園前通信304」送信日時97/04/14
07:22
昨日(12日)はひさびさに山に行った。ひさしぶりの山ということで、リハビリのつもりで丹沢の大山である。蓑毛から登って日向薬師に降りた。下りのが長くてちょっとひざにきそうだったな。最後も林道ではなく山道を通って日向薬師に行ったのはご愛嬌。蓑毛からヤビツ峠までの道はスミレの群落が満開だった。サクラも咲いていたしな。今回、時間があれば日向山を越えて七沢温泉までっていう気持ちもあったんだけど、それはやめた。
ということで、機会があれば、蓑毛から大山神社の下社を通り日向薬師をおまいりして温泉へというトレッキングはどうでしょうか。登りはあまりないはずです。
先週、しかたなしにカラオケハウスに行った。他人の歌を聞くのがいやだったんで、つい歌ってしまったのだが、おかげでのどが痛い。ついに炎症を起こしてしまった。やっぱり嫌いなことはしないに越したことはない。今は咳が止まらない。まいったね。
今週のおすすめはCDである。ヤシマベス(YESHEMABETH)という女性レゲェシンガーである。この「LET’S TALK ABOUT IT」というCDがいい。ちょっとハスキーで力強い声である。聞いていてなかなか心がなごむ。
あと、ミリー(MILLIE)というヒスパニック系の女性シンガーの「EMOCIONES」というCDも買ったけど、まあ、スペイン語がきもちいいかなってなところだ。
噂になってる水上勉の「精進百選」(岩波書店)も読んだよ。これもなかなか良かった。要はけっこう野菜だけでも何とかなるというもの。こういう食生活をしていれば、そう太らなくてすむかもしれない。昔、あまりお金がないときは経済的ビジタリアンだったことを思い出したな。今では、うちの親が畑でとれた野菜を山のように持ってくることがあるので、やっぱり野菜はたくさん食べてるなあ。
「こちら葛飾区水元公園前通信304.1」送信日時97/04/17
04:10
喉の状態は悪化する一方で、夜は咳が止まらずに眠れない。ということで、今は夜中であるにもかかわらず、こうして起きている。まあ、そういうこともあって、夕べは10時くらいに眠ってしまったから、いいのだけれど。来月、ハヤカワ文庫から再刊される大原まり子の「処女少女マンガ家の念力」が実はまったくの書き下ろしだったというわけのわからない夢を見ていたくらいであるからして。
喉がおちついたらまた眠るとしようってなところだ。
さすがに、火曜日には医者に行って、薬を購入してきた。まあ、この炎症は、以前も経験しているので、そう心配はしていない。多分、二年前の夏の終わりにも同じようなことを書いている。
「ブッタとシッタカブッタ2 そのまんまでいいよ」(メディアファクトリー)という本を読んだ。著者は小泉吉宏、仏教をベースにした、精神を癒すためのまんがである。常に物事は移り行く。あなたはあなた自身でしかない。その変転の中であるがままを受け入れて生きれば楽になる、といったところである。自分の人生にイエスと言ってくれる本は需要があるって思ってたけど、けっこう売れているらしい。何となく、朝日新聞で紹介していたので買ってしまった。別に勧めはしないけど、特定の人にとっては、役に立つ本だろうなあ。
リチャード・バックの「ONE」(集英社文庫)もそんな本だったな。あらゆる人生は平行して起こっている。私たちはONEである、と。主人公のリチャードと妻のレスリーは飛行艇で飛んでいる最中に不思議な世界に迷い込む。そこは、あらゆるパラレルワールドの入口であり、いくらでもその世界をのぞくことができる。ただし自分たちの世界ではないので、そこではゴーストをしてしか存在できず、その世界の自分たち以外には自分たちの姿が見えない。若いころのリチャードやレスリー、さらには別の国、別の時代に住む自分たちに会ってくるという話なのだ。何となくこれも宗教的だなあ。
リチャード・バックというと「かもめのジョナサン」が有名。「イリュージョン」はけっこう好きな小説だった。でもね、この小説はあまり楽しめなかった。バックは正義感の強い人だけど、どうもそれだけで走ってしまうから、もう一つ深みに欠ける気がして。アメリカの純情ってなところか。
桜井亜美の「イノセントワールド」(幻冬社文庫)もそういう意味では宗教かもしれない。主人公のアミはウリをやっている女子高生、知的障害者の兄がいる。アミにとって大切なのはこの兄だけである。実はアミは兄と違い、母親と精子提供者との間の子である。アミは兄との子を妊娠し、どうするか結論を得るために実の父親を探す。そういった話である。解説は宮台真司(何か似た名前の人がいた気がする)、というあたり、想像がつくというもの。主人公はウリを否定していないし、そうではなく身体をどういう形かで利用することでしか自分を見つけることができない。ウリはやっていても無垢な存在なのである。
マックス・エルンストの「慈善週間 または七大元素」(河出文庫)はとても字が少なかった。
伊藤俊治の「ジオラマ論」(ちくま学芸文庫)も読んだ。この人の美術論、写真論ってけっこう好きなのだ。歴史の中でその画面をどうやって位置づけるかという。
鷺沢萠の「ケナリも花、サクラも花」(新潮文庫)も読んだ。彼女は韓国人の血が混じったクウォーターだという。マイノリティに自分のアイデンティティを求めてしまうのである。でもそうやっていくことで、結局は人種からもっと自由になっていくんだろうなって思う。日本人でも韓国人でもなく。
池澤夏樹はそんなふうに日本人であることを気にしていない、というかまあそれはそれとして、という人だなって思う。というのが、「やがてヒトに与えられた時が満ちて…」(河出書房新社)という小説。舞台は未来、地球を脱出し、人工衛星で暮らす人達の話。人類というものが、このままでは終わりが近いなって感じているのである。だからこの本はSFではなく、きわめて現在を反映したものである。
そういえば「SFマガジン」では、「本の雑誌」の「日本SFはクズばかり」という特集、およびそれを紹介した日本経済新聞に反論をしていたな。でも日本SFを読んでないからわかんないな。どうなんでしょうね。SFは純文学より読まれていないらしいけどさ。
でも大原まり子の「アルカイックステイツ」(早川書房)くらいは読んだな。そんなにおもしろくなかったぞ。話というより、あるビジョンを提供する小説。それを、コンパクトにしたのはいいけどさ。何かもっと違う書き方があってもいい気がしたな。
あとは、原田宗典の「かんがえる人」(光文社文庫)とか小泉武夫の「発酵」(中公新書)とか、エマニュエル・ドンガラの「世界が生まれた朝に」(小学館)とか、クロード・モランの「ワニのおくりもの」(大日本図書)とか読んだな。
どうでもいいけど、キリンの「ビール職人」は思ったほどおいしくなかった気がする。麦芽100%でサントリーモルツやハートランドよりも高いのにな。
「こちら葛飾区水元公園前通信305」送信日時97/04/21
22:49
昨日(19日)、ようやくヘール・ボップ彗星を見た。風呂帰りの北西の空にそれらしきものを発見、うちに帰ってかみさんに「オペラグラスがあったろ」ということで水元公園まで行き、確認。ちょっとぼやけた星で、かすかに尾も見えた。このまま見ることがないかなって思ってたけど、どうにか見ることができたので、とてもうれしい。彗星を見るのは初めてである。けっこう感動した。
でもって、今日は国立近代美術館で萬鐵五郎展を見に行った。明治から大正時代まで活躍した画家。41歳で他界してるので、実際に絵をかいたのはわずか20年。後期印象派から立体派、さらには水墨画までの影響を受ける、そういう画家である。
教科書に載っているので、覚えている人もいるかもしれない。
萬の絵は、後期印象派だろうが立体派だろうが、そういうものを、本質的な作家の圧倒的な力で自分の絵にしてしまう。そういう画家である。力でねじふせてくる。だが、その力も30歳まで。身体を壊した後半の10年は、暗いとか、抜けてるとか、そういう絵であった。
おもしろいのは、自画像はけっこう美男子にかいているくせに、肖像画はもう、圧倒的力でそのまんま。変な顔のまんまである。かかれた人は絶対うれしくないよなってなもんであったが、それが絵としてどうかっていうと、別かもしれない。まあ、けっこうナルシストだったのかも。
ヤクルトが好調である。まあ、何というか。多分、スコアを見ると、そう強い気もしないんだろうけど。ピッチャーはいいかもしれない。安定している。後ろにいる伊藤とか加藤がよく投げてる。吉井も田畑もいいし。さて、いつまでもつのかなあ。
リシャール・ボーランジェの「ブルース」(冬幻社文庫)。この人、フランスの俳優だって知ってる人は知ってるよね。でもね、エッセイでもないし、小説でもないし詩でもない、そういう本。不良のおっさんである。そういう本であった。映画を見てる人は何となくわかると思うし、そうじゃない人にとってはどうでもいい本である。
ポール・ギャリコの「スノーグース」(新潮文庫)がおもしろいかと言われると困ってしまう。「雪のひとひら」とか、きらいじゃないんだけど、その男女感というのに、今では違和感があるなあってなところ。よくできたファンタジーなだけになおさら感じてしまう。
いとうせいこうの「ワールド・アトラス」(幻冬舎文庫)も読んだけど、彼はけっこうまじめなんだなあって思った。そのあたりがつらいかもしれない。
「アメリカン・ゴシック」は、展開が早くて何だかよくわからなかった。土曜日の午後10時からの番組なのだが。はたしておもしろいのだろうか。
「こちら葛飾区水元公園前通信305.1」送信日時97/04/23
23:06
今日(23日)、とてもショックなことがあって落ち込んでいる。水着が盗まれたのだ。洗濯して夜中に干しておいたのだが、朝、起きてみるとないのだ。お気に入りの水着だっただけの、とてもショックである。パイナップル模様の競泳用だったのになあ。とても悲しい。ついでにワコールのブリーフも盗まれた。まあそれはいいけれど、やっぱり水着はショックなのである。はきごこちもよかったのになあ。
そういうわけで、落ち込んでいるのに追い打ちをかけるように、ヤクルトが本来の実力を発揮してくれているし。まあ、いいんだけどさあ。
で、くやしいので今日は銭湯に行き、ビールを飲んでいるのであった。ついでに、明日の九州出張のホテルはシーホーク・ホテル&リゾートにしてしまった。いつもは安いビジネスホテルなんだけどさあ。まあでも、このホテルに地域熱供給をしている会社が今回の取材の対象なんで、まあいいかってなところだ。
ビジネスホテルの欠点は、狭い浴室である。そういう意味では、共同の大浴場が好きだなあ。東広島のホテルとか、すごく安かったけどサウナもあったしなあ。ということで、シーホークには大浴場があるとうれしいな。プールもあったらいいな。水着(もう一着ある)を持っていこうかな。
ペルーの事件が解決してしまったが、どうなのかなあ、疑問だよなあ。でしょ、榎田さん。何だったのかなあって。すっきりしないよなあ。保証人委員会とかキューバとか何だったのかなあ。いくらゲリラでも、やっぱり死んで欲しくなかったな。人が死ぬって、悲しいよね。サッカーしてたのはまぬけだけどさあ。
奥泉光の「石の来歴」(文春文庫)を読んだけど、どうものれなくって、何とも言えないなあ。今は村上龍の「昭和歌謡大全集」(集英社文庫)を読んでいるけれど、これはまあ、おもしろい。だから何だと言われても困るのだけれど。オタクとオバタリアンの闘争というにはデフォルメされすぎているもんなあ。そういう強引なまんがみたいなもんだよなあ。あと、岩波新書の「ハッブル望遠鏡が見た宇宙」とかも読んでいるけど、こういう本、好きなんです。ハッブルはやっぱり、いいよね。何かとんでもない遠くの宇宙が見えるっていうだけでどきどきするよね。
というわけで、志村志保子の「ミシンとナイフ」(集英社)も読んでぞ。マーガレット・ブーケ・コミックスだ。変な話ばっかりだったな。大塚英二推薦だ。だから何だといっても困るぞ。でも、すこっと抜けてしまったような絵は好きだな。
今日の酒の肴はロックフォールチーズ。青カビの抗生物質が、喉の炎症を抑えるだろうか。あるいは、腸内最近の運命やいかに。ということで、明日はヨーグルトだな。
「こちら葛飾区水元公園前通信305.2」送信日時97/04/26
00:41
今日(25日)、福岡から無事帰ってきた。
今回はちょっと時間があったのと、夜の接待がなかったのが良かった。
昨日は福岡の祇園というところをぶらぶらしてから九州電力に向かったのだが、その途中、昔、浅田飴だか何かのコマーシャルで永六輔が紹介していたような気がする「かろのうろん屋」を発見した。昼食を食べたあとだったので、入らなかったが、次回の九州出張ではぜひ入ってみたいと思う。
福岡ふるさと館とか、何にもなかったし、櫛田神社の歴史館とかもちょっと見て、川端を歩いたのであるが、川端の商店街というのは、60年代が残っているところである。妙にノスタルジックなマネキンとか、電気屋のシャッターの絵も60年代のままだし。
シーホークホテルは福岡ドームにつながっている。ここのいいところは景色がいいということ。出入口のところに立っているおにいさんは海賊の姿をしているのが恥ずかしい。けっこうきれいなホテルだし、温室のようなジャングルのようなレストランなど、飲食店も充実しているが、まあこれはあたりまえだな。ビジネスホテルじゃないんだから。今回は一泊12000円である。部屋の設備もそれなりではある。
プールなどもある。SOTOKOTO CLUBという場所で、25mプールにジャグジー、サウナ、そして浴室まである。ユニットバスがきらいなので、こういう施設があるのはうれしいのだけれど、宿泊客から3500円もとるんじゃない。高いぞ。でもまあ、1750m泳いで、風呂に入ってってなところで、あとはビールだっていうわけであった。しかし、そのビールがスーパードライだったというのには悲しいものがあった。
今日は福岡県立美術館。青山政吉という人の日本各地の風景を描いた水彩画が特別展だった。でも、何だかどの絵も同じに見えてしまったな。桜は紅葉の季節だけがいい風景というものでもないんじゃないかなあって。どこかで写真を越える説得力が必要なのかなあって思ったけど。
そのあと、博多百年蔵、すなわち酒蔵に行ったのです。吟醸酒の如水、純米酒の仙涯という銘柄を作っている。ちょっと重い酒だった。純米はけっこうリーズナブルで、燗するとうまいかもしれないけれど。吟醸が重いというか、テイストが強いというかくどいというか。まあ、これは好みのレベルなので、何ともいえないし、吟醸という感触はきちんとあるし。でも、結論からいくと、甘酒がいちばんうまかった気がする。と言いつつ、純米吟醸の如水を買ったのだけれど。
「こちら葛飾区水元公園前通信306」送信日時97/04/27
11:48
夕べというか、27日夜中に放映された「エコエコアザラク」は、出演者にちょっとびっくり。黒井ミサの二年前のエピソードで、まだ家族があった頃ということなのだが、ミサの両親を演じた人は誰だったか。なんと、父親に団時郎、母親に榊原るみである。この配役を聞いて、「帰ってきたウルトラマン」に思い入れのある人は思わず、にっこりするだろうな。実は「エコエコアザラク」を作っているのが円谷映像だもんな。これは絶対に意図しているよな。
知らない人に説明しておくと、「帰ってきたウルトラマン」の主役は団次郎(当時はこういう名前だった)、その恋人役に榊原るみだった。シリーズ途中で榊原るみは宇宙人に殺されてしまうという、なかなかつらいものもあっただけに、今回の配役には、つい笑ってしまうのである。
さて、昨日(26日)は、石川と釣りに行ってきました。いつもの場所が工事中で釣りにくくなってしまったのが悲しかったです。特にギンポ釣りの石川にとってはポイントがなくなってしまい、彼は不調でした。子供のいるウミタナゴやカサゴ、メバルの小さいの、アイナメのような魚などが釣れたけど、何かいまいちで、ぼくはけっこう不機嫌でしたね。
アイナメは塩焼き、あとは煮魚にしたけど、ギンポは天ぷらのがうまいと思った。あとはいいだけどさ。帰りが遅くなったので、石川はうちに寄らなかったのだけど、次はもっと釣って、うちで飲もうね。
明日は会社は休みだけどかみさんもいないので、奥多摩の山に行きたいと思うのであった。
「こちら葛飾区水元公園前通信306.1」送信日時97/04/28
21:42
今日(28日)、山に行ってきました。
場所は棒ノ折山、960mの低い山です。奥多摩ですが。
今回のルートは、青梅線御嶽駅下車、惣岳山、岩茸石山を経て、黒山(残念ながら人だかりはなかった)、そして棒ノ折山である。さらに、悪路を無理矢理通って、長尾丸という山、とさらにもうちょっと先の黒木段山(木と段は一文字なんだけど、ワープロで出てこない)まで歩いて引き返した。時間があれば、あるいは天気が良ければ、日向沢ノ峰まで歩くのだが、ここはほんとに悪路で、迷いかねない。はっきり言って、おすすめできない路である。で、そういうことで、戻って、棒ノ折山から奥茶屋まで降りた。しめて6時間のトッレキングで、まあ、そこそこに体力は使ったかもしれない。
今回の収穫は、黒山から棒ノ折山までの尾根では山吹の群落がきれいだったこと。よく咲いていたな。近所で見る八重ではなく一重だが、その清楚さがまた何ともいえない。あとは、長尾丸までの路で、一輪だけカタクリの花を見た。これだけでも行って良かったなって思う。後述するおじさんに話したら、「下ではもう終わってるんだよ」って言われたし。鳥は四十雀をたくさん見たな。キツツキのような音も聞いたのだけれど、姿は見えなかった。
この時期の山のいいところは、虫が少ないこと。別に、虫を差別するつもりはないのだけれど、もう少したつと蠅のような虫が目の前を飛び回ってうっとおしい。実はこの虫、昔は近所(幼児の頃住んでいた石神井公園のあたり)はよく飛んでいて、「めつぶし」と呼んでいたのだけれど、最近では山でも行かないと見なくなった。でもまあ、見たいとは思わないほどうっとおしい奴なんだけど。で、これからの山ではけっこういらいらさせられるものなのである。
棒ノ折山までのルートはまあ、軽いトレッキングにはいいです。問題はその先。まず、日向沢の峰までの路は、本当に悪路です。迷いかねないし、笹の藪はあって、雨のしずくがたまっていて、けっこう悲惨でした。見晴らしもいいわけではないし。カタクリの花がせいぜいのなぐさめ。とにかく路がよくわからないところが多い。また、棒ノ折山から奥茶屋までのルートは急坂過ぎます。これもつらい。ぼくはころんでしまって、左の股に大きなあざができたぞ。さらに、ふもと付近には山葵田がある。そりゃあ、わさびの緑は気持ちいいかもしれない。でもね、そのまわりを有刺鉄線でかこうことはないだろう。気持ちはわかるけどさ、こういう雨の日は滑るので何かにつかまりたい、でもまわりは有刺鉄線、どうする。デスマッチじゃないんだからさあ。一度、本当に有刺鉄線に身体をあずけたから、左腕に傷が残っている。ぼくはこの路も二度と通りたくない。
世の中、悪いことばかりじゃない。奥茶屋からバス停までは林道なのだが、ここをぼうっと歩いていると、車に乗ったおじさんが「乗っていくか」と声をかけてくれた。いやあ、なんてラッキーってなもんである。こっちは、山を降りて泥だらけなんだけど、行為に甘えてしまった。そこでカタクリの話とかしたわけ。おかげで、予定のバスの時刻は16時30分なんだけど、15時40分には川井駅についてしまった。かくして、1時間も早く帰ってこられたということ。おじさん、ありがとう。ものすごく感謝してます。
ということで、18時30分には帰ってきて、銭湯に行くのであった。今日は月曜日なので、いつも行く武の湯が休みなので吉乃湯に行くのだが、何と「しばらく休業させていただきます」とのこと。ここの経営者(おじさんやおばさん)は何か妙に愛想が悪いのでどうでもいいのだけれど、そういうことで第二寿美の湯に行く(第一はすでにない)。ここの男湯と女湯の位置は武の湯と逆なので、うっかり女湯に入りそうになって、カウンターのおばさんに止められた。ここで浴槽に入ろうとして、実はぬるめがすきなぼくは、そういう浴槽に入ろうとしたら、おじさんに声をかけられた。「そっちはあついだろ。こっちがいいぞお」って。おじさんの話では、年なのでぬるい浴槽にしかちからないし、体調がいい時にしか銭湯に来ないとのこと。実はこのおじさん80歳であった。眼鏡をかけてないのでよくわからないけど、言動などもしっかりしていて、ぼくは「せいぜい70ですよ」と言うと「いやあ、年相応に見られたいね。みんな65とか70とか言うんだけどさ」ということである。老人というと熱い湯というイメージがあったけど、こういう自分の身体をわきまえた老人というのもいいなあ。だって、だから80でも元気なんでしょ。でも実際のところ、この銭湯の湯は熱い。武の湯はもっとぬるいし、そこが好きなんだけどさ。湯の温度は41度、これがせいぜい。熱くない湯に長くつかって疲れを落とす、これが基本ね。江戸っ子だからって熱い湯が好きとは限らないんだって。
ということで、風呂上がりのビールである。酔ってこの文章を打っているのである。今回の登山では、ころんであざ(けっこう痛い)をつくったほか、左の膝の関節のちょっと傷めてしまった。まあ、5月10日までには治るでしょ。4日には野球の練習という話もあるけど(その前日はSFセミナーの合宿だな、徹夜明けで野球するか)。まめはできなかったな。靴下の選択が重要なんだ、これは。
さて、ぼくがぼうっと電車の乗っているわけはなくって、今回の読書はまず原田宗典の「笑われるかもしれないが」(幻冬舎文庫)である。なんせ、早起きしていきなり重い本は読みたくないですから。そのあと、松尾由美の「バルーン・タウンの殺人」(早川文庫)の最初の短編まで読んだ。あとは寝てた。「バルーン…」はミステリーとしてはどうかって思うけど、それよりも現在における妊婦の捕らえられ方が妙に納得できて、このあたりに感心してしまうのであった。妊娠をめぐるエクリチュールということで大原まり子の「アルカイックステイツ」と比較してみるといいかなな。そういえば、今月のSFマガジンに大原まり子のインタビューが載っていて、写真を見るとけっこう顔が丸くなっていたな。彼女、ぼくの直観なんだけど、絶対に太る体質だと思うんだよな。というのは、彼女の作品には彼女がかつて太っていたというそのコンプレックスが現れていると思うからなんだけどさ。でもね、実は太った女の子って嫌いじゃない。だって、腕をまわしたとき、ボリュームあるでしょ。かみさんのようにおなかがぶよぶよっていうのは問題があるけどさ。ということで、次回は、松尾由美について語ろうと思うのであった。
「こちら葛飾区水元公園前通信306.2」送信日時97/04/30
07:01
今日からまた会社である。連休の谷間なのだが、締切りなので、仕事はたくさんある。やだなあ。
昨日(29日)は、谷中にある朝倉彫塑館に行った。朝倉文夫という彫刻家の家がそのまま美術館になったもの。もともと財閥のぼんぼんである。作品はオリジナリティに欠けるけど、屋敷は和洋とりまぜた変な家で、迷路のようなもんである。政府のお偉いさんを接待する部屋まであったりして。
その対面には、じねんじょという薬膳カレーを出す店もあって、これがなかなかであった。カレーがそもそもいろんなスパイスを使うものなんだけど、クコとかナツメとか入れたりしてさ。ちょっと高いけど。
江戸風俗資料館の別館もあるんだけど、これは酒屋の跡がそのまま残されたってなもの。当時のビール、ということで、数年前にキリンが復刻したビールのびんも展示してある。明治はけっこううまかったんで、また復刻して欲しいな。