トップページに書きましたが、学校の大きな仕事は生徒に基礎学力をつけることです。明治時代ではないのですから、私たち教員も、「教えてやるんだよ」という姿勢ではなくて、生徒が学習できる環境を作っていくことは、もっと大切にされなければなりません。
 その環境作りのためには、生徒のメンタルサポートはとても大切なことです。体系的には書けませんが、気づいたことを少しずつ、書いていきたいなぁって思います。 

教育相談は「生徒の行動をすべて許す」と思っている人がいます。(残念なことに、教員でもそう思っている人さえいます。)しかし、教育相談は、ダメなものはダメ、というスタンスに立ってはいるものの、子どもたちの発達の援助をすることをもっとも大切に考えています。10年後にその生徒が幸せを感じて過ごせる、そのために、私たち教員が出来ることがないかを考えてみませんか?(^^)

鬱(うつ)病

 このごろ、鬱病の生徒が多い気がします。自分がこの分野の勉強をしたから気がつくのかもしれませんが、とにかく、「この生徒は、鬱かな?」と思うことがあります。欠席や遅刻が多くなったり、元気がなくなったり(特に午前中)、夜中に目が覚めたりしたら、私はまずこの病気を疑っています。
 鬱病とは、心のエネルギーが不足することです。ですから、「がんばれ」は禁物。 欠席や遅刻をしても、サボりではありません。午前中は元気が無くて、夕方からパワーが出てきても、それもサボりではありません。いちばん辛いのは、本人です。
 鬱が疑われる場合には、医療機関につなぐことが大切です。その時に、私は保護者には「鬱と思われる」とはいいません。「本人が〜〜で辛いといっている。以前にも同じような生徒がいて、心療内科にいったところ、しっかりと学校に来れるようになった。だから、風邪をひいて内科に行くのと同じような気持ちで、受診をしてみたらどうだろうか?」というようにします。心療内科の敷居が高いときには、保健所の無料メンタル相談もお薦めです。
 また、UTU−NETをご覧になることもお薦めです。

 

「魔法の言葉」

 「問題行動」を起こす子どもたちは、心からその行動を肯定しているケースは非常に少ないと思います。タバコを吸ったり、バイクに乗ったりしていても、心のどこかで「良いことじゃないんだよなー」って思っているものです。問題行動自体が、注目をひくための行動であるケースも多々あります。
 こういうときに、「ダメじゃないか! バイクは禁止されているだろ!」といったところで、あまり効果はありません。大人だって、「まずいなぁ」と思っていることを 指摘されると面白くないですよね。それと同じことです。かといって、生徒の問題行動を見過ごすことはできません。
 こんな時のために「魔法の言葉」があります。それは、「本当は〜〜なんだよね」です。勉強をしなければいけないのに、しない生徒に対して、「しっかり勉強しろ!」という言い方よりも、「本当は、勉強をしようと思ったんだよね」という一言で生徒は救われます。「本当はバイクに乗っちゃいけないと分かっているんだよね」「本当はタバコをやめたいと思っているんだよね」などなど、この一言でそれまで言葉としてでてこない生徒の本音が出てくることさえあります。
 その時に生徒が「そんなことねーよ」なんて言ったとしたらしめたもの。「ごめんね。俺はそう感じたんだ。でも、違うと思うなら、この話は聞かなかったことにしておいて」というと、しっかりと心のなかに刻み込まれているものです。提案を引っ込められたときには、その提案が心の中に残るものです。

 

「責任をとらせる」ということ

 責任をとらせることは、大切なことだと思う。責任をとらせないことは、その生徒を「責任をとる能力がない」とみなしていることだろう。
 例えば、ペットボトルのジュースをこぼした生徒がいたとしよう。その時に「こら、何をしている! 馬鹿者!」と怒って、生徒がムッとして教室から出て行った。その後、他の生徒や教師自身でその後片付けをしていたとしよう。このトラブルから、何が生まれたのか? 何も生まれていない。 全員が、イヤな気持ちになるだけだ。
 その一方で、こぼれたジュースを見て、「教室は水を飲みたくないだろう」なんて冗談をいいつつ、「これ、どうする?」と生徒に問いかける。雑巾のある方を見つめるのもいいかもしれない。「拭く」と生徒が行動に移し、それが完了したら、「ありがとう。これで、教室が綺麗になったね」といい、「これから、ペットボトルをこぼさないようにするには、どうすればいい?」と問いかけてみる。これにより生徒は、「責任をとり、失敗を繰り返さない方法」を学ぶ。教師が「ありがとう」というところに、抵抗を感じる人もいるかもしれないけど(^^;;
 「責任をとって学校を辞める」ということをよく聞く(もちろん、生徒です)。 残念なことに、色々な意味で学校に不適応で辞めてしまう生徒はいる。しかし、その前に、もっと身近なところでの「責任をとらせる」という経験をさせてもいいのではないか、と思うがいかがだろうか?

 

自尊感情をどうやって育てるか?

 他者を尊重するためには、自分が尊重される経験が必要です。この経験が少ない生徒への援助も大切なことなのではないでしょうか? 特に勉強が苦手だった生徒は、小さいときから学校で尊重される機会が少ない生徒が多いのではないか、と思います。「やれば出来る」病、「自分はできない」病、「別にどうでもいい」病など、表面的にはそれほど目立たない課題かもしれませんが、できるだけ解決のためにヘルプをしていきたいものです。
 たかがHR活動で、全てのこういう課題が解決できるわけではありません。されど、HR活動の中で、解決したいという生徒を援助することは十分に出来ます。例えば、クラスや廊下の壁のペンキ塗りや、ワックスがけ。これだけで、周囲から感謝されるものです。「わぁ、きれいになった!」という女の子の一言で、「いいことしたなぁ」と男子生徒は思ったそうです。以前にある生徒にHR長をお願いしました。集会等で体育館に出席番号順で並ぶときに、「任せた」とだけ私はいい、あとは彼が生徒を並ばせるのを見ています。最初はなかなか上手に上手く並ばせられなかったのですが、だんだんと様になってきて、担任が動かなくても、彼は1人で並ばせられるようになりました。そして、「彼が言うなら仕方ないな」という雰囲気がクラスにも出て来て、「俺は副担で、お前が担任だなぁ」なんていう冗談を私がいうことすらありました。 もちろん、生徒の協力があった上で成功したときには、「ありがとう」といい、彼自身が自分を追いつめすぎないようにはチェックはしていました。
 これは一つの成功例ですが、自分を大切に出来るからこそ、人も大切に出来るものです。