オランダ・ベルギーの美術館 1


 オランダ・ハーグ/マウリッツハイス美術館


建物があまり大きくなく、瀟洒な館のお気に入りの美術館です。初めての一人旅で訪れた思い出深い美術館。
当時は今とは違って割合こまめに日記をつけていました。この旅ではアムステルダムの中央駅でスーツケースをチッキ(鉄道小荷物)でアントワープに送ったので、身軽に1泊分の小さなボストンバックを抱えて、ハールレムに途中下車し見学、昼食をとった後、列車でハーグへ向かいました。
駅前のホテルにチェック・イン。洗濯と休憩の後、広大な公園を右に見て、そぞろ歩いて15分くらいで美術館に到着。
貴族の館といっても豪壮というよりは典雅でシンプルな2階建ての建物です。しっくりとこの穏やかな街に似合った佇まいです。
ここは私が訪問した翌年1995年に大規模なフェルメール展が開催され、一躍有名になりました。
1994年に訪れたときはフェルメールの代表作「デルフトの眺望」(下左)は額からはずされ、アトリエを模したガラス張りの地下室に画架にかけられ、展示されていました。
写真では静かな雰囲気のする絵画と思っていましたが、実際はほんものだけが持つオーラというか迫力があり、驚きました。オランダの絵画に共通する広い空と厚い雲。建物にあたる光の微妙な美しさは言葉に表現できないほど。実際のデルフトの風景とは違うようですが、この街で終生過ごした画家の想いがこめられています。

  

また同じ部屋には修復されたばかりの、日本でも最近公開された「ターバンの少女」(上右)が展示されていました。
その修復の説明がテレビ画面で観られるようになっていました。フェルメール独自の光の粒が丹念に描かれているズームアップした画面を本物と比べながら鑑賞できたのは望外の幸せでした。
「思い切ってひとりでここまで来て良かった〜」と感涙。

レンブラントやハルスのネーデルランドの黄金期の傑作がずらりと揃っています。なのに平均、1室に2.3人という独占状態での名画鑑賞でした。
絵葉書はハルスの「笑う子供」、とてもハルスらしい筆致の小品。            1994.5


 クレラー=ミューラー国立美術館(オランダ)


初めての一人旅の目的は美術館巡り・・・今思い出してもこの旅ほど、開放感のある旅はありませんでした。中学、高校といろいろ○○だった長女も地元の大学を卒業し、めでたく就職。4歳年下の次女も4月に東京の大学に進学。子育て終了記念の旅を夫にせがんで、計画を立てました。自分の趣味をトコトン満喫できた旅でしたが、まだパソコンを使う数年前でしたからホテルなども旅行社まかせ、不安もありました。

まずロンドンで5泊し、この日は雨のヒースローから飛行機は赤い絨毯のようなチューリップ畑を眼下に低空飛行でアムステルダムに入りました。前年に続いてのアムステルダム訪問でしたが今回の目玉はアーネムの
クレラー=ミューラーです

翌日は初めての2階建ての列車で1時間のアームネムへ。駅前からはタクシーでオッテルローの広大な公園のなかにあるクレラー=ミューラー美術館を目指しました。公園に入ってしばらく走ると入場券売場があり、タクシーの運転手さんが公園と美術館共通のチケットを買ってくれました。帰りは美術館の前からバスで帰りなさいとのこと・・・しかし美術館の前にはバス停らしい印もなく不安でした。でもそんな気持ちを吹き飛ばすように明るい5月の空が広がり、美術館周辺にもピクニックを兼ねた大勢の人々。楽天家の私、なんとかなるでしょうと入館。



世界最大級と言われるゴッホのコレクションが最大の楽しみです。、何点かは日本にも貸し出されて見たことはありますが、「夜のカフェテラス」は門外不出と聞いていました。ゴッホファンには聖地のような美術館です。
好きなルドンもここのはオルセーを軽く凌ぐような印象的な絵画が揃っています。なかでも神話を題材とした作品に画家の象徴主義が見えます。それまでどちらかといえば現実的、写実的な絵画に惹かれていた私でしたが、ここでのルドンが衝撃的ともいえる出会いになりました。この時期、パステル画を習っていたこともあり、ペガサスをはじめルドンの傑作に、その色彩美にはまったく感激の極み。一日をここで過ごす予定だったこともあり、まるでペガサスの羽根のように飛翔した心持ちで館内をランチをはさんでゆっくり巡りました。
ルドン「キュクロプス」(下左)スーラ「シャユ踊り」(下右)

   

野外の公園の池には札幌の芸術の森と同じマルタ・パンの彫刻(札幌は多分ここをモデルにしたのでしょう)が浮んでいます。美術館のガラス張りの廊下やまわりの森林に見隠れする彫刻の数々はすべて一級品です。
ここまでくると、さすがにこれらをすべて観て歩く体力は残っていませんで、森の彫刻散策はちょっぴりでお終い。残念でした。

バスの時刻を館内の(i)で確かめたあとは芝生に座って休憩。バスが来たので乗り込もうとしたら、反対方向らしく、運転手さんがなにやら説明。でも良く理解できず困っていたら、とにかく乗れというジェスチャー。彼は運転席のすぐそばに私を座らせ、英語で公園内のキャンプ場や運動施設、クレラー家の狩猟の館などの観光案内をしてくれました。結局このバスは公園内を循環するバスだったので元の美術館も通り、最後はアーネム駅に無事到着。最初に買ったチケットにバス代も含まれているといってチップも受取らない親切な運転手さんでした。

初夏の陽気のアムスに戻り、ホテルのテラスカフェでビールを飲みながら夫に絵葉書を書きました。感謝をこめて。     1994.5
★ 名画のある聖堂 ★

「ヘントの祭壇画」エイク Jan Van Eyck(15世紀ネーデルランド絵画の創始者) 
ゲント/聖バーフ大聖堂


この祭壇画を観に行こうと思ったきっかけは、ロンドンのナショナルギャラリーやベルリンのファンエイクの傑作を前年観ていたことでした。エイクの虜になったことに加えて、講談社から出版された「名画への旅」の北方ルネサンス1に特集で掲載されたのを見て、その素晴らしさを再確認したのです。

ブルージュに2泊した時、半日の予定でゲントを訪れました。駅前からバスに乗ったものの降りたところが違ったらしく、人に尋ねながら15分ほど歩いて、ようやく教会へたどり着きました。

祭壇画は入り口近くの別室にガラス張りで展示されています。(有料)とにかく圧倒的な写実描写ですから、目を見張って緊張して見学せざるを得ません。どの場面も息を飲むばかり、写実を遥かに越えた超現実とも言える世界です。

この時は細かな描写にすっかり気をとられ、また見学者の数も多く、期待したほどの感銘はあまり受けなかったのです。あれから10年以上の歳月が流れました。再訪は叶えられるのでしょうか・・・。。(絵葉書は一部分)  
      1994.5



 フランス・ハルス美術館  オランダ/ハールレム


初めて一人旅で美術館巡りをしようと計画したきっかけは某カルチャー教室での美術史の講座の先生の影響でした。北大の英米文学の教授だった高久真一先生は美学の専門家ではありませんが、非常に西洋美術に造詣が深く、『キリスト教名画の楽しみ方』(日本キリスト教団出版局)の著者でもあります。
ご自分で独りで美術館を回られ、撮影されたスライドに、多方面からのアプローチによる解説も楽しく、すっかり虜になった私は高齢(失礼)の先生に負けじと出かけることを決心したのです。

記念すべき最初の一人旅はやはり先生のお薦めのオランダ、ベルギーにロンドンとパリを加えたコースになりました。
アムステルダムから列車でハールレムまでは30分もかからない近さです。駅から大聖堂まで歩きました。
あちこちの美術館で見かける大好きなライスダールの「ハールレムの眺め」に描かれた教会です。
当然ですがあの絵画に描かれた黄金色に輝く小麦畑も風車もこの教会のまわりにはありません。内部はモーツアルトが子供の時立ち寄って弾いたと言う立派なパイプオルガンがあるだけで、教会としては機能していないみたいでした。カフェがあったり、学生さん達が演劇の練習をしていたり・・・不思議な教会です。それに有料。

この教会からフランス・ハルス美術館までは徒歩5分くらい。趣きのある閑静な小道沿いに、昔は養老院だったという鄙びた建物が美術館です。
ハルスの作品はほぼ世界中にあり、自然な表情を見せる人物を描き有名です。その大胆な筆使いのテクニックにはかねがね恐れ入ってましたので、ここを素通りすることなど考えられない私でした。

何枚かの集団肖像画は本当に活き活きと楽しそうな晩餐会の場面です。そしてここの前身である養老院の女理事たちの絵(絵葉書/部分)は画家の晩年を代表する作品として知られています。

ゴッホが弟テオに送った手紙のなかで郷土の先輩画家ハルスの「黒」を称賛しています。ハルスの絵を観る度に私は目を皿のようにして、その「黒」を見つめてしまいます。  1994.5

 ボイマンス=ファン・ブニンヘン美術館  オランダ/ロッテルダム


デン・ハーグから列車にのってロッテルダムまで行ったのですが、あろうことか行き先は中央駅ではなく郊外の
ナントカ駅に乗ってしまいました。あれほど注意していたのに・・・。
疲れが出てくるとこういうミスをしがちになります。
駅員さんに尋ねると「美術館は分からないけど中央駅まで歩けるよ」と、もう一度引き返そうとする私を押しとど
めます。高架のホームから指差す彼方に高層ビルが・・・その側が中央駅。駅前にはタクシーもなく、観念して
それに向かって歩きました。日曜日で人影のまったくないビジネス街を抜けるのは怖かったです。1泊分とはい
えバックも重く、ようやく中央駅へ着いた時にはヘトヘト。荷物をロッカーに預け、タクシーで美術館へ。

2階が絵画、彫刻の展示室になっていました。絵葉書の「キリストの墓を訪れる聖女たち」はファン・エイクまたは
兄ヒューベルトの作、またはその模写ともされています。
エイクは(確定できないものの)油彩画法を確立したことだけでも凄いことなのに、そのうえ彼の代表作とはいえ
ないこの絵画でさえも、ここまで見事に描ききれるだけの才能です。天使や3人のマリア、遠景の空間処理など
はやはりエイクだわと眺めました。希有な画家であると、つくづく感じ入りました。

ドイツの中世の木彫祭壇からルーベンスやゴッホ、フランスの印象派から
ダリ「頭が雲でいっぱいのカップル」
(下)、バルテュス「トランプをする人々」、現代アートまで幅広いコレクション。



遅いランチを館内のコーヒーショップでとっていましたら、香港からカナダに移住したという中国人の男性が声を
かけてきました。私が熱心に鑑賞していたらしく「アーティストか?」なんて言われて照れました。
彼は美術関連の仕事をしているそう。「ロッテルダムは美術館は素晴らしいけれど、街はストレンジだね」といって
帰りは駅までボディガードしてくれました。

この旅ではアムステルダムやアントワープなどで香港人に多く巡り会いました。英語も上手、親切で爽やかな人
たちでした。   1994.5

アムステルダム国立美術館




初めてのアムステルダムは何といってもこの美術館訪問が第一の目的でした。ホテルも美術館から100Mくらい
の距離。運河の畔に建つ古めの宿でした。
母娘3人の旅でしたので、トリプルの部屋に宿泊。2泊の短い滞在でしたがこの美術館とゴッホ美術館を訪れるこ
とができて満足でした。娘たちは無謀にも(というか道に迷って)飾り窓の女の通りに入り込んでしまい、あわてふ
ためいて帰ってきたことも今は懐かしい思い出になりました。この通りに女の子が迷い込むと売られてしまうと当
時の「地球の歩き方」警告されてましたし・・・。ホントにもお〜。

さて、肝心の美術館です。初回の訪問でこの街は異常に自転車が多いことに気がつきましたが、この美術館の
建物も中心はトンネルの通り道ができていて、結構なスピードで走っていくのが面白い風景でした。

切符売り場から階段をあがっていきますと、ステンドグラスの大きな窓が印象的なブックショップ。そして反対側の
通路の奥にははやくもレンブラントの「夜警」が私を呼んでいます。「はいはい」・・・でも急いではいけません。
奥の展示室への両サイドにキラ星のようなレンブラントの傑作が並んでいるのですから。
「ユダヤの花嫁」の厚く塗られた絵の具の盛り上がりを、ふたりの表情を眺めます。
「夜警」は一種謎に包まれた絵画としても有名ですから、この大作の前はいつも人だかり。みんなしかめっ面です。
同じ部屋にあるハルスの集団肖像画も好きですし、ハルスの「陽気な酒飲み」も長女が絶賛。
そしてここでの超目玉がフェルメールの「牛乳を注ぐ女」「青衣の女」「デルフトの小路」「恋文」の4点。
母娘して感激の極みでした。特に長女はこの部屋に何度も戻り、係員のおばさんに笑われてました。

↓「牛乳を注ぐ女」
                ↓「デルフトの小路」

   

ほかにはライスダールの風景画、カルフの静物画など17世紀のネーデルランド絵画の傑作が印象的です。
このなかで夜景の叙情あふれる一枚はヴァン・デル・ネールVan der Neerの「月光の川景」(下)。



自然にこの地の風物や富裕な市民の家々を思い浮かべます。それはやはり現地で鑑賞する歓びと一体化され
たものといえるでしょう。
絵画のなかに刻まれた時間を感じ取ることはいろいろな想像やその過去から繋がっている今現在の世界を思い
やることにもないます。
ひとりで鑑賞しなければ没入できませんので、母子でも入館したら別れ別れになって鑑賞。
最後はショップで待ち合わせです。

最初の訪問から何度か行く機会がありましたが,私的最大の目玉カルロ・クリヴェッリの「マグダラのマリア」
を観れたのは翌年2度目に訪れた時だけでした。この美術館に入ったのは戦後まもなくのことらしいので、昨今の
返還運動と関連があるのかも。以前の持ち主はどなたでしょう?

2006.6に訪れた時は改修中でした。レンブラントの生誕400年の記念の年なのになんかタイミングが悪いのでは?
(↓一部の棟のみ見学可)
・・・2008.2もまだ一部のみオープン。



1993.3 1994.5  1999.4 2006.6 2008.2