ドイツの美術館 2

  サン・スーシー宮/ポツダム  Park Sanssouci


サン・スーシー(フランス語で憂いの無いの意)宮はプロイセン王フリードリッヒ二世(1740〜
1786在位)の夏の離宮です。この離宮をまず、見学してから隣接の絵画館に入館しました。
内部は撮影禁止。


   

入口付近にカタログのリストが置いてあり、これの番号をチェックしながら鑑賞します。というのはそれぞれの絵画には番号のみで画家の名前もタイトルも表示が無いからです。部屋の右は窓が並び、左の壁には下の絵葉書でお分かりのように、過密状態に絵画が並んでいます。

カラヴァッジョの「トマスの不信」はそのなかに特別扱いも無く(笑)展示されています。埋もれるようにといってもいいほどですが、そこはさすがにカラヴァッジョ、抜きん出た存在感で迫ってきます。

   

今回の旅ではロンドン、ジェノヴァそしてここポツダムと3枚のカラヴァッジョに会えました。ここのが一番良かったです。キリストの諦めから赦しへの微妙な表情がたまりません。ここに描かれたキリストは3人の弟子たちのなかでも、最も疑り深いトマスには自ら手を添えて、傷口に指を差し込ませています。
この年齢になっても、諦めて赦しすことの難しさに悩む自分がここにいるわ。情けないという想いが、この絵画を前にして、一気にあふれてきました。(涙)

このキリストの復活後のひとつの事件は「不信のトマス」として5世紀ごろから図像化されていますが、キリスト自身が手を添えるというのは中世末期からとのこと。


ヴァン・ダイク、ルーベンス、レンブラントのあまり知られていない作品も並んでいました。なかには帰属に問題がありそうなものも・・・。2008.6





  ドレスデン国立絵画館   Gemaldegalerie Dresden

美術館(アルテマイスター)はオペラ座の大広場に面したツヴィンガー宮殿のなかにあります。
写真右は入り口(正面から入ってすぐ右)です。初めは気が付かずに通過してしまいました。

   

カメラ撮影は追加料金を確か5€払うとノーフラッシュで許可されます。そのバッジをつけて入場。

ザクセン王国の絶頂期(17世紀の終わりから18世紀の半ば頃まで)に二代に渡る王たちによって収集された世界に誇るコレクションです。カメラは5ユーロかかりますが、ノーフラッシュでOKです。

リオタール「チョコレートを運ぶ少女」

Jean-etienne Liotard
(1702〜1789)

18世紀フランスのパステル画家
ジュネーヴ、パリ、ウィーンなどで肖像画や風俗画を製作。一時トルコにも滞在していたことで、異国風なモティーフで人気を得た。青、赤、グレーを用いたシンプルな色彩と明快な構図が特徴

同じパステル画でイタリアの女流画家のロザルバ・カッリエーラやフランスのラ・トゥール(カンタン)の作品が並ぶ展示室のなかでも、一番チャーミング!!
フランチェスコ・デル・コッサ「受胎告知」(部分)↓
Francesco del Cossa
(伊)1436〜1477/78


15世紀フェラーラ派の画家。同派のトゥーラ、ロベルティとともに三大巨匠のひとり。
トゥーラの激しい表現主義的傾向を受け継ぐがピエロ・デッラ・フランチェスカやマンテーニャのモニュメンタルな人物表現の影響も受けた。

左の「受胎告知」はオッセルヴァンツァ祭壇画の上の部分
下のプレデッラは「キリストの降誕」

代表作にはスキファノイア宮の壁画連作

好きなのはベルリンの「秋」
アントネッロ・ダ・メッシーナ「聖セバスティアヌス」↓ ラファエッロ「サン・シストの聖母」
マンティーニャ「聖家族」 ジョルジョーネ「眠れるヴィーナス」




 ノイエ・ピナコテーク Neue Pinakothek ミュンヘン

初回訪問は当時大学生だった次女とフランクフルト→ウィーン→プラハ→ブダペスト→ウィーン→ミュンヘンのコースで旅をしたときでした。アルテ・ピナコテークが改築中だったため、アルテの作品が主に展示されていました。ドイツのアールヌーヴォーから出発した現代アートはここミュンヘンが本拠地です。その点で物足りなく思っていましたが、ようやくその7年後に再訪を果たしました。  1995.9  2002.7



初めに印象に残ったのはウィーンを訪れた直後だったせいもあり、クリムトやシーレなどウィーン分離派くらい。2回目の時は道路を隔ててお向かいに建つアルテ・ピナコテークを訪れた後で、いささかお疲れ。それでも頑張ってほぼくまなく鑑賞・・・というか足が止まらなくなってしまったのです。素晴らしいコレクションです。

ナザレ派の絵画は美術史の講座で知っていたものの現物はここではじめて観ました。(今まで気がつかなかっただけ?)
オーヴァーベック「イタリアとゲルマニア」

左側の女性がイタリアの象徴、右側の女性がドイツの象徴で、背景のイタリアとドイツの光景
とともに両者はしっかり結びついている。
Friedrich Overbeck 独(1789〜1869)

ナザレ派の指導者。ウィーン美術アカデミーで学ぶ。15世紀美術を理想とし、宗教美術の刷新をめざし、1809年にウィーンで「聖ルカ同盟」を結成。翌年から3年間ローマのサン・イシドロ修道院で集団生活を送り、ナザレ派と呼ばれる。ローマで生涯を過ごしその指導者的存在となる。
画風は単純な構図のなかに、繊細で温和。静謐な画面は魅力的。しかし、次第に宗教的主題に凝り固まっていき、その魅力から離れていったようだ。


クリムト「マルガレート・ストンバラ=ヴィトゲンシュタイン」
(下左)                                
背景に擬似的装飾壁面が用いられた最初の肖像          


↑アンソール「アトリエのアトリビュート」

↓クノップフ「私は私自身に扉を閉ざす」





 レンバハハウス stadtische Galerie im Lenbachhaus ミュンヘン

初めてのミュンヘンで、今ほど情報も無かった頃です。上記のノイエを観た後、次女と別れて独りで地図ではそう離れていないレンバハハウスに向かいました。人通りの少ない道の向こうからラフな服装の若い男性が何人か歩いてきます。もろに怖いと思いましたが、途中の建物に入っていったのでほっ!その建物をみたらインダストリなんとか大学の看板・・・勝手に怖がっていた私でした。徒歩10分くらいで瀟洒な館風の美術館↓に到着。

 
 1995.9

カンディンスキーのコレクションで有名な美術館です。モスクワで生を受けたカンディンスキーは1896年30歳の
時ミュンヘンに移住。この地でユーゲント・シュティールに接した後、1911年に青騎士(ブラウエ・ライター)を結成。
バウハウスの教授を勤めた後パリに移住し、華麗な色彩とフォルムの交響楽的な非対象絵画を確立した。

ここには具象的な初期の作品から晩年に近い作品まで収集、展示されています。
抽象画は難しいと思われている方や、コンポジションシリーズをいきなり観ても理解できない方(私も同じです)、
この美術館でぐんとカンディンスキーの世界に近づくことができます。その意味でもカンディンスキーばかりでなく
現代アート鑑賞にはパリのピカソ美術館とともに欠かせない美術館と思います。

何年かの後、札幌の芸術の森美術館でカンディンスキーの恋人だった画家ガブリエーレ・ミュンターを中心とした
展覧会がありました。ここのミュンターの肖像画を含め何点か来ていて、初めてカンディンスキーとミュンターの馴れ初めやムルナウでの共同生活そして破綻にいたった恋愛のいきさつを知りました。
余談ですがカンディンスキーとミュンターの青春の地
ムルナウはミュンヘンの南にあり、次女がこの親子旅をする直前まで語学研修でホームステイしていたところでした。

 ↓カンディンスキー「ガブリエーレ・ミュンターの肖像」   ↓カンディンスキー「馬上の二人」

カンディンスキー「ムルナウの教会T」 ↓ミュンター「Jawlensky and Werefkin」


マルク「Vogel 鳥」




 バイエルン州立博物館 ミュンヘン

3回目のミュンヘンで、初訪問した博物館です。夏のオペラ祭の合間の月曜日、他の美術館は軒並み休館でしたので、仕方なく雨の中向かったのですが、なんと!見所満載のところでした。
ミュンヘンはオペラも含めて、充実した滞在が約束されている街と感じ入りました。(食は???笑)
ホテルから徒歩10〜15分くらい、途中大きな公園があり、そこを過ぎて宮殿のような大きな建物がドンと建っています。ドイツ(南のバイエルンが主)の中世からの彫刻や装飾品、陶器、武具などの博物館になっています。

中央の大階段を登りドイツ・ロマネスクの部屋(下左)から見学。   ドイツ・ゴシック木彫りのピエタ


リーメンシュナイダー「キリストの磔刑」の一部分
↓15世紀くらいのタペストリー「受胎告知」
右のマリアの膝に甘えている?のは一角獣(処女のシンボル)