イタリアの美術館 4
↑左カラヴァッジョの「果物籠」 これを観たいがために何度も訪れました。ドゥオーモからも近く、比較的訪れやすいところですが、初めは隣接する図書館も含めて修復中でしたので、入館不可でした。そのときの(1996)旅立つ前の情報では修復はとっくに終わっているはずでしたが・・・大幅に遅れることはイタリアの常と思い知りました。 オープンしたばかりの美術館にいそいそ状態で入館したのはその.2年後でした。画集の写真より色彩は落ち着いていて、余白の部分も想像より広く感じました。日本画にも共通する余白の静かな美。葉に精緻に描きこまれた水滴・・・あまたの静物画のなかでも屈指のもの。カラヴァッジョの作品の中ではウフィツィの「バッカス」など、果物を配した絵画は多いのですが、いつも葡萄やいちじくなどに目を奪われてしまいます。 最近のミラノでの常宿がこの建物の隣なので、ふらりと散策ついでに寄ることもできるようになりました。右はダ・ヴィンチの「音楽家の肖像」。この絵の存在はここへ来て初めて知りました。作者帰属に問題があるとか。細かい説明はできませんが、レオナルド特有のオーラが感じられないのが・・・?です。 主なコレクションは中世の彫刻、ロンバルディア派のボルゴニョーネ「天使と聖人を伴う玉座の聖母子」↓ ![]() をはじめとしたイタリア・ルネッサンス絵画(このなかでの白眉はラファエロの「アテネの学堂のカルトーン」でしょう。ボッティチェリの「天幕の聖母」など。レオナルドの手稿はここの図書館のコレクションらしく、たまたま数多くが特別展示されていて、じっくり彼の鏡文字の筆跡を観察することができました。変わったところではレクレツィア・ボルジアの赤毛?の髪の毛。好きなのはトット・シント・ヤンスの小型(携帯用?)聖母子の祭壇画12×9。 1998.3 1999.7 2005.7 2007.5 |
| 最初のヨーロッパ旅行がイタリア。そのツアーの第一日目がローマでしたので、記念すべき 初美術館がここでした。エントランスにはエレベーターがあり中にベンチもありました。 まだ40代だった若い?私が乗ったのはルール違反でしたね。 それで再訪のときは螺旋階段を登りました。 ![]() 初回はやはり感動の連続でした。特にラファエロの「アテネの学堂」↓ ![]() 、古代ローマ彫刻のネロの黄金宮殿で発掘されたという「ラオコーン」 、システィーナ礼拝堂のミケランジェロの天井画がベスト3.。 このときはミケランジェロの「最後の審判」は修復中。必ずまた来ることを心に決めて サン・ピエトロ聖堂へ。ミケランジェロの「ピエタ」はまだ照明も暗く、良く見えないせいも あって少々期待はずれでした。ツアーでしたから、絵画ギャラリーはパス。 7年後にようやく友人と再訪したのですが、あいにく体調不良でこのときもシスティーナ からピナコテカに戻るつもりでしたが体力も尽きてしまい聖堂へ。(涙) まず、ラオコーンに再会したあとは念願のシスティーナの修復なった「最後の審判」と 壁画を鑑賞。前回はゆっくり壁際のベンチに座って見学できましたが、もう凄い混雑・・・。 プルースト「失われたとき」にでてくるボッティチェリの美しいチッポラ↓を眺めただけ で満足しなければなりませんでした。 ![]() サン・ピエトロ聖堂のベルリー二の祭壇、ミケランジェロの「ピエタ」は右奥の壁際に移動 して、立派な大理石の展示室、そして照明が煌々・・・これはやりすぎと思います。 暗くて一生懸命目を凝らして眺めた昔の展示が懐かしくなってしまいました。 教会のなかというより美術館でみているような気がして違和感。 3度目は一人旅のとき。エントランスがすっかり新しくなり、それなのに長い行列。 このときはクローズされている部屋も多く、ボルジアルームも綱が張ってあったので、 身を乗り出してルクレツィアの美しいお顔をパチリ↓。(手ぶれでごめんなさい) ![]() 絵画館は残念ながらここも半分くらいの部屋がクローズされていて、クリヴェッリに お目にかかれずじまい・・・(涙) 1991.5 1998.3 2005.8 1991年初ヨーロッパ旅行。当然フィレンツェに寄りました。半日のフリータイムがあり、このときは オスペダーレとフラ・アンジェリコ、そしてここの3館を訪問。慣れない街の中でこの3箇所はドゥオーモの近くにあり、行きやすかったのです。ミケランジェロの「ダヴィデ」もまだ悪戯される前でしたから、ぐんと近くに足の指までじっくり鑑賞。青年ダヴィデの正義感あふれるみずみずしい肢体・・・圧倒されました。 ![]() 隣接の展示室には今思えば相当数の名画が揃っていたのですが、そのときは知識も無く、ダヴィデの本物を見たという興奮だけが残りました。それから何度か再訪しようと思いながら、近くで観られなくなったというダヴィデに気後れ。そして入場者の行列に恐れをなして、いまだ果たせていません。 1991.5 |
ペルージャを訪れたのはピエロ・デッラ・フランチェスカの祭壇画(訪ねる旅のページへ)を観るためでした。ある夏の日、前泊地のアレッツォから列車で夕方に到着。翌日はいそいそとホテルからほど近くのプブリコ宮殿内の美術館へ。 ![]() ここではピエロのほかで印象に残ったのはオラツィオ・ジェンテレスキ「サンタ・チェチリアと天使」(左)とここで初めて知ったボッカッチオ「奏楽の聖母子」(右)。 2001.7 ![]() |
冬の旅はマンションに転居するまで、雪かきのこともありほとんどできない状態でした。厳しい北海道の冬が次第に苦痛になり、暖かいところへの旅を計画。前年はマルタ島、本年はローマ、ナポリ、シシリーを目指しました。 ローマから列車でナポリへ。あいにくの雨の日、閉館まであまり時間も無く、ホテルからタクシーで丘の上の美術館へ。 ![]() 王宮の建物を入ると広い中庭。4時くらいでしたが、雨のため日暮れが早く、暗く長い回廊を美術館のビリエッテリアまで歩くのは、人影もなく心細いものでした。それでも入口のブックショップには数人の人。G・ベッリー二、ロット、マンテーニャ、ティツィアーノの傑作が並んでいます。 何部屋か通過して、一番奥の部屋にカラヴァッジョの「キリストの鞭打ち」が展示されています。 この作品は画家がローマで殺人を犯し逃亡、各地を経てナポリに移り住んだ1607年に描かれました。柱に縛られ、ギリシア彫刻のような筋肉美のキリストの体は闇の中に白く浮かび上がっています。 ナポリの画壇に旋風を巻き起こし、こののちナポリ派が生まれる要因になりました。 |
| ☆名画のある聖堂☆ フィレンツェ/サンタ・クローチェ教会 ジョットGiotto di Bondone(1267頃〜1337)「聖フランチェスコの葬儀」(聖痕の確認) バルディ礼拝堂に描かれた聖フランチェスコ伝のうちの一枚。初めてフィレンツェを訪れた時に観ました。聖フランチェスコの臨終に聖痕を確かめに来たヴァチカンからの使者と、聖人の死を悼み悲しむ弟子達との対比は、ルネッサンス・リアリズムの画家ジョットの人間重視の姿勢。、イタリア・ルネッサンスの先駆者として登場したジョットの傑作です。 まだまだ美術愛好者として未成熟(今もですが)だった私が、大袈裟で無く震えるほど感動したという懐かしい作品です。再訪したのは10年後、もう震えはしなかったけれど(笑)この10年間の美術行脚を思い、その原点にもなったこのフレスコ画の前で感無量でした。 1991.5 2001.8 |
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