スペインの美術館 1


 スペイン現代美術館  Museo Espanol de Arte Contemporaneo  Madrid

 バルセロナからタルゴ特急に乗ってマドリッドへ。この移動は結構疲れた記憶がある。バルセロナのホテルから駅までのタクシーの運転手さんも飛行機のほうが速いのに〜とけげんそうだった。でも汽車が好きなので、時間が許せば鉄道移動を選択してしまうのです。(^^;)

この時の旅では一番上等なホテルを奮発し、プラド美術館の近くの5☆に宿をとりました。午後到着し、ひと休みしたあとの夕方近く、徒歩15分ほどのスペインの誇る現代アートの殿堂へ。モダンな建物、ガラス張りのエレベーターに乗ってまずはピカソの「ゲルニカ」の展示室へ。

旅の直前にたまたまテレビで放映されていたこの大作は防弾ガラスに守られていたのだが、訪れた時は特別展?だったのか部屋の中央にデンと据え置かれ、両脇を屈強な銃を持った兵士にガードされての展でした。

ピカソの絵画に初めて感動したのは、まだ美術にそれほど関心の無い時でした。地元のデパートで開催されたピカソ展で観た「闘牛場にて」。闘牛そのものではなくそれを観ているさまざまな観客たちの絵で、画面からあふれんばかりの迫力に驚いたものです。「アートは爆発だ」そのころ流行っていた岡本太郎の言葉、そのもの・・・私の心のなかで何かが、爆発したのかも知れないです。以後そんなこんな・・・色々あって、ピカソの「ゲルニカ」は本物を観たいと長年憧れていた作品でした。

あまりにも思い入れが強すぎて、気持ちが上滑りしてしまった感はありましたが、この超大作にこめられたメッセージ、芸術家としてどうしても伝えたいとの意気込みが、周囲に並べられた推敲を重ねた習作デッサンの数々からも充分伝わってきました。この作品はファシズムの圧政に苦しんだスペインの人々の記憶だけではなく、今も世界中の戦いや苦難の底にあえぐ人々が存在していることを告発しているのです。この絵を前にするとモノクロで表されたゲルニカの悲劇の向こうにあるものを透視せざるを得ない状態になるのです。言葉で表せない多くのものを確かに視て、悲痛な声も聴こえたように思います。生涯忘れないでしょう。

そんな状態でしたから、ほかの作品はどうしても記憶が薄くなってしまいますが、ダリの「窓辺にたたずむ少女」(下)は印象に残っています。ダリの作品ではプレ・シュルレアリスムに位置する作品。ほかの多くのダリの作品に選ばれるシュールな主題に関係なく、背後に広がる風景がなんともいえなく好ましいのです。この絵にもスペインの港町カケダス?が窓外に描かれています。  1996.9




 サン・フェルナンド王立美術アカデミー  Museo de la Real Academia de Bellas
Artes de San fernando Madrid

ミラノから夜行寝台でバルセロナへ。それからまたもや列車移動でマドリッドに着きました。プラド美術館に丸一日費やし、翌日はテッセン・ボルミネッサ美術館を見学していましたが、王立アカデミーの閉館が早いことに気がつきました。外出OKとのこと、手にはんこを押してもらって徒歩10分ほどの道を急ぎ、行ってきました。

今ほど治安は悪くない頃でしたが、得体の知れないウロウロしている男達が多く、気の抜けない街という印象が強かったです。ですから、この時マドリッド市内の美術館を4泊してゆっくり巡ることができただけで満足。その後、あまり再訪したいという気持ちにはなれないままでいます。

この年はゴヤの生誕250年にあたり、あちこちの美術館で特別展が開催されていて、ゴヤの素晴らしさを満喫した美術行脚になりました。サン・フェルナンド王立アカデミーもゴヤの「カンヴァスの前の自画像」(左)や「鰯の埋葬」(右)「宰相ゴドイ」などが展示されていました。

   

ここで印象的だったのはスルバランの5枚の「白い修道士シリーズ」でした。このうちの一枚「修道士ヒエロニモ・ペレス」(下)。
西洋絵画辞典によりますと、ヘレニモ・ペレスは16世紀の神学者で詩人、バレンシア大学の教授だったとのこと。他の修道士たちが老いて醜男(失礼)なのに、彼だけハンサムで目立っていました。この一枚だけ買おうと思ったのですが・・・なぜか5枚購入してしまいました。(*^^*)

アルチンボルドの「四季/春」は修復?展示されていなかったのが残念。         1996.9