カルロ・クリヴェッリ Carlo Crivelli


(伊)1430/35頃ヴェネツィア〜95アスコリ

15世紀ヴェネツィア派の特異な個性の画家。ヴェネツィアで人妻を誘拐して有罪となり各地を放浪。
一時はダルマチアのザダールに滞在、のちにマルケ地方で活躍した。
ビザンティン風金地背景を持つ多翼祭壇画を多数描いた。ゴシック的要素を残し、パトヴァ派やフェラーラ派と
共通する金属的で硬質な線描と肉ずけ、そして絢爛豪華な装飾性が特徴。
(西洋絵画作品名辞典より)

絵葉書↓ ロンドン・ナショナルギャラリー/セインズベリー・ウイングの重要なコーナーを飾るクリヴェッリの祭壇画 



初めてロンドン・ナショナルギャラリーで彼の祭壇画に出会ったのが1993年。以来10年余り経ちましたが、
偶然の出会いもあり次第に彼の画風に強く惹かれて行きました。
結局は画家が晩年まで活躍したマルケ地方にまで、足をのばすことにもなりました.

作品数は1986年に出版されたZampettiの全集によると130点を数え、祭壇画もバラバラにされ全世界に散らばりました。
ここでは全集に記載された描かれた順番にそって、旅の思い出とともに、記録して行きたいと思います。
観ていない作品には(未)と印し、観ることのできた作品は自分で撮った写真や絵葉書を添付しました。


            全作品ノートNO.1  
1)
1)「聖母子」ヴェネツィア/チーニ・コレクション(未

明確にカルロの個性があらわれているとは云い難い。そのせい?Zampettiの全集より出版の古い
Rizzolinoの全集ではクリヴェッリ派の作品として巻末に掲載されている。
しかし、マリアの手の描写は後の作品にも表れる特徴を示している。

2)「聖母子」米サン・ディエゴ/ファインアート・ギャラリー(未


ここは近い将来の訪問予定。娘夫婦がL.Aに住んでいるうちにと思っていたのだが・・・08/2006、転居のためしばらくは
行けそうもない。(涙)

 
3)「受難の聖母」(聖母子と受難の象徴をもつプットー)ヴェローナ/カステル・ヴェッキオ美術館
2005.7 

    

ヴェローナにはオペラがらみで2度訪れたが、肝心のこの絵とロマネスク様式のサン・ゼノ教会も時間切れで
行けなかった。その悔しい思いをようやく果たせたのが3度目の訪問。
画集でみると小さな穴が多数あいて(虫食い?)いたが、実物では修復されたのかめだたなくなっていた。
この絵を観たいがため無理矢理?組んだヴェローナ訪問だったが、気品のある素晴らしい作品に満足だった。
写真左ではガラスが反射しているが、画架にセットされた展示。

4)マッサ・フェルマーナ多翼祭壇画(玉座の聖母子と聖人たち)マッサ・フェルマーナ/
サン・シルヴェストロ聖堂
 
 2001.8



この近くの街マチェラータからタクシーをチャーターして訪れた。さほどクリヴェッリに興味はなかった友人たちをも巻き
込んでのマルケ地方のクリヴェッリ巡りだったが、喜んで同行してくれて嬉しかった。感謝!
ホテルの人にタクシーを頼んだ時、クリヴェッリのある教会の説明をしたので、それぞれの町役場?に予約してくれたよう
だった。若い女性のドットレッサ(クリヴェッリの専門家)さんが教会の前で待っていて、案内して下さった。
そのうえポスターやパンフレットも沢山いただいて・・・感激!ポスターは大切に持ち帰り寝室の壁に飾った。

5)ポルト・サン・ジョルジョ多翼祭壇画(全体)

6個に分割され各地に散逸。こういうのを一時でも、できれば元の場所に集めて展示する企画があればと思う。

6)(上記中央)「玉座の聖母子」ワシントン・ナショナル・ギャラリー (未)


幼子イエスが持つ梨には意味があったはず、デューラーの「梨を持つ聖母子」も有名。

2007.3
 念願のワシントンDCの訪問。しかし、ここのコレクションの2作品うち、これは展示されていなかった。(涙)

7)(左)「聖ペテロと聖パウロ」ロンドン・ナショナル・ギャラリー  87×44 1993.3  1994..5 2009.9
ペテロの血管の浮き出具合、顔の皺がリアル。絵葉書参照→

8)「聖ゲオルギウスと龍」ボストン/イザベラ・ガードナー美術館 90×46  2008.4

ニューヨークやロンドンのゲオルギウスと並んで、派手な描写が際立っている。
馬に乗っている分動きがある。  宗教画というよりは日本で言えば歌舞伎の役者絵のようだ。
当時ではさぞかしセンセーショナルな画風だったに違いない。マルケの乙女たちも胸をときめかせて見たかも知れない。

しかし、本物は以外に地味な印象だった。ヨーロッパ風中庭のある邸宅に展示され、明るい自然光のなかでの鑑賞。
至福のときを過ごした。しかし、撮影禁止&絵葉書も売っていない。大きなポスターは購入。

 画像はwikimediaより           

9)「ピエタ」(Politico di Porto San Giorgio のチマーザ
デトロイト美術研究所(未)
 45×117

立ち姿の死せるキリストの左で支え嘆くマリアの表情は凄い。
歯も舌も見せて慟哭する聖母。
ピエタといえば超有名なのがミケランジェロの彫刻。
あの若く美しく、ひっそりと哀しむに沈む聖母とはなんという違い・・・。
左のターバンを被った聖人ふたりは誰か特定されてないようだ。
ロンドンを経てデトロイトの美術館には1927年に入る。

10)「アレクサンドリアの聖カテリナと聖ヒエロニムス」(同上祭壇画の一部)米オクラホマ/Tulsa Philbrook Art Center (未)141×60.4

下記のno.11と対になった上部半円形の作品。聖カタリナの殉教の印である車輪の鉄鋲、それに似たものが冠にも使われている

11)「大修道院長アントニオと聖ルチア」(同上祭壇画の一部)
クラコフ/チャトリスキ・コレクション
 34.5×47.5
   2001.9 



これは(絵葉書↑参照)2001年秋、京都で開催されたチャトリスキ・コレクションの展覧会で観た。レオナルドの「白てんを抱く貴婦人」を目玉にした展覧会だったが、私にとってはこの絵もレオナルドに負けず劣らず大事な一点。いそいそと出掛けた。実物は画集の写真よりずーっと色彩も綺麗で、目を開いたルチアも美しい。
聖アントニオの持物がなんかエロティック。(^^;)

12)「聖母子」ニューヨーク/ロバート・レーマン・コレクション(未) 141×60.4

2002年春、メトロポリタン美術館の奥にあるはずと随分探したのだが・・・レーマン・コレクションの下の階はクローズされていたので、見られなく残念。
色調やマリアの表情は柔らかく、完成度の高い作品です。次回はぜひとも!!

2006年春、再び訪れたがまたもや下の階はクローズ。案内係に尋ねたが、開いているときもあるらしい。
ついていなかった。(;_;)
2007.3&2008.4も訪れたがレーマンコレクションは改築中。2009.3は改装済みだ
ったが、展示されていない。いったい何処にあるのだろう。


13)「聖母子」マチェラータ/市立絵画館 59×40 2001.8

マルケ地方のマチェラータは古代ローマ時代の競技場での夏の音楽祭が開かれる。野外でのオペラを観る為に
訪れたのだが、クリヴェッリが活躍し、作品も残っている。この好機を逃すはずはなく、ホテルから徒歩数分の
Pinacotecaへ。ここはカルロの作品だけが有名なようだ。呼び鈴を押して係りのひとが案内してくれるシステム。
銃を装備したガードマンだったので、ちょっとものものしい雰囲気だった

アスコリの「聖母子」と同じく額なしの展示。
白のパネルに重ねられている。アスコリよりも抑えた色調。古く素朴な感じが漂う。(絵葉書↓)
  


14)「1472年の祭壇画」(全体)
各地に分散し、失われた部分も多い。中心をなすno.15の
聖母の台座に署名と年代。  

15)「玉座の聖母子」 ニューヨーク/リンスキー・コレクション/メトロポリタン美術館  94×42 2007.3&2008.4
メトロポリタン美術館のカルロの展示室には飾られていなかった。リンスキーはレイマンと同様に特別な展示コーナーがあるのかも知れません。次回の宿題。(2002.4)

再訪問でリンスキー・コレクションの部屋を発見したのだがクローズされていた。案内所で訊いたところ、ガードマンが揃った時に(不定期)オープンするそう。来館前に確かめて欲しいと言われた。次回はなんとか観たいと思うが・・・
2006.4

レーマンがクローズする代わりに?オープンしている。それで、2回続けて観られた。
いつも迷ってようやく辿り着くレーマンと違って、場所は分かりやすい。リンスキーの邸宅の復元された部屋は壁紙(壁布)からして優雅。アメリカの富豪の家に招かれた気分でカルロとヴィットーレ兄弟の2作品を鑑賞。素晴らしい!

   

聖母の台座に署名と年代。台座のひび割れと果物、虫は何を表すのか?
衣装のオリエント風草花が美しい。
右は弟のヴィットーレの聖母子。カルロに比べると穏やかなマリアの表情。カルロがベニスを追われたあとも、行動をともにしたといわれる弟。ここでも仲良く、並んでいる作品を前に胸がいっぱい。 

16)「聖大ヤコブ」ニューヨーク/ブルックリン美術館(未)
 95×39 

スペインの守護聖人。彼の遺骸を祀ったという聖地サンチャゴ・コンポステーラは中世の巡礼地として有名。
背中にソンブレロ、貝殻、杖と書物を持つ。2008.4 訪問したが、ここも改築中で常設のコレクションは展示されず。

17)「バーリの聖ニコラ」1472年の祭壇画の部分
96×32.5  クリーブランド(米オハイオ)美術館
(未)96×32.5

聖ニコラウスは中世以来人気のある聖人。小アジア出身のため、特に東方キリスト教では篤い信仰を集めた。子供を救った奇跡で知られ、サンタクロースの原型となっている。
この作品でも持ち物は杖、華麗な法衣、書物の上におかれた3つの球は三位一体をも暗示する。
衣装にギリシア十字が見え、この聖人が東方出身であることを表している。


18)「聖ドミニコ」1472年の祭壇画の部分 ニューヨーク/メトロポリタン美術館 94×27 2002.4ほか

19世紀末には他の部分とともにローマのある枢機卿が所有していた。その後ロンドンを経て、1905年にメトが購入。対になっているno.19の「聖ゲオルギウス」と共に展示されている。
聖ドミニコは12世紀〜13世紀に聖ドミニコ修道会を創設。ロザリオによる祈祷を創始、ボローニャで没。
黒いマントに白い衣、白い百合を持つ。


   

1
9)「聖ゲオルギウス」(1472年の祭壇画の部分)上右
 
ニューヨーク/メトロポリタン美術 95×33  2002.4

華麗な衣装のゲオルギウスは丹念に描かれている。長槍で王女を襲う龍を退治した英雄の発祥は東方と伝えられている。ギリシア神話のペルセウスの英雄譚を利用したもののようだ。
巻き毛の髪、折れた長槍(白と赤の縞模様がヴェニス風)ヴェネツァの守護聖人でもあるので鎧にライオンを多用。あどけなさの残る少年の姿は非現実の、空想ファンタジーの世界。美しい!

←展示風景

20)「ピエタ」(1472年の祭壇画のチマーザ)フィラデルフィア美術館  68×45 2008.4

嘆く天使の表情は普通の子供たちの泣き顔そのまま。涙と鼻水でグシャグシャになっている。
着ている質素なワンピースも当時の画家のまわりの子供達が着ていたものだろう。よそいきでないピエタがここにある。カルロの真骨頂というべき作品と思う。

NYから日帰りでフィラデルフィアへ。欲張ってバーンズコレクションも行ったので、死にそうなほど疲れた。
カルロのこの絵画の熱情的な表現に心打たれ、隣合って展示されているヴィットーレの祭壇画も
素晴らしい。

    



マルケ地方の町 マチェラータ
 




☆ 私の本棚より  カルロ・クリヴェッり


(1)ピナコテーカ・トレヴィル・シリーズ3カルロ・クリヴェッリ画集

本で唯一のクリヴェッリの画集は1995年に出版された。偶然、丸善の美術書コーナーで見つけた時はホントに嬉しかった。

しかしまもなく版元は倒産。今は手に入らない状態になっている。
幻の本となったため、オークションにも滅多に出ない。でても高額。日本でも最近クリヴェッリの愛好者がふえつつあるので、ちょっぴりですが紹介します。

以下は
解説(吉澤京子)の「風を見た画家」より抜粋
                                                                    「ピエタ」では、静止した人物の間をぬって一塵の風が通り抜けていく。それは右手前の細い蝋燭を吹き消し、ヨハネのマントをあおり、もうひとつの蝋燭をおびやかし、福音書のページをめくる音が今にも聞こえてきそうである。
果てしない哀愁と静けさは、レオパルディの詩にうたわれた、遙かな丘の連なりを風が吹きすさぶ物寂しいマルケ地方の光景をも連想させる。



・・・中略・・・そして現在、画家ゆかりの地には、僅かに残された作品がひとけのない礼拝堂の中で高貴な光を放ち続けている。そのありさまは、草深いみちのくに忽然と現れる平泉の黄金と螺鈿の輝きにどこか似ている。・・・中略・・・豪華で巧緻を極めたクリヴェッリの芸術は、これらの人々にとって都の栄華をしのぶよすがとなったのであろうし、画家にとっては、それらを繰り返し描くことが、彼の失われた楽園、故郷ヴェネツィアの華やかな風俗を遙かに追想するための手だてのひとつだったのかもしれない。

素敵な文章です。カルロへの愛があふれている。その当時、私のまわりにはクリヴェッリファンは皆無、たったひとりぼっちの愛好者だった私はこれを読んで、俄然!!力を得ました。

そしてこの画集を購入後4年くらいたったある日のこと、パソコン初心者の私がインターネット上で思い掛けない出合いをすることに・・・。yahooの掲示板でカルロが大好きという方達を知ったのです。(^^)V  

最近はカルロ・クリヴェッリもメジャーな画家として知られてきました。嬉しいような寂しいような。(笑)
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