2001年4月の日記
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4月1日(日)晴れ
朝起きたら、妙に白い。目が霞んでいるのかと思ったら、外は白い霧だった。愛車バルケッタに乗り込み、駐車場のスロープをあがり、霧の中を走り出す。南へ。主要国道バイパスに出てしばらく走ると、日が昇るに連れて霧が晴れ、どんどん気温が上昇していく。一時間ほどのドライブで目的地、筑波サーキットに着いた。
駐車場にはすでにアルファ、フェラーリ、ランチャ、マセラティなどのイタリア車、プジョー、ルノーなどのフランス車が数多く終結している。出走準備を進める145の隣に静かに小舟を収めた。今日は「イタリア&フランスミーティング」。筑波がイタ車とフラ車で埋め尽くされる。
本コース上では次々と手綱を解かれた奔馬たちが先を争って駆け始めている。どの車も生き生きと輝いているように見える。暖かく、輝かしい太陽の下、祭典が繰り広げられる。
サーキットで繰り広げられるイタフラ車の競演に名残惜しく背を向け、再び小舟に乗り込み、北に帰る。駐車場で車を乗換え、今度は愛車シビックでさらに北に向かう。リアシートはラケットバッグとボール篭に占領されていた。河川敷を利用した広い公園の中に砂入り人工芝のコートがある。柔らかな春の日差しの中でストリングスがボールを弾く音が軽やかに響く。充実した疲れ。今日はクルマ&テニス。イタリア&フランスに劣らない、趣味の競演だった。温泉でゆっくりと疲れた筋肉をほぐしながら夢のような一日を反芻し、感謝する。
4月2日(月)
4月1日はサラリーマンの正月という人がいるらしい。まぁ新年度と言うことなのだろうが、正月がエイプリルフールとは何となく目出度い。なんで4月2日にこんなことを書いているかと言うと、日曜日はお休みなので、今年の正月は便宜上4月2日になったのだ。しかし、辞令などには4月1日付となっている。不思議だ。会社は休みだったのに。転勤になった人は4月1日から新職場に転勤になるが、その日は正月でかつエイプリルフールでかつ赴任日でかつ休日なのだ。なんか騙されているような気がしないだろうか?
辞令をもらった。定昇の辞令だ。この一年僕はほとんど一人で仕事していて上司と話をすることは月に一度もないぐらいなのに、何時の間にか評価されて「今年はもっと頑張ってね」とか言われてしまう。これも不思議だ。知らないうちに色々な事が起こり、解決したりもつれたり発散したりしている。そうだ、今日は休肝日でもあった。ノンアルコールな一日も悪くない。もちろんアルコールな一日はもっと良い。明日はどんな日だろう。
4月3日(火)
会社の前の通称25M道路の桜並木がかなり良い感じになってきた。桜のトンネルの下をオープンカーで走るのは超気持ち良い。早く満開にならないかな。会社帰りに本屋でテニスマガジンを買った。松岡修造の言葉。単純だけど良い。元気が出てくる。夜の真っ暗な公園に行き、花見場所の品定めをする。雨が降っている。クルマに戻って来ると、小雨に打たれながらうずくまっている小舟の姿が街灯の明かりに浮き上がって、とってもいとおしい。
晩飯はにんにくと玉ねぎスライスと椎茸を炒めてあんを作り、豆腐も一緒に暖めて、お皿によそい、その上からあんを掛けた。中華風の豆腐料理のつもりだ。味付けはオイスターソースと醤油で薄味に仕上げた。ご飯に合う。
4月4日(水)
今日は週の中日。朝、うちの周りは小雨がぱらついていたが、ちょっと走ると快晴。一体なんだったんだろう?
とにかく、天気は上々。気分も上々。
仕事を適当に切り上げて、近くの公園の壁打ちコートに行く。常連さんが一人来ている。挨拶してボールを打ち始める。壁打ちを始めた頃は壁相手にラリーが続かなかったものだが、結構一定のペースで続くようになって楽しい。傍目から見ると、黙々と一人でボールを単振動させているだけで何が楽しいのか?と疑念を持たれるかもしれない。しかし、ジョギングで黙々と走ったり、プールで黙々と泳いだりするのも、それなりの楽しさはあるわけで、続けていると入り込んでいくものがあるのだ。
1時間ばかり各種ショットの確認をして終了。今夜はナイターテニススクールだ。今夜は6名。なかなかうまく行かないものの壁打ちの成果が少しずつ出ている様な気がする。問題は決めのボレーだが、壁打ちでは練習し難いショットなので感じが掴めない。なにか良い練習方法はないのだろうか。有ったら誰か教えて欲しい。
4月5日(木)
今日も良い天気だ。朝会社に入る時にはまだ2〜3分咲きぐらいだなぁ、と通りの桜並木を眺めていたが、すっかり暗くなってから帰り道につくと、なんと一気に花盛りになっている。会社で外も見ずに仕事していた今日一日でこんなに外の世界は変わっていたんだ。浦島になった気分。
帰宅して、ビールを飲みながら晩飯を作る。鍋でお湯を沸かしてパスタを茹で、フライパンでにんにくとベーコンを炒める。茹で上がったパスタと少量の茹で汁をフライパンに入れ、卵と少量の牛乳とチーズを余熱で絡める。自己流カルボナーラ風パスタが簡単に出来上がった。昨日の赤ワインの残りを飲みながら、一人で平らげる。うん、悪くない。
4月6日(金)
今日も良い天気。暖かいし、もうすっかり春だねぇ。桜もすっかり満開だよ。会社を早くあがっていつもの壁打ちコートに向かう。先客が二人も。やはり春だねぇ。しばらく待っていたら一人帰ったので、壁打ちを始める。すぐ一人の世界に入り込んでしまう。ひたすら壁に球を打ち込み、帰ってくる球をまた打ち返す。寄せては返す波のように、単調な様でいて一度として同じ球は無い。あっという間に一時間ばかり過ぎていた。
家に帰ってから晩御飯を作る。御飯にチンゲンサイの味噌汁、豚肉とニンニクの芽としめじを塩コショーで炒めたもの、塩揉みして絞ったキュウリスライスと若布とレタスのグリーンサラダ。キュウリは4本100円、レタスは比較的しっかりした玉レタスが一玉100円だったので、季節外れだけど買ってみた。夏の盛りのようなお日さまの匂いはしないけど、まぁ、食べられる。これも悪く無い。明日は休みだ。友達が遊びに来る。早く寝よう。
4月7日(土)
朝起きたら良い天気。今日は花見でテニスだ。テニスと酒と桜が大好きなので、まるで、盆と正月にGWがついてきたような大騒ぎだ。気合を入れて9時にコートに向かう。テニスコートの周りには見事な桜の木が匂い立つような美しい花を全身にまとい、今が盛りと咲き誇っている。日本の春。春爛漫。素晴らしい一日になりそうな予感。大きな桜の木の下にシートを広げ陣取った。
うららかな陽射しの下、軽快な球音が響く。以前にも書いたが、ストリングがボールを弾く乾いた打球は素晴らしく気持ちの良い、まさに快音だ。ラリーが続くと、この歓喜の音もくり返される。永遠に続くことを祈る気持ちはテニスプレーヤーの夢かも知れない。しかし、何時かは途絶える。そして、また新たな夢が始まる。始まっては消え、消えては始まる、至福の時。一日はまだ始まったばかりだ。
やがて、仲間達が集まってくる。同じくテニスに魅せられた仲間達だ。遠くから距離の隔たりをモノともせず、今日、この同じ桜の木の下に集う。笑顔、笑顔。緑のコートにテニス愛好家同志、春の気持ち良い風、そして満開の桜。これ以上、何を望もう。宴の始まりだ。シートの上に食べきれない程の食材が広げられる。乾杯! 乾杯! 乾杯!
朝早く起きて作ってくれたおにぎりに唐揚げに蛸のウィンナーなどのかわいらしいお弁当。おにぎりにはちりめんじゃこが混ぜ込んであり、赤紫蘇の香りがたまらない。麦酒には唐揚げやウィンナーが合う。楽しい語らいに思わず箸が進む。大丈夫。程よいリラックスと緊張感が混じり合う中でゲームをすれば、すぐに腹もこなれて行くだろう。
宴は盛況だ。見上げると満開の桜が陽射しに透けて輝いている。四人ずつ抜け出して緑のコートの中に向かう。コートサイドの土手に陣取って語らい、酒を酌み交わしながらコートの中で仲間達が繰り広げる試合を見物する。向こうの土手にもフワフワと柔らかいピンク色に咲き誇る桜の木々。緑と桜色のコントラストが映える。黄色いボールが皆の動きとともに、緑のコートの中を行き来する。響き渡る冴えた音。行き交う。
まるで源氏絵巻の蒔絵を見るように優雅な春の宴。このまま時よ止まれ。風が吹いてきた。充分春を感じさせながら、冬のなごりも棄て切れていない柔らかく、でもわずかに厳しさを残した、早春の風。風に誘われるように花びらが舞った。ひらひらとひるがえるうす衣のような花びらが太陽の光に輝くように見える。風花。その言葉が差すものとは違うが、その語感が相応しく感じる。
楽しい宴の時もやがて来る終りの時を避けることは出来ない。まるで風が太陽を押しながして行くように陽射しが傾いてきた。子供の時のように、夕方が来るのが恨めしい。遊んでも遊んでも遊び足りない。だが大人には分かっている。楽しい時はいつまでも続かない。必ず終りはやってくる。運命には逆らえないことを知ってしまった時、人は大人になるのだろうか。
定めに従って片づけを始める。この春爛漫の一日に集った仲間達もそれぞれの帰路につく。しかし、再び、いつの日か、ここに集まることを約束し合って。その日まで、しばしの別れ。暖かな気持ちと、心地よい疲れを感じながら、さらにテニススクールでテニスを続け、最後はサウナで締める。なんという充足した一日。素晴らしい眠りを迎えるまで心の中は暖かな陽射しと内側から光を放つように淡く桜色に光る花びらに包まれたように満ち足りていた。
4月8日(日)
ゆっくりと眠った。目ざましに起こされることなく起きるのは気持ちが良い。窓の外は薄曇りの天気でぼんやりと明るい。のんびりと朝食を摂る。スリランカの紅茶がことの他美味く感じられる日曜の朝の幸せな一時。昼前に荷物をまとめて重い腰を上げた。今日も日課のようにテニスコートに向かう。午後からの半日テニスだ。朝の薄曇が消えて日差しが出てきている。今日は少し暑いぐらいかもしれない。
コートに出てネットを張りパートナーとアップを始める。しばらくすると他のメンバーも集まってきた。しばらくプレーしていると、やや肌寒い風が気持ち良く感じられるほどだ。休憩と称して飲むビールが渇いた喉に美味い。良い季節になってきた。これから梅雨までが春のベストシーズンだろう。大切な一日を噛み締めるように楽しんだ。ゆったりとした気持ちになる。
楽しかった代償として家に帰ると家事の山が待っていた。
4月9日(月)
朝。どんよりと曇っている。スリランカの紅茶で入れたミルクティーを飲み干した後、空の色に合わせて灰色の車で出発した。窓ににびっしりと降りた露の水滴が凍っていない。春だ。桜は満開。まだ散り始めていない。
仕事を終えて建物の外に出ると、まだ空は僅かながら太陽の名残を残してほのかに明るい。車に乗り込み走り出すと見る見る空は暗くなっていく。走り出した時から点けているヘッドライトの灯かりがすぐに太陽の残滓を上回る。前方の車の形がシルエットになり闇に溶け、テールランプが浮かび上がった。それでも、昼と夜の入れ替わりは確実に穏やかになってきている。
家に入ると昨夜作って寝かせていたミートソースの甘酸っぱい香りが迎えてくれた。鍋一杯のお湯もすでにほぼ沸いている。パスタを茹で上げ、熱々のミートソースをたっぷりかけた。アスパラガスを軽く湯掻いたものと、キュウリを薄くスライスしたものを、千切ったレタスの葉の上に盛ったグリーンサラダを添え、晩御飯とする。ミートソースがまだ少し煮込み不足に感じられた。残りはたっぷりあるので冷凍しておく。次回はさらに美味く熟しているだろう。
4月10日(火)
今朝はうに色のクルマに乗り込んだ。走り出してすぐ東西に横たわる幹線道路に出て東に向かう。正面から強い光を放つ今朝生まれたての太陽に一目惚れ。(C)雅(みやび)互いに見つめ合うのに照れてサングラスで瞳を隠した。
机の上を片付けて外に出ると、もう真っ暗な空に星が見える。毎年少しだけ開花が早い門の横の桜はすでにかなり葉が出てきている。街灯の蒼白い光を浴びて桜の木全体が白く浮かび上がるようだ。歩道は白い斑模様。なにか柔らかい絨毯の上を歩いているような錯覚に陥る。
家に着いて灯かりをつけると、先ず台所で米を研いだ。次に小鍋に水を取り出汁をつくる。八丁味噌を溶き、具には豆腐を刻む。赤みの濃いスープの中で白い豆腐が揺れている。しばらく待ってから、鍋に米と水を入れガスにかける。ご飯を蒸らす間に、豚肉とにんにくの芽と椎茸とにんじんを炒め、豆鼓と酒と塩・胡椒で味を付ける。最後に香り付けに醤油を少し滴らした。八丁味噌の香りと豆鼓の香りが胃を刺激する。泡盛のお湯割りをすすりながら胃の要求を充たしてやった。
4月11日(水)
うに色のクルマで散り始めた桜並木の下を走って会社に向かう。わざと左端に寄って走って路肩に積もった花びらを巻き上げた。バックミラーに桜色の小さな竜巻が見える。そして道路に張り出した枝からは小雪の様に花びらが舞い落ちてくる。このまま桜のトンネルがずっと続けば良いのに。
まだ明るいうちに会社を出て再び桜のトンネルの中を走る。この素晴らしい季節は、しかし、一瞬のきらめきだ。もう次は私の季節だとばかりに鮮やかな若葉が花びらを押しのけるように萌え出ている。あまりにも短い季節。その一瞬に小さな桜色の花たちは燃えるように輝き、そして散って行く。
すっかり葉桜になった木の下にクルマを止め、壁打ちコートに入る。今日はスライス系のストローク、決めのボレーなどを重点的に調整する。最後にサービスの練習をするが、トスが思う所に上がらず、バランスが崩れてしまう。20分ほど壁に向かってサービスを打ち続けたが、思うような当りはほとんど得られなかった。恐らく内部意識が間違っているような気がする。このままでは何球打っても変わらないだろう。スクールの時間も近づいてきたので、切り上げることにする。
日が落ちて暗くなり始めた道をテニスクラブに向かう。近づいていくとテニスコートのナイター照明がクラブを周辺から浮き上がらせている。この景色を見ると、いつも少し胸が高鳴る気がする。
しかし、スクールでは自分の実力の無さを思い知らされることになる。なかなかボールをコントロールさせてもらえない。深く滑ってくるショットが返せない。チャンスボールがきっちり決められない。ほとんどフラット気味に打ち込まれてくるボールが嘲笑っているように見える。
唯一つ相手に関係なく打てる筈のサービスまでが上手く行かない。トスが良い所に上がらない、スムーズなスイングのイメージが掴めない。次第次第にフラストレーションが溜まっていく。しかし打ち続ける。この壁を乗り越えると一つステップを上がれそうな気がする。そう信じて、トスを上げ続けた。金曜日も壁打ち決定だ。夕方早く仕事を片付けられるだろうか...
4月12日(木)晴れ夜雷雨
夜に雨が降るとの予報を受けて灰色の車を選んで乗り込む。カーラジオを79.5MHzに合わせた。今日も地元サッカーチームを熱くサポートするパーソナリティーの語りを聞きながらいつもと同じ道を走る。うに色のクルマから乗換えると、全く同じ道を走っていても違う道の様に感じる。景色の見え方、路面の感じ方、音、匂いなど、五感に届く情報の違いが、そう感じさせるのだ。灰色の車はもともと柔らか目の足回りがさらにへたって良い感じのやれ具合だ。ふわふわと落ち着かないが、これも悪くない。荒れ放題の田舎道を走っても直接的な突き上げを感じることが少なく快適だ。しかし、空は、遠い。
重い鉄の扉を開けて外に出ると、夜闇の黒い空から雨が落ち始めている。一瞬、空が光った。稲光だ。この町は別名雷都と呼ばれることを思い出した。突然雨粒が大きくなり屋根や路面を叩く音が大きく響く。辺りに雷鳴が轟いた。青白い光が一瞬だけ昼間のように周りを明るくする。小走りで停めてあった灰色の車に乗り込む。鉄板の屋根を叩く雨音が更に激しくなった。夕立だ。ワイパーをハイスピードで動かしながら帰路に就く。しかし、家に着く頃にはほぼ雨が上がっていた。
遅くなったので、早速作りおいたミートソースに手をつけることにする。大鍋にお湯が沸いた所でたっぷりの塩を入れ、パスタを放り込み、蓋をする。にんじん・ピーマンを千切りにし、茹でたアスパラガスと共にマヨネーズで和える。それを千切ったレタスの上に盛った。熱々のパスタに煮えたぎるミートソースをかけ、間髪を入れず食卓へ。火傷しそうなぐらい熱いパスタを口に運び、少し冷やしたイタリアの赤ワインで冷ましてやる。思った通り数日前より濃厚なソースに熟成されていた。文句なく美味い。
インターネット上の紅茶屋から取り寄せたスリランカの新茶が届いていた。食後には早速この新茶を試してみることにする。新しい水からお湯を沸かし暖めておいた丸いポットに適量の葉を入れ、勢い良くお湯を注ぐ。3−4分蒸らしてから、カップに注ぐと素晴らしく豊かな香りが立ち上った。新茶特有のちょっと青いような香り。スリランカの紅茶工場で摘んだばかりの茶葉を揉んでみた時の香りだ。そして微かなとろみ。魔法のような紅茶だ。
4月13日(金)
うに色のクルマで葉桜の並木道を走る。昨夜の雷雨で花は見事に散ってしまい、いつもなら路上を絨毯のように埋める花びらも雨とともに流れてしまった。一昨日までの華やかさが嘘のように通りは新緑の淡い色に染まっている。未練たらしく路肩ギリギリを走ってみるが、舞い上がる花びらはわずかだ。
適当に仕事を切り上げて暗くなる一時間半前にロッカールームを出た。急いでうに色のクルマの元に走る。30秒で屋根を開け、走り出した。15分でいつもの壁打ちコートに着く。今日はバックハンドストロークとサービスを中心とした練習だ。誰もいないコートにボールの音が響く。サービスで一つポイントをつかんだ。これはいけそうだ。でも、まだ本当のコートで練習していない。明日の試合には使えないが、少し先が見えたような気がした。満足してコートを去る。すでに陽が落ちて辺りは薄暗くなっていた。つい予定より20分オーバーしている。クルマに乗り込み、ライトを点けて走りはじめた。風が、肌に心地よい。晩春。
4月14日(土)
いつもの目覚ましで起きたが、気分は全く違う。ひさしぶりの試合だ。クーラーボックスに冷えた麦酒を入れる。今日は団体戦。試合の後に旨い麦酒が飲める気がした。外の天気は乾燥した快晴。麦酒が旨いに違い無い。
チームを率いて戦う。今日は本来の主将が用事で来れなくなった為、臨時の主将だ。男性女性の混合チームで、男性は一人4試合で、一人だけ3試合になる。リーダーとなった都合上、涙を飲んで自分を3試合にする。男は辛いよ。
第一対戦。実は、この相手が、本来の僕のチーム。主催者側の宿命で人数合わせで別チームになった運命。スマヌ。友よ。しかし、我がチームは組み合わせも上手く、圧倒的な5−0で勝利! ゴメンね。僕は辛かったんだ。
第二対戦。ここが山になる。間違い無い。でも今日はリクレーションだ。特に対策を練るでもなく素直にじゃんけんで決めた順に出て行く。しかし! 女ダブが、素晴らしい健闘! 相手の強者を封じて、見事に勝利!これが効いた。計算通り3ー2の勝利! 3ー2で勝つか、負けるかのところだったので、まさに値千金の勝ち星だった。
第三対戦。ここは油断しなければOK。案の定、5−0の勝利。結局4チーム総当たりで3勝0敗、見事な優勝だった。僕自身も2勝1敗。まあまあだ。
その後、温泉&美味しいラーメン屋で打ち上げ。う〜ん。良い所を教えてもらった。今後、宇都宮に来る人、君らはラッキーだ。僕のレパートリーがまた増えた。美味しい餃子と良い温泉に連れて行ってあげよう。このラーメン屋。特にチャーハンがめちゃうま。餃子も旨い。みんみんより好みだ。ぜひ、遊びに来て欲しい。これを味わえるのは誰だ!?
4月15日(日)晴れ後曇り
日曜日だというのに目覚ましに起こされた。8時間弱眠ったにも関わらず、頭と体はまだ眠りを欲している。すっきりしない目覚め。疲れが抜けきらない。無理矢理体を起こした。昨夜休んだ分、今朝にテニススクールを振り替えたのだ。
スクールでは調子が悪いままだった。頭も体もまだ立ち上がりきっていない。1時間半ラケットを振り回してボールと格闘した後、大きな浴槽に浸かり、サウナで汗を絞るとやっと頭がハッキリしてきた。しかし、まだ午前中なのに体は気だるい。朝の運動と朝風呂で気分はまったりムードだ。
フレンチトーストを紅茶で流し込むとやっと力が湧いてきた。灰色の車に着けていたスタッドレスタイヤを外し、労るようにワックスをかけてやる。代わりに倉庫にしまっておいた通常タイヤを空気圧を調整してから装着する。途端にステアリングがしゃっきりした。
うに色のクルマに乗って、近くの壁打ちコートに出掛ける。昨日の悪いイメージが午前中のスクールでも矯正できなかったので、さらに調整が必要と感じたからだ。金網に囲まれた動物園のような壁打ちコートの中にはすでに二人の先客が壁にボールを叩き付けていた。断わってから間に入れてもらい、壁打ちを始める。やはり、おかしい。ボレーを打つ時に自分の手では無い様だ。
しばらく続けていると一人帰っていった。広くなったところで、少し左右に振ってみる。足を動かしながら打っていると徐々に感覚が戻ってきた。ここで気付く。手に神経を集中し過ぎておかしくなったのだ。逆に足を動かす方に集中すれば手は自然に付いて来る。少し心が晴れた。
晩飯にはホットプレートを出して焼き肉を食べる。買ってきた薄切りカルビと豚もつを焼いて口に運んだ。脂っこくなった口の中を安物のフランス製テーブル赤ワインで洗い流しながら、ちょっと臭みのあるもつの歯ごたえを楽しむ。肉、野菜、ワインのローテーションを繰り返しているうちに、気付くとワインボトルが空いてしまった。久しぶりに肉食獣としての誇りを取り戻した様な気分になる。
4月16日(月)
頭と体が妙に重い。休日を満喫した身体がまだ休息を求めていた。無視してうに色のクルマに乗り込む。季節に合わせてワークブーツからドライビングシューズに変えた足だけが軽い。いつもより軽快に思い通りに走れた。
仕事が長引き、帰りが遅くなった。空いた暗い道に乾いた排気音を響かせて走る。風は、もう冷たくない。停止信号で見上げると漆黒の空に星が見えた。カーラジオから流れる音楽が空に吸い込まれる様に消えて行く。一人きり。
作り置きしてあったキングサーモンのグラタンにチーズをたっぷりと乗せ、オーブンで焼いた。サラダは最近安定した低価格で手に入るニュージーランド産のアスパラガスとキーウィ、地物のレタス、トマトを鉢に盛って作る。ふつふつとチーズが煮えたぎるグラタンにチリソースを少々振り、食べた。焼けたチーズの香りとサーモンの旨みとパスタの食感がたまらなく、嬉しい。
4月17日(火)
いつもより少し早目に家を出た。7分程度の違いなのに、車が少ない道をうに色のクルマは快調に走っていく。太陽が眩しい。この町の東を南北に流れる大きな川に架かった長い橋を渡った。やはりまだ車が少ない。快適だ。
開花時期の遅い桜が満開を迎えている。しかし、木がまばらであり、ソメイヨシノの様な華やかに匂い立つ派手さはない。控えめに、しかし、誇らしげにピンク色の花を全身にまとっている。その姿は通過した桜前線の忘れ物の様だ。
うどんを作ることにした。鍋にたっぷりのお湯を沸かして乾麺をぱらぱらと入れる。オーストラリア産の無農薬有機栽培小麦を使ったと箱に書いてあった。具には鶏肉、ネギ、チンゲンサイを添える。つゆは手軽なだし醤油を使う。うどん自体は特に腰があるでもなく、極普通の味だった。さらに作り置きしてあったイワシの蒲焼きを肴に泡盛のお湯割りを飲む。いい香りだ。
4月18日(水)
今日は雨が降るのだろうか?
一日中その疑問が頭から離れなかった。朝は気持ちのいい快晴。雨の予報が信じられない。しかし、昼に外に出てみると曇り始めている。午後になるとさらに空が暗くなってきていた。しかし、まだしばらくは降りそうにない。このままいけるかもしれない。いや、いってくれ!
祈りを込めて空を見上げる。
夕方、仕事を切り上げていつもの壁打ちコートに向かう。今日はスマッシュとサービスに力を注いだ。サービスでは新しい試みをしてみる。今までトスアップと同時にラケットを持ち上げていた(いわゆるヽ(^o^)丿ポーズ)が、今日はトスアップの状態では右手は下げたまま(全豪オープンのシンボルマークのイメージ、つまり左手から右手が一直線になる案山子ポーズ)で、そこから一気に持ち上げ、落とし、振り上げてみた。ボールにスピードが乗る!
逆に考えると、今までは右手が一連の動作にならず、途中で止まっていたということだ。トスアップのタイミングを変えて右手の動きを遅らせる事により、右手を停めてタイミング合わせする暇が無くなり、右手が滑らかに加速され、ボールのスピードが増したのだろう。トスが高すぎたということだろうか...
暗くなるまで壁とボール遊びを繰り返した。サービスは永遠の課題だ。まだ雨は、降り出さない。暗くなった道を灰色の車のヘッドライトを点けて走る。途中のコンビニでスポーツドリンクとパンを買い、軽く腹に入れておいた。
テニスクラブに近づき、ナイターの照明が見えると、心が躍る。しかし、コーチは休みだった。オーナーが球出しして各ショットの基本練習をする。自分の苦手なショットがハッキリする。球出しのボールなのに、狙ったショートクロスに行かない。特にバックハンドは精度が悪い。ドロップショット、ドロップボレーも日頃あまり練習しないせいこともあって上手くボールの勢いを殺すことができない。スマッシュは壁打ちのせいかがあって、苦手ショットから普通のショットに昇格した。
サービスは壁打ちでトライしたタイミングを実際のコートで試してみる。上手く行くと良いサービスが入るようだ。しかし、まだタイミングが狂う。オーナーには、ヽ(^o^)丿スタイルの方がリズムが取り易いよ、と忠告される。ヽ(^o^)丿に戻してみると、意外にいい感じだ。右手が止まらないリズムに慣れたのだろうか。ここはもう少し試行錯誤する必要がありそうだ。汗を拭う。
4月19日(木)雨後晴れ
今朝の79.5は雰囲気が明るい。昨夜のゲームでサポートしているサッカーチームが逆転勝利をおさめたのだ。しかも不利なアウェーで。メールやFAXも小躍りしているサポーターたちの姿が見えるようなものばかりで、紹介するパーソナリティーの声も覇気に満ちていた。このチームは不思議と人を熱くさせる魅力があるようだ。決して強いわけではないのだが。
いつも通りに会社を後にする。空に星が見えている。屋根の開かない灰色の車で来たことを後悔した。
相棒の帰りが遅いことがあらかじめ分かっているので、簡素な晩飯にする。豆腐と白味噌の味噌汁にネギを刻みいれ、冷凍してあったご飯を暖め、納豆を良くかき混ぜた。納豆には卵とネギを入れる。作り置きのイワシ蒲焼きをフライパンで暖めた。ビールを飲みながら準備を終えると昨日開けた赤ワインの残りを飲みながら、平らげた。夜がふけていく。
4月20日(金)
仕事の依頼の電話に「今日は早く帰るから」と断わって、まだ明るいうちに会社を出た。うに色のクルマをオープンにするとぼんやりと暖まっていた車内に爽やかな風が吹き込んだ。最高の季節だ。心を踊らせる排気音を聞きながらクラッチをつなぎ、ゆっくりと走らせる。すっかり若葉が茂った桜の木の下をいつもの壁打ちコートに行く。
「こんにちは〜!」常連さんから声が掛る。挨拶を返すと自然に笑顔が溢れる。気候が良いと人間の機嫌まで良くなるから不思議だ。ストリングスがボールを弾く快音とコンクリートの壁が返す乾いた音が交互にこだまする。打ち続けているうちにどんどん意識が澄み渡ってくる。一週間の疲れなど霧散するようだ。
常連の気さくな叔父さんと「今週も終わったねぇ。毎週あっという間だね」などとわずかな休息の時に語り合う。日が傾くのが惜しい。こんな気持ちが人間には必要なのではないだろうか。そんなことさえ考えてしまう。
4月21日(土)曇り時々小雨と霧
目覚ましの音が暗い眠りの底に容赦なく押し入ってきた。布団の上に重い頭と体を起こす。カップ一杯のホットミルクを少し飲み残した所に、スリランカのティーバッグを落とし、沸かし立てのお湯を注ぐ。顔を洗い身支度を整えてからミルクティーをゆっくりと飲んだ。ラケットバッグを抱えて家を出る。
タイヤの空気圧を高速向けに調整したばかりの灰色の車は快調に高速道路を南下していく。ラーメンで有名な町のICで高速を降り、国道、県道と早朝の空いた一般道を西に向かって走っていく。長野、新潟、東京を結ぶ別の高速に乗り継いだ。家を出て3時間足らずで霧に包まれた高原の避暑地に到着する。
道中で時折ぱらついていた小雨も、ここでは深い霧に変わっていた。馴染みの宿に荷物を降ろし、重い気持ちのままコートに向かうと、少しずつ霧が晴れ始めた湿ったクレーコートにラケットがボールを弾く音がしている。その球音は霧に吸い取られるようにやや鈍く、余韻が無い。ラケットバッグからラケットを取り出し、テニスボーイ達の中に加わった。
湿ったボールは重く、毛羽立ち始めていたストリングスは一層酷く痛んだ。初めて会った人と組んだ午前中のダブルス戦は3連敗の後、何とか1勝した。クレーコートに慣れない。昼食の為に宿に戻った。缶ビールをグラスに注いで飲む。
午後になっても霧が晴れるどころか、むしろ時折相手が霞むほどの霧に包まれる。午後は別の初級の人と組んでゲームに入る。初〜中級リーグ戦で5試合して2勝3敗。なんとか形がついた。試合の反省を踏まえて練習に入る。練習では良い感じで出来るボレーが試合に出せない。メンタル。最大の壁はそれかもしれない。別の人と組んで1試合。良いプレーが出来て勝利。さらに別の人と組んで1試合。これも良い感じのプレーだ。勝利。
宿の風呂で汗を流し、缶ビールを開ける。宿の部屋で心地よい疲労感に包まれながら湯飲みで飲むビールが体中を開放してくれた。この後は恒例の宴会が待っている。その後は、布団の海に身を沈めるだけだ。仕事も通信もない。
4月22日(日)晴れのち砂嵐
一週間の疲れが残っている。9時間の睡眠でも足りなかった。頭が重い。宿の朝食を摂り、顔を洗い、身支度を整えてコートに出る。その前に缶のビールを一本飲み干した。やる気が湧いてくる。
チーム対抗戦だ。チームのうち二人は近所の人で今朝から参加だ。いきなり試合になる。最初の相手は男二人女二人だが、女性の方が強い。最初は未知数の男二人ペアを送り出した。相手も男ダブだ。勝ってくれた。次は女ダブを送り出す。しかし、相手の女ダブは大会で上位を取る猛者。最後のペアは男ダブだ。ラケットを持ってコートに向かう。相手は女ダブが連続して出てきた。それが最強なのだから仕方が無い。かなり最善を尽くし自分のサービスゲームは取ったが、初級の相棒には荷が重過ぎた。1−2で敗退。
次の対戦は一回戦負けた同士。同様に男ダブ、女ダブを送り出す。男ダブは2回目の勝利。女ダブは相手が悪く敗退。今回女性陣に初級者が見当たらない。チームの二人には厳しい結果となった。また1−1で最後の男ダブが勝敗を分けることになる。一回戦と別の同じく初級者と組み、対抗するが、相手は中級者二人。大事なポイントを取られ、敗退。コンソレも1−2で惜敗だった。
宿に戻り昼食を摂る。宿の昼食の定番、カレーライスにビールが良く合う。午後になると強風が吹き荒れだした。クレーコートの砂を巻き上げ、砂嵐のようだ。目が開けられない。午後は試合にならなかった。練習もストロークはほとんど不能。せいぜいボレー対ストローク。それでもミックス二試合戦った。結果は2敗。相手が男ダブとはいえ、どちらも1ゲームも取れなかったのは歯痒い。
二日間の合宿は終わった。メンタル。その一言に尽きる。
宿の風呂で砂埃と汗を流す。生き返ったような気分を満喫する。帰り道に新しくなった巨大アウトレットモールに立寄り、買い物を楽しむ。しかし、買うものが見つからなかった。
今はバイパスに主役を譲って、ほとんど交通量が少ない旧道を下り、そのまま下道を使って帰宅する。途中で食事をしながらも、4時間余りのドライブの後、車庫に灰色の車を休ませた。
4月23日(月)
週末休ませていた、うに色のクルマは快調に目覚めた。自動的に電源が入ったカーラジオは79.5MHzにチューニングされていて、朝から御機嫌なロックンロールが流れ出す。その音に乗せてギアをシフトアップしていくとうに色のクルマの歌声が曲に絡み合うように駆け上がり駆け降りた。楽器を演奏してセッションに参加しているような錯覚に陥る。うに色小舟での通勤は小一時間のジャムセッションだ。
月曜はブルーだ。呼び出されぬよう携帯電話の電源を切ると、我慢出来ず暗くなり始めた外に出る。うに色のクルマが駐車場で迎えてくれた。幌を上げて乗り込み、走り出す。ブルーな気持ちは夜空のむこうだ。
米を研ぎ、出汁をとって味噌汁を作ると、二日間の合宿で溜まった汚れ物を洗濯機に放り込んだ。規定量の洗剤を溶かす。メニューを選びスイッチを押すと後は洗濯機まかせの気楽な仕事だ。干してあった洗濯物を一枚一枚丁寧に畳む作業に没頭する。綺麗に積み上げられた衣類の山に満足し、沸かし立てのお湯で紅茶を入れた。
4月24日(火)曇り一時雨
フィアットオートジャパンが考えたバルケッタの宣伝コピーに「人生は有給休暇とバルケッタ」というものがある。いつもより早い時間に起き、ヘルメットと手袋を持って、うに色のクルマに乗り込んだ。まだ空いている早朝の国道を南に向かう。一時間ほど走り、サーキットのゲートに着いた。YRSのスタッフが迎えてくれる。
一時間ほどの座学の後、ジムカーナ場にて、定常円(楕円)旋回のレッスンを受ける。リアのトレッドを10mm広げた小舟は、案の定、アンダー傾向が強まっている。荷重移動とスムーズな操作を意識しながら走った。何度か繰り返すうちかなりの横Gを出せるようになる。ステアリングが重い。
その後、ミニサーキットに移って、さらに走行を繰り返す。タイヤが終わっているせいかタイムは上がらないが、何度かトライを繰り返すうちに、ここでもタイトコーナーでは良い横Gを感じられるようになった。だが、まだ体勢作りが甘く、出口でアクセルオンできるポイントが遅い。しかし、今日はスムーズな操作を意識して、ゆっくりゆっくりと高ぶる気分を押さえていた。
雨が落ち始めた、大した雨ではない。しかし、路面は確実にスリッピーになっていた。タイトコーナーの入口でトレイルブレーキングで向きを変えようとした瞬間、唐突にリアタイヤが大きく流れ、コントロールを失った。世界が回るのをブレーキとクラッチを踏んで見ていることしか出来ない。止まった。まだコース上だ。後続車が来ないのを確認し、走り出す。思ったより滑りやすくなっている。
ストレートを加速して1コーナーへ。入口で早目にじわっとブレーキを掛け、ステアリングを切り始めた。少し開けてあった窓の上から水滴が落ちてくる。パワーウインドウのスイッチに手を伸ばそうとした一瞬、ステアリング操作が遅れて手アンダーが出てラインが膨らむのを感じた。アクセルを戻す。その瞬間また大きくリアがスパッっと流れた。再び世界が回り出す。うに色のメリーゴーラウンド。
車速が高かった為、コース脇のグリーンに飛び出した。すぐに止まる。クラッチを蹴飛ばすのが遅れたようで、エンジンもストールしていた。すぐにエンジンを再始動し、コースに戻る。ダメージはない。雨のコーナーリング中に気を抜いた失敗を噛み締めた。
4月25日(水)曇り一時雨
雨が降るかどうか、そして、何時降るのか。それが問題だ。思いを巡らせながら、灰色の車に乗り込む。空はこの車の色のようにどんよりと灰色だ。雨はまだ落ちていない。川を渡り目的地に近づく頃、細かい雨がフロントガラスを濡らし始めた。まとわりつくような鬱陶しい雨粒がワイパーに絡む。
一日中細かい雨が強くなったり弱くなったりしながら続いている。今夜のテニスは諦めざるを得ないかもしれない。心はすでにテニスが出来なかった時にすることを思い巡らし始めていた。買い物を済ませ、家に帰る。諦めつつも電話をする。やりますよ、と明るい声が答えた。慌てて軽い食事を詰め込み再びラケットバッグを抱えて外に出る。家の付近では細かい雨がまだ落ちていた。
コートは乾いている。ナイターの照明が眩しい。ボールを打つことへの期待感が高まっていく。ラケットを握ってコートに出ていく。すぐにこの静かなコートはボールを弾く軽快な音で満たされるだろう。ボールを二、三個掴み、ポケットに落とした。コートの向こうの相手を見る。球宴の始まりだ。胸が高鳴るのを感じた。
4月26日(木)晴れ
駐車場に続く階段を降りて行くと、空気の温度が下がるのが感じられる。夏だと爽やかで心地よい地下駐車場の空気だが、今の季節では微妙だ。足音がコンクリートの空洞に響いた。3本目の柱の陰に、うに色のノーズが見える。左側に回り込んでキーをキーホールに挿し込んでロックを解除し、プッシュボタンを親指で押してせり出してきたレバーを他の4本の指で掴んで手前に引くと、硬質な金属音を響かせてドアが開いた。座席に体を滑り込ませる。クラッチを踏み込んだまま右手でキーをイグニッションに挿し込み、ひねる。メーターにインジケーターが点灯した。もう一段ひねると、短いクランキングの後、エンジンは轟音とともに目覚めた。排気音がコンクリートに反響して鼓膜を震わせる。ギアをローに入れ、クラッチを静かに戻すと、うに色の小舟は、少し音量を絞った後、ゆっくりと動き出した。ステアリングを大きく切って、外に続くスロープを上がると、フロントガラスに青空が広がった。
外に出ると79.5MHzに合わせたカーラジオからいつもの声が聞こえてきた。ローギアのまま、ほぼアイドリングを保ちながらゆっくりとゲートに向かう。電動のゲートが自動的に開いていくのを待つ間に、男の声は、乗りの良い音楽に変わった。一日の始まりとして悪くない。ゲートを抜けると徐々に加速して街の時間の流れに合わせていく。フェンダーに朝の光が踊った。ダークブラウンのレンズを入れたサングラスを掛ける。空が、青い。
帰宅すると、大鍋にお湯を沸かし、缶ビールのプルトップを引く。グラスに注いだ冷たいビールを飲みながら、にんにくとベーコンをフライパンで炒め始める。アスパラガスを切って加え、茹で上がったパスタと少量の茹で汁を放り込む。火を止めてから余熱で卵を一個全体に絡めた。安物の赤ワインを飲みながらたっぷりとパルメザンチーズを振った熱いパスタを頬張った。文句なく美味い。
4月27日(金)晴れ
いつものように1時間程壁打ちで汗を流してラケットをバッグに収める。湿気の少ない爽やかな初夏の風が汗ばんだ肌に心地よい。空はまだ明るさを残していた。ラケットバッグを肩に担いでコートの脇を歩き、水飲み場に向かう。蛇口をひねると冷たい水がほとばしって水音を立てる。喉の渇きをうるおした。
ストリングスの張り替えに出してあったラケットを受け取りに、国道沿いのスポーツ用品店を訪れる。暗くなり始めた道を家に向かって走り出した。風が頭をなぶる。窓も全開にしてひじをドアの上に乗せた。風がそでを通して服の中に入ってくる。一番気持ち良い風になるよう手の角度を微妙に調整した。
家に戻るとバケツに水を張り、再び駐車場に降りる。うに色のクルマのボディに付いた泥を濡れ雑巾で洗い落としていった。大方汚れが落ちたところで液状ワックスをウエスで塗込んでいく。汚れて光彩を失っていた車体が、濡れた様に光り出した。明日はこのクルマの運動会だ。
4月28日(土)晴れ
いつもより早い時間に目覚ましに起こされる。しかし、窓の外はもう明るくなり始めていた。そっと寝床を抜け出すと手早く準備を整え家を出る。地下駐車場からうに色のクルマで外に出た。静かな休日の朝。回転を控えめにして国道まで走り、国道に出てから始めてアクセルを開く。うに色小舟は快活な音をたてて南下を始めた。
サーキットに着くといつものスタッフ達が迎えてくれた。指定された駐車場にクルマを停め、受付を済ませる。二つの種目のエントリーで、受付も2回だ。パドックに向かう。荷物を下ろし、机やパラソルを設置した。夕方までくつろいで過ごす準備が整う。クーラーボックスからきんきんに冷やした缶飲料を取り出し、プルトップを引いた。暖かく乾燥した空気で乾いた喉をうるおしてやる。砂漠に水をまくように瞬く間に跡形もなく吸収されていく。
最初に開始されるイベントのミーティングが始まった。出場者達が場内放送に呼び出されて集まる姿を見送りながら、ゆっくりと缶飲料を空ける。まだ、午前中の太陽が柔らかな陽射しを注いでいた。
アメリカンカートがむき出しの低い車体を光らせ、4サイクルののどかな排気音を奏でながら走り始めた。コース脇から見るとさほど速そうに見えない。が、むき出しの極低い着座位置で路面すれすれを走るドライバーにはかなりのスピード感を与えている筈だ。
プラクティス開始の放送があった。ドライビンググローブを着け、ヘルメットをかぶる。クルマに乗り込みハーネスを締めるとピットアウトの体勢が整った。合図を待つ。合図とともにピットロードを加速してコースに出て行く。プラクティスではクルマの挙動を確かめるのが大事だ。ゆっくりと周回を重ねる。何も不安な挙動はなかった。耐久レースカーもタイムアタック用のうに色小舟も状態は良い。満足してクルマをピットに戻す。
先ずタイムアタックの第1ヒートが行われた。前後のクルマとの距離に気をつけながら徐々にペースをあげる。タイムアタックは他車との競争ではない。自分との戦いだ。クリアラップを上手く取るのがカギになる。10分間の走行が終わり、チェッカーが振られた。自己のベストタイムが更新出来ない。
エアコンを切り窓を全閉にした車内は暑く、汗をかいていた。パドックに戻り、冷えた缶飲料を飲み干す。次は耐久レースだ。スタートドライバーがルマン式スタートの練習をしている。時間だ。コースに斜にクルマが並べられる。ドライバーはキーを持ち、コースの反対側に立つ。グリーンフラッグが振り下ろされた。ドライバーがクルマに駆け寄り、乗り込む。各車エンジンが始動された。ハーネスを装着した者から各自飛び出して行く。4点式シートベルトを備えたクルマはやや遅れてスタートした。青い小型車も例外ではない。
青いクルマはスタートドライバーの手によって順調に周回を重ねている。何も問題はないようだ。30分が経過し、ピットに戻ってきた。入れ代わりに乗り込む。ピット時間は3分以上に規定されているので、余裕はたっぷりある。4点式のハーネスを締め上げた。油温、油圧、異常はない。長い3分が過ぎ、クラッチを放すと軽快にピットを後にした。
最初の数周はややペースを落として走行する。タイヤ、ブレーキに異常はない。ピットからは”PUSH”のサインが出た。苦笑と共にアクセルペダルに力を加える。タイヤが限界を知らせるスキール音が聞こえてくる。
コーナーの間中一定のスキール音になるように姿勢をコントロールすることに集中した。周回遅れをパスする。調子は悪くない。耐久レースの二番手としての役目だ。タイヤとブレーキを温存して丁寧に走った。
ピットインのサインが見えた。最後の周回を楽しみ、ピットに戻る。3番手に交代した。また長い3分の後、青いクルマはピットを離れて行った。クルマに異常はないようだ。3番手もポジションをキープする。今のところ、4位だ。クルマの速さから言うと妥当な順位だが、表彰台には乗れない。しかし、2位を走っていたクルマがペースを落としていた。燃料が厳しいらしい。
4番手に交代した。青いクルマのオーナーは最初から速いペースで周回を重ね始めた。ガス欠で3位に落ちたクルマをついに捕らえた。3位入賞圏内だ。ここで、2位のクルマとの駆け引きを楽しむ走行に代わる。ついに2時間経過した。チェッカーフラッグが振られる。堂々の3位入賞だ。
すぐにタイムアタックの2ヒート目が始まる。うに色小舟の出番だ。次々とピットアウトするクルマ達の列に入った。調子は良い。クリアラップが取れる。徐々にタイムを刻んで行った。しかし、去年出した自己ベストには届かない。すでにスリップサインに到達しているタイヤが寿命を終えた。路面温度の上昇に伴ってズルズルと流れ出す。3ヒート目は流れるタイヤを騙しながらベストラインを探す。2ヒート目を上回るタイムは期待出来なかった。
タイムアタックを終えると、耐久レースの表彰式が待っていた。表彰台に上り、他のドライバー達と健闘をたたえあう。乾いた音とともに次々に3本のシャンパンが開けられた。シャンパンの飛沫が陽射しを受けて宝石のように輝いた。表彰台から降りると、チーム監督から右手が差し出された。力強く握手を返す。日焼けした顔に白い歯が光る。この日一番の笑顔を見た。
4月29日(日)曇り後雨
昼になり、風が出てきた。低気圧が近付いている。少し肌寒くなったところで、石狩鍋風の具沢山スープと、炭火焼きのパンに刻んだレタスとトマトを敷き、炭火焼きのソーセージを乗せてケチャップとマスタードをたっぷり掛けたホットドッグを食べると、取り込んだ食物のエネルギーで体が暖まってくるのが判る。テニスと野外調理の食事。最高の時が過ぎて行く。
7試合を消化した。3勝4敗と負け越したが、気分は上々だ。夕方、コートを閉じて、荷物を車に積み込み終わった頃、雨が落ち始めた。参加者の半分以上で近くのファミリーレストランに移動し、お茶会に入る。メニューを見ていると空腹を感じたので、皆食事を注文する。2時間弱の時を和やかに過ごし、解散した。暗くなった道の運転を相棒に任せ、助手席で寛いでいると、ビールの酔いが心地よくまわり、いつしか眠りに落ちていた。
4月30日(月)雨後晴れ
目覚ましに頼らず、自然に体が目覚めるにまかせた、心地よい朝だ。土曜日にサーキットを全開走行したうに色のクルマを駐車場から引っ張り出し、大手自動車メーカー系のカーショップのピットに入れた。オイルを交換する。新しいオイルに入れ替えた直後のエンジンは、角の取れたまろやかな音で静かにアイドリングしていた。
リフレッシュした小舟に乗り込み、奈良からの客との待ち合わせ場所に向かう。待ち合わせ場所に着いた時、レモン色の小舟もちょうど到着したばかりだった。時間は正午を回っている。早速、近くの老舗餃子屋に乗り付けた。焼き、揚げ、水の三種類をそれぞれ注文する。瞬く間に3人前の餃子を詰め込み、再び移動する。もう一つの老舗餃子屋に着くと、珍しく行列になっていた。しばらく待った後、焼きと水の二種類を注文して、平らげる。旨い。
腹を満たした後、町を離れ小舟の舳先を東に向け田舎道を走らせた。目的地は牧場の近くにある小さな温泉施設だ。露天風呂で開放的な気分に浸る。空が高い。
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