鼻と喉にまだ風邪の名残を残しながら体調も気分もほぼ回復していた。うに色のクルマに乗って家を出る。開け放しの天井から爽やかな風が吹き込んだ。ヒーターを軽くかけると丁度良い按配になる。秋、冬のオープンエアドライブにはヒーターが欠かせない。頭には冷たい風を受け、下半身はヒーターの温もりに包まれる。まるで露天風呂に浸かっているような気持ち良さがあった。ロッカールームで着替えを済ませ、中綿の入ったマスタード色のジャンバーを羽織ると外に出る。見上げればほぼ真円に近い丸い月が暗い空で冴え冴えと冷たい光を放っていた。幌を降ろして月の光の下にうに色のクルマのインテリアをさらす。シフトノブの周りのクロームリングが鈍い光を放った。イグニッションキーをひねるとすぐにエンジンに火が入り、安定したアイドリングに落ち着く。一呼吸置いてからヘッドライトのスイッチを入れると、最小限のアクセル開度で静かにクラッチをつなぎ、ゆっくりと走り出した。ワインディングを下り、大きな街道に出ると、カーステレオのボリュームを上げる。まだ若いが大変な人気を持つ女性歌手の振り絞るような歌声が月夜の空に流れ、そして消えていった。
エレベーターで1階のロビーに出て、階段で地下駐車場に降りると、いつもの場所にうに色のクルマが待っていた。最近、コンクリートの路面に黒い花びらを散らしたようにぽつりぽつりとオイルの染みが出来ている。そろそろメンテナンスが必要だが、構わずにドアを開けて乗り込んだ。暗い駐車場から地上に出ると秋の早朝の柔らかな日射しに包まれる。カーラジオから聞こえる張りのある声を聞きながらいつものルートを走った。机の上を片づけながらダブルスのペアでもある同僚に電話をかける。今日のナイター練習で久しぶりに一緒に練習する予定だ。もう少し掛かるという返事に先に行っていると告げる。ロッカールームでテニスウエアに着替えるとうに色のクルマが待つ駐車場まで急いだ。風を通さないウォームアップを着ているからだけでなく、やや気温が高い。幌を降ろして走り出すと5分ぐらいの急ぎ足で火照った顔に夜風が心地よかった。
30分程のドライブでコートに着く。ラケットを持ってコートに入るとアップに加わった。8名で2面を使って2時間程の基礎練習を終える頃、雨が降り出す。同僚は仕事が終わらず、結局コートには現れなかった。雨はしばらくして止んだ。
ふと目覚めると、まだ起きる予定の30分前だ。二度寝を楽しみ目覚ましの音で布団から離れる。ミルクを暖め、コーヒーを湧かし、クロワッサンを焼いた。熱いカフェオレとクロワッサンの簡単な朝食をとると、ラケットバッグを担ぎ家を出る。雲が熱の放射を妨げるのか今朝もこの時期にしては暖かい。うに色のクルマの幌を降ろし、テニスコートに向かった。2面とってあるコートに対して、集まったメンバーは5名だった。1面はほとんど使われないままだ。3時間の練習の最後はゲームで締めた。待っている一人には辛い1時間だったに違いない。コートでボールを追っていると暑く、座って待っていると寒い。そんな微妙な気温だった。
家に戻り、簡単な昼食をとると今度は別のコートで別の仲間達と練習を始める。1時半頃から始めて、3時を過ぎて雨が降り始めた。しばらくお構い無しに練習を続けたが、次第に雨が強くなってくる。物足りない気持ちを抱えながら諦めてコートを離れた。撤収が終わるのを待ちかねていたように雨が強くなる。帰り道で買い物をして家に戻ると熱い風呂にゆっくりと浸かった。夕食は土鍋で煮込んだおでんだ。赤ワインを開けて熱々のおでんを楽しむ。
休日だが目覚ましのアラーム音に助けられて起きた。お湯を沸かし、コーヒーを入れながら、食パンをトースターに放り込む。カフェオレとトーストだけの簡単な朝食を取り、身支度を整えると、ラケットバッグを持って家を出た。灰色の車で20分程度のドライブで、雑木林に囲まれた閑静なコートに着く。すでにほとんどの参加者が集まっていた。春と秋に年2回行われる夫婦対抗ミックスダブルス大会だ。皆レベルが同じぐらいなので楽しめるのだが、時間が短いため4ゲーム先取となるところが物足りなくもある。穏やかに晴れた空から柔らかな日差しが降り注いでいるが、昨夜降った雨がまだコートを濡らしていた。ハードコートの表面は滑りやすくなっている。実際何名か転倒者が出ていた。フットワークは慎重にならざるを得ない。相手を走らせることが出来ればポイントはもらったようなものだ。全部で8ペアが参加して、総当たり戦が行われる。最終的に優勝することになるペアと準優勝することになるペアに敗れて3位に終わった。大会が終わった後にスクールでもう一汗かいてジャグジーとサウナでリラックスする。晩飯には旬の生秋刀魚を塩焼きにした。ビールがたまらなく美味い。
北関東に位置する地方都市の上空には重々しい灰色の雲が低く垂れ込めていた。週の始まりから意気の上がらないことおびただしい。灰色の車に乗りこんで駐車場を出た。東に向かって走り、この地方都市の郊外を南北に流れる大きな河に掛かる長い橋を渡る。橋の両側は河と河原が広がっていて、遠くまで遮るものもなく見渡せる。東南の方角の上空に厚い雲の切れ間があった。そこから弱い太陽光線が、末広がりの円錐状に差し込んできて、スポット的に地上を照らしている。そのスポットライトの下に立てば、光の道に沿って吸い上げられ、そのまま天井界に招かれたとしても不思議では無いような荘厳な光景だ。雨が振り出す前に帰宅したい。早めに机を片付けて事務所から飛び出した。着替えてロッカーを出、駐車場に停めた車まで歩く途中でポツリ、ポツリと雨滴が落ち始める。灰色の車に乗りこんで走り出すと、雨粒が落ちてくる間隔が短くなり、次の瞬間には間断なくフロントガラスにリズムを刻み始めた。ワイパーの速度を速めながら山道を下っていく。自宅に近づくと雨は小降りになった。駐車場に車を滑り込ませ、傘を持たずに車を後にする。家に入ると再び雨の音が聞こえてきた。
仕事を少し早めに切り上げて逃げるような急ぎ足で事務所を後にした。テニスウエアに着替え、駐車場に停めてある灰色の車に乗り込む。朝まで残っていた雨は、とっくに上がっていた。路面はすでにほとんど乾いている。山道を下っていき、まっすぐ市街地に向かった。平日の夜の8時を回ると中心駅の周りでも交通量はだいぶ少なくなっている。流れは速かった。駐車場を出てから30分弱で目的地であるスポーツクラブの駐車場に車を入れられる。6階建てのビルが立っていた。この一つのビル全体がスポーツクラブになっている。フロントでロッカーキーを受け取り、ロッカールームに余計な荷物を置いてから、エレベータで最上階のテニスコートに上った。最上階だが、屋上ではなく屋根がついているので雨の日でも風の日でも安心してテニスを楽しめる。冬が長く、夕立や雷が多いこの地ではインドアコートは大きなメリットだ。90分の練習を終え、クラブ内にあるジャグジーとサウナでリラックスしていると、閉館時間のアナウンスが流れた。満ち足りた気分で灰色の車で帰宅する。ニンニクと赤唐辛子をオリーブオイルで炒めたパスタを作り、冷たいビールと共に食べた。美味い。
雨の心配は無いことを朝の天気予報で確認した。地下駐車場でうに色のクルマに乗りこみ、地上へ出る。まだ地平線に近いところから届く朝日はオブラートに包んだようにまろやかだ。クルマのノーズを東に向けると正面の低い空に太陽が見えた。やや薄いブラウンの偏光サングラスで瞳をガードする。河を渡る長い橋に差し掛かった。周りにはほとんど建物も無く、橋の両側は広々とした河川敷の風景が遠くまで見えている。ほとんどが広葉樹で構成されている雑木林は葉が落ちて枝だけになった木が目立つ。朝日を受けて水面がきらきらと輝いていた。定時で事務所を後にすると、手早く着替えてうに色のクルマに乗り込む。もう定時で上がっても壁打ちコートで一汗をかくには暗すぎる季節になった。また日が長くなるまでの辛抱だ。暗がりに沈んだコートを横目で見ながら前を通り過ぎる。途中のコンビニで一休みして短い仮眠を取ってから、ナイター照明の待つクラブのコートまで移動した。1時間半のレッスンと前後合わせて30分程度の乱打を含め、2時間程度ボールを叩く。バボラのVSドライブチームとプリンスのレベルを試打してみるが、フォルクルの打感を上回るものは無かった。
早朝、今の時期では太陽が地平線に顔を出してからすぐ後に家を出て、40分程度の通勤ドライブの果てに辿りつく駐車場から5分歩いてやっとロッカールームに入った。11月に入って北関東では気温がどんどん下がり始めている。クルマの外に出ると寒気に包まれて、歩いている間に服を通して熱が奪われていくが、ロッカールームは暖房が効いていて作業着に着替える間も寒さを感じなくて済んだ。ロッカールームのある立て屋から事務所のある立て屋までは廊下でも繋がっていて、雨の日にはそこを通って行けば濡れずに済むが、わずかに遠回りになるので、晴れている日は一度外に出るのが習慣だ。立て屋と立て屋の間の通路を歩いていくと正面には雑木林が見える。今は木立ちの葉がすっかり色付いていた。階段を上がって重い鉄のドアを引いて開けた。中に足を踏み入れると今日も一日の始まりだ。朝に足を踏み入れてから約13時間後にやっと解放された。足早にロッカールームへと急ぐ。辺りは完全に夜の支配下に入っていた。吸い込まれるような暗さの空には、月が冷たく輝いている。作業着から私服に着替えると、朝辿ってきた道を反対に戻って家に帰った。
夕方職場から解放されるとロッカールームでテニスウエアに着替えた。駐車場で待つうに色のクルマに乗り込んで北を目指す。昼頃から降り出した雨は、今は小降りだ。一時間弱のドライブで辿りつける北の小さな町にあるテニスコートにはまだ雨が降っていないという情報を電話で得ている。北に向かって走り出し、しばらく経って気付くと、路面は乾いていた。しかし、細かい雨がポツリポツリと落ちてきて、乾いた路面を静かに濡らし始めている。途中の小さな休憩所の駐車場にクルマを停めて待ち合わせの相手を待つ。約束の時間丁度に現われた男と合流し、クルマ二台でそこから10分ほどのコートに向かった。雨はパラパラと落ちていたがコートサーフェスは砂入の人工芝で水はけが良い。充分出来ると踏んで照明を入れた。沢山の照明灯の白い光の中に鮮やかなグリーンのコートが浮かび出される。アップを始めると光に閉じ込められた空間にボールの音だけが響いた。雨は次第に強さを増したが、どうにもならない程ではない。二時間ほとんど休みなくみっちりと練習を重ねた。満足してコートを後にする。エアコンのヒーターを強くかけると濡れたウォームアップが見る間に乾いていった。
日付が変わる頃に荷物を積んで灰色の車に乗り、家を出た。夜逃げではない。近くのインターチェンジから自動車専用道に入り、南に向かう。雨の中の単調なドライブを一時間半ほど続けると深夜でも人工の光に満ち溢れたこの国の首都に入っていた。高架になっている自動車道から降りるとすぐに相棒の実家に着く。車を停め、家に上がると持参したビールを飲みながら衛星放送のテニスゲームを観戦してから布団に潜り込んだ。休日の朝らしく遅い時間に目覚める。簡単にブランチを取ると、黒い礼服に白いネクタイという儀式的な服装に着替え、タクシーで15分ほどの場所にある大学に付属した礼拝堂に向かった。西洋人の神父に特有の変わったイントネーションの日本語による進行で結婚式が執り行われる。久しぶりに見る友人は神父の導きのままに無難に役目をこなしていた。用意されたバスに乗り込み、次の会場に移動する。高層ホテルの39階にある広間で披露宴と言う名の、これもまた変わった儀式が行われることになっていた。開始の時間にはまだ間があったので、相棒と初めて訪れる高層ホテルの内部を見て歩く。10年ほど前には孤高の存在であったビルを見下ろして感慨にふけった。
ホテル内を散策してから会場に戻ると受付が終わり間近になっていた。記帳を済ませ、控え室に入るとボーイからシャンパンのカクテルを受け取り、旧友達と語らって過す。時間になり、やっと会場に案内される。プロの女性司会者による進行で宴が始まった。新郎新婦の入場を立ち上がって拍手で迎える。グラスにシャンパンが注がれ、新郎の上司の音頭で乾杯の声が上がった。金色に輝く液体を飲み干す。料理が運ばれてくる前に料理長が現われ、料理の説明をした。初めての趣向だが、こだわりが感じられて面白い。手の込んだウニのムースの前菜から食事がスタートした。料理に合わせて白ワイン、赤ワインが運ばれてくる。日頃飲んでいる安ワインとは格の違うどっしりとした味わいを楽しんだ。基本的に出席者が皆料理を楽しめる様にと言う配慮からか、二人の略歴も司会者が語り、来賓の挨拶などはほとんどなかった。友人の出し物もピアノとオーボエの合奏という落ち着いたもので、30代後半、医療関係に従事する二人に似つかわしい。松茸の香りと歯ごたえが嬉しい雑炊を噛み締めながら幸せそうな二人を見つめた。幸せな気分で地下鉄を乗り継ぎ、家に戻るとすぐに布団に潜り込んだ。
昨日とは打って変わって朝から素晴らしい快晴だ。早朝に灰色の車に乗り込み、相棒の実家を出る。日曜の朝は都内の道も空いていた。手近なランプを上って高架になった自動車専用道路に入る。快調に都内を抜け東に走った。河を渡って県境を越え太平洋に大きく突き出した半島に入っていくと車が増えてペースが落ちる。昨夜のアルコールがアルデヒドに変わって体中に回り始めたようだ。特に頭を攻撃してくる。常備薬のポーチを取り出すと白いタブレットを2個取り出し、お茶で喉に流し込んだ。しばらく故障車渋滞の列の中で耐えていると薬が効き始め、痛みが去っていく。半島の太平洋岸に弓状に長く広がる砂浜にほど近いICで一般道に下りた。北関東とは明らかに異なる南国調の日差しを浴びながら海に近づく。突然、急速に眠気が襲ってきた。耐え切れず通り掛かったコンビニに車を突っ込み、シートを倒して仮眠を取る。30分程で目覚めると蘇ったようにすっきりした。相棒の母親が持たせてくれたお弁当で朝食にする。梅干の入ったおにぎりを頬張り、ペットボトルのお茶を飲み干すと胃も落ち着いた。再び車を走らせ、目的地のテニスコートに向かう。空が素晴らしく青かった。
コートに着くとすでに練習が始まっている。早速シューズを履き替えラケットを手にコートに入った。2時間半ほどのドライブで固まった筋肉を軽い準備体操でほぐす。コートに入りボールを打ち始めるとすぐに体の内部から活性化が始まり、熱が湧き出してきた。気休めに近いがアミノ酸系の機能飲料を飲み、体脂肪の効率良い燃焼を助けてやる。午前中は基本ショットの練習が続いた。
宿に戻り、食堂で昼食にする。冷めた豚カツにソースをたっぷりとかけてビールで喉に押し込んだ。こうした宿の昼食は例えワンパターンと言われようとカレーライスが良い。少なくとも暖かい食事がとれる。
午後からは二組に分かれての紅白戦だ。部長がそれぞれの実力を考慮して分けたチーム編成でダブルス9対戦を行う。8ゲームマッチだ。最初の4対戦を見守る。思った通り、実力伯仲で面白い試合になった。やがて白熱したゲームも終わり自分の番がまわってくる。4−4までは競った展開になるが段々ラケットが走り始めた。そこから一気に8−4と突き放して勝利を掴む。チームも5−4、得失ゲーム数52−51と僅差ながら勝利を収めた。自分達の勝利がチームにも貢献したと知るのは気分が良い。
その後は時間が許す限り、空きコートで練習試合を楽しんだ。南国的と思えた太陽も季節には勝てない。思っていたよりも遥かに早い時間に日が落ちて辺りは急速に暗くなっていった。しばらく薄暗い中でゲームを続けたが、4−4となったところで、ドローにする。ネットを挟んでコート中央に集まり、握手を交わすと全員が破顔一笑する。それぞれが自分の力を出し切ってゲームを楽しんでいた。それはその笑顔に全て表現されている。シューズを履き替え、ラケットをバッグに収めると心地よい疲労感が体を包んだ。再び宿に戻る。
砂浜から防砂林と道路を挟んで建てられた9階まであるビルの最上階に上がった。この宿自慢の太平洋を一望できる展望温泉大浴場がフロアの全てを占めている。「男」と染め抜かれた紺色の暖簾をくぐって広い脱衣所に入った。服を脱ぎ、浴場に入っていくと一面のガラス窓の向こうは暗い。掛け湯をしてから湯船に入り窓に近づくと微かに丸い水平線と白い波が海と空、海と砂浜の境目を示していた。時折防風林の中を走る車のヘッドライトが松並木を照らし出す。塩味の強い温泉に浸かりながら飽くことなく神秘的な景色を楽しんだ。一日の疲れなど吹き飛ぶ。
北関東の空は月曜日を迎えた会社員の心中を表すような鉛色の雲に埋め尽くされていた。昨日の天気が嘘のようだ。土日を地下駐車場で過ごしたうに色のクルマに乗り込み、地上へと連れ出す。少し重めだがダイレクトな感覚のステアリングの感触を楽しみながら表通りに出ると少しアクセルを踏み込んだ。うに色のクルマは、ストック状態でもストロークが短く、丁寧に躾てやれば気持ち良く次のギアに吸い込まれる様にシフトチェンジ出来るマニュアルトランスミッションを備えているが、さらにシフトレバーを25mm切り詰めた仕様に改造してあるため一層ストロークが短く、手首で返すシフトチェンジが快感だ。通勤と言う退屈な作業も快楽に変えるこのクルマは、一種の麻薬とも言える。早めに仕事を終え、事務所を出る。すでに日が落ちた暗い田舎道をヘッドライトを点して走る。いつもの給油所でタンクをハイオクのガソリンで満たしてやった。自宅の駐車場に収めると、灯油缶を持って灰色の車で買い物に出かける。5分の差で閉店になった米屋に舌打ちして他の買い物を済ませて帰る。倉庫から石油ストーブを出した。Macの前に座ると溜まっていた仕事を片付け始める。今日は休肝日だ。
冬になると地下駐車場は風もなく、早朝日が昇る前の地上よりは暖かく感じることがある。うに色のクルマのドアを開け、荷物を放り込むとイグニッションキーを差し、オンの位置まで回した。燃料ポンプが軽くうなる音を聞いてからスタート位置までキーを回すと至極あっさりとエンジンが目覚める。シートベルトを締めるとギアをローに入れて軽くアクセルに足を乗せつつ駐車位置からするりと走り出した。スロープを上がり駐車場を抜け門まで走る間、ギアはローのままだ。クラッチを切ってニュートラルに入れ、門が電動で開くのを待つ。通れる広さまで開いたところを見計らってクラッチを切りギアをローに入れた。門を抜け道路に出るところで停まって左右を確認してからうに色のクルマを公道に解き放った。まだアクセルは大きく開けない。三千回転ほどでシフトアップしていく。公道に出てから最初の信号は、この地方都市の周りをぐるりと取り巻く環状線との交差点だ。信号が青になるのを待ってから、右折して環状線に入った。街路樹や並木などの緑がない殺伐とした地方都市の風景が視界を埋める。しばらく走り新幹線の高架をくぐると、左右に刈入れが終わった田んぼが広がり始めた。
うに色のクルマに乗り込み、走り出した。頭上には爽やかな青空が広がっているが、気温は低く風は冷たい。夏にエンジンマウントとミッションマウントを交換し、エンジンの揺れが減少していたが、数ヶ月の経過で、その効果はだいぶ薄れた。コストパフォーマンスの低いメンテナンスだ。低いギアのみならず高いギアの走行でアクセルを離した時にも不快な前後揺れが発生する場合がある。定時で事務所を出てもすでに太陽は西の山並みの向こうに姿を隠していた。空はまだ辛うじて夕日の残滓を残しているが、見る間に夜へと移行していく。市営コートの前を通ると、すでにナイター照明の灯が点っていた。しかし、壁打ちコートにはナイター照明の恩恵はない。誰も居ない暗いコートを横目で見ながら通り過ぎた。
テニスクラブのコートは照明に浮かび上がっている。スクールが始まるまでの15分ほどを他のスクール生と乱打して過す。何時もの様に時間になるとコーチが現われ、今夜の練習が始まった。ショットの調子はそれほど悪くもないが良くもない。寒さでボールが弾まなくなっている為、夏場よりも体勢を低く保たねばならず足腰に負担が掛かった。スクール終了後も乱打で締める。
日が短くなっている。日の出が遅く、日の入りが早い。今でも十二分に短すぎる太陽の時間が、これから一ヶ月あまりも短くなり続けると思うとうんざりした。太陽の支配力が衰えるのに呼応するように北からの寒気が勢力を増し、この国の上空に侵入してくる。後数ヶ月は「冬」の天下だ。気温が低くても、うに色のクルマのヒーターは強力に働く。オープン走行は快適だ。しかし、経年変化で固くなったリアの樹脂ウインドウは縁からひび割れが進行している。しばらくヒーターをかけて走行し、内側から暖めてからでないと幌を降ろす際に割れてしまう可能性が高かった。事実、リアウインドウの割れを経験しているオーナーは多い。空気が澄んで、幌を開けて走れば気持ちの良い季節だが、慌しい通勤の間に開けられる機会が減った。代わりに窓を降ろして凛とした冷たい風を感じる。ヒーターの風量を一段上げた。
太陽も落ちて気温が下がり始めた夕刻、駐車場からうに色のクルマで走り出す。ほとんど街灯もない暗い田舎道を北に向かった。しばらく走ると前後の車も対向車も数少なくなる。ヘッドライトの頼りない明かりに照らし出される風景の外は暗闇に支配される世界だ。BOSEのスピーカーから流れる女性ヴォーカルの甘い響きを聞きながら夜の闇の中を移動していく。体が空中に浮遊していくようなどこか心もとない感覚を楽しんだ。暗い街灯が一個だけ点ることによってかえって周囲の暗さを強調しているような駐車場にクルマを停める。エンジンを切ると耳を圧するような静けさが訪れた。ドアを開けて外に出る。見上げると暗い夜空をびっしりと埋め尽くすように星が静かに光を放っていた。漆黒のビロードの上に水晶の粒を撒き散らしたようだ。
ナイター照明に灯が入ると、徐々に綺麗なグリーンの人工芝が敷かれたコートが闇の中から浮かび上がってくる。少しでも動きが少なくなると手がかじかむほどの寒さの中、2時間の練習が行われた。最後にサービスとリターンをたっぷりと繰り返して今年最後のナイター練習を終える。再開は来年の春になると告げられた。テニスにも本格的な冬到来だ。
自宅を出てから一時間ほどのドライブで昨夜訪れたばかりのコートに再び着いた。昨夜は気がつかなかったが、この北の小さな町に来る途中の田舎道から見える風景は美しい紅葉に覆われている。植林された常緑樹ではなく自然のままの雑木林が残る里山の秋は、華やかな色彩に溢れていた。何も見えない夜の静寂の奥でこんな豊かな色彩が息づいていたことに軽い感動を覚える。軽く準備体操で体をほぐすと練習に加わった。ボールが弾ける音が心地よい。ボレー&ストロークやサービスからのポイントマッチを繰り返しみっちりと練習する。お昼で練習を終える頃には心地よく疲れと空腹を感じていた。
練習をしていたサークルのメンバーがほぼそのまま近くのレストランに移動する。明日に迫った主催大会に備えて、昼食を取りながらのスタッフ打ち合わせだ。用意された詳細なタイムスケジュールとその間にこなす仕事を記載した紙を前に、進行の確認がなされ、各自の役割が割り振られる。昼食はチキンとハンバーグとカツの三種のメニューの中からチキンを選び、ジューシーで素朴な味わいを楽しんだ。食後のコーヒーを飲むと解散になる。再び、燃えるような紅葉の山を抜け、街に戻った。
目覚ましで起きると外は明るくなり始めていた。テニスウエアに着替え、ラケットバッグを背負って家を出る。うに色のクルマのトランクキャリアに折畳式のテーブルを積み、走り出した。一時間弱のドライブで小高い丘の上にあるテニスコートに着く。多くのスタッフが既に到着して準備を始めていた。持ち込んだテーブルを広げ、大会旗を掲げる。賞品を並べたり、ネットを補修したり、各自で手分けしてスムーズに支度が整った。到着したペアと共に空いたコートで軽くアップする。定刻通りに試合が始まった。大会の運営を手伝いながら出番を待つ。一回戦の相手は高校生だった。軟式出身でフォアハンドは強烈だ。しかし、まだバックハンドが上手くない。サービスとリターンで徹底的にバックハンドを狙って調子付かせない作戦で勝った。6−1だ。次の相手は結果的にこの日の最後まで残って決勝に進んだペアで格の違いを感じさせられた。相手に打たせる前にミスが出る。ゲームで競ってもノーアドの一本が取れない。執念でもぎ取った1ゲーム。しかし、1−6の惨敗だ。これで秋の大会も終わった。ペアと二人で缶ビールを飲み交わし雪辱を誓う。その後は大会進行を淡々とこなした。
サークル仲間や知り合いのペアも段々消えて行き、最後に残るのはやはり常連の姿だった。仲間のペアがコンソレで3位まで勝ち進んだ。期待していたスクールコーチとサークル仲間のペアもベスト16止まりで沈む。秋の早い落日がコートを赤く染め始める頃、空いたコートでサークル仲間と練習試合を始めた。ノーアドの一ポイントが取れる展開で6−2で勝利し、気分良く一日を締めることが出来る。一日中コートにいて3試合では物足りなさを感じるが、仕方がない。強い者はより多くの試合を経験してより強さを増すのに対し、弱い者は試合のチャンスが少なく、その差は開くばかりだ。どうにももどかしい。
一度自宅に戻り、風呂で汗を流すと心身共にすっきりした。再び家を出て、駅まで歩き、列車に乗る。一駅先の街に出て、駅前の居酒屋に入った。すでにほとんどのメンバーが揃っている。コーチの音頭で乾杯した。全員が生ビールのジョッキをぶつけ合う。暖房の効いた部屋で飲む冷えた生ビールの味は格別だ。ジョッキを傾けつつテニス談義にふけった。散会の後、終電で自宅に帰る。布団に潜り込むとまるでスイッチが切れたようにすぐに眠りに落ちていった。
夕方仕事を切り上げて、うに色のクルマで自宅に戻った。家の中を少し片付けてから、再び家を出て駅まで歩く。昨日より一本遅い列車に乗り、同じ駅で降りた。まるで昨夜のビデオを再生しているかのように同じ行動だ。会場に指定された店まで歩く。定刻の10分前に到着すると一番乗りになった。上着を脱いで掘りごたつ状になったテーブルに座り、皆を待つ。今夜は米国に駐在員として旅立つことが決まった昔の仲間の送別会だ。今は各自別の仕事をしているが、一時期同じ目的の元に集まり、一緒に戦ってきた戦友のような仲間ばかりなので、気楽な飲み会になる。懐かしい顔が集まり始めた。定刻の10分過ぎになって会はスタートする。ビールを頼んで全員で乾杯した。この店は魚料理がメインになる。ひらめのお造り、豆腐のサラダ、ローストビーフなどの前菜が並べられた。ビールで喉を湿らせながらぱくつく。ひらめの薄造りは適度な歯ごたえと旨みがじんわりと楽しめた。続いて、えぼだいの塩釜焼き、白身魚のてんぷらなどが出てきて、机に乗り切らないほどだ。どれも美味い。最後は目の前でぐつぐつと煮える寄せ鍋をつついて満腹になる。終電で帰宅し、上機嫌で眠りについた。
アラームの電子音で目を覚ました。アラームのセット時間の15分前にタイマー運転を始めている石油ファンヒーターのお陰で部屋は寒くない程度に暖まっている。布団を抜け出すとTVを点けた。購入してから10年になる29型のTVは最近画面の上半分は縦に拡大して枠からはみ出し、反対に下半分は縦に縮小されて下に黒い無画像部分が現われている。従って、画面に人が立ち姿で現われると、全員が頭でっかちの短足という漫画の子供のような体型に映し出されていた。顔のアップになるとおでこが妙に広く、顔の下半分が小さくまとまった面白い顔に変形される。テニスの試合中継では対戦している選手がコートの奥と手前に見えるような映像が多用されるが、画面の上の方に映っている選手が、画面の下の方に映っている手前側の選手より大きく見えてしまうと言う遠近法を無視した画像になってしまう。これらは我慢できないことも無かった。好きなサッカーやテニスのスコアの部分は大抵画面の上の端に表示される場合が多いが、これが切れて見えないのは楽しくない。うに色のクルマで走り出すと、田んぼの表面はびっしりと白い霜に覆われていた。本格的な冬の到来だ。
定時に仕事を切り上げても暗くなって壁打ちコートが使えない季節になった。仕方なくスクールが始まる時間に間に合う程度まで事務所に留まる。すっかり暗くなった歩道を歩いて駐車場に停めたうに色のクルマに乗り込んだ。短いクランキングと共にエンジンが目覚める。クラッチをつなぐとうに色のクルマはわずかに身震いしてから動き出した。狭い田舎道を走ってクラブの前に着くと、コートとクラブハウスが照明に照らされて周囲の闇から浮かび上がって見える。玄関にはクリスマスのイルミネーションが静かに点滅していた。体脂肪を効率良く燃焼させてエネルギーに変える効果を謳っているスポーツ飲料を飲むと照明の下に出ていく。寒いが手がかじかむほどではなかった。手足を中心に入念にストレッチを施すと、仲間と乱打でウォームアップする。やがてコーチがコートに現われ、今夜のレッスンが始まった。ストロークやボレーの基本ショットをたっぷりと練習してからサービスに入る。ゆっくりとしたスイングから徐々にスピードアップしていくが、球離れが悪かった。腕が伸びていない。コーチの一言のアドバイスで魔法が解けたようにラケット面でボールが弾ける感覚が戻ってきた。
立ち上げていたアプリケーションを全て閉じて、「スタート」メニューから「終了」を選ぶとデスクトップPCとノートPCの電源が切れた。ノートPCのディスプレイを畳み引き出しに放り込んで資料書きと会議に明け暮れた退屈な1日を終わらせる。重い鉄のトビラを開けて外に出ると、すでに暗い夜空にすっきりとしたこれぞ三日月という形状の三日月がほの白く輝いていた。月明かりの下を駐車場まで歩き、うに色のクルマに乗り込む。田舎道を走り、街の明かりが近付いてくると家も近い。途中の酒屋に寄ってビールと泡盛の古酒(クースー)を買い込んだ。寒くなると泡盛のお湯割りが飲みたくなるが、お湯で割っても負けない華やかな香りを楽しむには古酒が欠かせない。華やかな熱帯風の色彩で飾られたラベルの「久米仙」を選んだ。
相棒が只でもらって来た抜き菜で味噌汁を作り、豆腐とワカメとレタスのサラダを作ると冷えたビールを飲みながらサラダを突く。カツオの塩辛をつまみに久米仙を飲み、御飯を食べた。指定した時間に宅配便が届く。限定安売りに釣られて購入したラケットだ。少し重めにチューニングを施してフォルクルに合わせてもらっている。初打ちが楽しみだ。
アラームの電子音を聞かずに目覚める朝は気分が良い。しばらく布団の中で温もりを楽しんでいたが、カーテンの隙間から差しこむ陽光に誘われるように布団を抜け出した。グラスに4分目ほど泡盛を注ぎ、残りを湯でうめた薄めのお湯割を作ってMacの前に座る。キーボードの電源キーを押して立ち上がるのを待つ間、ゆっくりと癖の強い香りを楽しみながら透明にきらめく暖かい液体をすすった。湯を沸かしドリップ式でバリコーヒーを入れた。カップに直接粉と湯を注いで上澄みを飲むバリ式の飲み方よりも多少マイルドになるが、細かく引いてあるせいか苦味は強めだし、香りも独特だ。チーズトーストとヨーグルトの簡単な朝食を取った。
小春日和のテニスコートには大勢の人が集まっていた。3面を使用してゲームを楽しんでいたサークルにはスクールの知り合いが多い。混じってゲームをすることになった。試しに使ってみたヘッドのiラジカルはやはり振らないと飛ばないラケットだ。スピンは良く掛かるが、推進力を多めに与えてやらないと短くなってしまう。Tiラジカルに比べるとオフセンターでヒットした時の振動が大幅に減っていた。代わりに打感がややぼやけたようだ。
朝起きて簡単に朝食を済ませると近くのテニスコートに向かった。3連休の中日と言うのに朝からコートは埋まっている。ビデオカメラをセットしてフォームをチェックしながら相棒と二人で練習する。仲間が一人現われた。3名で練習を続ける。近くのコートに居た仲間二人と合わせても5名で2面と言う贅沢な練習環境だ。最後の50分は4名でダブルスのゲームを楽しんだ。1面は空いたままになる。灰色の車で中心街に出てレストランに入る。夜は時折ライブをやるような店だが昼間はランチバイキングが700円とリーズナブルだ。大層な料理は無いが味が良い。コーヒー、紅茶も飲み放題だ。ケーキやソフトドリンクなどをつけると1000円になる。日の差し込む窓際の席で相棒とゆっくりとランチを楽しんだ。
TVの買い替えに立ち寄った大型店舗で数名の販売員と会話するが、レベルが低い。在庫がある物を売りたいのだろうが他店の在庫を調べてもくれない。やっとまともな店員を見つけた。何軒かの店舗に電話して在庫を確保してくれる。不愉快な応対の店員から商品を買うぐらいなら通販の方がよほど良い。質の悪い店員ばかりの店は今後立ち行かなくなるはずだ。
アラームの電子音で目覚めて簡単な朝食を済ませると灰色の車にラケットバッグを積み込んで40分ほどの距離にある河川敷のテニスコートに向かった。集合時間に15分ほど遅れて到着し、急いで会場の準備を手伝う。時間になって鍵が開くと6面あるコートにネットを張った。既に参加者が集まってきている。時間になり試合が始まった。出番まではしばらくある。仲間と試合を見ながら待つ。一回戦の相手は強豪の夫婦ペアだ。お互いに体の動きがまだ悪いがこちらのミスが早くリードが奪えない。0−6で完敗。力負けだ。コンソレーションに回ることになった。仲間もそれぞれ一回戦で強豪と当って敗れ、コンソレを楽しむことになる。コンソレの一回戦の相手も夫婦ペアだった。ブレイク、キープでリードするがキープ、ブレイクで追いつかれるというパターンだが、常にリードしているので問題はない。4−4からも同じパターンで6−4の快勝。サービスがきっちりキープ出来ると楽だ。仲間のペアもコンソレ一回戦を快勝する。6ゲーム、ノーアドになったせいで、ゲームの進行が早く、あまり間を置かずに次の試合が回って来た。コンソレ二回戦の相手は熟年ペアだ。コートに入った。
特に強いところも無いが簡単にはミスしてくれず、女性側をきちんと狙ってくる。キープ、キープ、ブレイク、キープで1−3とリードを許してしまう。再びサービスキープして2−3。キープされて2−4。ここで、ペアがサービスをキープして3−4。相手女性のサービスをブレークして4−4とついに追いついた。ここでサービスキープ出来なかったのが敗因だ。4−5と再びリードを許してしまう。諦めずにブレークして5−5と再び追いついたが、コンソレは6ゲーム先取。次のペアのサービスゲームで決まる。30−0とリードして勝ちビビリが出たのか、3本連取され30−40。なんとか追いつくが、ノーアドの一本勝負になる。リターンの次のショットがネットにかかり、ゲームセット。勝てる相手に僅差で負けた落胆は大きい。このペアは次の相手に5−6で負けた。自分たちが勝ち上がっていれば、という想いに行き場は無い。
一回戦で負けた相手は結果的には準優勝になった。仲間のペアはコンソレ二回戦にも勝ったが三回戦で敗れる。秋の大会の全ての試合が終わった。空いたコートで仲間との親善試合を3セット楽しむと、秋の日は傾く。片付け終えると温泉に向かった。
温泉でたっぷり打たせ湯に当たり、ゆったりと露天風呂でくつろいでから、ストレッチを施しておいたせいか、昨日の名残は肩と足の筋肉に若干の張りが感じられるだけだった。うに色のクルマで家を出る。まだ地平線に近いところに貼り付いている太陽の光が、低いウインドシールドを通してやや右前方から差し込んできた。偏光ミラー処理のサングラスを着けていても少し目をそらすようにしていないと幻惑される程だ。道路脇に見える田んぼや畑の表面はびっしりと白い霜に覆われていた。米を研ぎ、ざるに上げる。小鍋に水を張り、粉末になった出汁の素を適当に入れて火に掛けた。ジャガイモを洗って皮を剥き一口大に切って、沸騰した小鍋に入れた。生ワカメを軽く洗って水に放つ。2分程度で水を絞り、食べやすい大きさに刻んだ。刻んだワカメは煮ないであらかじめお椀に盛っておく。ジャガイモが煮えた頃を見計らって味噌を溶いた。鍋に洗った米と適量の水を入れ、火に掛ける。沸騰したところで弱火にしてしばらく炊いていった。おかずは昨夜のうちから煮ておいた大根と豚ばら肉と卵の中華風おでんだ。豆鼓の味が決め手になっている。とろとろのばら肉がご飯に合って大層美味い。
アラームの音で目を覚ますと、カーテンの外はまだ暗かった。日の出が確実に遅くなっている。5分間の二度寝を二回楽しんだ10分後に渋々布団を出ると、ようやく外が明るくなってきた。カーテンを開けると見下ろす民家の屋根や車の屋根や窓ガラスが白い霜に覆われて、まるで雪景色のように視界全体が白っぽく見える。顔を出したばかりの太陽の光を受けてきらきらと輝いていた。白菜を洗って食べやすい大きさに切る。冷凍の剥きエビを解凍した。あらかじめ筍や人参が千切りになっていて木耳などと一緒に冷凍されている中華風野菜パックを冷凍庫から取り出す。中華鍋に油を敷き、ニンニクと唐辛子を炒め始めた。香りが立ってきたところで白菜の芯の部分と冷凍の野菜を鍋に放り込む。さらに白菜の葉の部分を加えて炒め、それから解凍した剥きエビを加えた。塩、胡椒、鶏がらスープの素、酒などで味を整えてゆき、最後に水溶き片栗粉でとろみをつけてエビと白菜の中華風炒めが完成した。昨夜からさらに味のしみた中華風おでんと共に炊き立てのご飯をかき込むと、これは美味い。泡盛のロックが思わずすすんでしまう。
定時にノートPCを引き出しにしまって事務所を出るが、すでに空は暗く、夕暮れの赤みは空からほとんど消えていた。代わって蒼みがかった複雑な黄昏色が一時空を染めた。やがてそれも夜の闇に取って代わられてしまう。冬の夜は早回ししているように素早く訪れた。壁打ちが出来ないためにレッスンの開始まで時間が余る。途中のコンビニエンスストアで軽く雑誌を立ち読みしてからアミノ酸系飲料と菓子パンを一個買ってクルマに戻った。クルマの中で菓子パンを一個ゆっくりと噛み締めると30分程度仮眠する。目覚めると頭がすっきりとしていた。テニスクラブに向けてうに色のクルマを発進させる。
準備体操をしてからナイター照明の下に出ていった。まだ手が痺れるほどの寒さではない。肩を回してからゆっくりとサービスを打って肩を暖める。仲間と軽く乱打してアップした。時間になるとコーチが現われ今夜のレッスンがはじまる。練習メニューに沿って夢中でボールを追いかけた。寒さでボールが弾まない。意識して低い姿勢を保とうとした。弾まないボールの下にラケットを滑り込ませていく。充実した2時間弱が過ぎた。汗が心地よい。
地下駐車場に降りてうに色のクルマの前まで歩いた。何時もより少し後ろに停めると、蛍光灯の寒々しい光でエンジンの下辺りの床面にオイルのような染みがあるのが判る。小さな染みが点々と黒い花びらのように床面を飾っていた。一度下に潜ってオイルの出所を確認しなければならない。イタリア人の楽観的な設計のエンジンにオイル漏れはつき物だ。神経質になる必要はないが、放置も危険だ。出所と量さえ把握していれば恐れることは無い。エンジンは一瞬のクランキングで勢い良く始動した。既に真っ暗な駐車場でうに色のクルマに近づき、手探りでキーを鍵穴に差しドアを開けて乗りこんだ。エンジンをかけ、ヘッドライトを点灯すると、違和感を感じる。すぐに原因は判った。運転席側のヘッドライトが点いていない。通常のバルブよりも寿命が短い高効率タイプのバルブが切れたのだろう。仕方なくフォグランプも点灯する。暗い田舎道でライトは自分の存在を主張する道具でもある。幸いうに色のクルマのフォグランプは上方に光が漏れ難いので対向車の迷惑も少ない筈だ。自宅に戻ると買い置きしてあったバルブを取り出し、エンジンフードを開けて切れたバルブを交換した。
もう18日も雨が降っていない北関東の朝は乾燥していた。起床する15分前にタイマーで稼動させている石油ヒーターの温風で部屋は耐えられない事も無い程度まで温まっている。ホットミルクとヨーグルトの簡単な朝食を済ませ家を出た。うに色のクルマはヒーターの効きも良く、快適な通勤だ。夕方仕事から解放されると駐車場まで5分程度の道のりを歩いて待っているうに色のクルマに乗り込んだ。既にヘッドライトが必要な暗さだ。壁打ちコートの前を通ると、ナイターの照明の漏れ光と街灯で薄暗いながらも壁打ちが出来そうだ。ラケットを持ってうに色のクルマから降りた。ボールは見え難いが目が慣れれば何とかなるものだ。30分程久しぶりの壁打ちの感触を楽しんだ。
帰り道の途中でテニスクラブに寄る。水曜日のスクール以外にもう一日平日テニスをする機会を入れるつもりだ。12月に入ると市営コートのナイター営業が無くなる代償になる。当然気候が厳しい冬はスクール生の数が減るのでかえって小人数でたっぷりと打てる。来週から参加することにして、条件などを確認しておいた。思った通り、レギュラーの生徒が4名程度だ。経営側は厳しいだろう。