2002年03月の日記

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3月1日(金)晴れ

 いつもと変わらぬ朝、地下駐車場にうに色のクルマはない。灰色の車に乗り込んで家を出た。ラジオから流れる聞き慣れた声に耳を傾けながら、見なれた景色の中を走って行く。何ごともない、代わり映えのない朝だ。

 テニススクールの始まる1時間前に何とか仕事を切り上げて駐車場に急ぐ。すでに空は暗かった。星が明るく見えるほど深く黒い空を背景に一際黒い影が覆い被さる。かなり背の高い広葉樹の大木だ。その影の下にテニスクラブがある。各種ショットの練習やサービスからのラリー練習を経て、最後はゲーム形式の練習へと進んだ。1時間半はあっという間に過ぎる。Tシャツを濡らす汗の量に春の近づきを感じた。レッスン終了後は、ボール一篭分のサービス練習を誰もいないコートで続けた。

 

3月2日(土)晴れ後曇り

 ラケットバッグを担いで、灰色の車に乗り込んだ。10分ほど走った場所にある公営のテニスコートを目指す。コートが使えるようになる時間より30分近く過ぎていたが、ちょうど仲間が練習を始めるところだった。軽く準備体操をすると仲間に加わりアップを始めた。アップを終えるとサービス&リターンの練習をしてから、ゲームを始める。待ち時間を減らす為、4ゲーム先取で回転を速めることにした。

 帰り道でスーパーに寄って牛乳や野菜などの食料品を買い込む。家に戻ると相棒が目覚めて掃除をしていた。昼食を取ると眠気が襲ってきて、そのまま、ソファに転がり込んで昼寝を楽しむ。夕方からテニススクールに行って3時間たっぷり練習した。

 

3月3日(日)晴れ

 今日は所属サークルが主催するチーム対抗戦だ。仲間とともにチームを組んで試合に挑むことになっている。なかなか起きない相棒をやっと起こして家を出るが、集合時間に遅刻した。

 あみだくじを引き、対戦相手を決める。最初は組み分け戦だ。参加14チームを勝ち7組と負け7組に分け、それぞれトーナメントを行うことになる。最初の対戦相手はわずかづつ試合に長けていて、競ったゲーム内容が多かったにも関わらずミックス3つと男ダブ1つを落とし、結果としては1−4で敗北した。女ダブは劣勢から5−5に追い付き、最終ゲーム、ノーアドの一本を奪い見事な逆転勝利を納め、皆を勇気づける。

 トーナメントの一回戦は不戦勝となり、のんびり昼食を取りながら試合を待つ。勝ち上がってきた相手は高校生だったが、何とか勢いを止め、5−0で破った。決勝の相手はうって変わってかなり高齢のメンバーを集めたチームだ。老練な技に走り回らされた挙げ句にゲームを奪われて行く。2−3で惜敗し、優勝は逃した。終了後、相棒と近くの温泉に行き、疲れを癒す。満天の星空の下、露天風呂に浸かった。

 

3月4日(月)晴れ後曇り

 今日も綺麗に晴れあがった空。しかし、空を楽しむ為のうに色のクルマは、一月以上過ぎた今も工場で修理を待っている。つまらない小さな部品が欠品していて届かないのだ。なかなか復活しない、うに色のクルマの代わりに地下駐車場の定位置に納まった灰色の車に乗り込み家を出た。灰色の車の大きなフロントウインドウを通して見える景色は、まるでTVを見ているように間接的で現実感が希薄だ。

 やっと職場から開放され、曇って星も見えない真っ暗な空の下、駐車場へ向かう。通りは家路を急ぐ車の列が長く続いていた。灰色の車に乗り込み、頼り無いヘッドライトの光の中に走り出す。

 

3月5日(火)曇り

 会社を休んだにも関わらず、早朝目を醒ます。いつもならまだ眠っている時間に家を出た。まだ暗い時間だが幹線道路には数多くのトラックがヘッドライトを怒らせ、地響きをたてて走っている。暗い空が白みだし、やがて朝日が上る頃、サーキットのゲートをくぐった。すでに参加者が集まり始めている。受付を手伝った。朝一は座学になる。寒い廊下で遅れて到着する参加者を待った。

 座学が終わるとジムカーナ場に移動する。午前中のカリキュラム、定常円旋回が始まった。だ円形に並べられたパイロンの周りを走り回るのだが、真円ではなく、だ円形なので、加速、減速、コーナリングという車の運転に必要な全ての操作が効率良く練習できる。ブレーキを残して前荷重のままでアンダーステアを出さずに旋回する練習も可能だ。

 午後からはミニサーキットに移動して周回しながらの練習になる。30台近い車が4つのグループに別れておよそ10分程度の周回を5回繰り返した。そのうち2回を計測して成長度を測る。ほとんどの人が周回を重ねるうちにスムーズな走りを身につけて行った。しかし、雑な操作や急激なタイムアップを焦る余りのスピンやコースアウトが続出する。

 

3月6日(水)曇り時々晴れ

 今朝も穏やかな春の陽気だ。軽い朝食をとる。地下駐車場に降り、灰色の車に乗り込み、家を出た。

 定時を待たずに、事務所を後にする。今日の勤務時間はマイナスになるが、構ったことではない。まだ空いている道を走って家路を急いだ。長く工場に預けてあったうに色の車を引き取りにいけるのだ。自宅で代車のワイン色のワゴンに乗り換えて工場へ向かう。まだ空は明るさを残していた。

 工場でひさしぶりにうに色の車と対面する。外に放置されていたであろう汚れは洗車によって綺麗に落とされている。車検代を払い込むとラケットバッグを積み込み工場を後にする。もうここに車を預けることはないだろう。対応がいい加減で遅すぎる。キセノン放電管に換装して劇的に明るくなったヘッドライトを点して暗くなり始めた道路に走り出す。ひさしぶりの感触。丸々一月離れていたうに色のクルマとのコミニュケーション作業は楽しいの一言に尽きる。テニスクラブの駐車場に着くまでのわずかな道のりもファンタジックだ。良い気分を持続させたままレッスンに入る。一時間半は瞬く間に過ぎた。レッスン後はボール一篭分のサービス練習を行い爽快な気分を味わう。

 

3月7日(木)晴れ

 軽い朝食をとり、地下駐車場に降りて行くと、うに色のクルマが待っていた。当たり前の事が当たり前に嬉しい。狭いコクピットに潜り込むとスロープをゆっくり上って春のような明るい陽射しが降り注ぐ地上に出た。春の風も、通勤路の混雑も、遠くの山並も、全てが生き生きと感じられる。

 遅くまで仕事をした後もうに色のクルマが駐車場に待っていると思うと気分が明るい。ロッカールームで着替えをすますと、急いで駐車場に向かう。キーをひねるとすぐにちょっとだけ勇ましい排気音が夜空に吸い込まれて行った。ヘッドライトの白い光の中へ走り出す。預けた工場の担当者が、あまりやる気の無い男で、アイドリングの不調は解消されないまま、待切れずに納車してもらったのだが、暖気が終了しても回転は下がらず1500rpm程度の高い回転数でアイドリングを続ける。早く直してやりたいが原因がつかめていなかった。水温センサを交換してみるつもりだ。

 家に戻ると、冷蔵庫から冷たいビールを一缶取り出し、グラスに注いで飲みながら晩飯の支度を始める。遅い時間になったので野菜主体の軽い食事にする。だが、レモンをたらした泡盛のオンザロックスは欠かせない。

 

3月8日(金)晴れ

 今日もうに色のクルマで家を出る。夜からのテニススクールに間に合うように仕事を切り上げてロッカールームを後にすると、気分はきっぱりと週末の色に切り替わった。まだたまっている仕事のことは頭から霧散する。空はもう黄昏時を過ぎて暗くなっていた。

 照明の下でコーチを含めて5名でレッスンを楽しむ。今日はハードヒットを身上とする男のショットが、今一つ元気無く冴えない。目が慣れたせいもあるのか比較的楽にブロックできた。レッスン後はスクール生の一人と乱打を20分程楽しむ。汗が気持ち良い。

 自宅に戻ると、大鍋にお湯を湧かし、パスタを多めに放り込む。冷たい缶ビールを飲みながら、ニンニクを5房分剥いて、薄くスライスした物をオリーブオイルで丹念に炒めて香りを引き出した。湯であがったパスタをニンニクとオリーブオイルたっぷりのフライパンに移し、仕上げに溶き卵とナチュラルチーズをふんだんにからめてやる。トマトとレタスのサラダを添えて食卓に出し、赤ワインを開けて口を潤しながら頬張った。実に旨い。

 

3月9日(土)晴れ

 朝目覚めると暖かそうな春の陽射しがカーテン越しに明るい。トーストとコーヒーの朝食をとると、近くのテニスクラブに向かった。午前中は比較的空いている。相棒とアップしていると社長が相手してくれる。3ゲーム程楽しんでから慌ただしくコートを後にした。シャワーを浴び、着替えてから、近くの駅まで歩き、電車に乗る。友人の家に招待されているのだ。

 一駅移動してこの県の県庁所在地になる地方都市のありふれた駅舎を出た。ペデストリアンデッキから地上に降り、ちょうど出発の時間になったバスに乗り込む。15分程走ると友人の家の最寄りバス停だ。古くからあるテニスクラブの横を通って少し歩くと比較的広々とした一戸建ての家が見えた。閑静な住宅街で素晴しい環境だ。玄関スペースも広く取ってあり、余裕がある。食卓の上にはたくさんの料理が並べられていた。ビールで乾杯し、遅い昼食が始まった。子供と遊びながら夜までおよそ5時間程ゆっくりと過ごす。楽しい会話が弾んだ。再びバスと電車を乗り継ぎ、自宅に戻ると、疲れが出て、眠くなる。着替えてすぐに布団に潜り込んだ。

 

3月10日(日)晴れ

 ゆっくりと目覚めると、すでに大分陽が高くなっている。電子レンジでマグカップ一杯のホットミルクを作り、それを飲みながら、ゆで卵とトーストを作り、5杯分のコーヒーを落とした。やっと起きた相棒と優雅にブランチをとる。身支度を整えると、ラケットバッグを担いで家を出た。野外駐車場に停められた灰色の車に乗り込むと、春の陽射しに炙られて暑い程だ。

 車で15分程の近くにあるテニスクラブに向かう。昼近いテニスクラブには既に大勢のテニス愛好家が集まっていた。挨拶を交わしながらクラブハウスに向かう。昼から日が暮れるまでゲームを楽しんだ。日照時間が長くなったので、5時半から6時過ぎまで乱打で汗をかくことが出来る。サービスのコーヒーを飲むと満ち足りた気分だ。

 クラブを出て、この地方都市ではただ一つのBOAST専門ショップに向かう。冬物ウエアのクリアランスセールで白を基調としたウォームアップの上下とブルーのTシャツとチェックのショートパンツのセットを購入した。帰り道でサラダバイキングが有名なイタリアンレストランに寄り、晩飯にする。野菜をたらふく食べ、数種のパンを食べると腹一杯になった。悪くないシステムだ。

 

3月11日(月)晴れ

 流し台のカゴに伏せてある食器を棚に片付けながら、天気予報を眺めた。晴れて暖かい4月の陽気だと笑顔のアナウンサーが告げている。マグカップ一杯のホットミルクと熱いミルクティーを飲み干すと、黒いショルダーバッグを持って家を出た。外はすでに明るい。エレベーターに乗って地下駐車場に降りていくと、そこには当たり前のようにうに色のクルマが待っていた。助手席にバッグを放り込み運転席に滑り込むとエンジンを始動させる。地下駐車場のコンクリートの壁に低く乾いた音質の排気音が響いた。すぐにスタートして緩やかなスロープを登る。地上は春の輝くような光に満ちていた。

 仕事を片付けてロッカールームを出る。暗い歩道を駐車場に向かって歩いていった。ふと見上げると、枯れ木にしか見えなかった桜並木に小さな花芽がついている。今年の開花は例年より早まると言うニュースを思い出した。うに色のクルマの小さなコクピットに潜り込み、キーをひねると一瞬でエンジンが目覚める。ヘッドライトを点し、白い光に浮かび上がる景色の中に走り出した。相変わらずアイドリング回転が高いままだが、ドライビングは悦楽そのものだ。思わず、頬が緩むのを感じる。

 

3月12日(火)晴れ

 今日も地下駐車場にはうに色のクルマが待っていた。一ヶ月のブランクなどどこ吹く風と言ったようにファニーな顔を見せてだ。エンジンをかけてすぐにゆっくりとスタートを切る。スロープを登りきった辺りでラジオのスイッチを入れた。BOSEのスピーカーから、すでに数年の間聞き続けてすっかり耳に慣れた声が流れてきて小さなコクピットを満たす。軽快なリズムのポップミュージックを聞きながら、ストロークを切り詰めた為ほとんど手首の返しで決まると言って良いシフトノブを掻き回して、うに色のクルマを走らせるのは愉悦としか言いようがなかった。

 アイドリング回転の不調を直してやらないと燃費が悪い。オドメーターが約100kmカウントする毎に燃料系の針が一目盛づつ下がっていくのが通常だが、おおよその感覚でその1.2倍ほど燃料消費が早いように見えた。水温センサの異常が原因かどうかを調べる為に、ダミーセンサを作成する事にする。水温センサは電気的には温度によって抵抗値が変わる可変抵抗器だ。通常のボリュウムと抵抗を組み合わせて20〜100℃程度までの抵抗値を模擬すればよい。週末に試してみることにした。

 

3月13日(水)晴れ

 簡単な朝食をTVニュースを眺めながらとった。下着の上に日曜日に購入したばかりの白を基調としたテニスウエアの上下を着込むと、充分に暖かい。グレーのウールの帽子をかぶり、ラケットバッグを背負って家を出た。穏やかな春の陽気に包まれる。アイドリング不調を抱えたままのうに色のクルマを走らせて仕事場を目指した。

 定時ギリギリにやっと机を片付けて、事務所を後にする。駐車場に向かって歩き始めると、目の前の通りの右折車線側は、すでに帰宅を急ぐ車の長い列が出来ていた。よく晴れた空はまだ明るい。いつもの壁打ちコートで2種類のラケットを交互に試しながら40分ほど遊んだ。ナチュラルガットの打球感が気持ち良い。帰り道の途中で肉まんを一つ買って食べた。アミノ酸入りのスポーツドリンクを飲んで体内の水分量を整え、レッスンに備える。

 レッスンは時間通りに始まった。ボレーやストロークでボールの弾みが気持ち良い。気温のせいだ。レッスン後、一人の仲間とシングルスのゲームをして遊ぶ。タイブレーク方式で各々が10ポイントづつ取った後、2ポイントを連取される。自宅に戻ると冷えたビールをグラスに注いで一気に飲み干した。美味い。

 

3月14日(木)晴れ後曇り

 いつも通りの朝。いつも通りの朝食。しかし、早く訪れた春に敬意を表して、少し早めに家を出る。うに色の車は穏やかな春の陽射しを浴びて浮き立つように良いペースで走った。減速、加速、旋回、うに色のクルマの挙動を感じながら丁寧にステアリング、ブレーキ、アクセルを操作してやる。田んぼの中の車通りがなく見通しの良い道で少し鞭をくれてやった 排気音が高まりうに色のクルマは弾けるような加速で走ってくれる。

 仕事を終えての帰り道でも、うに色のクルマが駐車場で待っていてくれるのは何ものにも変えがたい。風は穏やかだ。帰り道でケーキ屋に寄ってショートケーキを2個購入する。さらにスーパーで野菜などの買い物をした。早めに自宅に戻る。

 

3月15日(金)雨後曇り

 うに色のクルマを駐車場に入れて降り立つと、桜並木の下を急ぎ足で歩いて行く。この数年で経験したことの無い程の暖かい春だ。長い冬の間、枯れ枝に見えていた桜の木に花芽が付き、ふくらみ始めている。このまま暖かさが続けば来週にも花開くだろう。25m道路を渡る歩道橋の上に上がると、遠くまで桜並木が続いている様子が俯瞰できる。まだ淡い薄桃色にけぶるまではいっていなかった。

 レッスンの始まる1時間程前にやっと仕事を片付けて事務所を後にする。暗い歩道を歩いて駐車場に辿り着き、うに色のクルマに乗り込んだ。エアバッグの付いた少し重量感のあるステアリングに手を掛ける。左手でヘッドライトのスイッチを入れると、一瞬明るく光ってからすぐに薄暗い青みがかった光が照射された。すぐに明るくなって行く。ほんの数秒も立たないぐらいで蒼白く輝きは閉めた。照らし出される景色の中に走り出す。

 

3月16日(土)晴れ

 ウィークエンドの朝、平日よりも2時間程遅く眼を醒ますと、外はもうすっかり明るい。マンションの最上階から見下ろすと、ところどころで桃や梅の花が咲き始めて、そこだけ明るく春色に見えた。

 

3月17日(日)晴れ

 コーヒーメーカーに水と挽いたコーヒーをセットしてスイッチを入れることから朝が始まった。カップに牛乳を注ぎ、電子レンジに放り込む。近所のベーカリーから仕入れた食パンをオーブントースターに入れてタイマーをセットした。冷蔵庫からはヨーグルトのパックを取り出し、器に適量を取る。ガスレンジに小鍋を掛け、卵を入れ、それが浸る程度の水を注いで火をつけた。キツネ色に焼き上がったトーストを口にくわえ、咀嚼する。カップに半分程のホットミルクにコーヒーを注いだ。香ばしく焼けたパンが口の中で甘く解けて行くところに、熱いカフェオレを流し込むと、美味い。固めに茹で上がった卵の殻を剥くと、塩を少々つけてかぶりついた。

 朝食をすますとテニスウエアに着替え、ラケットバッグを持って家を出る。すぐ近くのテニスクラブに向かい、夕方までテニスを楽しんだ。悪くない日曜日の過ごし方。ハードコートは消耗が激しく、昨年の今頃購入した靴がすり減って底がはがれてきた。夕方、スポーツショップで新しい靴を買う。

 

3月18日(月)晴れ

 目覚ましの音に起こされて、布団から出ると何となく肌寒い。居間まで歩いて行き、灯油ストーブのスイッチを入れる。室温の表示は19℃を示していた。テーブルの上のリモコンを操作してTVの電源を入れる。台所に向かい、冷蔵庫を開けた。牛乳の1Lパックを取り出し、大き目のマグカップにたっぷり注ぐ。カップを電子レンジに入れ、暖めた。ホットミルクと熱いミルクティーとヨーグルトの朝食をとると、家を出た。地下駐車場においてある、うに色のクルマの運転席に滑り込み、発信させる。コンクリートの壁に歯切れの良い排気音が響いた。スロープを登って陽光が溢れる地上にでる。この日、例年より2週間程早い桜の開花が宣言された。

 仕事を片付けて帰宅した。大鍋にお湯を沸かしはじめる。ニンニクを多めにスライスして、玉ねぎのみじん切りと共にオリーブオイルで炒めた。ホールトマトを一缶とイカ墨を加えてさらに煮込む。大鍋で茹であがったパスタをフライパンに放り込み、イカ墨のソースを絡めると出来あがりだ。ニンニクの香り、玉ねぎの香ばしさと甘味、トマトの酸味、イカ墨の香りとこくが合わさって、実に美味い。

 

3月19日(火)晴れ

 地下駐車場に降りていくと全体的に汚れた切ったうに色のクルマが待っていた。先週末に黄砂混じりの雨が降ったせいで満遍なく泥の斑模様をまとっている。洗車が必要だ。服が汚れないようにドアを開けコクピットに滑り込む。スロープを登りきり、門を出た辺りでラジオのスイッチを入れた。パーソナリティーの語るサッカー情報を聞きながら、田舎道を走る。

 帰宅して地下駐車場にうに色のクルマを収めた。アイドル回転の不調は相変わらずだ。正確な燃料計のお陰で燃費が悪いのが良く判る。不調の原因が水温センサかどうかを確かめる為に、ダミーセンサを作成した。20〜100℃程度までを可変出来る様にしてある。エンジンフードを開け、エンジンブロックに固定された水温センサへのコネクタを外した。ハーネス側に自作の模擬水温センサを差す。エンジンを始動した。低水温に設定してあるので、エンジン回転が上昇する。徐々にボリウムつまみを回し、高水温側に変化させると、回転が下がり、あるところで電動ファンが回り始めた。仕様通りだ。多少アイドルがばらつくのが気になるが、アイドル回転上昇の原因は掴めた。満足してコネクタを元通りにする。

 

3月20日(水)晴れ

 TVニュースを眺めながら簡単な朝食の準備をした。濃いグレーを基調としたテニス用ウォームアップの上下を着込むと、それだけで充分に暖かい。ラケットバッグを背負って家を出た。4月中旬並と言う春の陽気に包まれる。うに色のクルマを走らせて仕事場を目指した。アイドリング不調を抱えたままだ。

 机を片付け、事務所を後にする。駐車場に向かって歩き始めると、桜並木の枝にちらほらと気の早い花が開き始めていた。空は黄昏色に変わり始めていたが、まだ明るい。壁打ちコートでスライス系の球とボレー、スマッシュを中心に30分ほど打点を確認した。ナチュラルガットのノッチを補強するチップを入れるとよれなくなって良い。途中で肉まんで腹を落ち着かせ、アミノ酸系のスポーツドリンクで体内の水分量を整えた。

 レッスンは時間通りに始まった。ボレーやストロークでボールが良く弾む。春の暖かさのお陰だ。レッスン後、シングルスの大会を控えたレッスン生とシングルスのゲームをして遊ぶ。タイブレーク方式で2セットを戦い、1−1と分けた。自宅に戻って晩飯を作りながら冷えたビールをグラスに注いで喉に放り込んだ。美味い。

 

3月21日(木)晴れ

 この国では今日は祝日になっているが、関係なかった。いつも通りにうに色のクルマで家を出ると道路はやや空いている。クルマの量としてはわずかの差だろうが、通勤路の所要時間は大分変わって、早めに駐車場に滑り込むことが出来た。

 帰り道でうに色のクルマのステアリングを交換する為の大きめのソケット工具と発売されたばかりのテニス雑誌を購入する。

 家に戻ると相棒がタケノコ御飯を炊いて待っていてくれた。タケノコと若布の煮物もある。甘辛く煮込んだタケノコを噛むと、爽やかな春の香りが口の中にほとばしった。

 

3月22日(金)晴れ後曇り後雨

 地下駐車場に降りて行くと蛍光灯の青白い光の下で、黄砂に汚れてまだらになったうに色のクルマがひっそりと佇んでいた。心が痛む光景だが今は時間が無い。そのまま乗り込み、再び活気を取り戻しつつある朝の往来に溶け込んで行った。

 仕事を終えて事務所を後にすると、大分日の入りが遅くなってきたとは言え、辺りに夜の帳が降り始めている。薄暗い駐車場でうに色のクルマは静かに待っていた。イグニッションキーを差し込みスタート位置までひねると、すぐに目覚めてアイドリングを始める。左手でヘッドライトのスイッチをひねると一瞬明るい光がフラッシュの様に瞬いてすぐに暗い光となった。それから徐々に光度が増し、クラッチを切りギアを入れ走り出す頃には青白い光、そして走り出してすぐに白い光へと変わる。ヘッドライトをキセノン放電管に変えてから夜の走りだしに一連の光の儀式が加わった。

 テニスコートにはいつものように照明が点されていた。今日は総勢で3名のスクール生しかいない。コーチを含めて4名だけだ。1時間半掛けて沢山のボールを打つ。流れる汗が気持ち良い。家に戻ってから飲むビールが美味い筈だ。

 

3月23日(土)曇り後雹・雨後曇り

 天気予報が外れた。北関東の空には、まだ雨雲がどんよりと黒く重く残っている。朝起きると、うに色のクルマに乗って、今日の試合会場に向かった。今日はプリンスというテニス用品メーカーが主催する大会だ。コートが解放になっているので今日のペアと軽くアップをする。参加種目は男子ダブルスBだ。

 最初は3ペアによるリーグ戦だ。そのうちの1ペアは知り合いだけにやりにくい。6−0、4−6でリーグ戦を2位で抜ける。負けたゲームでは0−40からデュースに追い付いたサービスゲームを結局デュースの応酬の末に落としたのが響いた。2位のトーナメントに回ることになる。緒戦は始めの2ゲームを落としてしまうが、やられる相手では無かった。6ゲームを連取して6−2でベスト4。全体では9−12位の間に入る。ここで、雹混じりの雨が降ってきた。

 ちょうど良い時間の中断になったので、クルマの中で昼食を取る。会場を移動して2位トーナメントの準決勝だ。今日はこれまでの天候が嘘のように肌寒い日になる。3時間近く待たされて冷えきった体には辛いゲームだったが、相手も同じ条件だった筈だ。1−6で粉砕される。幕切れは苦い敗戦だった。

 

3月24日(日)曇り

 北から入り込んできた寒気の影響で、初春の気候に逆戻りした朝だ。暖かい布団から這い出ると肌寒さに思わず震える。灯油ストーブのスイッチを入れた。室温表示は16℃を示す。キーボードの電源キーを押してMacを立ち上げた。聞き慣れた起動音が静かな部屋に響く。ハードディスクは流体軸受けの物に交換してあるので、耳障りなアクセス音は響かず、控えめなクーリングファンの音だけが聞こえてきた。ダイニングで泡盛の薄いお湯割を作り、それをすすりながらMacの前に戻り、作業を始めた。4年ほど前に発売された最後のベージュ色の機種だが、メモリの増設とハードディスクの交換だけで、ほとんど痛痒を感じさせない。しばらく作業に没頭した。

 昼前に遅いブランチをとる。テニスウエアに着替えるとラケットバッグを背負って近くのテニスクラブに向かった。相棒と二人で一通りアップしてからクラブハウスに戻る。少し休憩した。相棒は女性のダブルスゲームに誘われる。一人で壁打ちしている男に声をかけ、乱打を付き合ってもらった。フラット気味の面でライジングで合わせてくるタイプのストロークで、球が早い。一時間近く打ち合って良い練習になった。

 

3月25日(月)晴れ

 いつもよりも早くアラームをセットして起き、起きる時間には、家を出た。うに色のクルマに乗り込み、ナビゲーションに目的地の住所を入力して走り出す。南南東の方角で、100km強の道のりだ。一般道で3時間ぐらい掛かる。途中のコンビニの駐車場で幌を下ろすと風は冷たいが日差しが暖かく、まずまずのオープン日和だ。サイドウインドウも下ろして走り出す。

 細い農道を通って梨畑に囲まれた一軒家の庭先にうに色のクルマを停めた。庭先を借りてステアリングの交換とシート座面高を下げる作業を行う。一時間ほどで作業を終えると家の主と昼食をとりに出かける。イタリアンレストランで1時間ほどかけて話しながらのんびり食事をとった。

 ステンレス加工工場に移動し、ロールバーの製作を始める。極小さな町工場だが技術は素晴らしい。レーザー加工機で切り出された5ミリ厚のプレートが鈍い光沢を放っていた。何度か現物合わせをして寸法を決め、本溶接が終わる頃には黄昏時になっている。再び、梨畑の中に戻り、完成したロールバーを固定する。手で掴んで揺さぶってもびくともしない剛性感が得られた。納得して再び100kmの道のりを家に向かった。

 

3月26日(火)曇り後雨

 うに色のクルマが地下駐車場の定位置に停まっているのを毎朝見ることが出来るのは悪くない。先々週の雨の日から全体的に泥で汚れた切ったままだ。ドアを開けると交換したばかりのステアリングが目に入った。スッキリと収まっている。しなやかな肌触りが心地よかった。エンジンを始動して走り始める。ラジオのスイッチを入れた。聞き慣れた声がひいきのサッカーチームの情報を語り始める。

 アイドル回転の不調は相変わらずだが、慣れてしまった。回転の高さも気にならない。減速時にエンジンブレーキの効きの悪さで、気付かされる事になる。長距離を走ったのに燃費も悪かった。発注した交換部品が届いていると言う連絡を受けていたので、余裕がある。今週末にでも換えてやれば良いのだ。アイドリングが通常の2倍ほどの高回転で安定する現象は解決するのは間違いないだろう。しかし、通常のアイドル回転でのばらつきは改善されるかどうか不明だ。その点にやや不安が残っていた。

 

3月27日(水)雨後曇り

 目を覚まして居間のカーテンを開けると鈍い曇天の空が広がっていた。TVニュースを眺めると、今日は日中雨だか夜には上がる可能性が高いという予報が流れる。テニス用ウォームアップの上下を着て、ラケットバッグを背負うと家を出た。細かい雨が降り始めていてやや肌寒い。うに色のクルマで仕事場を目指した。

 机を片付け、事務所を出る。駐車場に向かって歩くと、桜並木が暗くなり始めた空をバックに、けぶるように淡い桜色に浮かび上がっていた。一度自宅近くまで戻り、ディーラーに届いていた水温センサとABSセンサを受け取る。これを交換すれば、うに色のクルマは、ほぼ完調になる筈だ。

 レッスンは時間通りに始まった。珍しく最後はゲーム形式で楽しむ。レッスン途中から強風が吹き荒れ始め、体温を奪っていった。帰り道はヒーターを強く効かす。自宅に戻ってビールを飲みながら晩飯を作った。得意の中華風豆腐と野菜炒め乗せスパゲティーを頬張りながら、録画しておいた人気のテニスアニメを見る。今日の内容は、テニスで言えば”つなぎ”のプレーと言えた。

 

3月28日(木)晴れ

 カーテンを開けると、昨日の曇天が嘘のように気持ち良く晴れた空と対面する。天気予報によるとこの天気も今日一日のようだ。黄砂で斑模様に汚れたうに色のクルマに乗って家を出る。正面からの日差しが強く、久しぶりにブラウンのプラスチックレンズが入ったサングラスを着ける必要を感じた。

 天気の良い日に事務所で空も見ずに過ごすのはどこか空しい。外に出るとすでに真っ暗な空に丸い月が浮かんでいた。月の光に照らされて桜並木がほの白く闇を彩る。決して内部から光を放つことなどないのだが、まるで自らが発光しているように見えた。春の夜の夢のごとく幻想的な眺めだ。桜並木の下を歩いていくと、何故か道路の騒音が聞こえなくなり、現実から隔絶された静かで夢幻的な異次元世界に迷い込んだような気分に包まれる。

 気がつくと駐車場のうに色のクルマの前にいた。ドアを開けて乗り込む。キーをひねるとダッシュボードに命が通い、エンジンが鼓動を刻み始めた。もう桜の魔法は跡形もない。キセノン放電管式ヘッドランプの白い光の中に走り出した。

 

3月29日(金)曇り後雨

 菜種梅雨と言う言葉もあるが、昨日の快晴が信じられないような重くどんよりとした空が窓の外に広がっていた。久し振りに灰色の車に乗って家を出る。ラジオからは変わらぬ声が熱くサッカーを語っていた。駐車場に着く頃になって細かい雨が落ち始める。桜並木は淡いピンク色に染まり、ほぼ満開だ。

 雨は強くなり、弱くなり、一日中降り続けた。今夜のレッスンは間違いなく中止だ。荷物を持つと傘をさして駐車場に急ぐ。灰色の車のドアを開け、傘を後部座席の足下に放り込んだ。ワイパーを動かし、ヘッドライトを点灯させて走り出す。帰宅を急ぐ車の群れに滑り込んで行った。

 自宅に入る路地を通り過ぎて、少しだけ雨の中を走り、行きつけの床屋に向かう。店の前の駐車場はちょうど一杯だった。向いのスーパーの駐車場に車を止めて歩いて路を渡り店に入った。10分程待って髪を刈ってもらう。

 早く家に戻ったので、購入してあった水温センサとABSセンサを交換することにした。作業はすぐに終わる。目障りだったABS警告灯は消えた。後はアイドリングの不調が直るかが焦点になる。工具箱を片付け部屋に戻り、冷たいビールで労働の後の乾いた咽を潤した。

 

3月30日(土)晴れ

 目まぐるしく一日置きに天候が変わる。目を醒ましてカーテンを開けると少し霞がかかったようにおぼろげな春の青空が広がっていた。昨夜の荒れ模様の天候の名残りが、暖かく強い風に感じられる。テニスウエアを着てラケットバッグを背負い、キャップを深くかぶるとうに色のクルマの幌を下ろして春の陽射しの下に走り出した。

 来週仲間と集う予定の公園の前を通る。桜は満開だ。すでに強い風に幾許かの花びらが舞い始めていた。それは注意していなければ気付かない程、例えて言えば夜空の流れ星のようにじっと見つめていなければ見過ごしてしまう様な儚さだ。しかし、確かに吹いて行く風に混じって一瞬の時を駆け抜けて行く短い命のきらめきが見える。この散り急いだ早熟の花に続いて、明日にはもっと多くの花が後に続き、そして数日後には、なだれを打ったように全ての花びらが雪のように降り注ぐ筈だ。花びらが乱舞する下を走っていく、うに色のクルマの姿が確かに見えたような気がした。

 テニスクラブの駐車場にクルマを停めると、クラブハウスに向かう。昼食をとりに家に戻る以外は一日中、そこで過ごす。午後になると風が収まり、良いテニス日和になった。

 

3月31日(日)曇り

 目覚し時計のアラーム音で目を覚ますと、部屋の中には障子を通したぼんやりとした光が漂っていた。コーヒーとトーストとヨーグルトの簡単な朝食をとる。身支度を整えて家を出た。近くの駅まで歩いて行く。

 南へと向かう電車に乗り込むとほぼ席は埋まっている。開いた席を探してヒーターの効いた暖かい椅子に腰を下ろし、持って来た文庫本を読み始めた。全日本のトップライダーだった男が挫折して、自分を取り戻す為にライダーの聖地マン島TTを目指すというストーリーだ。気が付くともう終着駅近くで乗り換えになった。

 2度程電車を乗り換え、目的地の駅に降り立つ。北関東の地方都市に体が慣れたのを感じた。久しぶりの都心の空気は臭い。約束の時間までの暇をしばらく本屋で潰した。駅から少し歩いて店に入る。ドイツ風の作りの鉄板焼きの店だ。テーブルが広い範囲で鉄板になっていて、料理人が目の前で調理して取り分けてくれる。相棒の両親が1年間の海外留学に旅立つ前の送別会がここで開かれるのだ。参加者が集まって来て、食事会が始まった。ビールやワインを楽しみながら、語らう。久しぶりにボリュームのある牛肉を食べた気がした。

 


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