9月1日(月)雨後曇り細かい霧雨が歩道を濡らしていた。一時夏が戻ったように見えたが、また梅雨に逆戻りというよりも、むしろ秋雨の季節に入ったと考えた方が当たっているかも知れない。風にも秋の気配が確実に感じ取れた。全く気分が盛り上がらないことおびただしい。何はともあれ、今年の夏は行ってしまった。それだけは理解せざるを得ない。やり切れない思いを抱えながら、灰色の車で家を出た。田んぼの中を走っていく。例年より生育は遅いのだろうが、稲が実を付け、徐々に稲穂が垂れ下がって来ていた。ふと、ここ数カ月と言うもの、社食の定食に付いてくる御飯以外に、米を食べていないことに気付く。大した不都合はなかった。例え米が不足しても直ぐには困らないだろう。
田園地帯を抜けて坂を上がると、打って変わって工業団地が広がっていた。トラックが重たそうに車体を揺らしながら加速していく。巧みにトラックを避けて前方の視界を確保しながら走り抜けた。最後の坂を駆け上がると、並木道の彼方に見飽きた風景が広がっている。長い一日が始まった。
9月2日(火)曇り時々晴れ
今日も天気は一日中ハッキリしない。仕事場を出ると、すでに真っ暗で、空を見上げても、一つの星も見えなかった。うんざりするような天候だが、涼しいのが唯一つの取り柄と言える。岡の上の工業団地から坂道を下って河を渡り、街に出ていった。
駅前の交差点を南に向かって少し下った先の路地を右に入るとビルの一階に北京料理を名乗る、中国料理店がある。中国南方の広東料理には比較的親しみがあるが、北京料理と言うのはあまり馴染みがなかった。北京ダックを思い浮かべるぐらいだろう。目的は勿論餃子だった。この店の主人はTVの番組で餃子チャンピオンになった程の腕前で、昼間は混雑するらしいが、夜は閑散としていることが多い。閉店の一時間前程に入ると、誰も客は居なかった。いつもの席に座り、蒸し餃子を3皿、茹で餃子を3皿の、計6皿を注文する。この店の焼き餃子はやや脂っこいから、茹で餃子の方が飽きずに食べられた。蒸し餃子の中身のほとんどがエビで占められている。広東風の方は丸のままエビが握られていて、日本風はすり身になっていた。広東風の方が好みだ。茹で餃子も具と皮の相性が良く、実に美味かった。腹を満たすと店を出て、自宅に戻る。
9月3日(水)曇り後晴れ時々雨
朝靄が空を白く埋め尽くしていた。ぼんやりとした淡い光が風景を平板に見せている。白けた大気を切り裂いてビビッドなカラーを身にまとった、うに色のクルマが走り抜けた。軽やかな排気音が薄明るいミルク色の空に消えていく。ATとは違って、MTでは足の裏とエンジンが直結したような感覚が味わえた。形だけではないうに色のクルマの美点がそこにある。
夕方いつものテニスクラブに向かう。ナイター照明の下で、緑色に塗られたハードコートが出迎えてくれた。ボレーやボレストで少し運動すると、激しい湿気で汗が流れ落ち、コートに滴る。不思議とサービスも、ボレーも調子が良く、気分良くプレー出来た。1時間が過ぎた辺りで雨が降って来て、たちまちコートを濡らしていく。 物足りない思いのままコートを離れた。
街に出て餃子を食らう。今夜の店は、多種多様の餃子メニューがウリである。いつものように茹で1皿と茹で餃子を3種類頼んでみた。テニスが不完全燃焼で、物足りない思いを心にとどめたまま、餃子を待つ。やがて運ばれて来た餃子を全て腹に納めて自宅に戻った。
9月4日(木)曇り
漆黒の闇に沈む夜のワインディングロードを、ハロゲンライトの光で切り裂きながら、灰色の車が一気に駆け降りていった。ワインディングロードの出口に当る大きな交差点まで来ると街灯の灯りがちらほら見えるようになる。右折して片側二車線の広い道路に入った。帰宅を急ぐ車の群れが我先に走っていく。軽くステアリングに手を添えながらアクセルを踏み込むと、一拍置いて軽く身悶えしながら灰色の車は加速を始めた。エンジンは非力だが軽い車体を利して、流れに乗って走るのは容易い。
餃子専門店の裏にある狭い駐車場に車を停めると店に入った。控えめすぎてキムチの味がほとんどしないキムチ餃子の焼きを二つと水一つ、通常の餃子の焼きを一つの計4皿注文する。店のTVで坦々麺とカルビうどんが対決する番組を見ながら、出された餃子を平らげた。番組の出演者が選んだ答えは、カルビうどんと出る。悪くない選択だった。
9月5日(金)晴れ後曇り
久しぶりに晴れて暑い。うに色のクルマの幌を降ろして、まだ混雑のピークを迎える前の田舎道を走った。夕日が正面に傾いて見える。自宅に寄ってラケットとシューズを積み込むと、夕暮れ迫るテニスクラブのコートに辿り着いた。レッスン生は4名いる。ナイター照明の下で走り回ると気持ちよく汗が流れた。最後はシングルスの練習で終わる。急いで自宅に戻った。
シャワーを浴びて身支度を整えると、近くの駅まで歩いていく。上り電車に乗った。4駅乗って降り、駅前通りの大衆居酒屋に入る。生ビールと瓶ビールを手羽先唐揚げを肴に飲み干した。勘定を済ませて駅に戻り、バスターミナルに着くと、すでに夜行高速バスが停まっている。乗り込んで座席に落ち着くと、バスは走り出した。少し離れた駅に停まって、また客を乗せる。これで仕舞いだった。再び走り出したバスはほどなく有料道路の入口から南に向かうルートに入る。照明が消された。座席を目一杯リクライニングさせ、耳栓をしっかりする。目を閉じると、バスのゆったりとした揺れに誘い込まれるように眠りに落ちた。目覚める頃には、西の都に着いているだろう。
9月6日(土)晴れ時々曇り
目が覚めると、バスは古都に近付きつつあった。街角の風景はおおよそどこでも同じだが、巨大な神社仏閣が町並みに溶け込んでいるところが、他の凡百の地方都市とは違っている。駅前で客を降ろしてから、更に西の大都市に入った。中心的な駅に停まって再び出発すると、もう乗客は数名しかいない。大きなアミューズメントパークに到着した。
待ち合わせた相棒と合流すると中に入る。先ず、前回見損ねたアトラクションに朝一番で並んだ。15分程の待ち時間で中に入る。視覚効果は面白いが内容がつまらなかった。そうしていくつかのアトラクションを廻ると昼になる。一度外に出てホテルのランチを楽しんでから、また中に戻った。夕方まで遊び回ってから街に出る。
中心街の汚い川の両岸に様々な雑多な店が軒を列ねていた。巨大な機械仕掛けの蟹がうごめき、客寄せの人形や人気の看板には優勝間近の野球チームのユニフォームが着せられている。少し並んでタコ焼きを買って食べてから、お好み焼き屋に入った。カウンターの中の若い男が見事な手際で作るお好み焼きは文句なく美味い。冷たい生ビールと良く合った。大満足して店を出る。都市の喧噪に包み込まれた。
9月7日(日)晴れ
暑くて寝苦しい関西の夜が過ぎた。朝からすでに蒸し暑い。朝食を取ると駅まで歩いて西行きの電車に乗った。20分程電車に揺られて降りた駅から、バスに乗り換える。バスで15分程走ると、ケーブルカーの駅に着いた。ケーブルカーに10分、さらにバスに5分程乗って着いたのは、港町を見下ろす展望台がある山頂近くの小さな公園だ。山頂をしばらく歩き回ってから、温泉町まで続くハイキングロードに入っていった。
サンダル履きという舐めた格好では少し厳しいような下り坂が続く。2時間近く歩いて温泉街に辿り着いた。ホテルにチェックインして荷物を降ろす。山道を歩いて汗だくの体で、焼き立てパンのランチを食べてから、温泉に入った。赤錆色のお湯が特徴の「金の湯」は、お湯が塩っぱく、いかにも効きそうだった。ホテルに戻り、さらに内湯に浸かる。
晩飯は近くピザ屋にした。大した味ではないと思っていたが、これが中々美味かった。関西では期待を裏切られる事が少ない、夕食後は更に内湯でのんびりしてから布団に入り込んで眠った。すぐに睡魔が闇の中から黒い腕を伸ばしてしてる。冷房が効いた部屋は快適そのもので、朝まで決して目覚めることはなかった。
9月8日(月)晴れ
目を覚ますと朝食の時間だった。玄関横の食堂に入ると、御飯、豆腐の味噌汁、茶わん蒸し、鯵の干物、漬け物などの最近では簡素と言っても良い朝食が出された。しかし、御飯は香り高く艶々と輝き、味噌汁は出しの上品な香りが素晴らしく、と、一級品をきちんと調理したのが伺えるものが揃っている。炭火で香ばしく焼かれた鯵の干物をおかずに御飯と味噌汁をお代りした。
朝食後にまた温泉に入る。風呂上がりのビールをゆっくり飲んだ。まだ2時間のんびりすることができる。ベッドに寝転がり束の間の二度寝を楽しんだ。チェックアウトの時間ギリギリになって宿を出る。外に出ると真上に上った太陽が辺りをジリジリと炙っていた。バスと電車を乗り継いで相棒の自宅に戻る。
夕方になって外に出た。電車で都心に向かう。デパートをぶらぶらと見て歩いてから、新幹線の駅に移動した。時間が来て相棒と別れ新幹線のホームに上がる。列車の座席でも眠りに落ちた。新幹線を乗り継いで北の街に向かう。途中で相棒が持たせてくれたお握りを、冷たいビールと共に食べて夕食にした。出発してから5時間程度で北の街に降り立つ。自宅に戻ると、シャワーを浴び、ビールを独り飲んだ。
9月9日(火)曇り
久しぶりにテニスをしない週末を過ごした後は、こころなしか体が重たい。寝起きもあまり良くなかった。関西の青く晴れた空と打って変わった北関東の重苦しい灰色の空に出迎えられると、そうでなくてさえ気分が重く沈むのを避けられない。また新たな週が始まった。
仕事を終えると駅の近くの中国料理店に直行する。蒸し餃子と茹で餃子を数種類注文し、腹に詰め込んで空腹を満たしてやった。自宅に戻るともう日付けが変わるまで2時間を切っている。布団に横たわると重たい眠りが周りから忍び寄って来て意識を包み取って闇の中へ連れていった。朝まで夢も見ずに眠りこむ。
9月10日(水)晴れ後曇り
目覚めると久しぶりにじっとりとした汗が体に薄い膜を作っていた。熱帯夜であったことを直感する。TVの天気予報を見ると、案の定関東地方にしばらく振りの熱帯夜が訪れたことを告げていた。汗ばんだ体は気持ち悪いが、それよりも夏が再訪してくれた喜びの方が強い。喜々として冷たいシャワーを浴びた。
定時で仕事場から出て、壁打コートに直行する。一時間程掛けて久しぶりのボールの感触を確かめると、テニスクラブに移動した。蒸し暑い夜で、最初のボレーボレーで汗が滴り落ちる。土日テニスから離れていただけで、もう先週金曜のボレーの感覚が失われているのに気付いた。サービスも良くない。結局掴んだ筈のボレーのタッチは取り戻せなかった。サービスの感覚は大分戻ってくる。汗でTシャツがずっしりと重くなる頃、笑顔が戻って来た。
駅前の餃子屋に入る。5人前の餃子を平らげると店を出た。うに色のクルマで走りながら空を見上げると、丸い月のすぐ下の闇に、月と変わらない程に明るく輝く小さな星が見える。それは数万年に一度の地球との最接近を果たしたばかりの火星の姿だった。泣きぼくろのように見える火星は薄く赤みがかっている。夜は更けていった。
9月11日(木)晴れ後曇り後雷雨
昨夜も熱帯夜が続いた。温い汗が全身を鬱陶しく覆っている。だが目覚めの気分は悪くなかった。冷たいシャワーを浴びると全身の筋肉が引き締まる思いがする。夜は雷雨があると予報が出ていた。灰色の車に乗り込み、自宅を出る。
いつもより早めに仕事場を出た時には、まだ雨は降り始めていなかった。閉店時間の40分以上前に町外れの餃子店に着いたが、店の灯りは消えている。おばさんが中から両手を胸の前で斜に交差させて×マークを作った。少し車を走らせて町中に近い餃子店の前に車を停める。着く前にぽつりぽつりと雨が落ちはじめた。店の中に入って注文を終える頃にはたちまち激しい雷雨に変わる。見る見る路面に水が溜まっていった。5人前の餃子を食べ終える間にも雨は激しく降り続く。諦めてサインを済ませて店を出た。店の前に車を停めていたが一瞬の間にかなり濡れてしまう。前が見え難い程の豪雨の中を走った。5kmほど南に走ると、突然雨が止んでいて道路も乾いている。まるで手品に思えた。西に進路を変えてしばらく走ると、また路面は濡れているが雨はほとんど降っていない。この街に住むようになってから局地的に激変する天気にもう驚かなくなった。
9月12日(金)晴れ後曇り
熱帯夜が続き、朝のシャワーが日課になりつつあった。冷たい水で一気に体を引き締めてから熱いお湯で汗を洗い流す。大きめの分厚いバスタオルで水滴をぬぐい取ると爽快な気分になった。この気持ち良さが味わえるだけでも、夏は悪くない。
幌を降ろした、うに色のクルマで夕暮れのテニスコートに向かった。まだ気温は高いが、自由に車室内を吹き抜けていく風が気持ち良いので気分は上々だ。日が沈むのが目に見えて早くなった。風にも薄く秋の色が滲む。それでもナイター照明の下で1時間半の間走り回ると、Tシャツは絞れる程の汗でずっしりと重たく肌に張り付いた。引き剥がすようにTシャツを脱いでタオルで汗を拭い、替えのTシャツを被る。うに色のクルマで幹線道路に飛び出していくと、夜風がこの上なく気持ち良かった。
餃子専門店にいつも居るうるさい酔客はいない。穏やかな気分で餃子にかぶりつくと、また汗が激しく流れ出した。自宅に戻り、朝と同じように冷たいシャワーを浴びる。汗を流した後に、良く冷やしたグラスに冷たいビールを注いで飲むのは、誰が何と言おうと最高だった。眠りに落ちる前に、明日から始まる一泊のテニス合宿の準備を整えておく。
9月13日(土)晴れ時々曇り
早朝の光の中に、幌を降ろして本来の姿になったうに色のクルマが滑り出していく。自宅近くから有料道路に乗った。進路は南に取る。30分程で一般道に出て、再び別の有料道路に乗った。このちんけな国では国民が自分の車で移動するのに高額な金を取るのが趣味らしい。この金がどこに消えていくかを考えると暗澹たる気持ちになった。
高原に着くと意外に気温が高く、暑さを感じる。だが日陰に入ると風は爽やかに汗を乾かした。午前中の早い時間からクレーコートに黄色いボールが快音を立てて行き来する。初めてテニスコートで出会ってから、短い人でも5〜6年以上の付き合いになる面々が集まった。今では1年に1〜2回会うだけだが、それだけに貴重で楽しい時間が積み重なっていく。一日で7試合程ゲームをして遊ぶと心地よい疲労感に全身が包まれた。7ー5の試合が二つ、7ー6(9ー7)の試合が一つと充分にテニスを堪能する。
夜は宿の外で炭火を囲んでのBBQだった。焼ける肉の香ばしい匂いで、ビールが堪らなく美味く会話も弾む。気が付くと布団で眠っていた。起きて宴会に加わると、今後、何時までも語り種になる出来事に遭遇する。忘れられない夜になった。
9月14日(日)晴れ時々曇り
目を覚まし、宿のありきたりの朝食を取る。外は晴れていて、今日も日中は暑くなりそうだった。ラケットを持ってコートに出ていく。早速アップを始めた。軽くサービス&リターンを練習し、ゲームに入る。集まったメンバーが二手に別れて対抗戦をすることになっていた。午前と午後を通して6試合ゲームをして楽しむ。サーブの調子が今一つ冴えないが、全てが最高の状態とはいかないのは仕方なかった。それでも何とか誤魔化しながら試合の主導権を握ろうとする。半分以上の確率で成功した。
日が暮れる頃、宿に戻ると土埃に汚れた体から衣服を剥ぎ取り、洗い場に飛び込む。シャワーを浴びてボディーシャンプーで汗と埃を流すと、晴々とした気分になった。このままビールを飲んで飯を食べ、泊まってしまえれば良いのだが、そうするわけにもいかない。名残惜しいが、夕食に入った仲間達に別れを告げて、外に出た。うに色のクルマの幌を降ろして夜の闇の中を走り出す。
3時間程でいつもの駅前の餃子屋に辿り着いていた。遅い夕食を取ってから自宅に戻る。やっと我慢していたビールにありついた。泡の向こうに楽しかった週末が思い出される。睡魔に誘われるまま布団に入った。
9月15日(月)晴れ時々曇り
またうんざりするような日常が始まった。祝日だが関係ない。いつも通りに少し空いた道を仕事場に向かった。気温は高いが、メインストリートの桜並木は落葉して半分枝が露出している。気候は夏で景色は秋と言う少し違和感の有る風景が広がっていた。
早めに仕事場を出ると、閉店時間が早く、客が居ないと7時台に店仕舞いしてしまう餃子専門店に向かう。今日はまだやっていた。エビ餃子とキムチ餃子とシソ餃子とスープ餃子を注文する。久しぶりのスープ餃子は、たっぷりのスープに、ワカメ、ホウレンソウ、溶き卵、ねぎなどの具と共に白い餃子が見え隠れしていて、見た目にも美味そうだった。実際に食べても実に美味い。エビ、キムチ、シソと、どれを取っても水準以上の美味さだった。これで、もう少しやる気が有ればもっと客が入りそうに思える。餃子で腹を満たし、自宅に戻った。風呂に入り、カロリーオフの清涼飲料水を飲むと早々に布団に寝転がる。久しぶりに扇風機の風で涼みながら眠りに落ちた。
9月16日(火)晴れ時々曇り
駅に向かって真直ぐに伸びている道に乗った。長い橋を渡って、道なりに走り、国道バイパスの高架の下をくぐり抜けると街の灯りがもの侘びしさから救ってくれる。駅前の信号を南に向かうと、その店はあった。タレの秘密はおしえてくれないが、いつも美味い餃子を出す。TVチャンピオンの称号は伊達ではないようだった。
しかし、客は居ない。他に一組だけだった。茹で餃子と蒸し餃子が出てくる。これはまた例えようもなく美味かった。 自宅に戻ってから、シャワーの後にビールを飲み、さらに焼酎のオンザロックを飲む。極上の睡魔が布団へと引き摺り始めたのを切っ掛けに重い腰をあげる。
9月17日(水)晴れ
定時に仕事場を出てうに色のクルマの幌を下ろす。昼間の熱気がシートに残っていて、座ると暑かった。いつもの壁打ちコートに向かう。今日は誰もいなかった。短いストロークから始める。Tシャツを脱いで柵にかけた。一時間ほどで切り上げる。
テニスクラブに行く途中、少し遠回りをしてガソリンを補給した。酒屋に寄ってスポーツドリンクとジンを買う。夏は冷凍庫で冷したジンをオンザロックで飲むのが好みだが、今年は夏の気分にならず、飲んでいないことに気付いた。美しいブルーのボトルのボンベイサファイアにする。
テニスクラブで一時間半のレッスンを受けた。コートにはコーチ1名を含めて7名居る。涼しさを感じる夜だが、少し打ち合っていると汗が流れてTシャツを濡らしていった。
レッスン後は街に出て、駅前の餃子専門店に入る。店内は比較的空いていた。餃子5人前を食べると腹は一杯になる。エビ餃子を頼んだら、間違えてタラコ餃子が出された。構わず食べる。特別に美味くはなかった。自宅に戻り、シャワーを浴び、冷えた缶ビールを開ける。冷凍庫で冷しておいたグラスに注いですかさず飲むと、冷たい刺激が喉を滑り降りた。しばし至福の時を過す。
9月18日(木)晴れ後曇り
街に出て駅前の裏通りにある餃子専門店に入る。この店は、市内に何店舗も有る有名なチェーン店で、この街に餃子を目当てに訪れた観光客も良く来る店だった。とはいえ、それほど餃子が美味いわけではない。店によるバラツキも多く、がっかりさせられることもあった。それでも、たまにおむすび餃子が食べたくなって、この店に来る。それに、ここは各支店の中でも、まずまずまともに食える味だった。
おむすび餃子に齧り付きながら、ピリ辛のスープ餃子を飲む。この組み合わせはなかなか悪くなかった。さらに激辛餃子で刺激を楽しんだ後、シソ餃子で口中をさっぱりさせる。これを交互に繰り返すと、たちまち4人前の餃子が腹に収まった。満足して店を出る。
自宅に戻り、シャワーを浴びて一日分の汗を流すと、冷凍庫からグラスを、冷蔵庫からビールを取り出した。この一杯がなんとも堪えられない。たちまちビールを飲み干した。グラスを濯いでから、製氷器の氷を一掴みグラスに落とす。冷凍庫から美しく透き通るブルーのボトルを取り出し、透明な液体でグラスを満たす。一口含むと、すっきりとした香りがが鼻腔を、冷たい刺激が喉を楽しませた。夏の夜に申し分無く美味い。
9月19日(金)晴れ後曇り
作業着を脱いでTシャツと短パンに着替えると、心まで開放感に満たされた。ロッカールームの外に出ると、黄昏時の淡いオレンジ色の空が迎えてくれる。大分日が短くなって来たのを実感させられた。夏が去っていく。もう風からは夏の余韻さえ消えていた。一つの夏が終わり、また次の夏を待つばかりの日々が続く。
自宅近くのテニスクラブのコートに車を停めた。ナイターの照明が鮮やかなグリーンのコートを浮かび上がらせる。空には、うっすらと蒼い光の残滓が漂っていた。すぐに夜の帳が辺りを暗闇に溶け込ませる。風はなかった。ボレーボレーのアップから汗が噴出してくる。今日のレッスン生は4名だった。1対2でダブルスの練習をすすめる。ストローク1対並行陣のパターンと、ボレー1対雁行陣のパターンを、フォア/バックの2セットで、合計4セット繰り返した。クロス半面にコースが決められていても、ストロークで並行陣と戦うのは辛い。少しでもボールが浮くとアングルに決められた。
終わった後は餃子屋で、餃子を食らう。シソ餃子が売り切れていたのは残念だった。自宅に戻ってシャワーを浴び、冷たいビールを飲むと週末の至福がじんわりと体を包み込む。
9月20日(土)雨
朝から雨が降っている。テニスサークルの練習は中止された。一日の過ごし方を考える。うに色のクルマで家を出た。30分程南に向かって走ると大きなカー用品店がある。ここを訪れるのは3年ぶりだった。うに色のクルマをサービスマンに預け、ポリマーコーティングを掛けさせる。以前は雨の日は半額だったのだが、今は2割り引きだった。店内を巡り、隣の百円ショップを覗いて買い物をして、待ち合い室のソファーで雑誌を読み、軽く昼寝をして3時間半の待ち時間を潰す。やっと呼び出されて、雨降る駐車場に行くと、洗車され磨きあげられたうに色のクルマが全身に水玉をまとって待っていた。そこそこの仕上がりに満足して駐車場を出る。もう昼も過ぎておやつの時間だった。自宅に戻る途中で近くの餃子専門店に寄って、餃子を5人前平らげる。お金を払っても千円程度だが、まだ払う必要はなかった。この餃子食べ放題生活も後10日と残り少ない。
結局、雨は一日中降り続いていた。古いカセットテープの音源をMacに取り込んでCD−Rに焼き込む作業に没頭する。百円ショップで買って来た素焼きのカップに缶ビールから注ぐと、木目細やかな泡が立った。これは美味い。
9月21日(日)雨
雨が降り続いている。よくもこんなに水が貯えられたものだと感心する程、途切れること無く雨粒が落ちていた。テニス大会の予定だったが、この雨では中止は免れない。降り止まぬ雨に、今日のテニスは諦めた。
昔編集したカセットテープをデジタル化する作業に入る。テープを片面ごとMacに取り込み、1曲づつ切り出して別ファイルに保存する作業を繰り返した。久しぶりに耳にする懐かしい曲達は、雨の日曜日を心地良い時間に変えていく。
昼過ぎに家を出て、町外れの餃子屋にて餃子で腹ごしらえした。さらに北西に向かって田舎道を走っていくと、大きな旅館が立並ぶ温泉街に着く。ホテルに入るとすでに沢山の人が集まっていた。「蔵元の技と心を飲む」という酒飲みのイベントが開催されるのだ。美酔会のスタッフ達が迎えてくれた。先ずは温泉に入って浴衣に着替えて寛ぐ。会場に向かうと広い宴会場も300人程の人でごった返していた。開始と同時に先ず、食べ物に群がる。軽く腹を満たしてから飲み始めた。華やかな酒、どっしりとした酒、濃い酒、軽い酒、様々な個性を楽しむ。4時間程飲み続けると夢心地になった。部屋に戻って更に飲んだあげく、夢の世界に旅立つ。
9月22日(月)雨後晴れ
明け方、目が覚めた。まだ起きるには早すぎる。同室者の目覚ましが鳴っていた。うとうとすると何かの音で目が覚める。何度か繰り返した後、6時になって布団を抜け出した。手拭いを一本掴んで温泉に向かう。早朝からかなりの人数が風呂に来ていた。広い洗い場の一角で、備え付けの炭シャンプーを使って髪を洗い、炭ソープで体を洗う。見た目は黒いのだが、泡は普通に白かった。サウナに入って体を暖める。温度が低いので物足りないが、その代わり幾らでも入っていられた。充分発汗したところでサウナを出て水風呂に浸かる。次に外に出て、あまり開放感のない露天風呂に入った。周りを壁と柵に囲まれて開放感がない露天風呂に存在価値が有るのか考えさせられる。部屋に戻り、さらに1時間程布団で寝転がって過ごす。8時になってやっと起き上がり、食堂に朝食を食べに行った。バイキングの朝食は取り立てて美味くもない。野菜だけは鮮烈で爽やかな気分になった。
チェックアウトして外に出る。まだ雨がパラパラと降っていた。灰色の車で仕事場に向かって走り出す。少し遠回りして車通りの少ない田舎道を走った。街中に近付いていくと車の量が増えてくる。日常が始まった。
9月23日(火)晴れ後曇り
数日前までの真夏のような暑さがまるで儚い夢だったかのように寒い夜が過ぎ、寒い朝に目が覚めた。夏から一気に冬に季節が一足飛びに進んだような気がする。朝シャワーを浴びるどころではなかった。それでも冷たい牛乳を飲む。長ズボンを履いて、麻のパーカーを羽織り、ニットの帽子をかぶった。秋と言うよりは初冬の装いに近い。
昼の天気予報をみると、北関東の有名な観光地で初霜、初氷が観測されたというニュースが流れていた。寒い理由が判る。朝の内は晴れていて、高い空に薄い鰯雲が刷毛で掃いたように見えていたが、午後にはすっかり曇ってしまった。夏の終わりどころか、冬の始まりを感じて気分はさっぱり盛り上がらない。適当に仕事を終わらせると仕事場を後にした。
駅前の餃子専門店は祝日の為か混んでいたので、中心街を少し離れた場所の餃子専門店に行くことにする。いつもの味を楽しんだ後、自宅に戻った。シャワーを浴び、素焼きのカップでビールを味わう。少し寒々しかった。昨日持ち帰った純米吟醸の日本酒を少し器に取り、飲み干す。純米ならではのどっしりした腰と、吟醸の華やかな匂いが楽しかった。日本酒は良い。うきうき気分で布団に入った。
9月24日(水)曇り後雨
そろそろ帰ろうかと言う時になって、雨がパラパラと落ちはじめた。気分が滅入る事この上ない。予定通り定時に仕事場を後にした。いつもの壁打ちコートに向かう。雨はまばらで、コート面を軽く湿らせていた。これぐらいなら構う事はない。ボールとラケットを出して壁打ちを始めた。すぐにボールは汚れを吸って黒くなる。ボールをラケットのどこから入れて転がすかに意識を集中した。回転を掛ける時はラケットの縁から縁までボールを転がすようにする。速い球を打つ時はほとんど転がさずにラケット面のセンターでボールが弾ける感触を確かめた。1時間が瞬く間に過ぎる。ラケットをしまい、壁打ちコートを離れた。
ナイターレッスン開始の1時間前になって雨が強くなる。今夜の楽しみは夢と消えた。街に向かい、エビ餃子が美味い餃子屋の前まで来ると、休業で灯りが点いていない。駅前の餃子屋も休みだった。その近くの専門店は開いている。スープ餃子とおむすび餃子と焼き餃子3種類を注文した。おむすび餃子は大した発明と言える。塩味の御飯と餃子の組み合わせが絶妙だった。自宅に戻り、シャワーを浴びる。ジンをロックで飲むと爽快な香りが広がるが夏は戻らなかった。
9月25日(木)雨
朝から雨が降っている。しかも、涼しい、というよりも、ハッキリと寒かった。下着だけで布団から出ると震えるぐらいだ。そそくさと身支度を整えて家を出た。まばらにパラパラと舞うように降り注いでくる雨はフロントガラスで潰れて、ただの水に変わる。ワイパーの一振りで削り取られて後方へ飛ばされていった。雨の朝の憂鬱なドライブだ。駐車場に車を停めると傘を差してロッカールームに向かった。
終わらない仕事を放り出して仕事場を後にする。カーラジオから流れる陽気なDJに合わせてアクセルを踏み込むと、水飛沫を上げて灰色の車は夜の闇の中を駆け降りていった。大きな交差点を右に曲がる。上り坂で加速が鈍った。アクセルを深く踏むと大袈裟なショックと共にキックダウンしてエンジン音が高鳴る。坂道を上り切ると暗い川の向こうに街の灯りが瞬き、灯りの中心に向かって光の帯がつながっていた。灰色の車も一筋の光の中に溶け込んでいく。駅前で左折して路地に入り、中国料理店の前で車を降りた。いつものように茹で餃子と蒸し餃子を注文する。刻みニンニクが入ったタレを酢で割ったものに浸けて食べると実に美味かった。冷たい雨はまだ一向に止む気配がない。
9月26日(金)曇り
事務所を後にする。幹線道路を離れて、のどかな田舎道を走った。だんだん暗くなるのが早くなる。九月も末になり畑にも雑木林にも秋の気配が濃厚だった。再び幹線道路に合流する。少し流れの悪い道をゆっくり走っていった。
自宅に戻り、Tシャツと短パンに着替える。今日の気候では、この装いでも充分だった。ラケットバッグとシューズを持って家を出る。灰色の車で近くのテニスクラブに向かった。友人と待ち合わせて練習する約束になっている。6時でも、もうボールが見えない程暗かった。ナイター照明をつけてもらう。ショートストロークから、ストロークに切り替えた。しばらく乱打を続けてから、ボレー&ストローク、サーブ&リターンをたっぷり繰り返すと、2時間はあっという間に過ぎる。しっかり汗をかいて爽快な気分になった。
自宅に戻り、シャワーを浴びて身支度を整える。近くの駅から電車に乗った。南に数駅走ると新幹線が停まる駅が有る。ホームから外に出ると、駅前通りを歩いて居酒屋に入る。つまみ2点程を突きながらビール一本を飲み干すとちょうど良い時間だった。駅前から夜行高速バスに乗る。耳栓をしてシートを倒すと、すぐに深い夢の中だった。
9月27日(土)晴れ
明け方、バスから電車に乗り換える。小さな駅で降りると相棒の住む家まで歩いた。少し休んでから家を出る。大阪で自分で焼いて食べるタコ焼き屋に入った。地元民と違って慣れてないので店員に教えてもらう。意外に上手く焼けた。とん平焼きと、昔焼きも食べると腹一杯になる。
京都方面に向かい長岡京でビール工場を見学した。休日で人気のない工場を30分掛けて廻った後は、出来たての生ビールを好きなだけ飲む。適切に注がれた新鮮なビールは爽やかで切れがあって実に美味かった。
大阪に戻り、USJをぶらりと散歩する。涼しい夜風に吹かれながら眺める人工的な夜景も悪くなかった。街に戻り、予約しておいたイタリアレストランに入る。コースのデザートが食べ放題になるのが、相棒の心を捕らえたらしかった。前菜はカボチャや鶏肉を生ハムで包んだもので、甘味と塩気がバランスして美味い。ワインにも良く合った。次はトマトソースの魚介パスタと、ひき肉と平麺のクリームソースで、どちらも美味い。メインは牛と鱸で、これまた良い味だった。ケーキやムースを二人で6個平らげる。爽やかな甘酸っぱさのベリーのムースが心に残った。さすがに満腹で苦しい程だ。
9月28日(日)晴れ
朝、目覚めてTVを見ながらビールを飲む。缶ビールを2本空けると再びエアベッドに横になった。怠惰な休日の朝を楽しむ。他にする事もなかった。昼近くになってやっと起き上がると遅いブランチをとる。
昼になって家を出ると電車に乗って西に向かった。中華街のある港町でおりる。ガード下の小さな店や、道路沿いの小物屋やブティックをぶらぶらと覗きながら歩いた。古い歴史的な石造りの建物が残る一角をあてもなく散歩した後、小さな中華街の喧噪に身を投じる。休日の狭い通りには人が溢れていた。人気の屋台やお店には行列が出来ている。中華そばや天津飯で軽い昼食を済ませた後、行列に並んで評判の中華萬を食べた。クーラーバッグのビールを飲みながら広場に腰を降ろして食べる肉萬の味は格別に感じる。オープンカフェに座り、いつまでも尽きる事無く流れ続ける人並みを眺めながら、お茶を飲んだ。
夕方近くなり、再び電車に乗って東に向かう。新幹線の駅で相棒は高校時代の友人と偶然再会した。相棒を残して独り新幹線に乗り込む。車雑誌を読みながら、買っておいた缶ビールを一本空けると眠りに落ちた。3時間半程で北関東の街に帰り着く。長い一日が終わった。
9月29日(月)晴れ
仕事場を出て外に出ると星が空に明るく光っていた。北関東では久しぶりに星を見たような気がする。ネオンもまばらな街に出ていくと、中国料理店に入った。店の前には新しく「TVチャンピオンの店」という大きな看板が出ている。夜は何時来ても空いている事が多いのが不思議なぐらい美味い店だが、駅から少し離れた不便な場所に有るのが問題らしかった。都内に有れば、TVでチャンピオンを取ったと言うだけで連日連夜長蛇の行列になるのは間違いないだろう。地元の客にとっては、いつでも気楽に行けるので、人気など出てほしくないのが本音だが、潰れたり移転されるのも具合が悪かった。いつものように、蒸し餃子と茹で餃子を注文する。いくら食べ慣れても飽きない、いつもの味だった。
自宅の駐車場に灰色の車を停めて、降り立つ。見上げると所々雲が白く光を散乱して漆黒の闇とは言えないが、都心とは比べ物にならない程沢山の星が天蓋に張り付いてまたたいていた。この地に来て5年経つが、年々空が明るくなるような気がする。こんな街も乱開発と人工の光の渦に巻き込まれようとしているのだった。暗い気持ちにならざるを得ない。ゆっくりと自宅の門へ向かった。
9月30日(火)晴れ
爽やかな乾いた風が吹いている。並木の枝葉が激しく動いて風の通り道を示していた。蒼く高く透き通った空に、刷毛で掃いたように薄い雲が生き物のように形を変えている。日射しが「暑い」ではなく、「暖かい」と感じる程に気温が下がって、まぎれもなく、どこもかしこも秋だった。夏の気配はもうどんな幽かにも感じる事は出来ない。夏は手の届かない遠くに行ってしまった。
仕事場を出ると、ちょうど空の舞台から日中の光が舞台袖に引っ込もうとしている。代わりに夜の女王が黄昏色の衣装で周囲を覆いながら登場した。微妙な紫色がグラディエーションしながら天空に向かってフェイドアウトする。昼と夜が入れ代わっていく、この時間は、昔から逢う魔が刻などといわれるが、それほど神秘的な天空ショーは、いつまでも見飽きる事がなかった。
急速に暗くなって、たちまち暗転した道を街に向かって走る。餃子専門店の前に車を停めた。水餃子と焼餃子を注文する。強い主張はないが、それゆえに食べ飽きる事がない、まるで無印良品のような餃子を一つづつ丁寧に口に運び、味わった。一年続いた餃子パスポートの旅が今日で終わる。最後は特別ではなく、普通に締めくくった。