3月1日(月)晴れ月曜日の朝は眠い。まるで脱ぎ捨てられた洗濯物のように、きりきりきりとネジを巻き上げないと立上がる事が出来なかった。暗い部屋に目覚めるとまだ夢の中にいるような気がする。既に習慣になっているので、何も考えなくても電気仕掛けのおもちゃのように体が勝手に動いて、TVのリモコンのボタンを押してTVを点け、石油ストーブのスイッチを入れ、電気ポットのお湯でマグカップを温め、冷蔵庫からヨーグルトを出してスプーンで器に盛り、温めたマグカップにティーバッグを落としてお湯を注いだ。ここまでは最新の自動車工場のように整然とした流れ作業が進む。
TVのニュースを眺めながら、ヨーグルトをすくって口に運んだ。ティーバッグを持ち上げて指先でつまんで軽く絞ると、じゅわっと濃いブラウンに透き通った液体が指先を濡らしてカップに注がれる。ふわっと雨に濡れた山あらしのような匂いが立ち上った、ミルクのパックを冷蔵庫から出してカップに注ぐ。たちまち、カップの中は文字どおりのミルクティー色に染まった。思い付いて冷凍庫のパンを一枚トースターに放り込む。数分で白い食パンの表面がキツネ色に焼き上がった。寒さで白く結晶した蜂蜜をフォークですくってトーストされた表面に塗りたくる。がぶりと噛み付くと小麦の焼けた香ばしい香りと蜂蜜の甘味が口一杯に広がった。
3月2日(火)曇り
暖かい部屋から外に出ても、水から上がった子犬のように体が震える事がなくなったのは何日前ぐらいからだろう。週末よりも寒波が戻って来ているとは言え、野外に停めてある灰色の車の窓にも霜は降りていなかった。アクセルを2回大きく踏み込んでからイグニッションキーをひねると、一瞬、熟睡している所を揺り起こされた子供のように抗いながら1.5Lの小さな心臓が目を醒ます。曇り空から満遍なく淡く白い光が舞い降りる中を走り出した。
自宅に戻ると昨夜作っておいたチキンカレーを温める。昨夜も今夜も食べる気はなかった。二日煮込んでは寝かせたカレーはどんな味になるだろうか想像するだけで楽しめる。昨夜の鍋のスープをステンレスの鍋に移し、水を足して火に掛けた。このチキンと昆布の出汁が効いたスープでインスタントラーメンを作る。具には、茹で白菜、水で戻した塩蔵ワカメ、納豆、凍み豆腐、海苔、卵を揃えた。麺を茹で、粉末スープで味を付けてから丼にあけた。全ての具を麺の上にトッピングする。熱で透明な白身の縁から白変し始めた卵を箸で割りほぐして麺に絡ませた。マグマのようにどろりと固まり始めた黄身を縮れ麺と共に口に運ぶと、ねっとりとした濃厚な黄身にコーティングされた麺が、口の中で弾ける。全ての具がチキンスープをベースにしたラーメン汁と良く合って実に美味かった。遊び疲れた子供のように布団に倒れ混むと眠りの王国に旅立つ。
3月3日(水)曇り
いつものように仕事場を後にして壁打ちコートに向かう。太陽はまだ山の端の上に軽々と浮いていた。時は弥生、寒波の揺り戻しにも関わらず、いつの間にか春が近付いている。誰も居ない壁打ちコートの横に灰色の車を停めた。ラケットバッグを持って降りる。バッグからラケットとボールを出し、軽く手足をほぐして準備運動を終えた。スライス系の球でショートストロークから始める。少し体が温まって来たので、軽く肩を回してからスマッシュの練習に移った。体を横に向ける事と打点を斜め上空に取る事に注意しながら、何度も何度も息が切れるまでスマッシュを打ち続ける。次はストロークだった。暗くなり始めた頃、テニスクラブ仲間が来る。並んで壁打ちを始めた。しばらくしてから一緒にボレーボレーを始める。動くと体が温まった。
テニスクラブに着くと、しばらく姿が見えなかった男が来ている。体の故障がようやく治ったと微笑んでいた。手がかじかむ程、寒い。真冬に比べれば気温は高い筈だが、一度暖かさに慣れた体には寒く感じられた。風も少し有るので練習を始めても、なかなか汗が出ない。1時間45分程のレッスンが終わる頃には雪が舞い始めた。風華のような雪が空から舞い降りてくる中、残り15分間一人だけのコートでサービスを打ち続ける。
3月4日(木)晴れ
仕事を適当に放り出すと、駐車場から灰色の車を引っぱり出し、帰路に着く。思ったより遅くなったが、帰り道でスーパーに寄ってカレーに入れる舞たけとホウレンソウを買い込んだ。自宅に戻ると大鍋に水を張って強火にかける。すでに鶏肉とニンジンと良く炒めた玉ねぎがとろける程に煮込まれた寸胴鍋に洗って適当な大きさにほぐした舞たけを投げ込み、ホウレンソウを適当に刻んだものをばらまいた。お玉で煮えたぎる鍋を掻き混ぜていると、まるでいじわるな魔法使いが哀れな少女に飲ませる毒薬を作っているような気分になる。
大鍋が煮え立ったところで、一握りのスパゲティをぱらぱらと放り込んだ。軽く掻き混ぜて、くっ付かないようにしてから蓋をして更に茹でる。タイマーをセットした。しばらくビールを飲んで待っているとタイマーが電子音を立ててせわしなく時を告げる。茹で上がったスパゲティをトングで皿に盛り付け、まん中にくぼみを作って卵を一個割って載せた。その上から煮えたぎるカレールーをたっぷりとかけていく。カレーの黄色に、ニンジンの赤、ホウレンソウの緑が映えて美しい出来映えだった。卵が熱で少しどろりと粘性を持ち始めたのを見計らってフォークで割り、スパゲティに絡めて口に運ぶ。濃厚な黄身の香りとスパゲティの香り、カレーの香辛料がかもし出す香りが渾然一体となって、鼻孔や口腔を楽しませてから喉に滑り落ちていった。口の中には複雑なスパイスの余韻が、昼寝から覚めたばかりの熊のようにフワフワと漂っている。二日間煮込んだだけの甲斐があった。口中を、まるで東南アジアの雑踏のように渾沌とさせているカレーのざわめきを、赤ワインで一度リセットしてから、次の一口にかかる。フォークに熱いスパゲティとカレーをたっぷりと絡ませて口に運んだ。こいつは美味い。
3月5日(金)晴れ
急いで自宅に戻る。太陽は、この町の西に横たわる山脈の向う側にこぼれ落ちそうに傾いていた。まだ明るいが、ヘッドライトをつけた灰色の車で田舎道を走っていく。部屋でテニスウエアに着替えてラケットバッグと靴を持つと直ぐに外に出た。近くのテニスクラブまで走っていく。
いつの間にか、太陽は舞台から姿を消し、夜の帳に包まれていた。テニスクラブに着くとナイター照明が煌々とグリーンのコートを照らしている。シューズを履くと、コートに入った。ボレーボレーから始めて、少し温まったところで、球出しの練習に移った。今夜も寒い夜で、汗が出る程ではない。レッスン生も珍しく7名居るので、運動量そのものも少なかった。走り回ってボールを打って心拍数を上げても、休んでいる時間も比較的長いので、また収まってしまう。運動としては物足りないが、県で高いランキングを持っている男が練習に来たので動きを良く見た。全てがコンパクトで無駄な動きが少ない。最後はサービスからのダブルス練習をした。ある程度のレベルには達しているので良いラリーが続いて面白い。一時間半のレッスンは瞬く間に終わった。人気の居なくなったコートを後にする。
3月6日(土)雪後晴れ
目覚めて何気なくカーテンを開けて驚いた。見下ろす家々の屋根に、うっすらと雪化粧が施され、空は曖昧な明るいグレーに塗り込められている。雪は、もうほとんど降り止んでいるが、時折白い雪片が花びらのように舞う様が見られた。午前中の練習は中止にされる。
既にネットで処理し、印刷しておいた確定申告書に日付を入れ印鑑を押し、こちらはネットでは処理出来ない手書きの決算書の清書を済ませた。封筒に入れて切手を貼り、一息ついて外を見る。まるで手品師がハンカチを一振りしたように曇が煙と消え、青空が広がっていた。テニスウエアに着替えるとラケットバッグを背負って外に出る。近くのポストに封筒を放り込むと気分も晴れた。まだ濡れている路面を灰色の車で走って行く。テニスクラブの駐車場に車を滑り込ませた。
晴れているが風が強いので物好きな会員の姿も少ない。壁打ちしていた若者を捕まえてストロークラリーを始めた。多少は風の影響を受けるが、気持ち良い。風は次第に強さを増した。40分程休まず乱打を続け、汗をかいた所でゲームを始める。強い風の影響で、予測に反したポイントが多かった。前半リードするが逆転されて5ー7で敗れる。風が弱まってきたので午後に期待して弁当を買いに行った。弁当を買って戻ってくると風は止むどころか一際激しさを増している。雪の湿り気も消えて、畑から砂埃が舞い始めた。それでもコートに出ていく。結局夜まで風は止まなかった。
3月7日(日)晴れ
朝目覚めると、外は晴れていて風も止んでいる。いつもの様にテニスウエアに着替え、ラケットバッグを背負って家を出た。歩いて10分ほどの駅に向かい、北行きの電車に乗る。2駅先で下車し、駅前で待ち合わせた仲間の車に乗り込んだ。
会場に着くと広い河川敷のコートに人が集まり始めている。事務局の軽トラが到着したので、机やテントや賞品などの荷物を降ろしてコート脇に本部を設営した。男ダブ1、女ダブ1、ミックス2の4試合で勝敗を競うチーム対抗戦が始まる。集まった12チーム、総勢約100名が抽選により4チームづつ3ブロックに分けられた。それぞれのブロックで総当りして順位を決め、その後は得失ゲーム差で1位から12位までを決めるルールが採用されている。従って抽選の運不運で明暗が別れる可能性があった。
先ずは仲間と第一試合の男ダブに出て、6ー4で幸先良い1勝を上げる。その後他のチームメンバーも頑張り、3ー1で最初の対戦相手を倒した。昼前には次第に風が出てくる。風はすぐに威力を増し、昨日と同じような強風吹き荒れる中のテニスになった。乾燥しているので砂埃も酷い。2試合目は酷い横風の中で、ミックスの試合になった。まるでテニス漫画の誇張した表現の様に、面白いほどボールの軌跡が曲がっていく。センターに打った球がサイドに流れ、風上側のサイドを狙えばセンターへ、うっかり風下側に打つと、たちまちサイドアウトとなった。6ー1であっさりと勝ち、チームも4ー0と勝利する。午後になっても強風は止む気配も見せず吹き荒れ続け、試合で温まった体もたちまち冷え切った。最後の対戦はペアを換えてのミックスになる。風向きが変わって前後の風の中での戦いになった。相手の女性が圧倒的に上手く苦戦する。3ー4から一気に引き離され、3ー6で負けた。ほとんどのゲームを競ったがノーアドの一本を取られる展開でリードを許して追いつけない。チームは3ー1で勝利し、3勝0敗でブロック優勝を決めた。得失ゲーム差で総合準優勝になる。
片づけを終えてコートを後にすると、すぐさま温泉に向かった。町営の温泉施設でサウナに飛び込むと体の芯から解けていく。さらに露天風呂に長時間浸かると、寒さは、まるで卒業アルバムのように遠い想い出に変わった。駅前のお好み焼き屋で生ビールとお好み焼きを堪能し、電車に乗る。風を除けば悪くない一日だった。
3月8日(月)晴れ
外に出ると、冬に逆戻りしたような寒気と、まるで、その寒気の主のように白々と冷たく光る丸い月に出迎えられた。首筋から冷たい空気が生き物のように服の中に潜り込もうとしている。エアテックジャケットのファスナーを首まで引っ張り上げた。灰色の車で自宅に帰る。
大鍋に湯を沸かし、作り置きしていたチキンカレーを温め始めた。煮え立つ大鍋に塩を一匙と、多めのスパゲティを放り込む。茹で上がった熱々のスパゲティを皿に盛り、真中に生卵を一つ割り落とした。その上からたっぷりと煮えたぎったカレールーをかける。玉葱や人参やほうれん草などの野菜が蕩ける程煮込まれたカレーがパスタに絡んでいった。余熱で軽く火が通った卵をフォークで刺してパスタとカレーに混ぜる。カレーと黄身をまとったスパゲティをフォークで巻き取った。持ち上げると口に運ぶ。歯に抵抗するかのように弾力のあるパスタを噛み切ると、小麦の香りと黄身の濃厚なねっとり感とカレーのスパイスが渾然一体となって、口の中でシンフォニーを奏でた。これは美味い。
3月9日(火)晴れ
目覚めると窓の外がうっすらと明るくなり始めている。干しブルーベリーが入ったカナダ製のシリアルを器に出し、ヨーグルトをたっぷりとかけた。ミルクをかけて食べるよりも、この方が気に入っている。スリランカ製のティーバッグでミルクティーを入れた。国産のサクサクと軽いものとは違い、歯応えのあるシリアルを良く噛み締める。シリアルの甘味とプレーンヨーグルトの酸味のバランスは悪くなかった。
外に出て灰色の車に近付くと、もう窓を覆う霜は見られない。昨年の12月から3ヶ月続いた冬が後ろ姿を見せて立ち去りつつあるのを実感した。早春の明るい陽射しが眩しい田舎道を東に向かって走る。大気がみるみる温められてふんわりと軽くなるのが判るような気がした。そろそろ冬用のタイヤを履き替えても良いだろう。
3月10日(水)晴れ
幌を下ろしたうに色のクルマを壁打ちコートの脇に止める。コートにはソフトテニスの中学生が一人いた。ラケットとボールをバッグから出して打ち始める。スライス系のショートラリーを10分、スマッシュ練習を20分、ストローク練習を20分、最後はサービス練習10分でコートを離れた。一時間練習しても、まだ充分ボールを見られる明るさが嬉しい。幌を下ろしたままのうに色のクルマで暮れ始めた町に向かった。ガスステーションでクルマのタンクをハイオクで満たしてやる。
急速に日が落ちて、辺りは瞬く間に暗闇に沈んだ。ナイター照明が灯ったテニスコートに着く。今日は4名のレッスン生が集まった。ボレー&ボレー、ボレー&ストロークの練習では、ボレーの打点を体の近くに引き寄せることに集中する。気が急いてラケットで迎えに行くと、球威も出ないしミスも増えることが判っていながら、直せないでいるのには飽き飽きしていた。軸足のタメを意識するとショットの切れが増すように感じる。サービス練習と、サービス&リターン練習に移った。サービスはまだ安定せず、フォルトが多い。フォームをどうするか、まだしばらく試行錯誤が続きそうだった。レッスン後もサービス練習を一人続ける。
自宅に戻ると、録画しておいたTV番組を眺めながら晩飯の支度を始めた。先ず自家製凍み豆腐と冷凍薄切り豚肉を電子レンジで解凍する。土鍋に適当に刻んだ菜っ葉とニラと椎茸と凍み豆腐と豚肉と油揚げを並べ火にかける。冷たいビールで喉を潤しながら煮えるのを待った。盛大に沸騰する土鍋を食卓に運び、ポン酢とゴマドレッシングを混ぜたタレを用意する。土鍋の中身を次々に器に移しては平らげた。油揚げを入れるとコクが出るし、菜っ葉にも良く合って実に美味い。
3月11日(木)晴れ
仕事を終えて、駐車場までの夜道を歩いていく。風はまだ肌寒いが、どことなく春の予兆を感じさせていた。まだ枯れ木の桜並木の下を歩く。駐車場の薄暗い街灯の灯りに照らされて、うに色のクルマが静かにうずくまっていた。手の平の中に握っていたキーホルダー形小型リモコンのボタンを押すと、鈍い金属音と共にロックが外れる音がして、同時にウインカーが暗がりに慣れた目には眩い程の光をきっかり2回だけ放つ。ドアから突き出たアルミの押しボタンを親指で押すと同じくアルミで出来た華奢なドアハンドルが顔を出した。残りの4本の指でドアハンドルを掴むと軽く引く。思い掛けない程重厚な金属音と共にドアが開いた。レカロのセミバケットシートに体を滑り込ませる。ステアリングの右下にキーを差し込むと電源を入れた。メーターパネルの警告灯が一斉に点灯し、低く電磁ポンプが唸る音が後ろから聞こえる。スターターを回すと一瞬のクランキングの後、弾けるようにエンジンが目を醒ました。アクセルペダルに軽く足を載せ、気持ち回転を上げながらクラッチを放していくと、軽いクルマ特有の身軽さでうに色のクルマは動き出す。ライトスイッチをひねり、ステアリングを回すと、眩い白い光が暗闇を薙いだ。夜の中に滑り込む。乾いた排気音が星が瞬く空に消えていった。
3月12日(金)晴れ
夕映えの田舎道を走って家路を辿る。週末の帰宅時は気分が良かった。自宅に上がると軽く間食をとって、ナイターテニスレッスンに備える。テニスウエアに着替えてテニスクラブに向かった。いつものメンバーに一人加わって6名のレッスン生が集まる。ボレーボレーのアップから球出しの基礎練習といつもと同様のペースで進んだ。サービスの練習とサービス&リターンの練習の後、シングルスの勝ち抜き戦でレッスンが終る。
自宅に戻る途中でスーパーに寄って、食料品を買い込んだ。晩飯は鶏の水炊き鍋にする。土鍋に鶏の手羽元、豆腐半丁、ニラ、キャベツなどの野菜を放り込み、煮立たせるだけで完成する簡単な料理だ。洗い物が少ないのも都合が良い。すり胡麻ドレッシングで食べると適度な甘味と酸味で美味かった。ビール一缶、ワイングラス一杯を飲む。デザートには、大振りの文旦を1個食べた。泡盛のお湯割を湯呑で何杯か飲むと、たちまち睡魔が押し寄せて来る。夜中に久し振りに相棒が帰って来た。
3月13日(土)晴れ
なかなか目覚めない相棒を起して、家を出た。北の小さな町にあるテニスコートに向かう。途中で仲間一人と合流して、田舎道を走った。テニスコートには既に5〜6名のメンバーが揃っている。暖かい陽射しの中で昼過ぎまで練習とゲームを楽しんだ。
蕎麦屋で仲間たちと昼食を取る。ここの料理は大抵美味いので、すっかり練習後に食べるランチの定番になっていた。相棒と角煮丼セットともりそばを一つずつ頼み、角煮丼やサラダをシェアする。セットには単品で頼むもりそばとほぼ同じ量の蕎麦が付けられていた。セットの方がお得感は高いのだが、量が多くて食べ過ぎるので、丼を2人で分けるぐらいが丁度良い。
食後は、軽いドライブも兼ねて、近くの町営温泉に向かった。町から少し山道をあがった所にあるので、静かで雰囲気が良い。お湯は冷泉を温めたものだが、穏やかな春の陽射しの下で露天風呂に浸かるのは爽快な気分だった。サウナも付いていて、昼間だからか、それ程混んでなく、優雅な気分に浸れる。ただ自宅から遠いというのが唯一つの大きな欠点だった。温泉で寛いでから帰宅する。
相棒を連れて夜のテニスクラブに行くことにした。馴染みのコーチのレッスンを受ける。1時間半のレッスンで、また汗をかいてから、自宅に戻った。晩飯は豚肉と豆腐とキャベツとニラとキノコなどの野菜でキムチ鍋を作る。ビール一缶とワイン一杯と日本酒一合と共に辛い鍋を平らげた。シャワーを浴びると一日の疲れが心地よく眠りへといざなう。
3月14日(日)晴れ
朝目覚めると、シリアルとヨーグルトとトーストという朝食を取り、テニスウエアに着替え、ラケットバッグを背負って相棒と共に家を出た。車で40分ほどの場所にあるテニスコートに向かう。途中で今日の試合の相方と待ち合せてから会場入りした。
会場に着くと既に人が集まっている。試合は9時ごろ始まった。出番は3順目だからしばらく待ち時間があった。壁打ちをして体を温めてから知り合いの試合を見る。前の試合が終り、コートが空いた。トスでサービスを取り、試合が始まる。サービスは入ったが、1ゲーム目はブレイクされた。相手のサービスゲームもブレイクして、1ー1、1ー2、2ー2とお互いにまだ体の動きが悪くブレイク続きで進行する。2回目のサービスが回って来た。今度は少しサービスに切れが出てくる。3ー2とキープして、この試合始めてのリードを奪った。次のゲームはブレイクチャンスがあったが取られ、3ー3、3ー4で相手のサービスも切れが出て来て、3ー5とついに一つ離される。サービスキープで4ー5としたが、次をブレイク出来ず、結局4ー6で1回戦敗退を喫した。
昼近くまで他の試合を見てから近くのタイレンストランで昼食を取る。その後、北の町のテニスコートに行って相棒と相方と3名で1時間半ほど練習をした。暖かい一日で、たっぷりと汗をかく。練習の後の帰り道で、少し遠回りして山の上の温泉に寄った。蛇口が少なく、サウナも狭いこじんまりとした町営温泉だが、露天風呂は開放感があって悪くない。夕暮れまで湯に浸かって体を休めてから自宅に戻った。
溜まった洗濯物を洗濯機に放り込んでスイッチを入れてから、近所のスーパーで買い物をし、喜多方風ラーメン屋で晩飯を食べる。そのまま相棒を近くの駅まで送っていった。一人で自宅に戻ると、軽く掃除などを済ませる。アミノ酸とクエン酸を補給してから布団に潜り込んだ。
3月15日(月)晴れ
外に出ても、寒さは感じなかった。恐らくもう冬に逆戻りすることは無いだろう。そう思うと、まるで真冬の夜に暖かいクリームシチューを口にした時のように、心が温まるのを感じた。駐車場に向かって歩いていく。歩道橋を登って、通りを越え、階段を降り始めると、視線の先に桜並木があった。つい先日まで、全くの枯れ木だった桜並木が、まるで手品で突然シルクハットの中から出現する鳩のように唐突に、花芽をびっしりと枝にまとっている。思わず階段を降りる途中で足を停めた。
自宅に戻ると、うなぎの蒲焼をパックから出してフライパンの上でタレと酒で焼き直し、うな丼を作って食べる。至極簡単な晩飯の後、デザートに文旦を1個平らげた。アールグレイの紅茶をポットで入れて深い香りを楽しむ。思い立ってキッチンの流しの下にある収納の掃除を始めた。中の物をすべて出し、壁と床を雑巾で丁寧に拭う。収納の扉を開け放したまましばらく空気を通して充分に乾かすことにした。
3月16日(火)曇り後晴れ
ゴミ袋を持って家を出る。一階のホールから出て、左側にあるゴミ集積所に重たいゴミ袋を置いた。電動ゲートのボタンを押して鉄製の門扉を開けると門の外に歩み出す。寒さはないが、空は薄曇に覆われて少し暗かった。晴れの予報だが、灰色の空を見上げると気分は盛り上がらない。灰色の砂利が敷かれた駐車場に、空の色に溶け込むような灰色の車が待っていた。もうアクセルを深く踏み込んでオートチョークを効かせる必要もない。セルスターターを回してしばらく待つだけで、たった1500ccの小さな心臓が目を醒ました。電子式燃料噴射ではなく、キャブレターを持つこの車のクランキングは、長い。
東京の開花予想日は二日後に迫っていた。北関東の田舎町は、ほぼ一週間程遅れて桜前線が通過する。しかし、この気温が続けば、その予想よりも早く開花することも考えられないではなかった。現に並木の枯れ枝にびっしりと芽吹いた桜の花芽は昨日よりも更に膨らんだように見える。空を見上げると、桜の枝の向こうの暗闇に白い光芒を放つ星が張り付いていた。
3月17日(水)晴れ
うに色のクルマの屋根を開け放すと、春のそよ風が吹き抜けた。花芽が脹らんだ桜並木の下を走って、壁打ちコートに向かう。コートには誰も居なかった。ボールを打ち始めるとすぐに体が温まる。上着と帽子を脱いでベンチに置いた。一時間余りボールを打ち続けてからコートを出る。車に乗って走り出すと爽やかな風が車内に渦巻いた。ドアに左肘を乗せると袖口からふわりと風が流れ込んで汗ばんだ体に心地良い。暗くなりかけた空を見上げた。春を通り越えて初夏が訪れたような陽気に体が歓喜に震える。
黄昏ていく空の色を楽しんでいる内に、何時の間にか忍び寄る様に押し寄せた暗闇がたちまち辺りを支配した。テールランプやヘッドライトが闇の中に浮かびあがる。ナイター照明が眩しいテニスコートに着いた。時間になると灯りに吸い寄せられる虫のように7名のレッスン生が集まってくる。ボレー&ボレー、ボレー&ストローク、サーブ&リターン、ペアボレーと、いつものように練習が進んで行った。ボレーのタメがまだ出来ない。特にフォアボレーに切れが出せなかった。バックボレーは左足を1歩出して軸を決めてから打てるので少しタメが作れるが、フォアボレーでは、右足を動かさずに体重移動無しで打ってしまうことが多いことに気付く。右足、左足という体重移動に同期して打点を決めてやる必要がありそうだが、上手くイメージが作れなかった。サービスは、壁打ちで得られた良い感触が再現出来ず苦しむ。レッスン後に一人コートに残りサービス練習をして、やっと何球か良い感触で打てた。この「つかみ」の感覚をボレーでも感じたい。
自宅に戻ると、録画しておいたTV番組を眺めながら晩飯作った。大鍋に湯を沸かし、スパゲティを茹でる。フライパンに冷蔵庫から出した作り置きのチキンカレーをあけて火を入れた。少し固めに茹で上がったスパゲティを皿に取り、真中に生卵を1個載せる。上から煮えたぎるカレーをたっぷりとかけてやった。素焼きのビアカップ一杯のビールと冷した赤ワインのグラス一杯を用意して食べ始める。熱々のスパゲティとカレーの挟み撃ちに遭い、半熟状態になった卵をフォークで割ってスパゲティに絡めて口に放り込むと、卵の香りと濃厚な食感が堪らなかった。こいつは美味い。
3月18日(木)曇り一時雨
天気予報通りに午前中から雨が降り始めた。久し振りの雨でもあるし、気温が上がらず肌寒さも久方振りに感じられる。夕方に仕事場を出る頃には、これまた予想通りに雨は止んでいた。駐車場から灰色の車を出し、暗い田舎道を走って家路を辿る。
自宅に着いてTVを点け、素焼きのカップにビールを注いだ頃、丁度キックオフの笛が鳴った。大事な試合が始まる。TVを眺めながら晩飯の鍋を作り始めた。この冬は幾度鍋を作ったことか数え切れない。先ず冷凍した豚肉を電子レンジで解凍し、豆腐、ほうれん草、エノキ、椎茸、油揚げなどを土鍋に適当に放り込み、キムチの素で味を付けて火にかけた。冷たいビールで喉を潤す。やがて盛大に沸騰して蓋の穴から湯気が噴出した。生卵を1個割入れて蓋をする。一呼吸置いてから土鍋を食卓に運んだ。半熟状態の卵を箸で割って菜っ葉に絡めて食べると、これは美味い。
そして、鍋を食べ始めた頃、最初のゴールが生まれた。さらに前半終了前に待望の追加点が入る。戦い振りを見ていても、もう心配はなかった。ようやくホームらしい安定したサッカーが見られる。後半にも1点を加え、もう勝利とオリンピック出場は決まった。長い笛はただそれを追認したに過ぎない。アジアの壁を越えた先には遠い神々の国が見えていた。
3月19日(金)晴れ
ナイター照明が眩しかった。一週間の仕事が終わった後にグリーンの砂入り人工芝のコートに立つのは、気分が良い。柔らかく弾力に富む芝を踏みながらコートの周りを何周か走った。続いて準備体操で体をほぐしておく。久しぶりに人が多く、7名のレッスン生が集まった。風は無い。静かな夜だった。ボレー&ボレーでアップした後、コーチの球出しでボレーとストロークを練習する。球出しが終わると、クロスのラリーからダブルスに移行する形の練習をしばらく繰り返した。サービスを打ち放した後は、サービスからのダブルスの練習になる。最後はシングルスのチャンピオンゲームだった。1時間半の間、コートを走り回ると寒い日にもかかわらず、充分体が温まる。しかし、人が多かったせいで、一人当りの運動量は少なく、汗が流れる所までは行かなかった。少し物足りない思いを抱きながらコートを離れ、自宅に戻る。久しぶりに冷たい夜だった。
3月20日(土)曇り後雨時々霙
軽い朝食をとって、家を出た。どんよりと重たそうな鉛色の雲が空を低く覆っている。天気予報の通り、雨が降り出すのは時間の問題に思われた。雨の心配は有るがうに色のクルマで近くのテニスコートに向かう。2面のコートにサークルメンバーが12名集まった。このぐらいの人数が練習に丁度良い。3月中ごろの初夏を思わせる陽気とは打って変わって冬に逆戻りしたような寒さだが、ボールを追って走っていると寒くなかった。練習を始めて1時間半経った辺りから細かい雨がぱらつき始める。大した影響はないが冷たい雨だった。更に30分ほど経つと雨は霙に変わって強さを増し、ますます気温が下がる。コート使用時間に一時間を残して練習を打ち切らざるを得なかった。解散する。
参加した仲間と2人でラーメン屋に寄る。少し早い時間だったので店には先客が一組いるだけで空いていた。坦々麺と餃子を注文する。しばらくして運ばれてきた坦々麺は、スープに胡麻味噌の風味とコクが効いていて、麺の歯応えも良く、予想以上に満足できる味だった。餃子も珍しく容赦なくニンニクが効かしてあって美味い。総じて悪くない味だった。食べ終わって気が付くと、何時の間にか店は満員で、入り口は待ちの客であふれている。何度も前を通りながら、今まで一度も入ったことがなかったが、どうやら人気店であるらしいことが判った。会計を済ませて店を出る。
自宅に戻ると、雨天走行で汚れてしまったうに色のクルマを軽く洗車して、液状スプレーの簡易ワックスをかけた。内気温、外気温、バッテリー電圧の三つを表示する後付けのメーターを見易い位置に取り付けし直す。充電式の掃除器を持ってきて運転席と助手席のシートとフロアを掃除した。マットも外に出して良く叩いて埃を出す。雨の日でも作業が出来る地下駐車場の優位性を活かして、テニスの出来ない週末を過した。部屋に帰ると流しの下の収納の掃除・片付けも終らせる。思いがけない雨のお陰で放置してあった仕事が少し片付けられた。
3月21日(日)晴れ
朝目覚めると、先ずTVを点ける。冷蔵庫からヨーグルトを出し、皿に盛ったシリアルの上からたっぷりとよそった。オーブントースターに冷凍庫から出した食パンを2枚放り込む。ヨーグルトとシリアルを良く混ぜてスプーンで口に運んだ。5分程でトーストが焼き上がったので、蜂蜜を塗って齧った。カーテンを開けると昨日とは打って変わって気持ちの良い青空が広がっている。冷蔵庫から良く冷えた缶ビールを取り出し、素焼きのカップに注いで飲み干した。文句なく美味い。テニスウエアに着替え、ラケットバッグを背負って家を出た。自転車を漕いで近くのテニスクラブに向かう。10分ほどのサイクリングで体も温まって、丁度良いアップになった。
午前中に何試合か楽しむ。昼飯は近くのお祭りの屋台で買って来た焼き蕎麦と、大振りのフランクフルトで済ませた。クラブハウスでビールを飲んで椅子に座ると、急に眠気が襲って来てしばらくうたた寝する。太陽が出て、風もなく暖かかった。食べ過ぎて、しかもうたた寝したせいか、午後からは思ったようなプレーが出来ず、ミスが多くなる。不甲斐ない敗北が続いて気分も落ち込んでいった。こんな日もあると諦め、早めに切り上げてコートを去る。
電車に乗り、夕暮れの街に出た。目的の焼き鳥屋は商店街の入口にある雑居ビルの地下一階にある。今日はここで月に一度の日本酒を楽しむ会が催されることになっていた。24種類の日本酒が新聞紙で包まれ、銘柄が判らないようにして置いてある。新聞紙に番号が書いてあるので、片っ端から少しづつ飲みながら、手元のメモ用紙に番号毎の寸評を記した。肴は枝豆と鯵フライと大根と鶏の煮物などが用意してある。合間に仕込み水で口を洗いながら次々に試飲を進めた。一通り試飲を終ると、気に入った番号の酒をもう一度飲んで確認してみる。最後に恒例の残った酒のオークションが行われた。気に入った酒2本を落札する。まだ中身が8割ほど残っている一升瓶を2本持って、別の店に行き、もうしばらく飲んでから、終電で自宅に帰った。シャワーを浴びて、熱いミルクティーを飲むと、転がり込むように布団に倒れる。すぐに意識が暗闇の彼方に遠のいて行った。
3月22日(月)曇り後雨
日々、まるで昨日の天気の自己否定を繰り返しているようだった。一昨日は冷たい雨、昨日は晴れ、そして今日はまた曇り空が広がっている。目まぐるしい事おびただしかった。雪が積もる程降る恐れが有ると天気予報士がTVの画面から脅しをかける。その言葉を尊重して灰色の車に乗り込んで走り出した。外気温計は零度を割っていない。もう窓の霜を落とす必要も無かった。走り出してしばらくして、水温計の針が動き出すのを待ってからヒーターのスイッチを入れる。旧式だが忠実なエアコンはただちに温風を吹き出した。
アールグレイの芳醇な香りが鼻をくすぐる。最初にストレートで香りを楽しむが、ミルクティーの方が好みだった。軽く温めたミルクを注ぐと甘い匂いが加わって、より柔らかく豊かな味わいに変化する。大きなマグカップでたっぷりと味わった。大きな文旦を割ると柑橘系の甘酸っぱい香りが立ち上る。ひと袋づつ丁寧に皮を剥いて甘い果肉をむさぼり食べた。丸ごと一個は食後のデザートには少し多すぎるが、構う事は無い。空腹を満たすと、後は眠るだけだ。シャワーを浴びると布団に潜り込む。
3月23日(火)晴れ
目覚めると、枕もとに置いた目覚まし時計の文字盤が普通に見られる程明るくなっていた。日の入りが遅くなったのはずいぶん前からだが、春分の日を過ぎて、夜明けが一層早くなったように感じる。カナダ製の朝食シリアルを器に出し、ヨーグルトをたっぷりとかけ、スプーンで良く掻き混ぜた。ヨーグルトは良く掻き混ぜると舌触りが滑らかになって、より美味い。すくって口に運ぶと歯と舌の両方で楽しめた。スリランカの紅茶でミルクティーを入れる。少し脂肪分が多過ぎるかも知れないが、食べ慣れると意外に美味いので気にしないことにした。
自宅に戻ると部屋が寒い。今日は冬並の気温まで下がった。まだしばらく寒い日が続くらしい。今夜も鍋を作ることにした。材料を適当に切って土鍋に放り込む。煮えるのを待つ間に、帰り道で買って来たマグロの刺身をつまみながら冷蔵庫から出した日本酒を飲んだ。日曜日に購入した2本の酒は、どちらも生酒なので早く飲まなければいけない。しかし、既に一昨日とは味が変わっているように感じた。わずかに雑味やエグ味が増えている。ラベルに「酒は生き物です」と書いてあるのは嘘では無かった。開栓後の温度上昇や運搬や空気との接触などから影響を受けたらしい。繊細な扱いを要求するデリケートな酒だった。無論、まだまだ充分楽しめる。僅かな雑味は無視して香りと複雑な味わいを楽しむことにした。都合の良い事にしばらく飲んでいると少しの違いなど判らなくなる。鶏の水炊きを肴に杯を重ねていった。
3月24日(水)曇り後雨
曇が所々切れて、僅かに覗く青空が、見る間に形を変えていった。油断はならないが、まだしばらく雨は降らないらしい。壁打ちコートに着くと、今日も誰も居なかった。ふと思いついて、ラケットを使わず、素手で壁打ちしてみる。なかなか上手くいかないが、しばらくするとコツを掴み、続けられる様になった。手の平で打つイメージを残したまま、ラケットを手にして打ってみる。意外に悪くなかった。もしかしたら最近耳にした説は嘘ではないかもしれない。しばらくストロークに熱中した。サービスも左腰を前に突き出すようにするとタメと壁が作れるという説を試してみる。これも悪くないがフォームを固めるのには時間が掛かりそうだった。一時間以上ボールを打ち続けてからコートを出る。
コンビニでしばらく時間をつぶし、アミノ酸飲料を買ってから外に出ると、暗い空から細かい雨が降り始めた。天気予報を見て覚悟はしていたが、気持ちが暗くなる。テニスコートに急いだ。開始時間まで細かい雨が降ったが、コートを濡らすほどでは無い。しかも開始後間もなく雨は止んだ。7名のレッスン生と一人のコーチがコートを埋める。ボレー&ボレー、ボレー&ストローク、サーブ&リターン、ペアボレーと、練習メニューはいつも通りだった。ボレーの「タメ」と「キレ」は、今夜もまだ掴めない。ストロークとサービスでは、壁打ちでつかんだ感覚で、何球か切れのあるボールが打てた。力など要らないことが実感できる。後はフォームを固め、サービスを安定させなければならなかった。5年近く付き合ってきたコーチが家庭の事情で辞めると皆に告げる。結局、ボレー技術を盗むことは最後まで出来なかった。
自宅に戻ると、録画しておいたTV番組を眺めながら晩飯を作る。土鍋に肉と野菜を適当に刻んで放り込み、キムチの素で味付けするだけの、調理とも言えないような簡単料理だった。冷蔵庫から日本酒を出して徳利に移す。冷の吟醸生酒を飲みながら鍋を食らった。
3月25日(木)曇り後雨
帰り道でスーパーに寄る。閉店まで1時間強を残した店内では生鮮食料品の値引き販売が始まっていた。宮城産かつおの刺身が安くなっていたので買い込む。自宅に着いてTVを点け、冷蔵庫から日本酒を出して刺身をつまみに飲み始めた。これだけでも良いようなものだが、養殖鯛のアラも買って来たので、土鍋に鯛の頭や骨の周りの肉と豆腐と小松菜とエノキと刻みネギを並べて水を張る。味付けはシンプルに塩と香り付け程度の醤油だけにした。鯛の潮汁を肴に、更に冷や酒を飲む。辛口の日本酒と魚は、やはり良く合っていた。しかし、閉店間際で安売りになっていた養殖の鯛だから仕方ないが、子供の頃に引き出物の塩焼きで作った、記憶の中の潮汁ほどの味は出ない。生臭さもあるし、脂もくどく感じた。一度鯛を塩焼きしてから入れる、生姜や日本酒を加えて臭みを消す、などの手間を掛ければ、もっと美味くなるのは判っているが、構うことはない。これでも充分に美味かった。晩飯を食い、ニュースを眺めてから風呂に入ると、もう後は寝るだけしかない。布団に入るとまるで電灯のスイッチを切るように意識が暗転した。
3月26日(金)晴れ
まだ明るい内に仕事を放り投げて事務所から出る。ロッカールームで着替えて外に出ると冬用の服では少し暑いぐらいの暖かさだった。駐車場に向かう歩道で見上げると、桜並木の蕾が脹らんで、数輪は開花している。ついに北関東の街にも桜舞う春がやってきた。
壁打ちコートに向かい、薄暗くなるまでの1時間半ほどを壁打ちに費やす。ストロークとサービスにたっぷりと時間を割いた。サービスは良い感覚を掴めたように思うのだが、しばらく時間が経つと、また判らなくなってしまう。安定したサービスが身に付くことを願いながら何球も何球も繰り返しボールを壁に叩きつけた。火照った肌に春風が心地良い。最後の1球を打ち終えるとゆっくりとコートを離れた。
落日を追うように西に向かって車を走らせる。軽い運動の後のドライブは気分が良かった。今夜はナイターレッスンが無いので、自宅に戻ると普通に晩飯の支度を始める。もう鍋の季節も終わりに近付いていた。だが夜はまだ寒い。晩飯はキムチ味の鍋にする。土鍋に鶏の手羽元、豆腐、ニラ、小松菜、エノキなどの野菜を放り込み、キムチの素で味付けるだけの簡単な鍋にした。ビールや日本酒を飲みながら平らげる。日曜に買った2本の一升瓶が空になった。
3月27日(土)晴れ時々曇り
軽い朝食をとって、家を出た。うに色の車で田舎道をのんびり走って行く。北の小さな町にも桜の便りが届きそうな気配があった。まるで表面が盛り上がるほど酒を満たした杯のように、今にもこぼれそうに脹らんだ蕾が大きな木の枝にびっしりと付いている。
時間に少し遅れて到着した北の町のコートには、サークルメンバーが6名集まっていた。ほぼ同時に到着した一人と合わせて丁度8名になる。2人でアップを始めた。太陽の光が穏やかに降り注いで暖かいが、風はまだ冷たい。少し強めの風が風下側のショットを押し戻し、風上側のショットを加速させた。ストロークではかなり影響が出る。いつものようにボレー&ストロークとサービス&リターンをたっぷりと練習した。時間が長いので目的意識をきちんと持っていないと集中出来ない。最後に8ゲームノーアドの練習試合をした。2ー2までは付いて行けたが、ペアと共にリターンが悪く、そこから一気に離されてしまう。結果は2ー8と惨憺たるものだった。ダブルフォルトも最初のゲームで2回(キープ)、次のゲームは0回(ブレイク)、最後のゲームは2回(ブレイク)と、3ゲームで4回も出してしまう。サービスとボレーの課題は、まだまだ解決されなかった。
練習の後は数名と連れ立って近くの洋食屋に行く。田舎町の辺鄙な場所にある汚い店だが、ここのデミグラスソースはわざわざ食べに行く価値があった。ソースがたっぷりと堪能できる定番のハヤシライスを注文する。ドロドロとサラサラの中間程度の程良い濃さのソースが、甘い玉葱と濃厚な味わい深い牛肉にしっとりと絡み付き、少し固めに炊き上げられたつやつや光る飯の上に載せると、その色と香りだけでも激しく食欲を刺激した。スプーンで口に運ぶと甘い香りとスパイスのほのかな煌きが口一杯に広がる。肉はとろとろの歯ごたえがないものでは無く、噛み締めるとしっかり味が出て来て、実に美味かった。満足して店を出る。
午後からは、近くのテニスクラブで、ゲームを楽しんだ。最後は少し暗くなるまで乱打をしてクールダウンする。クラブハウスでシャワーを浴びると、近くの居酒屋に行った。クラブ会員の還暦のお祝い会に参加する。今年還暦を迎える二人の為に30名以上の会員が集まり、祝福した。二人の人柄の賜物もあり、会場は温かい雰囲気に包まれている。刺身が意外に美味かった。たらふく刺身を食らい、ビールを飲む。2次会は近くのカラオケスナックに移動した。代行車に便乗して自宅近くに戻る。楽しい一夜になった。カラオケ移動後はほとんど飲んで居ないが、念の為アミノ酸飲料を飲んで、布団に潜り込み、死んだように眠る。
3月28日(日)晴れ
朝目覚めて、布団から這い出るとTVを点けた。目覚めの気分はそれほど悪くないが、寝不足は否めない。冷蔵庫からヨーグルトを出し、シリアルに載せて食べる。熱いミルクティーを入れてゆっくりと飲んだ。カーテンを開けると明るい朝日が差し込んでくる。気持ちの良い青空が広がっていた。それだけで良い一日になりそうな予感がする。テニスウエアに着替え、テニスシューズを履き、ラケットバッグを背負って家を出た。自転車に跨って近くのテニスクラブに向かう。途中で公園の中を走ると、桜がちらほらと開花しているのが見受けられた。10分ほどの短いサイクリングだが、体が温まって、丁度良いアップになった。
午前中に何試合か楽しむ。昼飯は近くのスーパーで巻き寿司の弁当を買ってきた。クラブハウスのテラスでゲームを眺めながら食べる。太陽が暖かく、穏やかな春風が吹いて、気持ちが良かった。午後からも日が暮れるまでゲームを楽しむ。タイブレークにもつれ込むゲームが多かったことや、昨日からの疲れが寝不足と加担してることもあり、いつもより疲れた。クラブハウスで椅子に座り、ホットコーヒーにミルクを落として飲む。春の気持ちの良い一日をテニスをして過した実感が体の隅々までじわじわと広がった。
帰り道で同年代の会員と一杯飲むことになる。近くの居酒屋に向かった。生ビールをピッチャーで注文する。運動して汗を流した後のビールは堪らないほど美味かった。思わず何度もお代わりする。豆腐やサラダや地鶏の唐揚げなどの料理もなかなか美味かった。これなら悪くない。軽く一杯飲むつもりが、泡盛を注文したことから本格的な飲み会になった。近くのテーブルに知り合いもやってきて行き来を始める。予定よりも時間と金を掛けてたっぷり飲むと流石に疲れ果てて店を出た。家に戻るとシャワーを浴びて布団に倒れ込む。掃除や洗濯が出来なかった。構うことは無い。今は疲れた体を布団に横たえて休むのが精一杯だった。引きずり込まれるように暗闇に落ちて行く。
3月29日(月)晴れ
早めに仕事を切り上げて自宅に戻ると、先ず晩飯の支度を始めた。鍋に水を張り、火に掛ける。ニンニクの皮を向いて薄くスライスした。沸騰した湯にスパゲティを適量放り込む。フライパンにオリーブオイルを多めに垂らし、ニンニクを炒めて香りを引き出した。換気扇を回してもオリーブオイルとニンニクの香ばしい匂いが鼻を射る。フライパンに肉と野菜を加えて炒め、塩胡椒で味を整えた。茹で上がったスパゲティをさっと混ぜ合わせるとシンプルだが、美味いパスタ料理が簡単に出来あがる。熱々のスパゲティにタバスコソースで辛味を加えて食べた。これは美味い。食後はミルクティーをいれて、しばらく雑誌を読みながら寛いだ。
洗濯機に回してから、掃除機を掛ける。充電式の掃除機は、コードが無いのは嬉しいが、吸引力が弱くいらつく時もあった。埃のような細かい物は良く吸い取れるのだが、大きめのゴミがなかなか入って行かない。掃除を終えて洗濯物を干すと、もうあまり時間はなかった。週末の睡眠不足を補う為に、早めに布団に入ると目を閉じる。たちまち意識が眠りの暗闇に沈み込んでいった。
3月30日(火)晴れ後曇り後雨
網線入りの擦りガラスの窓が嵌った鉄製の重い扉を押し開けると、薄暗い空から雨が落ちていた。激しい雨では無いが、既に路面には水溜まりが出来ている。水面に丸い波紋が次から次へと出来ては消え、出来ては消え、を繰り返していた。建物の中を通ってロッカールームに移動することにする。着替えて外に出た。傘をさして駐車場に向かって歩いて行く。見上げると、暗い空を背景に雨に打たれた桜の花が、ほのかに白く浮かんでいた。まるで和紙で出来た行灯と同じく、あたかも内側に光源があるかのように、ほんの微かだが発光して見える。まだ2分咲き程度だが、不思議な桜の星明かりの下を歩いた。
新しく出来たスポーツジムに寄って、無料試し券で施設を使ってみる。まだ設備が新しく、ロッカールームなども綺麗で気持ち良かった。マシンジムと、スタジオが大小2個と、25mプールが2つと、サウナ、露天風呂付きの温浴施設が整っていて、使い勝手は悪くなさそうだ。マシンの取り扱いを聞いてから、いくつか試してみる。スタジオでのプログラムも体験してみた。3時間半ほどプール以外の設備を色々と楽しんでから、さらにサウナで汗を絞り出す。仕事場の近くなので知った顔に会いそうなのが気に食わないが帰り道に気楽に寄れるのは好都合だった。自宅に帰り、冷えたビールを飲む。思わず唸るほど美味かった。