4月1日(木)晴れ桜がもう直に満開になる。仕事場の近くまで来て、最後の坂を駆け上がると、もう五分咲き程度に花開いた桜並木に出迎えられた。朝の光の中でぽやぽやと白い綿菓子のように見える。今年もまた花のトンネルの下を走れる季節がやって来た。アクセルを開けると、うに色のクルマが快音を立てて一気に坂を上り切った。駐車場まで1キロ程続く白い回廊を走って行く。通り過ぎてしまうのが勿体なかった。
もう空は暗い。駐車場まで歩いて行く途中でガソリンスタンドの明るい照明にほぼ満開に近い桜の木が一本暗闇の中に浮き上がって見えた。煌々と点る電気の灯りよりも、それを受けて光る桜の花の方が眩しい。うに色のクルマの幌を降ろして走り始めた。やはり桜のトンネルを走るのは、昼間に限る。真っ暗な空をバックにうすぼんやりと沈む桜花は、少し物足りなかった。桜、桜、桜。この時期は、どこかもの狂おしい空気が辺りを支配している。桜並木が途切れると呪縛から解き放たれたように、アクセルを踏み込んだ。暗い田舎道に心地良い排気音が響いて消えて行く。
4月2日(金)晴れ
仕事を放り投げて事務所から出ると、空は、まだ明るい。駐車場へ向かう歩道で見上げると、7分咲きぐらいの桜並木が頭上に広がっていた。何時見ても枯れ枝が数日の内に白い花びらに埋め尽くされる様は、まるで魔法の様に神秘的に思える。うに色のクルマの幌を降ろすと桜のトンネルの下を走り始めた。見上げると桜が降り注いでくるような錯覚に陥る。風も暖かく、最高の気分だった。
壁打ちコートに着くと、ここでも桜並木に迎えられる。桜の木の下に幌を開けたまま、クルマを停めた。1時間ほど壁打ちに励む。スマッシュとストロークとサービスに均等に時間を割いた。水曜日にグランドスマッシュが上手く出来なかったので、繰り返して練習する。自分に向かって飛んで来てバウンドするような球出しは出来なかった。だが、真上に球を出してバウンドさせてから打つことを繰り返すと、次第に感覚が掴めてくる。何度も繰り返しボールを壁に叩きつけた。汗ばんだ肌に春風が心地良く吹き抜ける。
帰り道で遠回りせずに寄ることが出来るスポーツジムに入会することにした。入会金を支払い、会員カード用の写真を撮る。手続きは簡単だった。早速マシンで上体の筋肉を鍛える。時間が無いので、有酸素運動はやらず、風呂に入ってジムを後にした。来週から本格的にトレーニングを始めることにする。
自宅に戻ると晩飯の支度を始めた。もう鍋の季節が終わる。今夜が最後の鍋になるような気がした。土鍋に鶏の手羽元、豆腐、小松菜、モヤシ、エノキなどの野菜を放り込み、キムチの素で味付けるだけの簡素な鍋にした。ビールとワインを飲みながら全部平らげる。
支度を終えると、外に出た。まだ夜は冷える。近くの駅まで歩いた。時間通りにホームに滑り込んで来た電車に乗り、南に向かう。目的の駅で降りると、駅前のラーメン屋に入った。生ビールを1杯と日本酒を一合だけ飲んで、駅前のバスターミナルに戻る。西に向かうバスが着いた。バスに乗り込み、シートを目一杯リクラインさせると、耳栓をして目を閉じる。1週間の疲れと、ほろ酔いのお陰でたちまち眠りに落ちた。
4月3日(土)晴れ後曇り
古都でバスを降りる。早朝営業のレストランで、ミックスサンドと生ビールの朝食をとった。目覚めの乾いた体に冷えた生ビールが、みるみる浸透していくのが判る。駅前の銭湯でサウナに入り汗を流した。
相棒と待ち合わせて地下鉄に乗る。古の醍醐の町は、今はマンションが立ち並ぶベッドタウンと化していた。しかし駅前から坂を上がって行くと時間も遡る。桜巡りは、醍醐寺からスタートした。五重塔と淡い紅色の枝垂桜の組合せが美しい。しばらく声も無く見惚れた。
地下鉄で街に戻り、平安神宮を通って京都大学のキャンパスに入り込む。大学の中とは思えないフレンチの人気店があった。しばらく待ってから席に通される。ゆったりと2時間近く掛けてランチコースをとった。手の込んだオードブルや、滑らかなポタージュスープも薄味で上品だが、メインはやや塩辛い。デザートも盛り合わせで豪華だった。昼食を堪能すると再び歩き出す。
通勤時の駅構内の様な人ゴミを縫いながら哲学の道を歩いた。小川沿いに延々と桜並木が続いている。美しいのだが、いかんせん人が多過ぎた。更に歩き続ける。高台寺の枝垂桜を楽しんでから、清水寺へと回った。ここも凄い人出で、真っ直ぐ歩くことさえ叶わない。夜間拝観が始まるまで、少し人ゴミを離れることにした。ベンチに腰を降ろし、白川ベーカリーで買ったパンを齧り、冷酒を飲む。空が次第に暗くなり、桜が闇に浮かび上がるのを待った。夜間参拝は人を拝みに行ったようなものだが、ライトアップされた清水寺と桜は美しい。
人波から逃れる様に山を降り、バスに乗って街に戻った。駅ビルのラーメン小路で夜食をとって相棒の家に向かう。シャワーを浴びると布団に倒れ込み、疲れ果てて眠った、
4月4日(日)雨後晴れ
朝目覚めて、布団から這い出る。冷蔵庫から缶ビールを取り出して、グラスに注いで飲み干した。多少睡眠不足だが、目覚めは悪くない。パンとコーヒーの朝食を取ってから外に出た。冷たい雨が桜並木をしっとりと濡らしている。駅から電車に乗って西に向かった。
20分程で港町に着く。観光バスに乗り込み、ビールを飲むと一眠りした。数時間バスに揺られてうとうとしていると吉野山に到着する。雨は降り止みそうもなかった。駐車場から坂道を上がって行く。雨にも係わらず花見客が多く訪れていた。門前町の狭い参道の両側はみやげ物屋が並んでいる。仁王像が守る門を抜けると蔵王堂という名の立派なお堂がそびえていた。境内の桜も美しい。そぼ降る雨の中を傘をさしながら、更に上って行った。
水分神社という社まで登ることに決める。道は舗装道路なので大して苦労は無く地道に上って行くだけだった。霞が濃密に満ちていて折角の景色は良く見えない。時折、ふと霞が薄くなり、山の緑と桜の白が描く、見事なコントラストが一瞬姿を現し、また霞の向こうに消えていく様は神秘的でかつ、幻想的だった。2時間ほど掛けて辿り着いた水分神社は、古びて趣のある社で、見甲斐がある。門前の桜は美しく花開いていたが、境内の紅枝垂れ桜はまだ蕾のままだった。
山を降り始めても、雨は止まず、霞は漂い続けた。山腹の東屋で弁当を食べる。持って来た冷酒を飲むが、この天候と寒さでは花見気分は盛り上がらなかった。蔵王堂の門前町まで降りて、温泉に入ろうと先を急いだが、皆考えることは同じで、数少ない入浴施設は満員で入れない。古い民家を利用した茶店に入り、熱いお茶で体を温め、名物の葛餅を食べた。この茶店の火鉢で暖を取りながら見る庭の椿と借景の桜が美しい。最後になって一番豊かな気持ちで花を見られた気がした。
バスで港町に戻る頃になって、やっと青空が広がる。夕方の中華街をぶらぶらと、肉まんや、汁ビーフン、胡麻団子、揚げドーナッツなどを食べ歩くのも悪くなかった。日曜の夜なので混んでいないのが良い。しばらく港町の風情を楽しんでから家に戻った。シャワーを浴びて一息つくと布団に潜り込んで眠りを貪る。
4月5日(月)晴れ
朝から青空が広がり、穏やかな春の陽射しがあまねく降り注いでいた。ベーグルサンドのランチとワインを持って家を出る。すぐ近くの川沿いは数キロの間、桜並木と遊歩道になっていて桜の名所として有名だった。遊歩道を自転車を押して歩く。春休みの平日なので、子供と老人が多く目立った。
桜並木の終わりまで歩いていって、少し街で買い物を済ませてから、また遊歩道に戻り、適当な場所を見つけて荷物を広げる。川岸に腰を降ろして足を垂らし、川面にきらきらと光を散らす春の陽光と、両岸を埋め尽くす桜並木を眺めた。鞄の中から持って来た食材を取り出す。ベーグルパンを割って、クリームチーズをたっぷりと塗り、焼いておいたベーコンを載せて挟んだ。チリ産の赤ワインを開けてグラスで飲みながら、もっちりとしたした食感のベーグルを噛み締めると、これは実に美味い。ワインを半分ぐらい開けて、パンを食べ終わると眠気が襲ってきた。構うことはない。ごろりと横になると目を閉じた。川のせせらぎが遠のいていく。目を覚ますと、眠っていたのは30分ぐらいだった。気分は良い。八朔の皮を剥いて食べ、更にワインを飲んだ。春の日はまだまだ長い。至福の時をもっと楽しんでいたかったが時間は無限ではなかった。荷物をまとめて家に戻る。
再び家を出て駅に向かった。電車に乗って街に出る。晩飯の豚まんを買って新幹線に乗り込んだ。4時間ほど電車に乗ると北関東の自宅に辿り着ける。家に戻ると、西の古都で過した時間が夢のように思えた。
4月6日(火)晴れ
網線入りの擦りガラスが嵌め込まれた扉の向こうは暗闇だった。日付が変わるまで2時間となった宵の空には、ほぼ真円に近い月が冷たい表情を見せて浮かんでいる。ロッカールームで作業着から着替えて外に出た。満開の桜が街灯に照らされて光を放つ様に輝いている。門をくぐると、目の前に長さ1km以上に渡って連なる桜並木が広がっていた。提灯や街灯が無いので、暗闇の中、滲み出すように薄ぼんやりと白い。歩道橋に駆け上がると道の両側に遠くまで柔らかく白い帯が連なっていた。
駐車場から車を出し、並木の下を走り出す。頭上は、まるで一枚一枚の花びらに月の光を閉じ込めたように、おぼろげに発光する壁に覆われた光のトンネルだった。このまま走り続けたら時間すら超えられそうな気がする。いつまでもこのトンネルを走り続けられたなら、それは、永遠の静寂へと誘う果てしない魅惑だった。T字路の信号に突き当たると、頭上のトンネルが途切れ、桜の呪縛から解き放たれ、一時の甘い夢から覚醒する。信号を左折して峠道を降り始めると、それは現実世界へと通じていた。まるで絡みつく蜘蛛の糸のように、まだ僅かに残っている桜の王国の吸引力から、逃れるようにアクセルを踏み込む。灰色の車は今夜も桜の魔手から逃れ、闇の中を疾走した。銀の糸の残滓をなびかせながら走る車を、青白く光る月が静かに見守る。春の夜が気まぐれに見せる、淡い夢幻だった。
4月7日(水)晴れ後曇り
まだ明るい時間に仕事場を出るのは気分が良い。春の穏やかな陽射しが残る歩道を軽やかな足取りで歩いた。門の外に出ると道の両側を埋め尽くす桜並木が目に飛び込んでくる。白いふわふわの砂糖菓子のような不思議な景色は何度見ても現実の物とは思われなかった。目の前にあるコンクリートの階段を駆け上がる。歩道橋の上は花見の特等席だった。思わず頬が緩む。階段を駆け下りると桜のトンネルになった歩道を歩いて駐車場に向かった。うに色のクルマの幌を降ろしてトンネルの中に入って行く。見上げるとピンクの花の隙間から青い空と白い雲が具間見えた。花びらがフロントガラスをかすめて後方に飛んで行く。バックミラーには桜吹雪が映し出されていた。
壁打ちコートの脇にクルマを停める。いつもの様にウォームアップとスライス面の確認から始めた。次は課題のスマッシュに移った。それが終ると次はストロークに替えて、特にバックハンドを多めに練習する。トップスピンのバックハンドのタイミングがまだ無意識に取れなかった。意識して癖になるよう、のみ込みの悪い体に覚え込ませる。最後はサービスの練習を15分ほどやって終わりにした。1時間程が経過して、辺りは少し暗くなる。クルマに戻ると、ピンク色の可愛らしい花びらが何枚かシートを彩っていた。
今夜は4名のレッスン生と一人の新しいコーチがコートに入る。ショートストロークのアップから始めて、クロスのストロークラリー、ストレートのボレー&ストローク、サービス、ダブルスのゲーム形式と、練習メニューをこなした。やり方が少し変わって、新鮮に思えた。サービスの練習でグリップを少し変えてみるように言われて、試してみると新しい感覚が生まれる。これも悪くない。ボレーのコツは、まだ掴めなかった。練習が終わった後のコートに残り、サービス練習を20分程度続ける。もっと上手く力を抜くようにする必要があるが、グリップの小変更によって振り抜く感覚が強まるのは収穫だった。
幌を開けたままのうに色のクルマで夜の国道を走って帰る。火照った体に春風が心地良く、冷え過ぎることもなかった。自宅に戻ると、大鍋で湯を沸かす。久し振りにスパゲッティを作ることにした。冷蔵庫に材料が無いので、市販のレトルトパックになったミートソースを使う。フライパンでニンニクのスライスをオリーブオイルと共に炒めて香り出しをしてから、パックのソースを開ける。少し甘過ぎるが、食べられないことは無かった。スペイン産の赤ワインを飲みながら大盛のスパゲティを平らげる。
4月8日(木)曇り後晴れ
夜中に雨が降ったらしい。外を見ると灰色の雲が空を覆い、路面が、まだ濡れていた。いつもより遅い時間に家を出る。電車に乗り、南に向かった。暖かい車内でうたた寝をしている内に、気付くと満員すし詰め状態になっている。1時間半ほどで目的地に着いた。
ゆっくり歩いて30分程で古ぼけたテニスコートに辿り着く。インターネットやパソコン通信を通じて8名の男が集まった。ジャンケンで半分に分かれて4名でシングルスのリーグ戦をする。その後、それぞれのリーグの上位2名と下位2名に分かれて順位決定トーナメントをする趣向だった。コート2面を使うので休憩時間はある。まず全員でアップを始めた。風が強く、かなり影響を受けることが予想される。早く風が弱まることを祈った。このままでは風上と風下では、全く違う闘い方が必要になるだろう。
第1試合は相手がサービスダッシュをしてくるのに最初戸惑ったが、ミスも多かったので6ー0で取った。第2試合は、最終的に準優勝した男が相手で苦戦する。5ー4リードで相手のサービスゲームを15ー40と、マッチポイントを2つ握ったが取りこぼす。結局6ー6でタイブレークになり、タイブレークを5ー7で落とした。この試合が結果的に上位トーナメントと下位トーナメントの分かれ目だったので痛い敗戦と言わざるを得ない。ここで2試合分時間が空くのを利用して昼食をとった。3試合目は優勝した男で、かなり力の差が有る。競ったゲームも落として0ー6と完敗した。5ー8位トーナメントに回る。一人用事で帰る者が出たので8位は無くなった。ここでも5ー7で惜しい試合を落として6位で終る。優勝した男以外は、ほとんど同レベルだったので競った試合が出来て愉快だった。しかし、競った試合をモノにする精神力と体力が必要なことを痛感する。ジムでのトレーニングに力を入れることを心に誓った。最後に残っていた人と練習試合を始める。4ー1とリードした所で時間が無くなった。
荷物をまとめてテニスクラブを後にし、駅に向かって歩き始める。帰り道は、心地良いを通り越して少し過負荷気味の疲れが体のあちこちから悲鳴を上げていた。シングルスの試合を、しかも、ハードコートで5試合以上こなした後では、特に足の疲労が著しい。電車の固い椅子が恨めしい思いに駆られるのは初めての経験だった。アミノ酸とクエン酸を摂取して乳酸対策をしてから眠りにつく。
4月9日(金)晴れ
仕事場の門を出ると、満開を過ぎて赤味がかる新芽が目立ち始めた桜並木に迎えられた。時折風に枝が揺らされるとはらはらと花びらが舞い降りる。車が走り抜けて行くと路肩に降り積もった花びらが雪煙のように舞い踊った。歩道を歩いていると頭上の桜のトンネルから音も無く粉雪のように白いものが降りてくる。回りの音が全て消えて、静寂に包まれた一枚の絵を見ているような気分になった。一年の中でこの一瞬だけしか見られない貴重な景色を楽しむ。うに色のクルマの幌を降ろして明るいトンネルの中に走り出すと、風が通って行ったのか大量の花びらが木々から放たれて、フロントグラスに向かってひらひらと、まるで小さな蝶の大群のように迫って来ては、ガラスに当たる直前で風の流れに乗って上に跳ね上げられ、後方に消えて行った。何時までもこの景色の中を走り続けたい願望に駆られる。
自宅に戻り、準備を整えるとテニスクラブに向かった。2週間の間を置いて今日から今年の第2期レッスンが始まる。とは言え、メンバーもほとんど変わらず、練習も継続的に続くので、新しい期という新鮮さはなかった。相変わらずボレーが課題で、コツは掴めない。どこでどう受けるべきか形も決まらなければ、その予兆さえ感じられなかった。この暗いトンネルからは早く抜け出したい。一人で納得が行くまで打ち続けられる壁打ちで、何とかボレーの感覚を掴む方法を探索する必要があった。
1時間半のレッスンが終っても、心のわだかまりは消え去らない。帰り道で遠回りしてスポーツジムに寄った。先ず何も考えずにエアロバイクを30分漕いで汗を絞り出す。さらにマシンを使って30分程トレーニングをすると心地良い疲労感と共に、気分が晴れた。このジムの温浴施設は、小さいスーパー銭湯並みの設備が整っている。サウナでさらに汗を絞ってから露天風呂で星空を眺めていると満ち足りた気分になった。気分が良くなると急速に腹が減ってくる。こんな単純な仕組みが有り難かった。
4月10日(土)晴れ
目覚ましの音で眠りの王国から現実に引き戻される。朝食をとり、身支度を整えると外に出た。爽やかな春の朝の光を浴びながら、うに色のクルマで北に向かう。軽くヒーターを効かせてやると露天風呂に浸かっているような状態になり、まさにオープンツーシーターにとって最高の季節を感じた。北の町に行く途中の温泉町で少し寄り道する。素晴らしい桜並木が数百メートル続いている箇所を走る為だった。練習開始には少し遅れるが構う事は無い。今日、この日しか味わえない景色の中をゆっくり味わうように走り抜けた。
陽射しが強く汗が流れる。集まった7名で基本的な練習を繰り返した。ボレー&ストロークで、何とかボレーの感覚を掴みたいのだが、どうにも上手く行かないもどかしさばかりが募る。サーブ&ボレーもポイントを取る良いパターンを形作ることが出来なかった。ボレーが全ての元凶なのだが、まだきっかけすら訪れない。満ち足りない思いを抱え、徒労感に包まれながら、コートを去った。帰り道の蕎麦屋でモツ煮定食を注文する。刻みネギが乗ったモツの煮込み、ご飯、みそ汁、漬物、煮物の小鉢、そしてもり蕎麦が一枚とボリュームがあった。そして、何より蕎麦が美味い。空腹を満たすと少し気持ちも前向きになった。
帰り道でスポーツジムに寄る。休日の方が人が少なかった。30分のエアロバイク、30分のマシントレーニングをこなすと、大量の汗と共に心のわだかまりも洗い流されたような気になる。サウナで汗を絞り、更にすっきりすると、満足してジムを後にした。
自宅に戻り、すぐに支度を整え、再び外に出る。電車で街に出た。仲間と駅で待ち合わせ、市内で桜の名所として知られている公園に向かう。缶ビールと日本酒をクーラーバッグに仕込み、途中の屋台で焼き鳥を買い込んだ。少し道に迷ったが、町のシンボルでもある塔が立つ山を中心とした公園に辿り着く。桜は盛りを過ぎて葉桜になっていた。それでも提灯が点され、大勢の花見客が集まっている。持ち寄った缶ビールや日本酒を飲み、焼き鳥やフライドチキンを食らった。回りで花見の席が盛り上がっている。夜になると気温が下がって急速に寒くなってきた。飲み屋に移動してさらに酒を飲み、最終電車で家に帰る。
4月11日(日)晴れ
眠る前にたっぷりとアミノ酸飲料を飲んだお陰で、目覚めの気分はそれほど悪くない。布団から這い出した。朝食をとり、身支度を整えると、うに色のクルマに乗って走り出す。30分ほどで市内のテニスコートに着いた。
久し振りに現れた仲間の姿を発見して懐かしい気分になる。もう一年以上も会っていなかったのに、テニスの腕は変わっていないようだった。いつものように練習をしてから、ゲームを楽しむ。頭が全く機能せず、3ー0となって気が抜けた後、6ゲーム連取されて負けてしまった。
練習を終えると仲間たちと近くの定食屋に向かい、昼食にする。この定食屋に来るのは久し振りだったので、定番のネギトロ定食を注文した。ビンチョウマグロのトロがたっぷりと皿に盛られていて、嬉しくなる。ワサビ醤油を付けて口に含むと、魚の旨味と醤油の香りが広がった。更に、絶妙の炊き加減の飯を食らうと、こいつは美味い。山とある切り身を平らげるのに、そう時間は掛からなかった。定食屋を出た後、仕事場の前の桜並木を走る。もう花は少なく葉が目立つ程だが、風が吹くと雪のように花びらが降り注ぎ、うに色のクルマを包んだ。夢のような景色にしばし時を忘れる。まだ花が残っている木の下にクルマを停め、デジカメで写真を撮った。
テニスの調子が思わしくないので、テニスクラブには行かず、スポーツジムで体力造りに励むことにする。30分のエアロバイク、30分のマシントレーニングの後、最後に20分のエアロバイクを追加した。1時間ほど掛けて、ゆっくりとサウナと露天風呂を楽しむ。空しか見えないのだが、それでも青空を見上げながらの露天風呂は悪くなかった。ジムを出てから、スポーツショップに寄ってストリングスの張り替えを頼む。張ってから4ヶ月近く過ぎていた。3ヶ月以上経つとボールコントロールが上手く出来なくなる気がする。季節の違いを意識して少し固めのテンションを指定した。
4月12日(月)晴れ
居間のカーテンの隙間から朝の光が差し込む。カーテンを開けるまでもなく、澄み切った青空の広がりを想像出来た。こんな日は目覚めの時から気分が良い。こんな穏やかな春の日が何時までも続くことを願わずにはいられない。熱いミルクティーを入れ、シリアルとヨーグルトを器に盛った。TVのニュースを眺めながら朝食をとる。ここ数日は、遠い中東の国で誘拐され、人質になった3名の日本人にまつわるニュースがほとんどの時間を占めていた。卑劣な行為だが、大国がエゴから起こした行為とどう違うのか判らない。加害者も犠牲者も同じ人間なのがやり切れなかった。
春の魔法が解けて、すっかり葉桜になった並木の下を走る。坂道を下ってスポーツジムの駐車場に車を停めた。仕事場から車で5分程度なので便利な場所と言える。平日の晩は、むしろ休日より人が多かった。エアロバイクを約40分、マシントレーニングを約30分やると特に鍛えた部分の筋肉が綿の様に力を失う。風呂とサウナでゆっくりとストレッチをしてからジムを後にした。
自宅に戻ると、遅い晩飯の支度を始める。先ず、大鍋に水を張り、火にかけてから冷凍庫のラム肉を解凍した。ニンニクを薄くスライスして、オリーブオイルを敷いたフライパンで炒める。香りが出た所でラム肉を加え少し火を通した。更にモヤシと青菜を加えて炒め、胡椒と焼き肉のたれ少々で味を整える。大鍋で茹で上がったスパゲティをフライパンに加え、火を止めてから生卵を1個さっくりと全体にからめて出来あがった。アミノ酸飲料で喉を潤しながら一皿の肉野菜パスタを平らげる。まだ物足りなかったので、冷蔵庫の中に眠っていた林檎を1個齧った。すっかり蜜は抜け、果肉も柔らかくなっていたが、食べられないことはない。香り高いアールグレイを入れた。大きなマグカップに鼻を浸すように近付けて香りを楽しむ。週始めとして悪くない一日になった。
4月13日(火)晴れ
重い鉄の扉を開けて逃げる様に事務所の外に出ると、ちょうど見上げた夜空の真中に一際明るい星が光っていた。まばらに花が残った桜並木を歩道橋の上から見下ろす。うに色のクルマでスポーツジムに乗り入れると、駐車場はかなり入口から離れた所までに一杯で、端っこの方に停めざるを得なかった。大して広いわけではないので、歩く距離も知れている。ジムの中も人が多かった。エアロバイクが一杯だったのでウォーキングマシーンで30分程汗を流す。更に連続してバイクを15分ほど漕いだ。マシントレーニングも30分程行う。予約しておいたICチップ入りのキーを受け取った。このキーをマシンに差し込んで運動すると、プログラミングされているメニューが表示され、運動量が記録されて行く。簡単に使い方の説明を受けた。試しにいくつかのマシンで使ってみてから、ジムを出る。サウナで汗を流し、外に出るとひんやりと初春に逆戻りした風がむしろ心地良かった。うに色のクルマの幌を降ろして夜の中へ走り出す。風がふわりと車内に渦巻いてまたどこかに立ち去っていった。
4月14日(水)曇り後雨
ふざけた天気だった。まだ明るい時間に仕事場を出ると雨がぱらつきだす。壁打ちコートに着く頃には路面がしっとりと濡れていた。構うことはない。車を停めてラケットとボールを持ち出した。ウォームアップの短いストロークから始める。雨が少し強くなったり止んだりを短い周期で繰り返した。スマッシュを壁に叩きつける。コートの路面のくぼんだ所に薄く水が溜まり始めた。バックハンドストロークの体重移動と打点の確認に移る。スイングの終る位置が一定にならないのは、フォアのように最後は右手の親指が右肩に触ると言う、わかり易い指標が無いからだった。バックハンドのスイングを終える位置を一定にするにはなにを目印にすれば良いのか、探しながら練習を繰り返す。最後はサービスの練習を、グリップを色々変えて試しながら15分ほど繰り返して終わりにした。1時間程が経過して、辺りは完全に雨に濡れている。今夜のレッスンは諦めざるを得ない状況だった。車にガスを入れてやってから、自宅に戻る。
4月15日(木)晴れ
朝、自宅を出て、いつもの様に通勤路を走って行く。仕事場でメールチェックを終えると、再び私服に着替えて外に出た。爽やかな晩春の朝だ。少し北東に車を走らせた所に有る温泉ホテルに向かった。今日、明日の二日間で泊まり込みの会議をする予定になっている。古びたホテルの駐車場に車を停めた。
客が入らないせいもあろうが、壁や絨毯にはシミが付き、片付けも不充分なので、どことなく不潔な感じが強い。人手も足りないし、従業員のレベルも低かった。レストランからの眺めは、のどかな田園風景が広がっていて悪く無いが、フロア係りが、田舎の農家のおばさん丸出しであり、地元の老人相手にはちょうど良いのかも知れないが、街からの客のリピーターは、とても望めない。晩飯は、湯葉尽くしの料理と、その場で揚げる天婦羅が意外に美味く、無駄な料理も無く、料理人の腕はそれほど悪くないようだった。
4月16日(金)晴れ
早朝目覚めたので温泉に入りに行く。内風呂とは別にある露天風呂は目の前が河原で、非常に開放的だった。洗い場も何も無いし、着替え場所の掃除や片付けが行き届いていないのは館内の全ての場所に共通している。しかし、自然の景色と、朝の爽やかな気候と、掛け流しの岩風呂は、それほど悪くなかった。鉄分が豊富なのか、岩に赤錆のような物が付着していて、岩に触った部分が茶色く染まってしまう。一度着替えてから内風呂に移動して体を洗う必要があった。経営者がやる気を出して、掃除と片付けと従業員教育に力を入れれば、もう少しまともになるのだろうが、今のままでは、その内朽ち果ててしまうだろう。食事に関しては朝食のバイキングもランチの弁当も悪くないので、少し惜しい気がした。夕方、くたびれて倒産寸前といった様子のホテルを後にする。
帰り道はちょうどラッシュアワーと重なり、道が混んでいた。テニスクラブに到着した時には、既にレッスン開始から30分が経過している。ストロークの球出し練習から加わった。二日間の飽食と運動不足を解消すべく、ボールを追って走る。1時間のレッスンでは物足りなかった。車で30分ほど走ってスポーツジムに向かうと、更にエアロバイクを30分程漕いでから、マシントレーニングを30分程行う。サウナとシャワーで汗を流すと、やっと体も気持ちもスッキリした。満足して自宅に戻る。
4月17日(土)晴れ
朝、目覚めの気分は爽快だった。疲れは、ほとんどない。シリアルとヨーグルトとトーストの朝食を取り、うに色のクルマに乗って家を出た。30分ほど走って市営コートに到着する。今日は12名程メンバーが集まった。いつものように練習を始める。体の動きは悪く無いのだが、ボールをしっかり見ることを忘れていてミスが多かった。途中で思い出して、ボールを良く見るようにするが、しばらく経つとまた忘れている。
近くの定食屋で、ネギトロ定食を注文した。毎度のことだがビンチョウマグロのトロの切り落としが、皿の上にたっぷりと盛られていてボリウムがある。全部平らげると腹一杯になった。自宅を通り過ぎてテニスクラブに向かう。
風が非常に強かった。砂埃が舞い上がり、コンタクトレンズを入れた目が痛くなる。堪らず、大きめのスポーツ用サングラスを掛けた。何試合かダブルスのゲームを楽しむと、満足する。スポーツショップで預けてあったラケットを受け取ると、スポーツジムに向かった、いつものようにエアロバイクとマシンで1時間程トレーニングをする。汗をタオルで拭うと砂埃でタオルが茶色く染まった。最後にサウナで汗を流すと、埃っぽさも疲れも抜け、さっぱりする。
4月18日(日)晴れ
今日も少し風がある。自転車に乗って、近所にある県営のテニスコートに移動した。シングルスの大会が開催される事になっている。仲間と軽くアップすると開会式が始まった。対戦相手は同じテニスクラブに所属する男だ。自分のサービスゲームでノーアドを取られて最初のゲームを落とすと、4ゲームを連取される。相手のダブルフォルトに乗じて1ゲームブレイクして落ち着きを取り戻した。そこからペースを変えてゆっくりしたラリーに引き摺り込み、スコアを盛り返して5ー6まで追い上げる。そこで僅かづつアウトするミスが増えて、2ゲーム連取され5ー8で敗れた。ストロークを深くコントロールすることさえ出来れば、何とかなることが判るが、サービスが弱くて攻め手に欠けるのは課題として残る。しばらく昼食をとりながら他の試合を観戦した後で、自転車でテニスクラブに向かった。
昼前から夕方までダブルスのゲームをして楽しむ。次第にサービスの状態が良くなり、ファーストが決まり始め、ダブルフォルトが減った。そうすると、自分のサービスゲームをある程度コントロールすることが出来るようになる。この感覚を保っていけば、更に1ステップ進化出来そうな手応えを掴んだ。クラブハウスでゆっくりとアイスコーヒーを飲みながら初夏のように暑い一日を降り返ってみる。
駅に自転車を置いて電車で街に出た。今夜は月に一度の日本酒を飲む会が行われる。その焼き鳥店に入って行くと、もう会員が数名集まっていた。一人一人にスモークチキンと鳥刺しが盛られた小皿が渡される。先ずは軽く肴をつまみながら、酒蔵が仕込みに使う仕込み水で喉を湿らせた。5時の時報と共に宴が始まる。新聞紙を巻いて目隠しされた20本の一升瓶の酒を少しづつ味わった。飲み比べてみると味の違いが良く判る。華やかな香りのあるスッキリした酒を二つと、香りは弱いが味のあるマイルドな酒を一つ選んでメモに番号を書き留めた。2時間ほど経過したところでオークションが始まる。最も気に入った酒は高くなり過ぎて落とせなかったが、次点と3番目に気に入った酒の2本を競り落とした。店を出てから近所の公園でしばらく酒盛りを続ける。暖かく、野外の地面に座っていても存外に気持ち良い夜だった。
4月19日(月)曇り後雨
午後から雨になるでしょうと、TVの女性アナウンサーが、にこやかな笑顔で語りかけている。うんざりしながらブラシの先が回転する電動式歯ブラシで歯を磨いた。スポーツジムに行く時に着替えやシューズを入れるのに使っているベージュ色のデイバッグに下着やタオルを突っ込む。玄関に置いてある傘の柄を掴むとドアを開けて外に出た。エレベータの下りボタンを押す。最上階なので上りボタンは省略されていた。じれったいほど遅い旧式のエレベータを待って乗り込む。狭い部屋に閉じ込められたスローライフは願い下げだった。ここは非情なまでに速い最新式のエレベータが良い。ボタンを押して門のゲートを開けると、外の駐車場に向かって歩いた。灰色の車に乗り込み、エンジンを始動させると直ぐに走り出す。
スポーツジムの駐車場に車を停めた。仕事場からは車で5分も掛からない。会社帰りの会員で、広い駐車場は7割方埋まっていた。休日よりも平日の晩の方が混んでいるらしい。エアロバイクを約30分、マシントレーニングを約30分行った。ICキーを読み取り機に差して運動したデータをサーバーに保存してからロッカールームに戻る。洗い場で髪と体を洗ってから、サウナでゆっくりと汗を絞り出した。TVが付いているので退屈しなくて良い。露天風呂でストレッチをしてからジムを後にした。
4月20日(火)曇り後晴れ
仕事を適当に切り上げて早めに事務所を後にすると、研究棟の間の暗い道を歩いてロッカールームに向かう。昼間の熱気がどこかに消え去ってしまい、微風が心地良く服の間を抜けて行った。駐車場から車を出す時に、窓を開けて、車の中に潜んでいた昼間の熱気を外に逃がしてやる。灰色の車で暗い坂道を下って行った。少し走るとスポーツジムの照明が見えてくる。まだ回りに何も建物が無いので遠くからでも明かりを見付けることが出来た。人が多いようで、駐車場は8割方埋まっている。
ICキーを読取り機に差してチェックインを済ませた。本来なら、ここで個別にプログラミングされたトレーニングメニューがキーに転送される筈だが、まだ設定をしていないので、一般的なメニューが転送される。先ずエアロバイクを35分漕いでたっぷりと汗を流した。その後、ICキーに対応したマシンを使って筋力トレーニングも30分程行う。再びICキーを読取り機に差してチェックアウトした。サウナで汗を流すと、身も心もさっぱりする。
自宅に戻ると、鍋に湯を沸かし、ニンニクの皮を剥いて薄くスライスした。鷹の爪も一本出して小口に刻んでおく。フライパンにオリーブオイルを流して火に掛ける。ニンニクと鷹の爪を放り込むと良い香りが立ち上がった。缶詰のホールトマトを開けて、ナイフで潰しながらフライパンに加えて煮込む。120gほどのスパゲティを煮えたぎる鍋に放した。フライパンに凍み豆腐とピーマンとチンゲンサイを加えて、塩胡椒で味を整える。固めに茹で上がったスパゲティをフライパンに入れてソースと絡めた。最後に生卵を1個加えてさっくり掻き混ぜる。完成した熱々のパスタを頬張ると、実に美味かった。冷たいビールで口中を冷しながら全部平らげる。
4月21日(水)晴れ
まだ明るい時間に仕事場を出ると、暑いぐらいの陽射しがアスファルトの地面を炙っていた。うに色のクルマの中に付けた温度計は45℃の表示になっている。幌を降ろして窓を全部下げたが、それでも暑かった。走り出すと熱気は風に薄められて後方に飛んで行く。
壁打ちコートに着くと、トランクからラケットバッグを取り出した。ウォームアップの短いストロークから始める。Tシャツ一枚でも、すぐに汗ばんできた。スマッシュを壁に叩きつける。風が冷えていて、動きを止めると火照りを冷ましてくれた。長いストロークを、バックハンドのフォームを確認しながら打つ。最後はサービス練習で終えた。ファーストとセカンドのメリハリを付けることをテーマにするが、セカンドサービスをスピン系とスライス系のどちらにするかのイメージが、まだ固まらない。
夜のレッスンでは、ミニストローク、ボレーボレーでアップしてから、ストロークのラリーに入る。球出しではなく実際に生きたボールを打ち合うスタイルは悪くなかった。次はボレー対ストロークに移る。サービスを打ち放してから、サービス&リターンを少しやり、最後はダブルスのゲーム形式でのチャンピオンゲームをしばらくやって終った。レッスン生は6名だが、負荷も丁度良い加減で、悪くない。終了後、仲間を誘って軽くラリーをした。汗がたっぷりと流れ、暑い。
汗をかいたTシャツを着たまま、うに色のクルマで幹線道路を走ると、風が冷たく寒さを感じるほどだった。まだ4月であることに気付かされる。夜はまだまだ冷え込むのだった。
4月22日(木)晴れ後曇り
仕事を適当に切り上げると、逃げ出すように家路を急いだ。久し振りにスーパーが開いている時間だったので、食料品を買い込む。自宅に戻ると先ずは冷蔵庫から冷えたビールの缶を出し、素焼きのビアマグに注いだ。細かい泡がふんわりと盛り上がる。買って来た生鮮食料品を冷蔵庫に仕舞い終わる頃には、泡が大分沈静化しているので、更にビールを注ぐと、木目細かいメレンゲのような泡がカップの縁よりも上に盛り上がって、まるでフロートのようになった。カップに口を付けると先ず唇が柔かい泡にふわっと包まれる。カップを傾けるとその下から冷たいビールが口の中に滑り込んで来た。これは美味い。ビールを楽しみながら材料を刻んで、野菜炒めを作る。皿に山盛りの野菜炒めと、とろかつおの刺身と、タコの刺身で晩飯にした。冷蔵庫の一升瓶から純米吟醸酒を徳利に移す。冷酒を飲みながら刺身と野菜炒めを食べると、さらに旨味が増すようだった。心地良い酔いが体を駆け巡る。
4月23日(金)晴れ
仕事場を出るとまだ午後の光が溢れていた。ロッカールームで着替え、脱いだ作業着をバッグに入れる。今週の仕事も今日で終わりだと思うと、まるで分厚い雲の切れ間から光が差すように開放感が心に広がり始めた。うに色のクルマの幌を下ろして田舎道を走って帰る。
自宅で軽食をとってからラケットバッグを背負い、テニスクラブに向かった。今夜のレッスンは男が3名だけ集まる。お陰で球出しの回転も早く、少し何時もよりハードな練習になった。だがむしろこのぐらいが運動量としては丁度良い。ボレーはまだ掴めないが、サービスは少しづつ良い方向に向かっていた。ゆっくりとでも進化していければ良い。昼間は暖かかったが、夜は少し肌寒いぐらいに感じた。レッスンが終ると車で30分ほどのスポーツジムに向かう。エアロバイクを30分、各種のマシントレーニングを30分程行った。サウナとシャワーで汗を流すと、心地良い疲労感で体も気持ちも開放されたような気になる。満足して自宅に戻った。
テーブル周りを少し片付けて、ビールを飲みながら友人の到着を待つ。日付が変わるまで1時間を切る頃に、オーディオアンプとCDドライブと自作のスピーカーを車に積み込んでやってきた。2本の飲み掛けの一升瓶と缶ビールと筍の煮物の差し入れも一緒に持ってくる。自作のスピーカーは、一斗缶ほどの木箱の上にキリンのように首が突き出ていて、その頭に当たる部分に8cmのフルレンジスピーカーが1個付いていた。スピーカーは小さいが中音域が豊かに再生されてヴォーカル物には良く合う。CDの音楽を聞きながら日本酒を飲み比べた。何時の間にか睡魔が訪れて、意識が遠のいていった。
4月24日(土)晴れ
朝、目覚めの気分は悪かった。睡眠不足は間違い無い。アミノ酸系清涼飲料水をがぶ飲みすると意識がしゃっきりと目覚めた。急いで身支度を整え、うに色のクルマに乗って家を出る。1時間ほど走って北の町のコートに到着したのは練習が始まってから1時間半が経過した頃だった。今日は8名程メンバーが集まっている。ボレー&ストロークから練習に加わった。風が強く、風上側からロブを上げようものなら空中でボールがどんどん加速してほとんどアウトしてしまう。逆に風下側から打つとアウトしそうな球が急激に減速してコートに落ちた。最後のゲームでは風に翻弄されて敗北する。昨夜の疲れが尾を引いていて体の動きも悪かった。
帰り道に有る蕎麦屋に寄って豚角煮丼定食を注文する。たっぷりの豚の角煮を卵で閉じた物が丼のご飯を覆っていて、ボリウムがあった。サラダと煮物の小鉢とみそ汁と漬物ともり蕎麦が一枚付いて、千円でお釣りが来るのだから堪らない。全部平らげると身も心も満ち足りた気分になった。
風が非常に強いので、テニスクラブに行く予定を変更してスポーツジムに向かう。いつものようにエアロバイクとマシンで1時間程トレーニングをした。サウナで汗を流すと、昨夜の疲れも抜け、爽快な気分になる。
電車に乗って街に出た。駅から歩いて10分ほどの飲み屋に着くと、既に全員集まって、飲み会が始まっている。刺身と鰆の切り身の焼き物が上品に器に盛られていて、味も悪くなかった。ひき肉とキャベツの和風煮込みはロールキャベツとは一味違っていて美味い。翌日は試合なので、日本酒を飲みたい気持ちを押さえてビールで我慢した。テニススクールの仲間たちは何時会っても気持ち良く、テニス談議や世間話で盛り上がる。終電の時間まで酒と食事と会話を楽しむと、自宅に戻った。
4月25日(日)晴れ
帰宅してすぐに眠ったため、目覚めの気分は悪くなかった。今日も少し風がある。うに色のクルマで、10分ほどの近所にある市営のテニスコートに移動した。シングルスの市大会が開催される。仲間と軽くアップすると、試合開始時間になり、最初の試合が始まった。対戦相手は顔を見た事が有る男で、サービス練習のサービスはなかなか威力がある。トスでサービスを取り、プレイを開始した。最初のサービスゲームをキープすると、相手のダブルフォルトなどもあり、次のゲームもブレイクしてペースを掴む。お付き合いでダブルフォルトを犯してブレイクを許したが、その後も順調にポイントを取り、8ー2で勝った。やはりダブルフォルトは相手に楽をさせるだけで一利もない。2回戦までは、しばらく時間が空いたので、体は再びクールダウンした。2回戦の相手は初めて見る若い男で、サービス練習では速く鋭いサービスを打ち込まれて嫌なムードになる。トスでサービスを取り、ゲームを開始するが、最初のサービスゲームをデュースの末に落としてしまった。次のゲームをキープされ、0ー2とされ、ますます劣勢に立たされる。次のサービスゲームをキープして少し落ち着きを取り戻した。相手の球が速いので、ゆっくりした中ロブに近いスピン系のラリーに引き摺り込み、スコアを盛り返して5ー6まで追い上げる。次のゲームをブレイク出来れば追いつけたのだが、そこで相手が吹っ切れたのか良いサービスが立て続けに来て攻撃され、キープされてしまった。サービスゲームをキープ出来ず、2週続けて同じような試合展開で2ゲーム連取され5ー8で敗れた。もう少しミスを減らしストロークを深くコントロールすれば、負ける相手ではない。やはりサービス力と体力が課題であることが判った。ラリーが続くと呼吸が乱れてミスにつながる。ジムでの有酸素運動を増やして持久力を付ける事を心に誓った。
午後から夕方まで、テニスクラブでダブルスのゲームをして楽しむ。シングルスでたっぷりとサービス練習したお陰か、サービスの状態が良くなり、ファーストが決まり始め、ダブルフォルトが減った。ファーストサーブが入ると、それなりに自分のサービスゲームをコントロールすることが出来る。午後からは3勝1敗で、唯一つの負けはダブルフォルトでブレイクされたのが原因となり、タイブレの末の敗戦だった。やはり鍵はダブルフォルトを無くすことに尽きる。夕方近くなると冷え込んで来た。クラブハウスでゆっくりとホットコーヒーを飲みながら一日を降り返ってみる。
久し振りに早い時間に自宅に戻った。帰り道でスーパーに寄って買い物をする。旬の筍が手に入ったので、玉葱と人参と筍とマッシュルームと鶏の手羽先でカレーを作った。2種類の市販のルーをブレンドすると少し味の奥行きが増して美味くなる。カレーを煮込んでいる間にかつおの刺身をつまみながら金曜日の残りの日本酒を飲んだ。じんわりと体に染み込むように美味い。茹でたて熱々のスパゲッティに、たっぷりカレーを掛けて食べると、これは実に美味かった。カレーの刺激で疲れが吹き飛ぶ。
4月26日(月)晴れ後曇り
「スタート」と書かれたボタンを押して、矛盾を内包したOSを終了させると、A4サイズのノートPCの画面を手前に倒して蓋を閉じ、机の引き出しに突っ込む。重い扉を押し開けて鉄製の外階段を降りると暗い通路を歩いてロッカールームに向かった。着替えて外に出ると、Tシャツの上に薄手の皮ジャンバーを羽織っただけでは少し肌寒い。気温の上下が激しいのが、環境破壊の結果だとしたら、体調を崩す人が多く出ても自業自得と言うわけだった。
スポーツジムの駐車場に空きを見つけて車を停める。会社帰りに運動しに来る会員は、今日は少し少なめで、広い駐車場は6割方埋まっていた。ロッカーでTシャツと短パンに着替え、室内履きに履き換えてジムのフロアに降りて行く。エアロバイクを約30分、マシントレーニングを約30分行った。ICキーを読み取り機に差して運動したデータをサーバーに移す。ジムの営業終了時間が近付いているので、洗い場が珍しく混んでいたが、空きが無いほどではなかった。髪と体を洗ってから、サウナで汗を絞る。サウナのTVでは甘ったるいドラマを流していた。程良い疲労を感じながら暖房が効いたジムから出るとやはり少し肌寒い。自宅に戻る途中で、思わずヒーターを入れた。
4月27日(火)雨後曇り
仕事を適当に切り上げて事務所を出る。路面は、まだ水溜まりを所々に残していたが、雨は上がっていた。着替えてから濡れたままの傘を持って車に向かう。まだ雪道用のタイヤを付けたままの灰色の車に乗って坂を下った。数分走るとスポーツジムの照明が見えてくる。
ICキーを読取り機に差してチェックインした。先ずエアロバイクに跨る。目の前のTVでは、かなり過激な部類に属する格闘技の試合中継をやっていた。一般的なリングを使っているが、ロープブレイクも取らず、倒した相手を殴るのも蹴るのもOKというルールなので、見ていると思わず体に力が入る。試合に熱中して、思わず何度も延長した結果、45分漕いでしまった。たっぷりと汗を吸ったTシャツが体に貼り付く。その後、エクササイズマシンを使って30分程筋力トレーニングを行った。ICキーを読取り機に差してチェックアウトする。髪と体を洗い、サウナで汗を流した。サウナのTVでは、今夜もドラマが流されている。砂時計をひっくり返し、砂が落ち切ると10分経過した。身も心もさっぱりする。
4月28日(水)晴れ
明日から一週間の休みに入るせいか、判っていても今日は金曜日だという錯覚に何度も捕らわれ、拭い切れない。学生でもないのに、席替えと大掃除を終え、まだ明るい時間に仕事場を出た。開放感が心を満たし、体を軽くさせる。うに色のクルマの幌を降ろして走り出した。
壁打ちコートに着くと、トランクからラケットを取り出す。短い距離のストロークでウォームアップを始めた。珍しくコートに3人入って、真中のコースを使う。次は長いストロークに切換えた。一人帰り、二人になったので、スマッシュ練習を始める。風が無いので、体温が体の中に篭るような気がした。最後はサービスを練習する。トスの位置やタイミングがなかなか定まらないのは相変わらずだった。
ナイターレッスンでは、ミニストローク、ボレーボレーでアップしてから、ストロークのラリーに入る。今日はストレートでのラリーになった。体が後傾する癖を直そうとするが、癖と言うだけあって、そう簡単には直らない。後傾しないで打つという新しい癖をつけるのには、まだ暫く時間が掛かりそうだった。次はボレー対ストロークに移る。サービスを打ち放してから、最後はダブルスのゲーム形式でのチャンピオンゲームをしばらくやって終った。終了後、仲間を誘って軽くストロークラリーをする。
ウォームアップジャケットを羽織り、幌を下ろしたままのうに色のクルマで幹線道路を走った。風が冷たくウォームアップジャケットが丁度良い。帰り道で、今夜の晩飯は手羽先と筍のカレーを食べると決めた。冷たいビールが素晴らしく合うに違い無い。そう考えただけで腹が鳴った。
4月29日(木)晴れ後曇り
休日だが何時もと同じ時間に目覚める。朝食を取り、身支度を整えると一泊分の荷物を持って家を出た。うに色のクルマの幌を下ろして北西に進路を取る。職場のテニス部の合宿に参加する予定になっていた。青々と葉を繁らせた桜並木や、樹齢百年を越える杉の巨木が連なる並木の下を走る。早朝の気持ちの良いドライブを一時間余り楽しんだ。市営のテニスコートに到着する。
テニスコートに向かい、1時間弱アップすると、シングルスの試合になった。男子14名でトーナメント形式で対戦する。勝っても負けても次の試合があるので、一日で4試合のシングルス戦を楽しめた。最初に離され、5ー6まで追いつき、結局5ー8で負けるという、全く同じパターンで3試合負ける。5ー6になった所で満足してしまうのだろうか、それとも逆にプレッシャーが掛かって自滅するのか、判らなかった。恐らく、その両方だろう。後少し、勝つには何か足りないのは明かだった。最後はダブルスを一試合楽しんで終る。
宿泊地の国民宿舎の建物と部屋は、昭和40年代ぐらいにタイムトリップした気分にさせられた。別棟のレストランと温泉施設は近代的に新築されたもので、悪くない。内風呂や洗い場は小さいが、露天風呂は回りを林に囲まれて、開放的で気持ち良かった。お湯の温度も適当なので、長く浸かっていられる。風呂上がりのビールが堪らなく美味かった。晩飯は先付けの小鉢類、アユと見紛うばかりに小さい虹鱒の塩焼き、豚肉とキノコの朴葉味噌焼きなど、味は悪く無いが、一日体を動かしてきた男たちにとっては著しくボリュームに欠ける。食後の宴会でも乾き物などの食べ物が先に無くなるという異例の事態に陥った。
4月30日(金)晴れ
目覚めの気分は最低だった。寝不足と酒が残っていて、なかなか起き上がれない。やっとの事で体を布団から引き剥がし、コートに向かった。1時間程アップしてからシングルスを1試合、ダブルスを1試合楽しむ。シングルスは粘りが無く、2ー6で敗れた。ダブルスでは、優位を保ったまま勝利を収め、この合宿での初勝利になる。昼食の弁当を食べ、温泉に浸かった。青空を見上げながらの露天風呂は気持ち良い。すっかり体調を取り戻して、帰宅の途に付いた。自宅に戻ると夕方まで仮眠を取る。
目覚めて軽食をとってから、車で30分ほどのスポーツジムに向かった。今日は現在の体力に合わせたトレーニングメニューを作成する為の予約を取っている。エアロバイクを10分漕いで最大酸素摂取量、3種類のマシンで最大筋力を測定した後で、カウンセリングしながらトレーニングメニューを決めた。早速、残り時間で一部のトレーニングを試す。全てをこなすと90分ほどになるように設定されたメニューだが、もう半分も時間が無かった。途中で切り上げて、サウナとシャワーで汗を流すと、心地良い疲労感で気分も軽い。満足して自宅に戻った。
簡単に明日からの一泊旅行の準備を整える。とは言っても、着替えと洗面用具をバッグに詰めるだけだった。缶ビールを飲みながら準備を終えると、布団に潜り込む。たちまち睡魔が意識を暗闇へと引きずり込んでいった。