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2011年10月9日(日)
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5月の水俣
2011年4月11日(月)
原発問題と慰安婦問題

 新しい内臓ハードディスクを購入し、フォーマットして
たら物凄く時間が掛かって、その間パソコンが使え
なくて、ビデオ編集も出来ないので、久しぶりに日記
を書くことにした。日記を書くのは何年ぶりだろう。
少なくとも一年以上は書いていない。文章を書くこと
がめっきり減ったので、日記を書くのにも違和感を
感じる。思えば、「淋しい」だとか「孤独」だとか、
そんな時にしか日記を書かなかったが、今もそういう
状態かもしれない。そのような時にしか書かない
原因は、この日記がHPソフトが入っている自宅の
パソコンでしか更新できないからだ。基本的に香川
県の自宅に居る時は、友人も居なくて話し相手も
居ないので孤独だ。昨日、友達と電話で話していたら
、10日以上も人と会話していなかったことに気付いた
。でも、ここ2年ぐらいは、旅をしていたり、誰かの家
に居候していることが多かったので、自宅にいること
の幸せ感じることもある。自分の居場所を持っている
って素晴らしいと思う。東北で避難所生活をしている
人は、自分だけの空間を持っていない訳だから本当
に大変だろうなと思う。

 東北と言えば、原発事故関連のニュースを毎日
見ながら、毎日状況は酷くなっているのに、ちょっと
やそっとのことでは驚かなくなっている自分に気付い
て怖くなる時がある。放射能に対する感覚がだんだ
ん麻痺して来ているのである。こんなに大変な事故
が起こって、広大な土地が放射能に汚染されたと
いうのに、きっとこの先も原子力発電所が無くなる
ことはなく、危険と隣り合わせの生活を続けていくの
だろうと思う。それは政府が強権的に行なうことでは
なく、僕たち庶民が心のどこかで認めてしまっている
のだろうと思う。「だって、電気の無い暮らしはできな
いんだから仕方がないじゃい」と。「ガソリンはいずれ
無くなるし、ダムも環境に良くない。風力や太陽光
発電は、供給量が不安定だ」などと、僕も含めた多く
の人が心のどこかで原子力に頼ろうとすることの
言い訳を唱えているのだと思う。でも、本当にそれで
良いのだろうか?自分たちは今、歴史の岐路に立た
されているのだと思う。何十年か何百年か分から
ないけれど、再び原発事故が起こった時に、「あの時
、自然エネルギーへの転換を行なっていれば、こんな
ことにはならなかったのに」と。

 話は逸れるが、現在制作中の慰安婦問題のドキュ
メンタリーの編集をしていて、先ほどのことを強く感じ
たのである。というのは、慰安婦問題にしても、先の
戦争であれほど、多大な被害をアジアの国々に与え
たというのに、日本という国はキチンとした戦争の
検証を行なわず、被害を受けたアジアの人々に対し
ての謝罪も補償もして来なかった。僕たちは今、
その日本という国が残した膨大な宿題に対して、
まるで少数の蟻たちがお菓子の家を食べるかの如く
ゆっくりと立ち向かっているのである。いつ終わる
とも分からないことであるが、被害者の年齢のことを
考えるとゆっくりもしていられない。どうすれば良いの
かも分からないまま、時間だけが過ぎていく。きっと
原発の問題もそうなのだろう。


2007年の写真(今年は撮らなかったので)
2009年10月9日(金)
空想の森映画祭2009B
10月22日は、とうとう「ナナイの涙」のお披露目の日
だ。

人の映画については、あうだこうだと書くが、自分の
映画については、あまり書きたくない。まだまだ未熟
な作品であることが分かっているだけに恥ずかしい。

この二日間、良い映画を観てきたので、特に自信を
無くしていた。

それでも、今更後には引けない。午前10時から何事
も無く上映は始まった。途中、ミニDVからDVDに
切り替えねばならない所があって少し戸惑ったが、
何とか切り抜けて上映は進んだ。

自分の映画を会場で観ていて一番辛いのは、笑って
欲しい所で観客の笑い声がない時だ。独りよがりで
面白いと思っている自分が恥ずかしくなる。

大きなスクリーンで見ると、編集の甘さが顕著に
分かる。

観客の反応を見ていて残念に思うのは、笑って欲しい
所で誰も笑わないことだ。映画「空想の森」は、観客の
大半が数回観ていて、笑い所を皆知っているからかも
しれないが、観客の反応に映画との一体感がある。
その点、「ナナイの涙」は、作り手の想いが観客に
十分伝わっていないような気がする。

「空想の森」は、観客の心で芽を出し、観客によって
育まれる映画だ。だから何回も観たくなるし、現に
10回以上観ている人もいる。

僕も、いつかそんな映画を作りたいと思う。


2007年の写真(今年は撮らなかったので)
2009年10月7日(水)
空想の森映画祭2009A
10月21日は、早川由美子監督の「ブライアンと仲間
たち パーラメント・スクエアSW1」の上映から始まっ
た。早川監督はロンドンでジャーナリズムを学んだ人
である。

実は、早川さんに会って、この映画を観るまでは、
反戦運動のカリスマを主人公にしたこの映画に
抵抗があった。

「主人公は、望んでそこに立ち、持ち上げられた人。
ブライアンの声は映画を作らなくとも街頭の人々の
耳に届く。だけど戦争で被害に遭っている名も無き
人々の声は、誰かが行って報道しなければ伝わら
ない。それなら、被害者のそばに立ち、彼らの声に
耳を傾けるべきではないか」と思った。

しかし、早川さんと会い、映画を観て、その考えは
間違いであったことに気づいた。

まず主人公ブライアンの言葉が、真っ当で分かり
やすく共感できる。

早川さんは、「自分の戦争に対する思いや言いたい
ことを、ブライアンという人物を通して伝えたかったん
です」と僕に語った。そして映画の中で、その早川さ
んの思いは、ブライアンという人物を通して確かに
伝わってきた。

カリスマ「ブライアン」を持ち上げるような映画であれ
ば、反感を持ったが、ブライアンはあくまでも一人の
優しき人間「ブライアン」であった。だからこそ共感
できるのだと思った。

また彼を支援する仲間たちが、とてもユニークで
面白い。早川さんは素敵だなと思う人を、愛しむ
眼差しで撮っている所に好感が持てる。

早川さんは、初めてビデオカメラを持って撮影し、
初めてビデオ編集をし、全て一人でこの映画を
作ったというが、音楽の使い方も上手いし、僕が
作った映画よりも、よくまとまっている。「いや〜、
できる人は初めてでもできちゃうんだな〜」と思って
、ちょっと嫉妬した。

次に上映されたのは、藤本幸久監督のアメリカの
戦争シリーズ第三弾、「one shot one kill」だった。

これはアメリカ海兵隊の新兵訓練ブートキャンプの
12週間に密着した作品だが、昨日の8時間よりは、
ずいぶん短い108分。

戦争のことが何も分からない普通の若者が、厳しい
訓練を通して、人を殺せる人間に変わっていく様を
描いた映画だ。

米軍は、短い期間に緻密なスケジュールに基づいた
過酷な訓練を若者たちに課せる。上官の命令は絶対
であり、何を言われても反論できないように教え込む。

そうすることで結果として、市民を殺すことであれ、
捕虜の虐待であれ、上官の命令であれば、いとも
簡単にやってしまうような兵士が育てられることが
よく分かった。

それにしても、昨日の8時間24分と今日の一時間
48分。計10時間以上も藤本作品を観た。まるで
トライアスロンを完走したような疲労感と達成感と
爽快感がある。

そして、具体的には上手く言えないけど、これだけ
長い映画を観ることで、とても大切な平和の礎が、
この身に染み込んだような気がする。

15:30から上映された青原さとし監督の「土徳ー
焼け跡地に生かされて」は、前半は監督の故郷で
ある広島の町の成り立ちや実家のお寺の話が続い
て、どうしても興味が持てなかった。

しかし、後半から戦争で家族の大半を失った父親の
若かりし頃の繊細な感性で読み解いたインド仏教の
哲学的な話が出てきて、そこから父親が原爆によっ
て家族もお寺も故郷の町並みさえも失った経験と
仏教の教えとが絡み合い、ドンドン物語に引き込ま
れた。

説明するのは難しいが、監督は父親が残した言葉を
読み解くことで、原爆で家族を失った悲劇の中でも
故郷に残って寺を継いだ父親の生き方について理解
しようとしたのではないだろうか?

原爆によって全てを失っても、自分は先祖が残した
土地によって生かされ、自分はここで生きていく。

そんな父親の生き方を愛情を持って描いた映画だと
思った。

20:00からは趙博さんのひとり芝居「砂の器」があっ
た。趙博さんとは、米軍基地の拡張で土地を奪われ
た農村、韓国のテチュ里で会い、大阪の玉造で
上映会を開いてもらったこともあった。砂の器を観る
のは二回目だったが、とにかく迫真に迫る演技で
観る者を圧倒した。

それなのに後で聞くと、「後半、下が回ってなかった」
と反省していた。素人目には、そんなことは全く分か
らなかった。どこまでも完璧を追求する人だと思った。

その日の夜、カフェで皆で話している時、藤本監督が、
「中井君は面白いんだよ」と言って、僕がツキノワグマ
の調査をしていた頃の話を始めた。これは、クマを
捕獲した時に麻酔を吹き矢でクマのお尻に当てて
眠らせるという、僕の十八番の笑い話だ。

それなのに監督は、話のオチまで全部話してから、
「じゃ、中井君話して」と、こちらに振る。

これには困った。聞いている人は、監督からオチを
聞かされている訳だから、今更話してもウケル訳
がない。

監督は、よく分からない面白さのある人だと思った。


2007年の写真(今年は撮らなかったので)
2009年10月6日(火)
空想の森映画祭2009@
 10月19日〜22日まで北海道の新得町で行われた
空想の森映画祭に2年ぶりに行ってきた。

香川の自宅を出たのは17日。名古屋港からフェリー
で2泊して新得に着いたのが19日の夕方。疲れた
けど楽しい船旅だった。

会場の旧新内小学校は、2年前と殆ど変わらない
状態で牧草地帯の林の片隅にあり、校庭の大きな
カシワの木が優しく出迎えてくれた。

旧教室の喫茶室に無造作に並べられた丸太のイス
も2年前と同じで、懐かしくて泣きそうになった。

19日は上映がなく、オープニングパーティー。
美味しい共同学舎チーズをツマミにワインやビール
を飲みながら歓談した。

その日は、藤本幸久監督の新居に泊めて頂いた。

寝る前にテーブルで雑談しながら焼酎を飲んだ。
ボランティア・スタッフの女子大生と影山あさ子さん
、藤本監督。

女子大生が、孤独だった高校時代の話をしていた
のに対して、監督はスポーツ万能でモテモテだった
高校時代を語っていたのが印象的だった。

20日には、劇映画の長沼里奈監督の「まぶしい嘘」
と藤本監督の超大作、8時間24分にも及ぶ「アメリカ
ー戦争をする国の人々」を観た。

「まぶしい嘘」は、とても悲しいラブストーリーで、繊細
な感性を作品に投影できる劇映画に少し嫉妬を覚え
た。

僕は良い映画だと思ったが、観客からは映画の終わ
り方に批判があった。主人公の目が見えなくなった
ことを黒塗りで表現するのは安易だと。

そして、いよいよ藤本監督の超大作。この作品には、
僕も撮影で参加しているので、絶対に最後まで見よう
と心に決めていた。しかし当然のことだが、とにかく
長い。特に最初の方のイラク戦争帰りの元兵士の話
が長く感じられた。

しかし、観ていく内にダンダン引き込まれていく。特に
僕が撮影したシーンは、懐かしくて夢中で観た。

軍に入ることの弊害を兵役拒否をした元軍人が高校
の授業で話すシーンでは、親の承諾fが得られなくて
撮影してはいけない生徒が居たりして、端っこに座っ
たその生徒を写さないように撮るのに苦労したことを
思い出した。

それにしても下手だな。メインカメラマンの栗原さんが
撮影したシーンと比べると技術的な面で、誰が見ても
分かるくらいの格差がある。

栗原さんは、アメリカでドキュメンタリーを学んだ人で、
随所に技術的な上手さが見える。

それに比べて自分は、独学で撮影を始めたので、
ただ撮ってるだけという感じだ。

例えば、ブッシュ大統領の別荘近くで活動家たちが
抗議行動行うシーン。カメラが前に出すぎて状況が
よく分からなかったり、画面が揺れていたり、挙げれ
ばキリが無い。

それから僕が英語でデモ参加者に話しかけている
シーンがあるが、全く通じていなくて恥ずかしかった。

それでも自分で撮ったシーンは、当時のことが思い出
されて、懐かしくて楽しい。

僕が一番好きだったのは、PTSDになって路上生活
に陥ったベトナム退役軍人たちの話。

最初に登場したアレン・ネルソンさんとは、湯布院で
酒を酌み交わしたこともあり、人懐っこい表情が
懐かしかった。すごい女好きで、講演先の養護学校
の女の先生を口説いていたことも思い出した。

彼の話の中では、ベトコンと交戦中に敵が掘った
のトンネルに飛び込んだら、その中で女性ゲリラが
出産していた、というのが衝撃だった。

アレンさんは、多発性骨髄腫という血液のガンで
闘病生活をおくっていたが、一説にはベトナムで
枯葉剤を浴びたことが原因ではないかと言われて
いる。

戦争で多くのベトナムの民衆を殺した事実を告白し、
自らの戦争責任を講演で語っていたアレンさんだっ
たが、彼もまた戦争による被害者だったのだ。

それから、僕が撮影したホームレス・シェルターに暮ら
す退役軍人のインタビューでは、彼が今でも毎晩の
ように戦場の夢に苦しめられている現状が痛いほど
伝わってきた。

撮影していた時は英語が分からないので、そこまで
分からなかったことが字幕付きの映像を観たことで、
初めてあの退役軍人のおじさんと対面した気がした


毎日2・3時間しか眠れなくて、4時間眠れた日や、
5時間眠れた日のことを記念日のように覚えている
のには驚いた。

それから、若いホームレスたちのブッシュ批判は、
痛快で面白かった。当時のブッシュ大統領が言って
いたことよりも、ずっと真っ当で、的を得ていた。

「ホームレスだからってバカにするな。ちゃんと世の
中を見ているんだぞ!」と言わんばかりの勢い
だった。

その中にいたホームレス同士の若い夫婦。乳母車
に乗っていた赤ん坊は無事成長しているだろうか?

それから、キャンプ場で別々に撮影したホームレス
の男女が最後には結婚したのには驚いた。

僕が会った時、彼女には別の彼氏がいて、彼の
子供を宿していたのに、その後、流産して当時の
彼氏とは別れたらしかった。

そんな悲しい経験を乗り越えて幸せを掴んだ彼女
だったが、今度の結婚相手は、優しくて働き者だか
ら、きっと幸せに暮らしていくことだろう。

藤本監督が常日頃語っている「ドキュメンタリーは
希望を描くものだ」という言葉は、こういう形で体現
されている。見事としか言いようがない。

とにかく長い映画なので、どれくらいの人に理解して
もらえるか分からないが、とにかく素晴らしい名作だ。

少し参加しただけの僕には分からなかったアメリカが
そこにある。

「イラク戦争は間違っている」そう訴えて兵士が正義
を貫こうとしただけで軍事裁判にかけられる現実。

この映画は、世界の警察を気取る超大国「アメリカ」
の歪みを描いた映画でもある。

「こんな国について行くつもりなのか?」と、この映画
は問いかけている。

この映画の制作に少しでも関われたことを僕は誇り
に思う。