中井 信介
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ドキュメンタリー映画『クアリ』について


●はじめに
 
 映画の舞台であるクアリ村の「クアリ」とは、英語の「Quarry」、つまり「石切り場」という意味です。昔、米軍がスービック海軍基地の護岸工事をした際に、この地の山から石を切り出したことから、そう呼ばれるようになりました。そして、辞書で調べると、「Quarry」には 、「知識、資料などの宝庫」という意味もあります。 私にとってこの地での撮影は、米軍の撤退に伴う生活の変化によって風化しつつある米軍の記憶を村人たちの心の奥底から掘り出す作業でもありました。そして、村人たちが米軍と共に生きた日々の記憶こそが、多くの米軍基地を抱える我々日本人が米軍のことを知る上での貴重な「知識」や「資料」となるのです。
演習場跡地の風景
 

●米軍に依存し傷ついた人々
 
 フィリピン・マニラの北西約80キロに位置するクアリ村は、1992年に米軍が撤退するまで約30年間に渡ってスービック海軍基地に付随する海兵隊の実弾射撃訓練区域の中にありました。当時の村人たちは米兵相手の物売りや演習場で拾った不発弾から取った火薬や金属を廃品回収業者に売って生活していました。そして、不発弾解体中の爆発事故や流れ弾による事故で多くの村人が死傷しました。
 映画「クアリ」は、そのような米軍に依存し傷ついた人々の物語です。

以前解体した不発弾の薬莢を持つ青年
 

●恐怖心を麻痺させていた村人たち
 
 村人たちが米軍に対して持っている印象は決して悪いものではありません。むしろ殆どの村人が「危険はあっても米軍がいた頃の方が豊かに暮らせて良かった」と言います。そして、当時の村人たちは少しでも多 く稼ぐために大人から子供までが競って不発弾拾いをしていました。豊かさを追求したが故に危険を顧みなかった村人たち。
 この映画では「不発弾への恐怖心を麻痺させていた村人たちの感覚に 対する恐怖」を描いています。

不発弾の爆発事故で切断された指
 
●米軍撤退後の苦しい生活
 
 92年の米軍の撤退によってクアリ村の生活は一変しました。突然生活の糧を失った上、それまで米軍に依存しきった生活が続いていたクア リ村では、他に充分な収入の得られる産業がありませんでした。村では米軍のいた30年間、産業の発展がほとんどストップしていたのです。
 そして、生活に困った村人たちは、森林伐採やダイナマイト漁などの違法行為に手を染めるようになります。「米軍」という豊かさを放出する外国の軍隊の存在が、そこに集まった人々を悪い方向への連鎖に巻き込んでしまったのです。

ダイナマイト漁による事故で右手を失った漁師
 
●傷を負った少年たち
 
 以前、不発弾拾いをしていたのは大人たちばかりではありません。時として、不発弾についての知識の浅い少年たちが大事故を起こし、多くの死傷者を出しました。そして現在、事故で体に障害を負った少年たちは成人し、それぞれの人生を歩んでいます。体のハンデと戦いながら必死で家族を守ろうとする者、荒波の遠洋に出て大物マグロと格闘する者。
 映画では体にハンデを負っている現実を受け入れて、なおかつ前向きに生きようとする彼らの姿を追いました。

不発弾による事故で右手を失った後も漁を続ける潜水夫

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