J Class




3年生校外活動・レポート(J組)のフォーマット(Word)

「舞姫」現代語訳(PDF/90KB)

ライヴ(2006/08/28)画像のページを開く

謝恩会(2007/03/20)画像のページを開く

■■2006年2月23日(木)のHRで行ったクラス決議を自治委員が文書化したものが、自治委員から管理人に送付されてきたので、ここに掲載します■■
72号館ゴミ箱の問題に関する2年J組クラス決議文(Word/24KB)

2005年・2年生校外活動・白樺高原コースのページ


■■夏目漱石の芥川龍之介宛書簡から■■

●●1916年8月21日付から●●
 今日からつくつく法師が鳴き出しました。もう秋が近づいて来たのでしょう。
 私はこんな長い手紙をただ書くのです。永い日がいつまでもつづいてどうしても暮れないという証拠に書くのです。そういう心持ちの中に入っている自分を君らに紹介するために書くのです。それからそういう心持ちでいる事を自分で味わってみるために書くのです。日は長いのです。四方は蝉の声で埋まっています。

●●1916年8月24日付から●●
 牛になる事はどうしても必要です。吾々はとかく馬にはなりたがるが、牛には中々なりきれないです。(中略)あせってはいけません。頭を悪くしてはいけません。根気づくでお出でなさい。世の中は根気の前には頭を下げる事は知っていますが、火花の前には一瞬の記憶しか与えてくれません。うんうん死ぬまで押すのです。それだけです。決して相手を拵らえてそれを押しちゃいけません。相手はいくらでも後から後から出てきます。そうして吾々を悩ませます。牛は超然として押して行くのです。何を押すかと聞くなら申します。人間を押すのです。文士を押すのではありません。



■■デカルト『方法序説』第3部から■■

 このことを、私は旅人になぞらえたのであった。彼らが、森の中で道に迷ったならば、もちろん一か所に立ちどまっていてはならないばかりでなく、あちらこちらとさまよい歩いてはならない、絶えず同じ方法へと真っ直ぐに歩くべきである。たとえ最初に彼らにこの方向を選ばせたものが偶然のみであったにせよ、薄弱な理由からこれを変えてはならない。なぜなら、このようにするならば、彼らの望む地点にうまく出られぬにしても、ついには少なくともどこかにたどり着くであろうし、それは確かに森の中に佇むよりもよかろうから。



■■西岡常一『木のいのち木のこころ(天)』から■■

●大工はそのときの試験に通ればいいというんやないんです。仕事を覚えたらそれで一生飯を食い、家族を養い、よその人のために建物を建てるんです。建物を建てるというのは頭のなかの知識じゃないんでっせ。ちゃんと自分の手で木を切り、削ってやらなならんのです。そのとき「それは知ってますわ」じゃ、なんの役にも立たないんです。
●一つのことを覚えんと、次には行かれませんのや。何でもそうでっしゃろけど、基礎だけはちゃんとせんと前に行かれませんのや。大工の修業の基礎は刃物研ぎですが、刃物研ぎのような基礎はすべてに通じるんですな。ですからここで時間をかけても損にはならん。むしろ納得がいくまでこの段階で苦労したほうがいいんです。近道、早道はないんです。
●そりゃ、難儀ですわ、学校で教わるほうが楽でいいでしょうな。頭や言葉だけで習得できるほうが楽ですわ。こうした仕事は長い下積みと苦労がいりますわ。またそういうものを越えて来んと、途中でへこたれてしまいますな。大きい建物を造るといいますのは、時間がかかる仕事ですわ。私らでも「これ、できるかいな」と思いましたからな。
 「今日から棟梁を命じる」といわれたときは、心底、できるやろかと思いましたで。これが手取り足取りしてもろうてきたんでは、へたりこんでしまいますな。しかし、自分でここまでやってきたんやという自負がありましたら、やれますがな。時間をかけた苦労というのは、こんなときに底力になりますのや。



■■最後の授業のための文章■■

Adieu(別れ)
3年J組 担任

 「春はわたしを不安にする。春は新しい出発を告げる季節だからだ。」――すでにはるかに遠のいた昔、中学校の卒業文集にこう書いた仲間がいたことを思い出す。
 たしかに、立ち去らなければならない過去は慕わしく、新しく歩み入らねばならぬ未来は遠く険しい。けれども、――「進む者は別れなければならない」(W・ワーズワース)。これまで見慣れた風景から別れ、見知らぬ風景の中へ進んでいく、ちょうど分水界を越えていく旅人のように。君たちの視野の中で、過去の風景はつねに後景に去り、そして、さらに遠ざかっていくだろう、最後尾の車窓から振り返る風景のように。――だが、それを見送りつづけるのはあるいは快いことかもしれないのだ。
 ならば、今、君たちはこう言ってもいいはずだ。――「まだまだ前夜だ。(……)暁が来たら、俺たちは、燃え上がる忍耐で武装して、光り輝く街々に入ろう」(A・ランボー)。
 そうして、また――。今、君たちには思い描くことさえ容易ではないかもしれない、しかし、いつかは必ず巡り会う遠いある日、君たちが背後に残してきた風景が、人々が、思いがけずおおきな懐かしさをもって甦る。たとえば、A・カミュにはアルジェリアの太陽が、M・シャガールにはロシアの村々が、そうだったように。
 つまり、だから、こういうことだ。君たちが〈別れ〉つづけ、〈進み〉つづける限り、君たちから失われるものなど結局何ひとつありはしないのだ――おそらく、きっと、まちがいなく。


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