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午前10時:入院は4回目になります。 今回はどんな珍事に巻き込まれるか楽しみにして、お迎えを待っておりましたら、初めて、5階の南側(通称スペシャルベッド)に用意さてており、前回の私の素行の良さで先手を打たれた感じです。 なんと言っても、大部屋でも広いし、両サイドから車椅子の乗り入れができるし、日当たりは良いし、最高のベストポジションです。 入院着(囚人服と入院患者はそう呼んでいます)に着替えて、採血、腹部エコー、心電図、抗生剤の検査 この病院は、喫煙ができる最近では珍しい病院なので私はすぐさま、喫煙所へ・・ ところが、夜10時消灯時間に部屋にいなくてはならない、不思議なルールができていたので、少しずつ前のルールに変更させるべく作戦を考えなくてはなりません。 楽しみが増えました。 (入院前に車椅子が搭載できる、3輪ミニカーの写真を添付しました) |
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朝6時起床:初日だからと言って早く目が覚めたのではなく、隣のじいさんの自慢話が目にあまるので、いい加減な所でおとなしくさせなくてはならないでしょう。 「俺は口が堅いから他には言っていないが・・・」が口癖なんですが、「じゃあ私にもしゃべるなよな」と思いつつ、結構、私の知人の名前も出てくるので完全なフィクションではないのがこのじいさんの話術なんでしょうね。 MRIと股関節断層撮影で立体的な映像にすることが可能な機械があるので驚きました。 いつのまにと思いつつ、手術の説明を聞いて「びっくら!!また、おどろいた!!」 すごいボーンプレートが股関節横に固定されるのです。 抜鋲はなし!!これじゃ人工関節とあまり変りはないようにも思いましたが、まあ、kさんたちにも自慢できるかと判子とサインでOKしました。 |
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朝早くから、下半身毛ぞりからロヒピノール注射でフラフラの頭がさらに「タリラリラー」になってきました。 (前回はここで車椅子ごと転倒した) いざ!手術室へと見慣れた風景と「六甲おろし」にお迎えされ、早く寝かせようと麻酔医は必死でしたが、「はい!大きく深呼吸して」と言われて口から入れるふりをして鼻から出した。 かなり、怒られた記憶はありますが、やはり専門家。 素早く点滴に何か注射をされて「意識不明」今回は全身麻酔で睡眠剤と呼吸器を装着されたままだったので、時間がかかったようでした。 12:10分に手術室に入って、縫合してレントゲン室に入ったのが、17:00ぐらい。 上手くいったようです。 ただし、寝るときに腰が痛いのなんのって最悪の状態です。 朝までこの腰痛と戦っていました。 |
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15日:これから2週間、ベッドから降りることはできないとの誠に厳しい現実に、酸素マスクや以前には無かった、心電図計やチューブがいたるところに入っていた。 ナースステーションにすべてのデーターが送られているようです。 実に5日間もこのままでした。 16日:朝から全体清掃でこれはすばらしく、気持ちが良いのはいいですが、真っ裸では恥ずかしいですね。 点滴の量も栄養剤と抗生剤の連続ですが、まだ、食事をしていない。 長女が関西では名の通った私立大学へ学校指定校推薦で決まったとのこと、これで予備校代が浮いたわ!と喜んでいると先払いした分まで行かせろと娘に脅されました。 「あんた、もう勉強せんでもええやろ!、しかも、大学決定した者がいては、その周りには嫉妬があるぞ」と言っても予備校が楽しいみたいで、今月末まで行かせることで妥協しました。 |
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17日:1日早く、酸素吸入器と心電図と、ドレーンが外されました。 「やっと車椅子で動けるなぁ」と言うと即「2週間はベッドから一歩たりとも出ないようにと、点滴4回追加しておきますね。」で毎日の点滴で暇が減るものかいな。 18日:阪神のマジックが点等した昨日、中日が負けたので、いよいよって感じです。 突然、大連事務所の所長がお見舞いに来た。 今月末にまた大連に戻りますが、こっちの仕事のフォローをお願いしておきました。 昼の試合でタイガースは勝利、中日は負け、ついにマジック8になった。 それにしても、私が入院しているとかならず優勝するのがタイガースだから・・・不思議なこともあるものです。 |
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19日:朝10時担当のドクターが「男らしい傷になったなぁ」と消毒してくれました。 男らしい傷はとは???まあ、かなり大きく切ったのでしょうね。 後で見てびっくりです。 「任侠の世界の傷のようです」 20日:目の前のおじいさんが体調悪く、ICUへ移送されました。 また、無事にこっちに帰って欲しいと願ったのですが、その夜、残念な結果になったと聞きました。 もっと自慢話を「聞いてあげればよかったかな」と・・・ |
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21日:レントゲン撮影、骨のずれなどもなく順調のとのことですが、担当医に「先生うまく、着きますかねこの骨は・・」と私が聞くと「あとは神頼み」との返事に6−8週間後が心配になってきました。 しかし、整形外科医たるもの、「神頼み」とは恐れ入った!あんたは偉い! 22日:車椅子許可がでました。 と言うより強引な私の話術に担当医が見事に引っかかっただけです。 「ドクターよ!世間のビジネスマンは根性すわっとるで」とひそかに喜ぶ! 速攻で「トイレに駆け込む」 どうもベッド上では「大あれ」ができなかったのを我慢していました。 何をどうされようとできませんでした。 その後の爽快感は「まさに至福の極みなり」 |
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24日:お見舞い客でベッド周りは「たこ焼きや焼きそば・豚マン・ケーキ」の山、「腐らんもんもってこんかいな??」と心の中であつかましくもそう思った! 「酒かつまみ」ですよねー! お昼に娘の入学金などの金額を見て驚いた! なんじゃどえらい高いですね、最近の私学は・・・ これで、ちゃんと勉強してくれればよいのですが、予備校の半年分の返却は1ヶ月後になるし、社会保険庁や税務署のように取るときは1日遅れても文句を言うくせに、返却は2−3ヶ月後よりは少しはましかな??(笑) 28日:レントゲンの結果は、良好でした。 2週間で切断部分のズレなどがないのはほぼ良好だということです。 ただ、激しい加重やショックを与えるとだめなようで、車椅子も加重の掛からないプーさん2号ががんばってくれています。 阪神タイガースがマジック1になって、病院内は絶叫寸前の、1階はすごいムードです。 まあ、企画したのが私ですので、それなりの参加者があったのは喜ばしいのですが、以前は、この企画をサッカーでやったときに父を亡くしたことを思い出した。 |
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やったー!阪神優勝!バーゲンセール!記念品!家族総出で出かけたらしい。 阪神優勝と書かれた「ドラ焼き」が私のお土産。 「ドラ焼き」とはドラゴンズ焼きのしゃれなんでしょうが、「トラ(虎)焼」にならなくて良かったと思います。 相変わらず、車椅子で移動、入浴も介助、移動も結構うるさい「急性期病棟」でしたが、 念願かなって「亜急性期・療養病棟」に引越ししました。 これも、また前よりもさらに結構広い部屋なんですよ。 就寝時間も11時で検温も日に2回のみ、あとは食堂内のみんなで「なんや不味いな!」と文句を言いながら食べるものも楽しいです。 それに、ナース事務の女性(前回も同じ)に私は「ジェニファー」と銘々して、みんなで「ジェニー」と呼び本人は喜んでいるのかどうかは不明ですが、髪毛をかなりライトなブラウンに染めてきたのを私は見逃さず、流石に乗せると怖いなぁと思った。 看護士さんたちにも「キャサリン」「ステフィニー」とか付けたろか? 外国人クラブみたいな病棟になるのも楽しいかもしれません。 今週も免加重であと4週間ほどこのままとのこと、退院は12月になるでしょうね。 気になるのは左膝を伸ばすと一定の痛みが発生するようになり、気になりだしました。 どうも、内側の自分の骨の稼動が正常な位置に行かないようにも思えます。 結局、やぱり歩くのは無理とか不安にもなるものです。 |
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病棟も変り、広くゆったりと時間を過ぎるのを「ぽわー」としております。 阪神タイガースバージョンの車椅子に今週から乗り換えました。 やっぱり、自分の体形に合わせた専用車は、腰に負担もかからないし、何より、「早い!遊べる!目立つ!」でなによりです。 前回の入院した折のあの転倒事故を知っている看護婦さんたちは、「あかんでこけたら」と冷ややかな視線を感じます。 さて、当初の予定の左に加重を掛ける時期が、6週間から8週間に延びてしまいました。 やっぱり、骨の定着が一般人よりかなり悪いようです。 「神頼みしかありませんかね?」との問いにDrは「はぁ、今更、煮干食べても遅いよな。 心配しなくても、いつかはちゃんと付くわいな・・がははははは・・・」で終わらせそうにしたので、「手術代金は、では、半額と言うことでよろしいですよね。手術前の説明で定着しない可能性は、ほら記入していませんから・・・まあ、折半と言うことで」と言うとDr「あ!ほんまや」と私が契約を主とした事業家であることを学習された日にもなりました。 あと1ヶ月ほど免加重で、それからぼちぼちと加重を掛けても、年内の退院は時間的に無理になります。 まあ、松葉杖がつけて、20mほど歩ければ、小さな自宅なので別に問題はありません。 12月20日までには、退院ということで、あまり骨の定着は気にしないでおこうと思います。 |
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病院着って、色々な種類があります。、以前入院した病院は、チェックだった。、今回の病院が、「退院」のことを「出所」などと患者が言うにはちょっとした訳があります。写真のように、ピンストライプ柄なのですが、袖部分は本来縦縞になるべきところが横縞になっているためです。 ヤンキースや阪神タイガースのユニホームの袖部分はちゃんと縦縞でしょ? ある意味この病院着は囚人服(外国)のものにぴったりですので、患者は「試験外泊」を「仮出所」や完治退院を「満期出所」などと呼びます。 この呼び方は日本の堀の中での呼び方なんだと専門家?はそう言います。 今週、面白い「おばあちゃん」が私の目の前の部屋に入院してきました。 (私の部屋は大部屋なのですが、スペースが広く私の場所は「スペシャル場所」として、有名なところなのです。 なんせ、この病院、年4回の関節鏡と手術をしたのです。VIPなんでしょうね。マンションの4畳半ぐらい占有しております。) そのおばあちゃんはとても上品です。 でも、少し痴呆なのでしょう。 私の車椅子を見て、その車椅子は「月で使うやつですね。私のママが今行っているので明日帰るの」と話してくれました。 「へえ、月なんや、住んでいるの?」と聞くと「そう私のお家は月にあるのよ。兎の耳のあたりやね」と言っているので、へえ「じゃあおばあちゃんはセーラーム−ンなんや」「違うねん。それは最近の呼び方で、私は内緒だけどかぐや姫なんや」と答えてくれます。 食堂でその隣のうるさい、仕切りたがりのちょっと問題児のおばちゃんが、「だめよ。おばあちゃん!ちゃんと待ってなさい。面倒かけたらだめ」と言うと、かぐや姫は「おばあちゃんって、あなたもおばあちゃんじゃないかしら、お年はいくつなの」と返答しました。 食堂内では、受けまくっていました。 さすが「かぐや姫」だ! この姫は、毎日、毎日エレベーターの前で月からのお迎えを待っています。 どうも、娘さんを「ママ」と思っているようです。 ドアが開くたびに頭も下げて、「ママ」を見つけたら「教えてくださいね」と言い続けています。 週に1・2度面会に来られます。 お孫さんと遊んでいる姿を見ていると、その天真爛漫な笑顔に私はなぜか、本物の「かぐや姫」と呼んであげたい気持ちになりました。 |
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オペ後6週目(入院46日目)に突入しました。 加重をかけるまであと2週あります。 レントゲンや採血の結果も良好のようです。 退院までに、すごいマシン化された骨をデジカメで撮影させてもらいます。 この病院は外に喫煙所がある、近来にはちょっと珍しい病院です。 完全敷地内禁煙が普通なのですが、そこに溜まるメンバーが以外と個性揃いでしかも、各階の情報を持ち寄っては、バカ話ばかりです。 しかし、今週は日本シリーズが始まって「全員一致で忘れよう」ということで話題に誰もがしません。 私のタイガースの車椅子も、タイガースのスリッパ履いたNくんやユニホーム姿にしか着替えないYくんなど、今年は、「ええセリーグやったな。あのときの今岡の満塁ホームランは良かった」などと一切、「ロッテのロ」の字も出しませんし、日本シリーズがあったことをすでに無視しています。 そこへ、新人の入院患者が「ボロ負けやったな!あかんであれは」と言ったもんだから、Yくんが暴発「あんた、わしら阪神ファンに喧嘩売っとんかいな」とすごい目でいつもの6〜7人のメンバーが一斉に沈黙しました。 その新人さんも阪神ファンだったのだけれど、その雰囲気の中で1本吸われて、その後しばらく顔を見ません。 こうして、病院の外の世界もそんな雰囲気なんだろうな?と思いつつ、売店からロッテのガム商品がいつの間にか消えて他のメーカーに変っていた。 誰も文句は言わないのに、不思議な病院と阪神タイガースで生活を回している関西人の凄まじさも、流石の私も驚いています。 |
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この病院以外と面白い人間ウォッチングができます。 N君Y君も退院して、少し若い男性メンバーが減少しましたが、ベッドはすぐに満杯になります。 救急車が到着すると、「あの患者は300万円コースとか、あれは100万円未満やな。やっぱり、労災1番、交通事故2番、3番が若年層の若い患者、4番以外は痴呆の早期退院やな」ともっぱらの噂です。 入院しているとやたら検査が多くなるのが、交通事故か労災で、「関係ないやろ」と思う検査がおまけのように付いてきます。 別の病気もついでに発見するといったシステムなのがある意味、魅了があります。 私も入院はこの病院で4回目になりますが、検査や退院前になると、血沈や骨密度など院長回診では「この検査やっとこなぁ」と無理やり決めて帰りますが、主治医から一向に検査の予定も来ませんので、みんな院長を無視しているのかとも思います。 80歳になってもなお、現役の臨床医に徹する院長さんの姿に私は、あと10年はがんばっているだろうし、病院の増築をしたり設備投資で、まだ走り続けるだろうなと想像してしまいます。 この病院は、診療内科の入院ができる病院です。 つまり、精神科の一歩前って感じですが、中には、あきらかに素人目から見ても、「心の病」には見えない人もいます。 自ら「心の病」と決め込んで、「うつ病なんです」と堂々と言うのもいます。 やたら、大勢の人間の話しに口を出し、無職で親の年金で生活させてもらっていることを自慢のように話す46歳の男がおります。 「うつ病」なら、やたら人に明るくおしゃべりすることもないし、勝手に他人の話に首を突っ込み、自分の不遇や家庭内の話を出して他の入院患者から失笑を買っている「うつ病」は聞いたことありません。 周りの入院仲間では、その男が時々妙な「しゃっくり」をするので「アシカ」と銘々しました。 私の車椅子を見ると「コーヒー買って来ましょうか」と、お願いすると必ず、自分の分も渡したおつりで購入する「ちゃっかりしたアシカ」君(この手で3本もコーヒーをまんまとやられた私の方がアシカより頭が悪い?) 11日に私の部屋に移るとのことですが、彼は賢いのか、またその逆なのか判りません。 ただ、私を「師匠」と呼び、「親の骨までカジルな!親の年金で買ったタバコは控えろ!日本人の義務、勤労と納税を果たせ」など再三厳しく言うのに、全然効果がありません。 そこで、「プライド欠乏症(さぼり病)」と私が病名を作りました。 同室になって、私の邪魔さえしなければ良いのですが、主治医もそれに近い判断をしているようですが、バレていないと思っている「アシカ君」の活躍を期待しています。 |
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バス釣りの好きなN子さんこの14日に退院するし、犬の好きなMおばちゃんも同じころに退院、隣のベッドの屋根から落ちた「大工の棟梁」も近く退院することになりました。 これで喫煙所のメンバーも少なくなりました。 まあ、1クールが終わり、2クールに入ったということですが、私も60日間目を迎えるこのころはで随分と古株になってしまいます。 前回のアルコール中毒に変わって、新種の「アシカ君」がどれだけ笑わしてくれるかが今後の楽しみに変わってきました。 |
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この新種の「アシカ君」が退院しました。 病院からは私や棟梁に感謝されています。 なんとも情けないのが、このアシカ君は年老いた両親の年金からお小遣いをもらって生活してることも知り、全員が無視状態に「おしゃべりな自称(うつ病)」には耐えられなくなったようです。 まあ、害はないので私はどちらでも良かったのですが、発作なるものが病院では一度もなく無事に退院されることがこの病院にとっても良かったのでしょうね。 私の左股関節はどうもうまくいかない状態です。 右の膝と前回手術した左膝がなぜか加重を掛けると痛みが発生してしまいます。 筋トレで大丈夫と言われて、かなりやったのですが、あまり効果がなく、結局は以前の状態になっているのでちょっと不安が横切ります。 アシカ君の後に肥後細川藩熊本ご出身の同年代の方が入院してこられました。 中々の人物で、夜間はなぜか私たちと時間差でやってきます。 もちろん、病院は飲酒禁止ですが、熊本県人ともなると気合が違います。 大工の棟梁も23日に出所、いや退院が決まったようです。 なんと、今月30日に第1クールのメンバーと通院患者の7人で忘年会が企画され、私も参加することになりました。 なんとも、外出許可で近所の「ちゃんこ屋」さんに行きますが、まさか、外出届けに「午後5時から9時」までなんて、見え見えも書けないし、困った連中です。 |
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11月16日「みつちょん」さんがわざわざお見舞いに来てくれました。 大変お酒のおつまみになる新鮮な差し入れは、絶好のチャンスとばかりに、近所のコンビニにパックジュース?なるたいへん臭いがするものを持ち込み、ちょっとした小宴を持つことになりました。 21日には「Kera」さんもすごいものをお見舞いに頂戴しました。 これは、ご想像にお任せしますが、病院には禁物なものだったのですが、これも、喫煙所に早くも、3度目の小宴会が模様されたことになりました。 ありがとうございました、と私たちのグループ「ごきぶり」軍団(理由:夜になるとごそごそする集団)は申しておりました。 この週は検査でレントゲン撮影と採血をしましたが、レントゲンではまだ骨が付く気配すら見せないのです。 採血の結果は、アルコール反応が出たりで、まあ、大目に、大目に!ってことで進捗はなしでした。 |
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すでに80日目を向かえました。 あと10日すれば、約3ヶ月の入院になりますが、確実にそれを越えるローペースです。 この30日には、第1次メンバーが中心の忘年会が開催され、私も外出で参加しました。 外出届けの理由に「家事都合」と書いたのですが、クラークの女性が「家事都合??」って聞きますので、雑用のためとあとは、夜勤の方々に差し入れあり!で許可を取り付けました。 ミスタードーナッツで釣った魚はでかいのです。 午後1時から買い物を楽しんだ後、午後5時から8時まで、鍋を囲んで「飲むわ飲むわ」大体、入院しているのは、すでに私のみで第2期メンバーがこぞって外出しているのもバレバレなので今回は我慢してもらいました。 8時に一度病院に戻って、外出届けを返還し、また近所のカラオケスナックの2次会に参加しました。 「ブレスケア」「口臭除去剤」を大量に使ったのですが、中々スリルがありましたし、病院の近所にこんな素敵なお店があったとは知りませんでした。 ともあれ、30日の忘年会脱出作戦は無事に終わり、とりあえずは、円満に同窓会もできた感じです。 |
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本来はこのあたりで退院する予定だったのですが、加重も3分の1程度で痛みがあり、とても、全加重掛けるまでには至りません。 歩行が可能かどうかは、半年先なので、まあ、気長にと言うことでこの太平洋戦争開戦記念日を向かえました。 病院のメンバーも1順目から2順目に入り、部屋も人工関節に置換した同じ年の男性が入り、隣の屋根から落ちた棟梁の代わりに「雀荘を経営するJさん」(タバコを買う途中溝にハマッテ骨折した)が部屋に入ってきました。 この方を入れて5人のメンバーのうち4人が喫煙者なので同じ時間になると外の喫煙所に溜まる。 伝統が受け継がれた第2期のゴキブラー軍団になりました。 |
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10日午後1時から11日午後8時まで、「試験外泊」をしました。 10日は友人たちの忘年会に参加してかなり良い気分で飲んだ!旨い!何を食べても!まさに究極に近い、鉄板焼きです。 普段なら、こんなもんかと思うものですが、病院食に馴れている(馴らされた?)者にとっては、格別の味わいです。 外泊といっても、自宅ではなく、お風呂が大きい実家に帰ったのですが、11日の帰院する前にお風呂にゆっくり入ろうと思い、午後6時ごろに入って脱衣場でなんと、左足を着けてしまった。 激痛と共に、骨を壊したかもしれないとの不安になり、急いで病院に戻りました。 当直医がちょうど整形外科だったので、レントゲン撮影し、説明を受け「ほっ」としました。 壊れていませんでした。 一瞬、これで左股関節も人工関節にするしかないとこの90日近くの入院や手術の意味がなくなり、多くの方々の「期待に答えれないのでは」と思っていただけに、心底「嬉しい」の一言でした。 明くる日にMRでも炎症反応がある程度で、内出血と水が溜まった形跡があるだけで、2−3日後には、元に戻るとのことで、事実14日には、普通の状態に戻りました。 部屋もほとんど入れ替わって、中学生の男の子とちょっと痴呆のおじいちゃんが新入りになりました。 (そうそう、忘れていました。人気者?の「アシカ君」は1週間で私の攻撃に屈したのか、かなり以前に退院しております) |
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退院が決まりました。 「12月24日・クリスマスイブです」 無事に完治しての退院ではありませんが、12月24日で104日と言う長期の入院生活に一旦決着をつけます。 担当医は「来年早々に入院してね」と言われても・・・・まあ、どうであれ退院は嬉しいですね。 しかも、イブなのでサンタさんの格好で看護士さんや病棟スタッフにプレゼントを置いて行きます。 私の今週は退院の準備で大慌てです。 自宅の改装もあるし、色々と大変です。 |
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朝、主治医と担当医と副院長が強烈なプレゼントを持って来てくれました。 退院通知と仕事です。 これは最高です。 入院していながら、営業した結果ですが、新しく新築する老人保健施設の水関係の殺菌プラントの発注ですが、ラッキーです。 入院費用も含めこれは、会社に営業経費で落とせるかもしれません(笑) 来年は良いスタートができそうです。 朝10時に会計を済ましてサンタに変身して、看護ステーションで爆笑のプレゼントを渡しました。 本来は禁止なのですが、快く受け取ってもらい、入院患者にも喜んでもらいました。 104日と一言で言えば、「早かった」ようですが、院内のベッド転居3回もしましたし、面白い連中にも出会い、また、仲間も増えたようです。 ただ、残る右膝をどうするかは来年以後に考えるとして、変形性膝関節症として、介護保険のご厄介になる40歳代です。 家まで、コーディネーターがこられて、病院の診断書を提出後に色々手続きがあるらしいのですが、介護保険の勉強は全く関係ないと思っていたので、また色々と知識を増やして皆さんのお役に立てればと思っております。 病院では、介護1・2とか言われていましたが、「なんじゃそら??」 障害者手帳は所有していますが、障害者の支援費制度と介護保険制度は介護保険適応者は申請後そちらを優先するらしいです。 もちろん変形性股関節症も対象ですが、確かに住宅改造などは介護保険が色々チョイスできます。 まあ、出せと言われるまま流れに任せますが、なんで私が介護保険になるのか意味不明のままです。 来年が良い年になることを願って、車椅子から、1歩でも前進できるようにすることと会社の規模を少し大きくしたいと思っています。 年末から年始までは、しばらくお休みします。 第1に毎日リハビリに通うのですから・・・・。 最後に一言「病と喧嘩すると必ず逆襲されます。 仲良く付き合うことしかない」が今回の教訓です。 |
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