《たろうさんの記録》 〜左大腿骨外反骨切術〜   '04・抜釘編
‥‥たろうさんはkと同じT病院ですが、術式が違うので記録をお願いしました‥‥

   手術を決めるまで
* 生後6ヶ月の検診で「先天性股関節脱臼」と診断される。
生後右足と比べて左足をあまり動かさなかったため両親が不信に思い、検診で尋ねたところこのような診断をされる。
この時手術を必要とする状態ではなく、ギブスで関節が正常な位置に収まるように装具の使用を薦められる。
3歳位まで両足を180度に固定してギブスをはめることになるが、結果は虚しく「正常位置に入ったと思ってもすぐにずれてしまう」ことが繰り返されていた。

高校3年生くらいまでは脱臼のことを忘れているくらい全く足の痛みはなく、それなりに楽しい学生生活を送っていた。
ただしクラブ活動については当時の主治医より制限がつけられており、バスケットボールやテニスなど瞬発力を必要とする運動は禁止されていた。
(この時の骨頭の形は比較的正常な形に近く、臼蓋にきっちりはまっていない状態だった→ズレていた。)

大学に入ったあたりから、学校が遠かったこと、アルバイトでずっと立ち仕事をしていたこと、歩くことが好きだったこと・・などの理由で、疲れやすく、足の痛みが時々でるようになる。
ただ、その痛みもほんの一瞬で神経があたって痛むような感じだった。
たまに就寝時の寝返りが辛い時もあったが、それほど気にしていなかった。
この状態が26歳くらいまで続く。
大学2年生(20歳)の頃から少しでも股関節の痛みを緩和するためにカイロプラクティックの治療を月1〜2回通うようになる。
この時無理に骨を動かしたせいか、股関節の骨頭の変形が進み、それまでの骨頭の形が徐々に楕円形に変形し、臼蓋に少しずつ当たる様な格好になってくる。
この頃から軟骨もすりへってくる。
また足の爪を切ることが少々辛くなってきた時期でもある。

26歳で仕事を変わる。
この時新しい勤務地が自宅から遠かったこと、子供の頃から見て頂いていた主治医の先生が退官されるという理由で、新しい主治医の先生を探し始める。
「また学生の時のように足がよけいに悪くなるのでは??」という心配が大きかった。
関西では股関節の専門医として有名だった某市立病院の先生に今後お願いすることに決め、1年に1回検診に行くようにする。
この時もまだカイロプラクティックの治療に通っていた。

27歳から仕事をしながら夜間の専門学校に通うようになる。
こういう生活を始めてしばらくして、頻繁に足・腰が痛むようになり、寝返りがすごく辛くなってきた。
でも、杖をつくほどの痛みではなく、なんとか1時間くらいなら歩行はできていた。
ヒールのある靴も普通に履いていた。
この状態でなんとか1年(28歳になるまで)頑張ってきたが、ついに腰の痛みがひどく、段々歩けなくなってきて、杖の使用とロキソニンを服用し始める。
この頃から新しい主治医の先生に手術をしてもらうようお願いする。
骨の状態から、年齢はまだ若いけれど人工股関節の置換を勧められ、その方向で私も考えていた。
仕事は体力的な問題から28歳(2002年3月)で退職し、専門学校での勉強は続けることにした。

28歳(2002年9月頃) 今までで一番動くのが辛い状態がやってくる。
学校へ通うことも辛くなり、ほとんど車での送り迎えをしてもらっていた。
あまりの辛さに学校を休むことも時々あった。
主治医から「家でゆっくりできるような状態であればそれほど痛みを感じることはない。すぐに手術という状態でもないので、できるだけ手術を後にできるようにしたらどうか?」というような意見を頂いたが、私の性格が「じっとしていること」が苦手なのと、学校を辞めたくなかったため、2003年の3月頃に手術をしてもらえるようお願いする。
(結局は家の事情で大阪の病院での手術はできなくなり、インターネットでKさんのHPに辿り着き、教えていただいたT病院を受診→手術を受けることに決定)


   2003年2/25 T病院で初めての診察
大阪の病院では「まだ若いけれど変股症末期で軟骨がほとんど無いため、人工股関節への置換しか無理」と言われていたが、T病院でレントゲンを見た結果、ここで初めて「若干軟骨が残っている様子なので自骨での手術で大丈夫だろう」という診断をしてもらった。
大腿骨外反骨切術*1)と臼蓋形成術*2)を同時に行い、痛みの緩和と人工股関節に置換するまでの時間稼ぎをする、ということだった。
ただ、レントゲンを見ただけの診断結果のため、造影剤を使った検査を進められる。

*1) 左股関節の骨頭部分と大腿骨を一旦切り離し、切り離した大腿骨部分をさらにくさび形に切る。その後骨頭部分と新しい形になった大腿骨をつなげ、関節部分に角度をつけるという手術。

*2) 骨盤の骨の一部を切り取り、それを屋根をつけるように臼蓋部分に移植する手術。


   検査・貯血
3/11 造影剤の検査
「チクッとするだけですよ」と聞いていたが、ものすごい痛みが襲ってくる・・。
(2度も造影剤投入の注射をされたせいか、この日の夜からあまりの痛さに歩けなくなってしまい、その後2週間近く股関節部分に痛みが残る。)
この検査の結果、軟骨が残っていることが判明し、初診で言われた通りの方法で手術が行われることになる。
手術まで3ヶ月あったので、この時に靴の中に入れる補高装具を作ってもらう。
脚長差2cmほどあったが、装具の高さは1.8cmにしてもらった。

5/27 1回目の貯血
この日は朝から”採血・尿検査・肺機能検査・レントゲン・CT・リハビリの為のチェック・貯血”の順番で検査をする。400cc採られる。
前日から緊張して徹夜してしまったせい?!か、血の濃度が規定の数値より若干低く、増血剤の注射をされる。
あまりの痛さについ騒いでしまいました・・(>_<);

6/3 2回目の貯血
この日も400cc採られる。
またもや増血剤の注射が待っていて、前回あまりにも騒いだため子供の人工透析に使う皮膚が麻痺するパッチを着けられる。(30分貼ってから注射をしたが、痛さは全く変わらなかった。)


   入院・手術
6/9 入院
入院1日目は簡単な問診と抗生剤のテストがあった。
それ以外は何もすることがなく、荷物を片付けて早速外出をする。

6/10 入院2日目
麻酔科の先生と主治医による手術当日の説明がある。
当初の予定が変更になり、臼蓋形成術は今回の手術ではやらないことになった。
午後9時以降飲食絶対禁止に。

6/11 手術当日
午後からのオペだったため、10時頃より術前の入浴、浣腸、点滴等を開始する。
14:00頃に手術準備の指示が出され、筋肉注射をする。
しばらくして手術室へ移動。
記憶は半分飛んでいるが、麻酔科の先生と少々会話をしたことだけ覚えている。
18:00頃部屋へ戻ってくる。
オペの間の記憶は全く無く、とにかく眠かった。
血栓予防のポンプやら股に挟んだクッションが邪魔になり、ある意味辛い一晩だった。

6/12 術後1日目
この日は丸1日ベッドの上の人になる。
血栓予防ポンプが傷にひびくため、何度か「止めてほしい」と言ってみたが、全て却下されてしまう・・・。
この日から飲食OKになったが、水以外は受け付けなかった。
朝食時にいきなりベッドを90度に上げられビックリしたが、足を動かしていないのでそれほど痛みを感じることは無かった。

6/13 術後2日目
離床。体にくっついていた管を全部抜いてもらい、車椅子へ移動。
体を捻られているような痛さに耐え切れず、すぐにベッドへ戻る。
痛み止めの薬をもらって再度トライしてみたら大丈夫だった。
この日から簡単なリハビリ開始。

6/14 術後3日目
前日に比べて若干動けるようになったが、痛み止めはまだまだ手放せない状態。
車椅子からベッドにあがる時など、術足に支えがないと痛くて動けない・・。


   6/16〜6/22
この週は17日まで荷重10kg、18日以降は荷重30kgでと言われる。
月曜日から松葉杖を渡され、「車椅子に乗ったばかりなのに・・」と、あまりの早さにビックリしたが部屋で松葉杖を練習するように言われる。
日に日に痛みが無くなり、徐々に立てるようになっていることを実感する。
もちろん以前あった股関節の痛みはゼロ☆


   6/23〜6/25
先週に引き続き、荷重30kgでリハビリを行う。
25日より荷重40kgに。
今までリハビリに行くときは車椅子で、帰りは松葉杖で部屋に帰っていたが、明日から「行き帰り両方とも松葉杖で」と言われる。
入院してから太ったことと、松葉杖を使う時に時々術足が痛むことから24日夕食よりダイエット食に変えてもらった。

24日に抜糸し、25日は2週間ぶりのお風呂に入る。
介助無しでお風呂(というかシャワー)に入ることができた。

術後2週間が経ち、ほとんどのことは自分でできるようになった。
まだ靴下を履いたり、術足の爪を切ったりするのは難しいが、徐々に体が曲がるようになり、マジックハンドの力を借りる回数が減ってきているのがうれしい。
退院はリハビリのスケジュールの関係で当分先になりそう・・・。


   6/26〜7/2
この週は荷重40kgまでOKになる。
内転筋の辺りが松葉杖をつく度に「ズキッ」と痛む日が続く。
リハビリで毎日ほぐしてもらうが、時間が経つとまた痛くなってくる・・。


   7/2 ☆祝オペ後3週間☆
外出許可をもらって、久しぶりに外の空気を吸いに出かける。
たまたま家族が車で来てくれていたので、車椅子と松葉杖を持って東京の街を巡ることに♪
車椅子に頼らずに午後の時間を楽しく過ごせました。
広尾で食べた中華、最高に美味しかった〜!


   7/3〜7/22
この期間はずっと40kg荷重での歩行。
今回の手術で変形している骨頭部分をいじっていないことと、内転筋がカチカチに固まっているため、術足の曲げ伸ばし運動がかなり辛く感じる。
リハビリ時に10〜15分程患部をホットパックで温めてもらい、ストレッチを始めることにした。
これで随分痛みが和らぎ、その後の運動も楽にできるようになった。
腰の部分も後半から徐々に動きが出始め、歩き方が随分キレイになっているのを発見☆毎日が嬉しい発見で一杯になる。


   7/23〜7/29
23日より、ようやく全荷重OKとなる。
29日退院を目処に、片松葉やT杖で歩く練習を始める。
相変わらず骨頭部分の痛みはあるものの、筋肉は徐々に伸びている様子。
退院前の最後の練習として、床上での動き方をリハビリで教わり、自分で電車に乗ってみたりして社会復帰への練習をする。


   7/29 ☆祝退院☆
退院時の測定で、術足にかなり力が付いていることが分かる。
家に帰ってからは”ゆっくり焦らず”筋トレを進めていく予定。
50日の入院だったが、毎日楽しく過ごせて良かったと思う。


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