トップページへ戻る仲代壬琴の別荘
――本編レビュー




第43話 「アバレキラーは不滅?」 12.21.2003 OA (東京ローカル記録)



――前回のレビューで触れた「『見立てで弓を引く壬琴』のシーン、なぜカット?」問題は今週クリアされました(^_^; 。要は今週、不滅内に取りこまれた壬琴が手足に絡められた蔓を媒介に不滅を動かし、それに「へえ〜」と気をよくする、そのシーンのためだったのですね。ナゾは解けた!

気分がよくなったところでレビュー開始です。といって今回は何から書いていこうか迷うほどに素晴らしい、見どころ満載の佳作でしたので、あえてストーリーの順番を無視!してレビューいきます(^_^;

今回は、ここ3回の脚本を担当された會川昇さん版「アバレンジャー最終回」・・・ともとれるほどに完成された素晴らしい「大団円」が訪れました。ほとんどのファンが期待を秘めつつ、でももう無理か知らんと思っていたこと、すなわち「壬琴がアバレンジャーの仲間になる」という一大イベントが、しかし大方の予想を気持ちよく!裏切って、みごとに「完成」しました。そう、完成したのはオオアバレンオーだけではありません。壬琴の心に一大変化を起こし、なおかつそれを「イキナリ」と思わせない、溢れる説得力で実現させたこと、本当に「素晴らしい!」の一語でした。

なんといってもセリフです。不滅の中で凌駕がぶつけたあの言葉は、見る者と壬琴を同時にゆさぶって、壬琴の「変化」を見る者にも体験させてくれました。
そして壬琴。「俺の中に・・・何かがいる」のあとからは凌駕やリジュエルの言葉を「聞く」ようになっていました。田中さんの顔もこのへんでガゼン変わってましたね。
さらに會川さんの脚本で巧かったのが幸人のダメ押しでしょう。前回もステゴに「あいつのことを思うなら力を貸せ」の一言で出奔したステゴをとりこみ、今回も「オマエだってだまされたままじゃいられないだろ」の一言でなんと壬琴をとりこんでしまいました。凌駕が動かし、幸人が最後の一押しをして「完成」するのです。もちろん「異を唱える」のがシゴトみたいな幸人が言うのですからもとよりレッド、イエローに不満もありませんし、それは見る側にしても同じ、ということになってしまいます。幸人の一言が違和感をなくす、これはすごいと思いました。
壬琴の生い立ちを舞のカレー作りに重ね、最後にそのカレーを完成させるあたりも、子どもに分かりやすい形でステキだったと思います。

そしていちばん素晴らしかったのがラストの「ときめくぜ!」。これやっぱりアバレンジャーの最重要惹句なんですね(^_^; それは壬琴がアバレンジャーになるというより、アバレンジャーたちが強引に壬琴になりきりして、ホラおんなじだよと言っているような、真似された方のくすぐったいキモチがありました。エンディングのあとで壬琴は彼らの元をいったん去っていきましたが、人はそんなに急には変われないということと、今回歩み寄ったのは壬琴ではない、ということが、壬琴のアイデンティティー/拠って立つところを尊重しているようでファンは嬉しかったです。ありがとう會川さん!

また、ここ数回の監督は坂本太郎さんでしたが、この方、顔のドアップが多めに感じられますけど、そのアップの視線がフレーム外に出ていたり、もしかして広角レンズ使用?と思わせる画面がそこはかとなく実相寺昭雄監督を思い出させました。ということは凌駕が牧で壬琴がみやこさんか??

で、ここからは田中さんの演技についてです(*^^*) おまたせしました。

今までに出てきたすべての壬琴と、今までになかったあらゆる壬琴がいっぺんにあふれ出て、それは忙しかったですね(^_^;
あざけり笑い、二重人格になり、戸惑い、かと思うと哀しく笑い、激しく怒り・・・これらすべてが15分程度の中にみっちり詰まってくるくる替わって、まさに「田中幸太朗三昧」。
特にデズモゾーリャと壬琴が激しく入れ替わるシーンなど、手に汗握る危なさでした。もう「おかしい」ことがビンビン伝わってきました・・・「獣」のように猛ったかと思うと、ヒクッとひきつった瞬間に「人」に戻っている、でも次の瞬間にはあきらかに何かが切れて・・・白目剥いてブッ倒れるあの演技は既に10回以上見ていても「ぎゃー」と悲鳴が出るほど怖いです。俳優と役を混同するわけじゃありませんが、好きな人があんな風にぶっ倒れるところを目の当たりにして正気じゃいられません(T_T)。

そしてその次の瞬間から顔が「変わる」わけですが、この「壬琴」は壬琴という人間のいちばん奥底の部分が見えている状態なのでは、と思いました。俳優でなくとも、人は人に会う時に「自分」を演じるわけですが、もちろん友人の前で演じる自分と、会社や学校で演じる自分、愛する人の前にいる自分はすべて、異なる印象の服を着たり、何枚も重ね着したり、あるいは脱いだりして「そこにいる」んですよね。その伝でいけば、この時の壬琴は裸に近い、そんな感じがするのです。そして心が裸に近い壬琴はなんだかとても中性的な印象がありました。二十歳(当時(^_^;)の役者さんだからこそ演じられた、この時期にしかない透明感が光っていたと思います。そしてもしかしたら人が見てはいけない壬琴だったかも、とさえ思わせる、そんな目でした。

リジュエルが言います。「変わってほしくない」。今回これで株を上げましたね(^_^;
人は変わりますし、「良くなる」こともまた変わることなのですが、恋をした相手には自分に都合良く変わってほしいと望んでしまうのが人の弱い心。逆に変わらないことを望むのが愛! その人をその人のまま受け入れる愛なんですね。子供向け番組だからこそ、そういうところは妥協せず、志高く「理想」を描くべきでしょう。グッジョブ!
トップゲイラーにしても「私には、あの人間を見捨てることはできない」と。
見捨てることはよくないことだ、と理想論をうそぶくのでなく、それは自分の感情が、気持ちがどうにもできないのだと言うのですね。理ではなく情で繋がっている相手だったことをはじめて?明かすトップ。私も感情が揺さぶられます。
アスカも「私こそ幸せだ」と気持ちをぶつけてましたが、らんるにしてもまた、アスカやキラーまでもが同じところに立っていることを「ふしぎ〜」と、これまたキモチで勝負。凌駕の涙混じりの叫びだけでなく、みんなのハートが激しくぶつかりあってるんです。ときめかないわけがありません。

前回、キラーオーに合体することを泣いて拒否したステゴが、今回は自らの意思で合体に臨みました。そしてはるか昔(22、23話)に隙を突かれウイングペンタクトで操られた結果キラーオーナグルスノコドンとなったバキケロナグルスとディメノコドンもまた、自らの意思でキラーオーにコンバインしました。これもまた、壬琴のエピソードの傍らで確かに行なわれていた融和です。
そして何より壬琴が融和して、しかし急にすべてが変わるわけでなくまた離れて、少しずつ氷が溶けるように変化していくところが素晴らしい。。。もうその辺の人を端から捕まえて、叫んで聞かせたいくらいです。「すごいイイ話があるよ!これここに!」と(^_^;

しかし次回は・・・アレです(^_^; 特に田中さんがアレです(T_T) さんざんいいことして泣かせておいて突然くすぐり攻撃に出るような、もうどうにでもして〜てなカンジの「手玉に取られてる」感がいっそ快楽というアレです。。。
まさか2003年のしめくくりをこんな形で迎えることになろうとは思いませんでしたハイ。。。




このページの先頭へ戻るテゴ

「仲代壬琴の別荘」インデックスに戻るワニ

「幸太朗王国」トップページへ戻るゲラ