ホーム講話(メッセージ)

いつも一緒に
       黒 田 浩 史 牧師

独りぼっちで寂しい人は、神の家族である教会の交わりに来てみてください。

主イエス・キリストは、復活の後、天に昇られましたが、聖霊によって今も私たちと共におられます。
聖霊がいちばん豊かに宿っている場所は、教会です。主キリストといつも一緒にいることを最も強く感じる場所です。復活の主は、弟子たちが一つに集まってい るところへ姿を現されました。教会は、キリスト信者が一つに集まる場所です。
もちろん、独りでいるときにも、主キリストは共におられ、平安や慰めを与えてくださいます。けれども、独りきりでは、気持ちが落ち込んだり、お祈りしよう としても気が乗らないことがあります。
ところが、一緒に讃美歌を歌ってくれる人、一緒に祈ってくれる人がいると、ずっと心強いものです。僅か二、三人の集いでも、心を合わせて祈っているうちに 心が燃えてきて、「ああ、主キリストがここに一緒にいてくださるんだ」と実感します。

先週、地区の教職者会が、半年ぶりに開催されました。9名の牧師が集まり、皆、地方教会の牧師ということで、気の合う仲間です。けれども、話が合うから集 まっているのではなく、仲は良いですが、意見は全然一致しません。出身の神学校も、習った先生も違うため、神学的な立場はさまざまです。けれども、キリス トによって集められ一致しているので、主キリストも一緒におられるのです。

先々週は、道東地区全体修養会が遠軽教会で開催されました。今年はレンタカーのバスは利用しませんでしたが、例年は皆で一台のバスに乗って行きます。天に 向かって一緒に歩んで行く、巡礼の姿です。キリストに集められた私たちは、神の家族です。本当の家族とは違い、24時間一緒に、寝食を共にはしませんが、 できる範囲で一緒にいます。今年も、会が終了してから、遠軽教会の正面で皆で記念写真を撮りました。写真なんて、小さなことのように思われますが、みんな 仲良く写っている姿の中に、キリストによる一致、キリストご自身の姿があるのです。

先週の礼拝後は、今年初めての庭整備も行なわれ、並行して北見幼稚園のカーネーションづくりの奉仕も行なわれました。祈りと奉仕、一つになって集まってい るところに、主キリストがおられるのです。そして、教会でお会いしたキリストは、家に帰っても、たとえ独りで寂しくても、いつも一緒におられます。

一週の間にはいろんな辛いこと、泣きたくなるようなことがあることでしょう。でも、復活の主キリストはいつも皆さんと一緒におられるのです。

(「教会だより No. 179」(2007年5月発行)より)