|
梅雨の6月に日帰り旅行するとなると、雨でも楽しめるところ、傘を差しても絵になるところということで、菖蒲やアジサイを見に行こうと思いました。
今までも、 2000年の 大和市泉の森 の菖蒲園、 2001年の 鎌倉成就院 のアジサイ、 2002年の 東京葛飾・堀切菖蒲園 へと出かけてきましたが、今年は、関東地方の花の名所として有名なことと、この時期だけ横浜から特別特急列車が運行されることから、潮来市のあやめ園へ行って見ました。 ところで、「潮来(いたこ)」といっても、読み方の難しい地名だということと「いたこ〜の、い〜たろ〜」という歌(「 潮来笠 」橋幸夫1961年)くらいしか知らず、その位置も、千葉県なのか茨城県なのかも定かではありません。潮来市民の方、ゴメンナサイ。 まず、 広域図 で確認すると、横浜から潮来までの距離は、横浜からディズニーランドまでの3倍、成田までの1.5倍。これは、日帰りするには遠いところだと、改めて気付きました。 さて、当日は、予めJR東日本びゅうプラザの企画チケット「あやめ祭り号で行く潮来あやめ祭り」(往復乗車券、特急券、指定席券、遊覧船、昼食セット)を購入しておきました。特急あやめ祭り1号は、横浜駅を7時34分に横須賀線のホームから出発。途中、品川、東京で停車して総武本線に入ります。 実は、当初は前週に行くつもりだったのを、指定席が満席ということで1週遅らせたのですが、この日は自由席がガラガラで、まとまった席を取れなかったグループが、指定席から自由席へ移動していきました。 |
|
ところで、今回の特急の旅は、横浜から新川崎を通過して東京までは横須賀線、東京から船橋を経由して千葉までは総武線快速、千葉から佐倉までが総武本線、佐倉から佐原までが成田線、そして佐原から潮来までは鹿島線と、5つの路線を乗り継いでいきます(
路線図
参照)。
成田駅を過ぎて30分、いよいよ水郷が近づいてきたところで、大きな水系を渡ります。海?湖?沼?それとも...これが、長さは信濃川に次いで日本で2番目、流域面積は日本一の利根川でした。梅雨時ですから流量が多いのでしょうが、「狭く短い」うえに上流のダムで流れをコントロールされている神奈川県の川とは印象が違います( 水系図 参照)。 田植えを終わった水田がどこまでも続く景色、これも丘陵地の横浜とは別世界です。ここで県境について確認すると、上流では利根川が千葉県と茨城県の県境なのですが、この鹿島線沿いでは、利根川を越えた水郷地帯までが千葉県佐原市、霞ヶ浦から流れ出る常陸利根川を越えると茨城県潮来市です( 県境図 参照)。 |
| というわけで、2時間15分の列車の旅を終えて、潮来に到着しました。駅前のゲートには、一年中アヤメが咲きっぱなしです。 |
|
駅から徒歩10分ほどで、川沿いのあやめ園に着きます(
潮来駅周辺図
参照)。あやめ橋から見下ろすと、まだ時間が早いので園内に人出はありませんが、対岸の遊覧船乗り場には既に観光バスが到着していて、次々と乗客を船に乗せていきます。写真の遊覧船は、水門のところから前川を上っていくようです。
私たちは、JRのクーポンに指定された常陸利根川の乗り場へ向かいました。 |
| 今回乗る遊覧船は、1隻に20人ほどのお客さんが乗り込んで対岸の水郷地帯を巡って、約70分で戻ってくるツアーです( 水郷周辺図 参照)。 |
|
出発後は先ず川を横切って、対岸の加藤州水門(閘門)へ向かいます。
閘門(こうもん)は、水位の異なる川と川との間に設置して、船が航行出来るように水位を調節する門のことで、支川へ水が逆流するのを防ぐ役割も果たしています。堤防の向こう側の海抜が低いために、常陸利根川と水郷地帯の水路を往来するためには、この閘門を通らなければなりません。 しかし、一度に門を通過できる船の数は限られているため、観光シーズン真っ盛りのこの日は遊覧船のラッシュで、門に赤信号が点灯し渋滞が発生しています。 |
|
さあ、信号が青に変わって門が開いた瞬間、どの船も先を争うように猛然とダッシュ、なんてことはしません。皆さん、同じ組合加入の同業者ですから、先に到着した人から順番に、譲り合いながら閘門内へ入っていきます。
それでも、どの船頭さんも「早く戻ってより多くのお客さんを乗せたい」という気持ちはおありなのでしょう、船同士をこすり合わせるようにして1隻でも多く入れるようにしています。 閘門は、2枚の水門に挟まれたプールのようなところです。常陸利根川の水位は水郷の水路の水位より高いので、もしも2枚の水門が同時に開いてしまうと、常陸利根川の水が水郷地帯に流れ込んで洪水になってしまいます。水郷側の門を閉めてから、常陸利根川側の門を開けて船を入れます。全ての船が入ったのを確認してから門を閉め、水郷側の門を開けて閘門内の水位を下げれば、船は安全に水郷地帯へと出られます。 これらの操作は、閘門内に取り付けられたチェーンを船頭さん自身が操作することで行われています。 |
|
閘門を出た船は、しばらく進むと住宅地でエンジンを止めて、手漕ぎで裏路地のような水路を進んでいきます。この隣家との往来に使用する12の小橋をくぐることから、遊覧船ツアーは「十二橋めぐり」と呼ばれています。
住民の方も、観光客を意識してか、水路に面した庭には美しい花を植えていらっしゃいます。また、途中には売店もあります。この水路を常陸利根川へ向かう観光ルートもあって、狭い水路で船が行きかいます。 |
|
住宅街の水路を抜けると、再びエンジンを始動。与田浦という広い用水へ出たところでは、岸に上げた船にあやめが植えられていました。
どの船も、戻りの時間を気にしているのか、それとも客にスリルを味わってもらおうとしているのか、さながらボートレースの勢いで走り始めました。折からの強い風で、先頭のお客さんは水しぶきを避けるために、傘を差さなければなりませんでした。 |
| 与田浦の西の端が、 佐原市立水生植物園 への入り口で、ここで下船(乗船)することも出来ます。私たちの乗った船は、そのまま右(北)へ方向転換し、再び水路へと入って行きました。こちらの、水路は岸辺にアジサイが植えられているのですが、花を楽しむにはちょっと早いようです。 |
|
時折梅雨を思わせる雲行きに心配になりますが、夏空が映える水面を行く船に乗っているのは気持ちのいいものです。
常陸利根川へ戻る前に、再び大割水門という閘門を通ります。どの船も関門の信号が青になるのを待っているのですが、左の船は乗客の男性が我慢できなくなって...、岸に寄っているところです。乗船前に、トイレに行っておくように言われたんですけどね。 |
|
船着場へ戻るところで、前川から出てくる「嫁入り舟」と出会いました。嫁入り舟は、実際にご結婚される方が挙式前に行う行事ですが、今日のような観光シーズンのイベントでは、一般公募されたモデルさん「あやめ娘」が新婦を務めています。
嫁入り舟の船着場では、このイベントを一目見ようとする観光客が押し寄せて、大変な人だかりです。花嫁役のモデルさんも船頭役の潮来商工会青年部の方も誇らしげでした。 |
|
さて、いよいよ今日の本題、あやめ園の鑑賞に移りましょう。まず、常陸利根川岸からあやめ橋までの間は、それほど花の数は多くなく、蓮池が作られたりしています。ここだけ見ると、ちょっと拍子抜けです。
常陸利根川側に、「潮来あやめ」の碑が建てられています。
|
|
JR企画チケット指定の
潮来ホテル
で、白魚料理などの昼食を食べた後、あやめ園の散策を続けました。
あやめ橋の北側は、花の数も多く、屋台も出ていて観光客で賑わっています。また、園内には様々な高さ・形の橋が設けられていて、立体的に花を観賞できるように工夫されています。 |
|
朝着いた時にバスツアーの観光客を乗せていた観光船は、こうして前川を遡って川面から園内を見物するようになっているんですね。
そして、あやめ見物という風流に船外機の騒音は相応しくないという方には、手漕ぎ船も運航されています。 |
|
さて、園中央の水雲橋を渡って、観光案内図を頼りに対岸の長勝寺を訪ねてみました(
長勝寺周辺図
参照)。
路地の突き当たりに山門を見つけた時、どうもどこかで見たような...。そう、 称名寺 の雰囲気にそっくりです。仁王門へ続く参道も、住宅の有無の差はあるものの、石畳と並木の感じがよく似てるでしょう。 |
| 残念ながら、こちらの仁王門には金剛力士像がありません。≪参照:茨城県指定文化財「 長勝寺楼門 」≫ |
|
そして、出会ったのがこの本堂。茅葺屋根の雰囲気がいいですが、維持管理は大変でしょうね。別の資料で、秋や冬の写真を見ましたが、これがまた素敵です。≪参照:茨城県指定文化財「
長勝寺本殿
」≫
|
| 上の解説に出てくる1330年鋳造の古鐘がこれです。称名寺同様、この寺の鐘も重要文化財に指定されています。≪参照:国指定重要文化財「 銅鐘 」≫ |
| 境内の奥には、書院などの建物と小さいながらも美しい庭園があります。そして、こちらには常陸七福神の福禄寿も祭られています。≪参照:茨城県指定文化財「 書院、玄関、庫裡他 」≫ |
|
さて、あやめ園に戻って、花の観賞を続けましょう。前川あやめ園を常陸利根川側から見ていくと、一番奥、潮音橋近くに、それぞれの品種を紹介する場があります。
江戸時代までの花菖蒲は、野生原種が園芸植物として栽培されていたようです。江戸時代になると将軍の花好きから、大名の江戸屋敷内でも栽培されるようになり、この菖蒲園の解説にもある松平左金吾翁(菖翁)が現れると、美を追求する心と交配技術によって花菖蒲の世界は画期的な広がりを見せました。菖翁が開発したとされる品種は、菖翁花と呼ばれていますが、「酒中花」もその一つと言われています。 一方、花菖蒲が切花として親しまれるようになると、生花が咲き誇る菖蒲田を見に行くことが庶民の間の観光となりました。そして、江戸の一大生産地であった深川堀切の菖蒲田は、菖蒲園として人々に親しまれるようになります。こうして、花菖蒲は、上流階級にとっての「鉢植えを室内で鑑賞するもの」から、大衆にとっての「菖蒲園に見に行くもの」へと広がりを見せます。「江戸系」と呼ばれる品種は、菖蒲園での鑑賞を目的に改良されたものです。 花菖蒲の栽培に関心のあった地方大名のうち、熊本藩細川氏は、菖翁から株を譲り受けたうえ、市場で俗化するのを避けるために門外不出で改良を続け、熊本花菖蒲と呼ばれる菖翁花直系の花系を生み出します。しかし、栽培者の1人が横浜に移住したのをきっかけに、熊本花菖蒲は世間に知られることになり、それを元に各地で改良された品種は「肥後系」と呼ばれます。 日本の花菖蒲は、海外にも紹介され外国の園芸家によって改良されています。「米国系」もこうしたものです。 |
|
|
さあ、帰りは横浜まで2時間21分、潮来駅発15時12分発の特急あやめ祭り2号で早々と潮来を離れることになりました。
美しい花だけでなく、水郷での暮らしや古刹にも出会えた1日でした。 |