目 次
そのためにまず、平成4年度においては、この研究の理論的な視点を明確にするために、J.ハーバーマスの公共圏論を手がかりにして、社会運動論と情報社会論の理論的検討と再構成を行った(干川1993a;佐藤・那須編1993)。
それとともに、経験的な点からもこの研究課題にアプローチを行い、平成5年度においては、国内の大手商用パソコン通信ネットワークであるNIFTY-Serveの中の市民活動グループ(FSHIMIN)の実態に関する調査研究を行った(干川1994a:資料1)。
また、平成6年度においては、平成6年度科学研究費補助金奨励研究(A)の助成を受け、インターネットを利用して全国・全地球規模で活動を行っている市民活動グループ(JCA:市民コンピューターコミュニケーション研究会)について、参与観察とアンケート調査をもとに実態調査を行った(干川1995b:資料2)。
さらに、平成7年度においては、阪神・淡路大震災で被災者の救援活動を行うボランティア団体・グループを情報収集・交換といった面から支援する情報ボランティアの活動の実態を、主に商用パソコン通信ネットワークのNIFTY-Serveとインターネットを通じた調査研究によって把握した(干川1996a;干川1996b:資料3)。
それとともに、ケーススタディーとして、自ら被災地の淡路島において、現地のボランティア団体・グループの救援活動を情報ボランティアとして支援し、そうした実践経験の中から情報ボランティアの今後の可能性と課題について考察した(金子・VCOM編集チーム 1996;干川1996c)。
これらの経験的研究を行いながら、その理論的な根拠づけをするために、ハーバーマスの公共圏論をもとに、コンピューター・ネットワークを利用した市民活動ネットワーキング(オルタナティブな社会の構築をめざす市民による代案提示問題解決活動)としての「電子ネットワーキング」に関する欧米の先行研究の知見を批判的に検討してきた(千石編1994;干川1994b;干川1994c;小林他1996)。
そして、これまで行ってきた実態調査を通じて、日本における電子ネットワーキングの現状として明らかになったのは、次のことである。
まず、1980年代後半から、日本国内においては、三つの電子ネットワーキングの流れがあることがわかった。つまり、NIFTY-Serve、PC−VANといった大手商用コンピューター通信ネットワークの中での全国規模の電子ネットワーキング(NIFTY-Serve:FSHIMIN、PC-VAN:DAISAN)、草の根BBSとしての地域に根ざした電子ネットワーキング(IGON[逗子]、れんこん[浦和、八王子])また、インターネットを利用したグローバルな市民同士の連携を志向する電子ネットワーキング(JCA:市民コンピューターコミュニケーション研究会)である(干川1995b)。
そして、これらの電子ネットワーキングは、現在、独自に活動を展開しながら、1995年の阪神・淡路大震災を契機に新たに出現した情報ボランティアたちの第4の電子ネットワーキング(WNN:World NGO Netwok、VAG:Volunteer Assist Group等)と連帯関係を形成しつつある(干川1996d)。
まず、国内において、全国レベルの電子ネットワーキングと地域レベルの電子ネットワーキングとの整合的な関係を形成し、それらと国外の電子ネットワーキングとの協力関係を作り上げること。また、これらの電子ネットワーキングが、環境・人権・平和といった問題に取り組み国内・国外で成果を上げている各種の市民活動団体やグループと連携を図り、それらの市民団体やグループが実践活動を行う上で必要不可欠な情報の共有・交換の仕組み作りを進めていくことである。
そして、こうした活動を行う際には、個々の問題について具体的な解決策を作り出して提言し実行する専門的能力をもった人材と、活動を継続していくための資金の確保と、それをバックアップする法制度・助成制度の確立が必要となる。
さらに、電子ネットワーキングにおいて、メンバーたちが民主的に意思決定を下し、それに基づいて運営を行っていくためには、コンピューター・ネットワークに適合したコミュニケーション・ルールを確立する必要がある。
これらの課題を乗り越えることができるか否かが、日本国内における電子ネットワーキングの今後の展開を左右することになる(干川1995b;干川1996c)。
そこで、これらのグループが利用しているメーリングリストやホームページにインターネットを通じてアクセスし、これらのグループの実践活動に関する情報を収集し分析し、その全体的な組織構造と活動の実態を把握しようとしている。
他方で、これらの市民活動グループや情報ボランティアのグループは、阪神・淡路大震災で救援活動にあたった日本国内の主要な市民活動団体やグループの情報化を支援しているが、こうした支援活動が日本における市民活動の発展に今後どのように貢献していくかを明らかにしてみようと試みている。
そのために、阪神地域や淡路島における災害対策を契機とした地域情報化を行政(通産省「災害対応総合ネットワークシステム」モデル自治体:兵庫県、宝塚市、三木市、洲本市、五色町)やNPO(各市町社会福祉協議会、淡路島インターネット協会)と連携しながら支援する情報ボランティアグループ(インターVネットユーザー協議会)の活動に焦点を当てたケーススタディーを行っている。
その際に、現地での参与観察やインタビュー調査に基づいて、それぞれの活動主体の実態をとらえ、さらに、公共圏の構築に対するこのような情報ボランティアの活動の可能性と課題を経験的・理論的な側面から考察しようとしている(干川1996d)。
ハーバーマスによれば、近代社会の行為領域は、一方の目的合理性(:目的達成の効率性)を行為原理とし国家行政と経済から成り立つシステムと、他方のコミュニケーション的合理性(了解志向的合理性:論拠が納得の行くものであること=論拠の妥当性)を行為原理とし私的領域と公共圏からなる生活世界の二つに分断されている。
このようなシステムと生活世界の分断状態において、情報通信技術の技術的合理性と政治・経済システムの論理としての目的合理性の結合としてとらえることができる情報化の過程は、システムの行為原理である目的合理性を生活世界に浸透させ、生活世界の行為原理であるコミュニケーション的合理性を排除し、目的合理性に行為原理を一元化させ、「システムによる生活世界の植民地化」を生じさせる(花田1996)。
たとえば、双方向的的なコミュニケーションが可能で誰もが情報発信者となりうるインターネットという新しい通信手段を、企業が広告の手段として、また、行政が広報の手段として利用することができる。
この場合、インターネットを通じて行われる消費者からの問い合わせや苦情に対して企業が、また、国民や住民からの意見や批判に行政が十分に納得の行く説明を行わない、つまり、説明責任を果たそうとせず、安価で効率的な情報伝達の手段としてのみインターネットを利用するならば、論拠の妥当性が問題とされるコミュニケーション的合理性は排除され、企業や行政の利害にかなった情報だけを効率的に伝達するという目的合理性のみが唯一の行為原理となる。
これに対して、インターネットの双方向的性を十分に活かし、消費者、国民・住民としての人びとが、特定の主題をめぐって相互に議論し合い、互いに十分に納得の行く帰結を世論として集約し、企業や行政に要求を行う、あるいは、その議論を代案の作成過程にまで高め、代案を提示し、その実行を企業や行政に迫る、さらには、人びとがその代案を自発的な組織的行動によって実行するという「世論形成的・代案提示実行活動」の手だてとして、インターネットという新しい情報通信手段を用いることもできる。
つまり、インターネットを利用したこのような市民主体の活動は、相互の納得が可能であるというコミュニケーション的合理性にもとづき、かつ、効果的な目的達成という目的合理性に基づいておこなわれるのである。
そのための前提としては、誰もがインターネットを情報共有・交換の手段として十分に活用できる情報リテラシーをもっていること、企業や行政のもつ情報へのアクセスが保証されていること、表現の自由と個人のプライバシーが守られていること、また、人びとの自発的な組織的活動を支援する制度が整っていることである。
このような前提条件の下で、人びとがインターネットという新しい情報通信手段を通じて自発的な議論、代案の作成・提示、その組織的実行を行うとき、人びとの自発的な議論・行為によって支えられる公共圏の構築が可能となる。
人びとがこのように自発的な議論・行為を行う際に必要となるのは、言論を通じて、目標と関心を同じくする他者との了解を基に連携を作り出し、共同して目的を達成していこうとする開かれた自発性であり、また、自分自身が公共圏を作り出す当事者であるという自覚である。
ここで、留意すべきなのは、このような世論形成的・代案提示実行活動を可能とする社会的前提条件は、そうした活動そのものが不断に行われることを通じてのみ作り出され、また、人びとの自発的な議論・行為の動機づけとなる自発性と自覚は、そうした議論・行為に関与することによって形成されて行くということである。
そして、このような社会的前提条件が満たされるとき、目標と関心を同じくする人びとの「世界規模の視野と連携に基づく、地域に根付いた」具体的経験に基づく様々な取り組みが組織化され、これまでの社会とは違った社会の構築を目指す、相互了解に基づく連帯と寛容の行動原理に衣拠した「オルタナティブな公共圏」の構築が可能となる(花田 1996)。
そこで、インターネットという電子メディア空間の中に活動基盤を持ち、被災者救援をめぐって特定の地域で行われる情報ボランティアたちの活動や、地球規模の市民の電子ネットワークづくりに取り組むJCAの活動は、このような「オルタナティブな公共圏」の構築につながる市民の先駆的な取り組みとして位置づけることができるであろう。
小林修一・澤井敦・干川剛史・鈴木智之・菅野博史1996『現代社会理論と情報』福村出版
佐藤慶幸・那須壽編1993『危機と再生の社会理論』マルジュ社 1993年
千石好郎編1994『モダンとポストモダン』法律文化社
花田達郎 1996 『公共圏という名の社会空間』 木鐸社
ハーバーマス,J. 1973 『公共性の構造転換』細谷貞雄訳 未来社
藤田弘夫・西原和久編1996『現代人の社会学入門:権力から社会を読みとく』有斐閣
干川剛史1993a「メディア・ネットワーク・公共性 」『徳島大学教養部紀要(人文・社会科学)第28巻』 徳島大学教養部
干川剛史1994a「市民活動におけるニュ−メディア利用の実態についての調査研究」 『教育研究学内特別経費による研究報告書平成4年度』徳島大学
干川剛史1994b「市民CMCネットワーキングとオルタナティブ公共圏の可能性」『現代社会理論研究第4号』現代社会理論研究会
干川剛史1994c「自律的公共性への構造転換に向けて」『社会学評論第45巻第3号』日本社会学会
干川剛史1995a「市民的公共圏再建の可能性」『徳島大学社会科学研究第8号』徳島大学総合科学部
干川剛史1995b「コンピューターネットワークにおける市民活動の展開」『社会科学討究第40巻3号』早稲田大学社会科学研究所
干川剛史1996a「もう一つのボランティア元年」『徳島大学社会科学研究第9号』徳島大学総合科学部
干川剛史1996b「 情報ボランティアの展開」『兵庫経済第52号』(財団法人)兵庫経済研究所
干川剛史1996c「コンピューター・ネットワークと情報ボランティア」『 社会科学討究第122号』 早稲田大学社会科学研究所
干川剛史1996d「情報ボランティアと公共圏」『現代社会理論研究第6号』 現代社会理論研究会
1.研究目的およびこれまでの研究経過
2.これまでに得られた知見
3.日本における電子ネットワーキングの今後の課題
4.現在の研究計画・方法
5.電子ネットワーキングの展望:情報化の進展における「システムによる生活世界の植民地化」と電子ネットワーキングによる「オルタナティブ公共圏」構築の可能性
文献表