(徳島大学総合科学部助教授・社会学)
干川剛史[ほしかわ つよし]
目 次
ここで、「バーチャルコミュニティ」とは、電子ネットワーク上の仮想的な擬似的共有空間のことであり、ある程度の数の人びとが、コンピューターネットワークを通じて十分な感情をもって、時間をたっぷりかけて誰でもが参加可能な議論を尽くし、人間関係のネットワークをつくろうとしたときに実現されるものである(H.ラインゴールド『バーチャルコミュニティ』)。
バーチャルコミュニティは、電話も含めた広い意味での電子メディアを媒介にして形成されるが、この章では、コンピューターネットワークによって形成されるバーチャルコミュニティについて論じることにする。
その前に、社会学の重要な概念である「コミュニティ」について検討してみたい。
従来のコミュニティ概念は、地理的に限定された広がりをもつ生活共同体のことであり、都道府県、市町村、町内会、集落などが具体的なものとしてあげられる。
そして、日本においては、1960年代の高度経済成長に伴う農村から都市への人口移動によって既存のコミュニティが崩壊し、それと並行して、電話などの電子メディアが普及して行くにつれてバーチャルコミュニティが出現するようになった。
ここで、コミュニティの構成要素として、@一定の地理的境界を伴うこと、A構成員相互の交流があること、B共通の目標・関心等の絆が存在することが、社会学では従来からあげられてきた。
しかし、バーチャルコミュニティにおいては、その構成員間の交流は、地理的な制約を受けないため、既存のコミュニティ概念の要素のうちの「一定の地理的境界を伴う」必要はない。
そこで、不特定多数の人が参加可能なパソコン通信の電子会議の中に形成されるバーチャルコミュニティをとり上げてその特徴を示すならば、以下の特徴があげられる。
@地理的な制約からの解放:通信回線が使用可能であれば、どこからでもこのコミュニティに参加することができ、地縁や血縁とは違った「情報縁」と言うべき関係が構成員の間で形成される。
A時間的な制約からの解放:ホストコンピューターがメッセージ(電子メールや発言、会話)を記憶する機能をもっているので、個々の構成員は、都合の良い時にアクセスして、メッセージを送受信することができる。
B多対多のコミュニケーション:録音機能、電子メール、電子会議室等を使えば、一度に多くのメンバーに情報を伝達できる。またコンピューターに情報を蓄積でき、その情報を検索・編集・発信できるため、構成員の間で情報の共有と交換が簡単にできる。
C社会的背景を超えた関係の形成:性別・年齢・社会的地位に関係なく匿名的に参加することができるため、普通の日常生活では会うことのできないような人同士が、意見を交したり、情報を交換したりする新しい出会いの可能性が生まれる。しかし、他方で、匿名であることで故意に他者を非難・中傷するような無責任な行動が行われ易くなる。
D限定されたコミュニケーションによるトラブル:コンピューター通信では、文字を中心とするコミュニケーションが行われるため、書くことによって考えをまとめながらメッセージを相手に伝えることが可能であるが、その一方で相手との意思疎通が十分に行えずトラブルが発生し易くなる。しかも、蓄積された情報の検索が容易なので、当事者同士が揚げ足を取ったり、過去の話を蒸し返したりして、関係がますますこじれてしまうことも起こる(川浦康至編『現代のエスプリ306 メディアコミュニケーション』)(図1)。
以上のような特徴をもつバーチャルコミュニティは、人びとが世界を認識し思考し表現する道具であるメディアの発展の結果として形成されるものである。
こうしたメディアの発展は、人びとのコミュニケーション様式を変化させ、社会関係の結び方を変えていき、その結果、組織や地域、さらに社会全体の構造が変容していく。
そこで、コンピューターネットワークのような電子メディアの発展によって社会がどのように変容するかを考察する前に、第2節では、コンピューターネットワークの中に構成されるバーチャルコミュニティの実態とその特質をとらえてみたい。
日本において、商用パソコン通信ネットワークであるNIFTY-ServeとCP-VANは、1995年の7月の時点で、どちらも100万人近い人びとが利用し、電子メールや電子会議室、電子掲示板、データベース、オンラインショッピングなど様々な機能が用意され利用されている。
この他に、ボランティアで運営される「草の根」ネットワークや、自治体や第三セクターが運営する地域ネットワークなど、2000以上の様々な形態、規模のパソコン通信ネットワークが活動中であり、1995年6月の時点では、その利用者は370万人にのぼるといわれている。
上で述べたパソコン通信は、ホストコンピューターを中心にして利用者のパソコンを結ぶことによって構成された放射状(集中型)のネットワークである。
他方で、もともとは研究所や大学での利用が中心であったが、近年、接続業者(プロイバダー)の普及で一般の人びとも利用できるようになったインターネットでは、ネットワークの中心となるコンピューターは存在せず、世界中に散らばったコンピューターが、TCP/IPという共通の通信規格で結ばれた分散型の「ネットワークのネットワーク」である。そして、利用者は自分のところのネットワークにアクセスするだけで、インターネットにつながる世界中のどこのコンピューターでも利用できる。
パソコン通信やインターネットといったコンピューターコミュニケーションは、新聞やテレビを媒介として行われる1対多のマスコミュニケーションでも、手紙や電話を利用して行われる1対1のパーソナルコミュニケーションでもない、特定または不特定の数十人から数千、数万人の人びとの間で相互にやりとりされる中規模のグループコミュニケーションを可能にする。これは、これまでのメディアにはなかったコミュニケーションの形態である(川崎賢一他『メディアコミュニケーション』)。
ここでは、コンピューターネットワークを媒介にして構成されるバーチャルコミュニティ一般について論じたが、このようなバーチャルコミュニティには、それを構成する人びとが共有する目的と関心に応じて様々な種類のものが存在する。
そこで、第3節では、社会的な問題に取り組むことを目的として作り上げられるバーチャルコミュニティを取り上げ、それらがどのように発生し、いかに社会を変えて行く可能性をもつのかを明らかにしたい。
コンピューターネットワークの発祥地のアメリカでは、1970年代前半からカリフォルニア州を中心にコンピューターネットワークを利用したネットワーキングが始まり、現在では、環境、人権、平和等の様々な問題に取り組むネットワーカーたちが地球規模の活動を展開している(岡部一明『インターネット市民革命』)(図2)。
そして、日本におけるコンピューターネットワークを利用したネットワーキングは、1980年代後半からコンピューターに関心のある人びとの間で行われるようになった。
90年代に入ると、コンピューター以外の関心をもつ人たちもコンピューターネットワークを通して様々な目的や関心事をめぐってネットワーキングを行うようになり、さらに、1995年の阪神・淡路大震災で被災者の救援活動に携わるボランティアの間でコンピューターネットワークが利用され、その様子がマスメディアによって報道されたことをきっかけにして、急速にインターネットや商用パソコン通信の利用者が増えて行った。
そのような動向の中で特に注目すべきなのは、震災の救援活動に取り組んだボランティア団体・個人を中心に、ボランティアや市民活動の世界におけるコンピューターネットワークの普及がめざましいことである。
つまり、日本においては、1995年の阪神・淡路大震災以降、コンピューターネットワークを利用したネットワーキングが本格化したといえるであろう。
このようにコンピューターネットワーク等の電子メディアが普及することで、電子メディアを利用した社会問題に取り組むネットワーキングが行われるようになった。その結果、人びとのコミュニケーションの仕方が変わり、政治、経済、教育等の社会の様々な領域が変容していくことが予想される。
それでは、このような社会的変容は、どのような形で起こり、また、その担い手となるのは、誰なのであろうか。
情報化が進展するにつれて、電子メディアを媒介にしたコミュニケーションから構成される新しい日常世界(バーチャルコミュニティ)と、face to faceのコミュニケーションから形成される従来の日常世界が、並存するようになり、両者は密接に結び付き、相互に影響を及ぼし合って、新たな社会を作り上げていく可能性をもつ。
つまり、大多数の個々人が、所属組織や居住地域の壁を超えて電子メディアを通じて情報のやりとりを行うようになり、電子ネットワーク上でつくりあげられた人間関係を通じて、また、そこで得られた情報に基づいて活動し行為するようになる。
その中から、現実の社会に大きな影響力を及ぼし社会的現実を動かしうるリーダーが出現し、その考え方や行為が既存の組織や地域の社会規範や行動様式と衝突し合い、既存の社会秩序を揺るがし解体し、新たな社会規範や行動様式を作り出し、それに従って人びとが行動するようなると、新しい社会秩序が構築されて行くようになると考えられる(松岡・金子・吉村 1996:156−159)。
このような変容過程は、社会の様々な領域で生じることになると考えられる。例えば、教育の分野では、これまで、経済力や年齢や地域によって教育を受ける機会が制約されていたが、インターネットのように「いつでも、どこでも、誰とでも」コミュニケーションが可能であり、「どこからでも」情報の入手が可能な電子メディアのネットワークを利用すれば、誰でも学ぼうと思えば何歳になっても学ぶことができるし、特別な資格がなくても自分の知っていることを、それを必要とする人に教えることができるようになる。
また、政策決定の領域において、これまでは、「有識者」という専門家たちが、行政によってお膳立てされた審議会において、政策を策定し、それを議会で政治家たちが事後承認する形で、政策が決められていた。
しかし、審議会の議論の場がインターネット上に設定され、有識者や行政関係者だけでなく一般市民も参加でき、行政が提示する政策原案について自由に議論できるようになるならば、新しい形での市民の政治への参加が可能となると考えられる。
さらに、経済の分野では、これまで、企業が市場調査を通じて消費者のニーズを予測し、それに基づいて生産・流通・販売を行っていた。しかし、インターネットを通じて商品の売り買いが行われるようになると、企業は、消費者のニーズをリアルタイムでとらえながら生産することができるため、在庫をもつことなく、必要な商品を必要なだけ生産することができるようになるであろう。
また、現在、商品の売り買いのうち、国内で行われるものは、各国の通貨で仕払いが行われ、他方で、国境を越えて行われるものは、為替制度に基づいて決済が行われている。しかし、インターネット上の通貨である「ディジタルキャッシュ」で商品の売り買いがされるようになると、各国の通貨を使わずに国境を越えてネットワーク上で仕払いが行われるようになるため、各国の通貨が不要になり、また各国間の通貨の交換率を決めている為替制度も不要となっていくため、税制、貨幣制度は大きく変わらざるをえなくなる。
この他、マスメディアの分野においては、従来は、マスメディアが、読者や視聴者にとって重要だと思われる社会事象を取材をし、その情報を読者や視聴者にわかり易い形に編集し、新聞社や放送局から新聞や電波を通じて読者や視聴者に伝えていた。しかし、インターネットを通じて、誰でもが、文字・映像・音声情報を入手し、編集し、発信することができるようになると、マスメディア以外のルートから情報の入手が可能となり、また、マスメディアを通さなくても、直接伝えたいことを全世界の人びとに伝えることが可能となる。そうすると、従来のような形でマスメディアが読者や視聴者に一方向的に情報を伝達する必要性は低下して行くために、マスメディアは、その強力な取材・編集力を駆使してインターネット上で、不特定多数のユーザーを対象にした情報収集・発信を行うという形で生き残って行かざるをえなくなる(古瀬・廣瀬 1996:188−200)。
このようにインターネットのような電子メディアが普及することで、人びとのコミュニケーション様式が変わり、教育、政治、経済、マスメディアといった社会の様々な領域が変容していくことが予想される。
それでは、このような社会的変容をもたらす担い手となるのは、誰なのであろうか。
ここで、その担い手を「インフォメーションリッチ」と呼ぶならば、彼らは、高学歴であったり、創造性や自己革新能力に富んでいたりして、情報化の進展にうまく適応できる人間、つまり、大学や研究機関の研究者や情報関連技術者、官僚、企業経営者等の「文化的・経済的・政治的支配層」や、マルチメディア技術によって創造的で斬新な表現が行われるようになった音楽、映像芸術、ファッション等の文化産業の担い手としての「メディアクリエーター」たちであると考えられている。
このような情報化の進展に適応し社会的優位を占めることになるインフォメーションリッチに対して、情報化の進展に取り残され社会的に不利な立場に置かれる多数の「インフォメーションプアー」が出現する。
こうした「情報格差」が生じる要因としては、コンピューターネットワーク上で情報のやりとりを行うのに必要な個人の「メディアリテラシー」の多寡、また、(住んでいるのが都会か田舎か、あるいは、先進国か発展途上国かといった)居住地域の違いによる通信回線の利用のし易さや通信コストの格差によって生じる「メディアアクセスチャンス(情報通信手段の利用機会)」の多寡である(川崎 1994:213−221)。
それでは、このような情報格差を解消し、誰もが自由に電子メディアを使うことができるようになり、そのことによって新しい社会をつくりあげていくことができるようにするためには、誰がどうすればよいのであろうか。
そこで、居住地域、所属組織や職業の枠組みにとらわれず、目標や関心を同じくする他者とともに、日頃から使いなれている電子メディアを活用してネットワーキングを行うネットワーカーが、これからの新しい社会をつくる担い手となりうると考えられる。
ここで、ネットワーカーについての調査結果を見ると、彼らの多くは、先に述べたインフォメーションリッチの中の研究者や情報技術者、メディアクリエーターたちである(干川剛史「コンピューター・ネットワークにおける市民活動の展開」)。
このようなネットワーカーは、電子メディアを通して、それぞれの居住地域や所属組織の境界を越えて生の「等身大の情報(マスメディア等の第三者の編集過程を経ていない個人が発信する一次情報)」を交換し合うことによって、相手のことについて知ることができるだけでなく、同時に、自分自身の組織や地域の状況やそこで生じている諸問題に気づくようにもなり、それによって初めて、情報格差の問題も含めて他者の問題を自分の身近な問題として受け止めることができるようになる。
そこから、阪神・淡路大震災においてコンピューター・ネットワークを利用して救援活動を支援した「情報ボランティア」の活動のようなネットワーキングが現われてくる(図3)。
そして、ネットワーカーたちが、そのようなネットワーキングに参加することを通して、新しい思考・行動様式を身に付け、地域や組織の壁を越えたネットワークを形成するだけでなく、居住地域や所属組織の問題にも目を向けるようになると、そのネットワークを足場にして彼らの居住地域や所属組織内部の人びとと連携し、地域や組織の問題にも取り組むようになり、既存の地域や組織の慣習・規範や思考・行動様式との衝突が生じる。
そのような衝突を繰り返しながら、ネットワーカーたちが問題解決を目指して居住地域や所属組織の慣習・規範や思考・行動様式を変えていくと、その結果、社会全体が変わっていく可能性が生まれてくるのである。(1)空間と時間を超えた共同体としてのバーチャルコミュニティの形成
(2)コンピューターネットワークの中のバーチャルコミュニティ
(3)情報ボランティアのネットワーキング