今日は、太陽が明るく青い空がとてもきれいな日。家にいるのはもったいないので、散歩に出かける。

秋には、すすきや葛の葉で埋まっていた野原も草がすっかり刈られ、ずっと遠くまで見通すことができる。

冬枯れの野もすっきりとしていて美しいものだ。

家の近くには、大きな霊園が二つある。一つは都立八王子霊園、もう一つは宗教法人の経営する東京霊園。

八王子霊園は、みな同じような墓石がずらっと並んで一山を埋めている。でも、ここ東京霊園には、大小

様々な墓が同居している。10畳くらいもある大きな墓があるかと思えば、隣と肩を寄せ合って並ぶ小さな

墓もある。ここでは、死んでからも貧富の差が歴然としてあるのだ。

ここに越してくる前、地図を見て

「隣りにこんな大きな霊園があるなんて・・・。」

と、思ったのだが、この広大な墓地のおかげで周囲の林や野原が開発されることなく残され、四季の自然の

美しさを保っている。また、墓地の中にも木や花がたくさん植えられ、秋には、金木犀の香りが外周道路にも

あふれ、桜の季節には、ふと足を踏み入れてしまう。

いつからか、この墓地は、私の好きな場所の一つになっていた。

 

墓地を歩きながら一つ一つの墓石を見てその人の人生を想像する。

OO千代  七十二歳・・・

夫からの言葉が石に刻まれている。「平和を願う心は、世界の人々の共同芸術・・・」

その夫も今は隣りに眠る。この人は妻を亡くしてから8年の月日を生きてそしてこの世を去った。天国では

懐かしい妻に迎えられたのだろうか。

 

OO童子   十二歳・・・・

70才、80才の没年齢が並ぶ中に、一人、12才で亡くなった子がいる。

この子はずっと病いと闘って生きたのかしら・・・。

それとも突然の事故がこの子を・・・

いずれにしても、周囲の人々を悲しませたにちがいない。この子の葬式にはたくさん目を泣き腫らした人々が

口びるをかんでいたことだろう。

なにより君自身、もっと生きていたかったにちがいない。

 

先妻 キク  四十一歳    後妻 アツ子 七十八歳・・・・

今は一人の男に仕えた二人の女が仲良く眠っている。病身だったキクさんのあとに来たアツ子さんは、先妻の子どもたち

を一生懸命育てたにちがいない。身体だけでなく、心も強くたくましい人だったのだろう。どんな苦労があったのか・・・

 

OO院OO居士  三十五歳・・・・

かわいそうに、この人は、人生まっさかりのときに・・・。

結婚をして小さな子供がいたのかも知れない。まだ若い妻はどんなに夫の死を嘆き悲しんだことか。

 

十字架のついた墓がある。近づくと石に刻まれた文字が目に入ってきた。

「しかし、私たちの国籍は天国にある」 ピリピ書 第3章 22節・・・・

阿佐ヶ谷教会に関わった多くの人々が眠っているらしい。

 

ここに眠る一人一人にあったドラマチックな人生も、今はわずかに残る家族や知人の記憶の中でほんの少し

思い出されているにすぎない。

ここに眠る人々の抱いた憧れも喜びも嘆きも憂いも、今はひっそりと息をひそめ、その上をゆったりと時間が流れ続けている。

この大きく、深い流れの中に一瞬、きらりと光る一人の人生・・・でも、それも次の瞬間には元の流れに飲み込まれて

消えてしまう。

それも いいではないか。

すべてのものが忘れ去られて消えていく。

それもさわやかで いいではないか。

 

 

霊園散歩

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記憶に残る「食」
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