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【2006.8.2】  朝鮮戦争後半戦(1) … 中国軍の介入

 
【中国軍の介入】

 10月26日午前 3:00、温井 Onjyong の韓国軍第2連隊第1大隊に中国軍が夜襲をかけた。

 韓国軍は温井から約5キロ後退した地点で中国軍に包囲され、韓国軍第8師団司令部は熙川 Huichon の第6連隊を温井奪回のため派遣。


温井

(温井)

 掃海作業が終わるのを待機していた米第10軍団5万名が元山に上陸。

 韓国第1軍団は咸興 Hamhung から海岸線を北上し清津 Chongjin に迫る。先陣の第26師団が上通で中国軍第42軍と遭遇。

 偵察行動のために北朝鮮軍に偽装した韓国第6師団第2連隊の第3小隊が、楚山 Chosan 北方約5キロ地点で鴨緑江に到達し、北朝鮮部隊が鴨緑江にかかる浮橋を越え中国側に入るのを確認した。

北朝鮮地図

(北朝鮮地図)

 韓国軍第1師団付米軍事顧問が、中国軍が鴨緑江を超えて北朝鮮に侵入したことは間違いないと語る。

 トルーマンが 「国連軍が中国国境まで進出した。米英豪連合軍が西部地域、韓国軍が中央部と東部を確保している」 と発表。

 10月27日中国が「義勇軍」の朝鮮戦争参加を公式に宣言した。

 韓国軍付属の米軍事顧問団は、中国軍4万が北朝鮮に進出したことを確認。

 第5空軍のスポークスマンが「空中探察によれば、中国軍は氷結した鴨緑江の北部屈曲部西方で渡河、尚続々と北朝鮮に侵入している」と発表した。


中国義勇軍

(鴨緑江を渡る中国義勇軍)

 約2万名の中国軍第38軍が熙川に進出、韓国第8師団は熙川から撤退、楚山に進出した韓国第6師団第7連隊は孤立。

 10月28日、韓国軍第7連隊が壊滅した。中国軍第39軍は清川江まで前進し、雲山 Unsan を三方から包囲。雲山方面を守備していた米第1騎兵師団第8連隊と韓国第1師団第12連隊は退路を断たれる。

 温井の奪還に向かった韓国軍第6師団19連隊と第8師団第10連隊を、中国の第40軍が包囲し殲滅した。

 英第27旅団が大寧江西側高地を攻略、T34戦車10台を破壊。中国軍とは遭遇しなかった。

 長津湖の第26連隊が中国軍と衝突し後退。

 ウォーカー第8軍司令官が、平壤に待機中の第1騎兵師団に鴨緑江進出を指令。

 10月29日朝、楚山に進出した韓国軍第6師団第7連隊が撤退を開始。中国軍第40軍第118師団の一斉攻撃を受け総崩れになる。四散して山中に逃げ込み米軍事顧問3名が戦死、1名が捕虜になった。

 熙川の韓国第8師団が南に向け撤退を開始。中国38軍はこれを追走、蘇民洞まで進出。

 韓国第7師団が清川江上流に進出し、中国軍と激戦を展開するも、夜間に入り崩壊。

 10月30日、第8軍第2軍団は、安州東北方22キロ地点にある軍偶里 kunuri に本部を設営。

 中国軍が雲山北方7キロの地点に至り、韓国軍第12連隊は雲山まで後退。米第5騎兵連隊が雲山の支援に赴く。

 中国軍第42軍が長津貯水池南方に展開し咸興方面に進出を図る。

 10月31日、中国38軍が軍隅里を攻撃。韓国第2軍は崩壊。

 西部戦線の米英連合軍は宣川と亀城を確保、北朝鮮臨時首都である新義州の南方40キロに迫る。北朝鮮政府は中国軍が確保する蓋馬高原の江界に移動した。

 11月1日午後、清川江南方で中国軍が韓国第7師団を撃破し、院里まで進出。

 雲山西方の第8騎兵連隊が、中国軍の奇襲を受けて全滅。

 中国39軍が雲山に総攻撃を開始、迫撃砲とカチューシャ・ロケットによる攻撃の後、ラッパを鳴らしながら白兵戦を展開。雲山の防衛に当っていた米第1騎兵師団第8連隊と韓国軍第1師団第12連隊が包囲される。

 東部方面では、米第17連隊と韓国第1連隊が、豊山北方2キロ地点で北朝鮮軍と衝突。

 11月2日早朝、南に向け撤退中の米第8騎兵連隊が、雲山西南6キロ地点で中国軍に包囲され壊滅。米第5騎兵連隊が救援に向かったものの中国軍の待ち伏せ攻撃に遭い、重大な損害を受け撤退。

 第1海兵師団が長津貯水池西方の韓国第1軍団を支援、中国軍第14師団と交戦。

 日本で国家公務員に対するレッド・パージが始まる。農林270名、国鉄450名、通産50数名が、国家公務員法第78条第3項の「官職に必要な適格性を欠く」として解雇。

 11月3日、泰川の第27大英連邦旅団が博川まで後退し、中国66軍が泰川を確保した。韓国第1師団は軍隅里まで後退。

 長津の第7海兵連隊が第3水力発電所南方で中国軍部隊と交戦。

 東部方面で韓国首都師団が吉州を制圧し清津を目指して北上。豊山の第7連隊は北朝鮮軍のゲリラ攻撃に会う。

 国連総会が、平和のための統一行動決議案を可決。「安保理事会が拒否権によってマヒした場合、総会が侵略阻止のため適切な措置を取る」ことを決定。

 11月4日、韓国第1師団が清川江南方へ撤退。中国軍は軍隅里に進出。第9連隊第1大隊は清川江南方へ撤退。

 この日毛沢東が、中国義勇軍が北朝鮮を支援して戦っている、と発表した。

 11月5日、第9連隊の防衛する123高地が中国軍の夜襲により陥落。

 ウォーカー司令官が GHQ に宛て戦況を報告。韓国軍第6師団は温井以東と楚山以南でほぼ全滅。雲山の第8連隊と韓国軍12連隊もほぼ壊滅。雲山に増派された第5連隊も中国軍により撃破された。韓国軍第7師団と第8師団は甚大な被害を受けた。亀城方面では第24師団と英第27旅団が後退。第8軍全体が清川江以南に撤退した。

 マッカーサーが極東空軍司令官ストラトメイヤー中将に新義州の鉄橋を含む鴨緑江沿岸地帯の爆撃を指示。中国軍の入朝を阻止し、補給線切断を図る。

 マッカーサーが国連に情勢を報告し、「北朝鮮はすでに33万人を失い、13万人が国連軍の捕虜となっている。中国軍7個師団が戦闘に参加しているが、これは国際法に対する史上最悪の侵犯である」、と述べる。

 11月6日、マッカーサーが声明を発表。新情勢が生じた。「外国共産軍」が特権的地域に補給源を持って朝鮮に介入している、と述べる。

 米統合参謀本部が鴨緑江大橋の爆撃を許可。

 11月7日、国連軍が清川江の線まで押し返される。

 国連の朝鮮問題暫定委員会が鴨緑江と満州を戦闘地帯から排除する旨を決議し、中国軍の帰還を促した。

 11月8日、新義州に対する空爆が開始された。B29爆撃機90機に海軍機を加えた100機が新義州から鴨緑江南岸沿いを絨毯爆撃。2週間にわたる延べ1千機の爆撃で、一般市民数十万人が犠牲になった

 11月10日、米国が国連に中国軍の朝鮮撤退を要求。国連は中国の国境を尊重、また米第7艦隊の台湾水域派遣は台湾の中立化を目的とするものである、と強調。

 11月11日午前 9:00、米軍3個師団、韓国軍3個師団、英連邦1旅団は、清川江沿岸の徳川から寧遠にいたる90キロの全戦線で一斉に進撃を開始。第1騎兵師団は中国軍主力の防衛陣地と激突したが、中国軍は後退しながら連合国軍を奥地へ誘き寄せる作戦をとる。

 11月12日米第7師団が中国国境への進撃命令を受ける。第17連隊には甲山の攻撃命令が出された。

 元陸軍長官のゴードン・グレイがトルーマン大統領から委嘱を受け、対外経済政策を検討を始めた。日本の極東における卓越せる工業的地位を考慮し、対日援助を増加する必要性がある、と強調。「もし日本が輸出増加に成功しない場合には、これに援助を与えねばならない」と述べる。

 11月15日、ソ連が、国連空軍が半月間に84回にわたり中国国境を侵犯した、との中国側の抗議を伝えるた。

 11月16日英国国防相が、朝鮮戦争での英軍の戦死者が51人、負傷者が158人に達した、と発表。

 国連安保理が、中国軍の朝鮮撤退に関する6カ国決議案の審議を再開。マリク・ソ連代表は同案に対しては拒否権を行使すると言明。

 トルーマン大統領が記者会見で、米国は中国の領土保全を尊重する意向であると宣言。北京政府が中国軍の朝鮮介入を終結させるようにと要望。



1950-6 1950-11

(左:1950年9月時点 右:1950年11月時点)

 11月18日、米第31,32連隊が豊山から甲山に進出し、第17連隊の後方支援に赴く。第17連隊は三水から鴨緑江河畔に進出するも恵山西方で中国軍の迎撃を受け激戦。

 11月19日、米第17連隊が甲山を制圧し、恵山まで35キロ地点に迫る。この間、米軍の激しい空襲に曝された中国軍は多大な犠牲者を出した。

 南原で北朝鮮軍4万人がゲリラ戦を展開し、247人の戦死者を出した。

 北京放送が、トルーマン大統領の「中国に対する平和的意図の保証」に対し、甘言と恐喝を交えた言葉は信じない、と応えた。

 11月20日、米第7師団が中国国境から8キロの地点に到達したが、中国軍はこれを攻撃せず、睨み合いの状態が続く。

 米軍の一部が鴨緑江岸の楚山に到達。中国軍は前線を後退させ、包囲網に追い込む作戦に出る。

 11月21日、米第7師団第17連隊が鴨緑江岸の恵山を制圧。部隊の一部は恵山鎮付近で鴨緑江に達した。

 韓国軍首都防衛師団が清津南方24キロに進出。ソ連国境へ約77キロの地点に達した。

 マーシャル国防長官の主催で朝鮮情勢研究会議が行われ、

  1. 中国国境に数マイルの緩衝地帯を設ける。

  2. ソ連国境との間に30キロの緩衝地帯を設け、清津以北には進攻しない。

ことが提案されるも、マッカーサーはこれらを拒否。


 11月22日、中国軍が米国兵捕虜のうち負傷者27名を国連軍に引き渡し、「中国軍は米国軍との戦闘を望まない」 と言明。

 11月23日、中国軍第12軍の6個師団が国連軍前線の北20キロまで前進。

 この日、オランダ軍の一個大隊が朝鮮に到着した。

 11月24日、マッカーサーが清川江南の基地を視察し、「クリスマス前に戦闘は終わる」、と語る。中国軍の兵力は正規軍が3万、義勇軍が3万と見積もる。続いて鴨緑江上空を単機で視察飛行した。

 11月25日、米第21連隊が定州に入る。韓国第1師団は泰川で中国軍の激しい反撃を受ける。

 11月26日の深夜、中国軍20万が清川江北方で米第9軍団を攻撃。

 早朝、中国38軍が徳川南方の橋を破壊し退路を遮断、閉じ込められた韓国軍第7師団は26日午後7時に降伏。

 軍隅里・順川間の道路に中国軍が侵入、米第9軍団は側面攻撃の危機にさらされるも、第1騎兵師団が順川に入り徳川への道路を確保、軍隅里に駐屯していたトルコ旅団が、徳川の奪回に向った。

 米第32連隊3千名が長津湖東岸の制圧作戦を開始、西岸の柳譚では第5海兵連隊と第7海兵連隊が第8軍右翼への支援を行うよう指示を受け、中国軍第9軍12万が控える根拠地に突入。

 11月27日深夜、中国軍が韓国軍第8師団を殲滅し、寧遠と孟山を占領。

 西部の戦線で連合軍が壊走。米第2、第24、第25師団が激戦のあと安州まで撤退。第2師団は兵員4千名と装備のほとんどを失う。第23連隊は無傷で西部海岸まで撤退。第25連隊も安州まで撤退。トルコ軍は徳川の西に留まる。

 中国軍が平壤北東50キロ地点に出現、米第1騎兵師団と韓国第6師団が防衛態勢に。

 長津湖東岸の第32連隊が中国軍の待ち伏せに遭い、包囲されて惨敗。マクリーン大佐は負傷し中国軍の捕虜となる。

 神戸市で、検挙された朝鮮人の釈放を求めて千人がデモを行い警官隊1500人と衝突した。

 11月28日、国連軍の全部隊が清川の南に撤退。

 柳譚から西方に進出した第1海兵師団のうち2個連隊が中国軍に包囲される。夜間に白兵戦となり、長津湖南端の下渇隅への血路をもとめる。

 28日夜、中国軍が院里及び寧辺、竜山洞を占領。国連軍は清川江両側の防衛線に追い込まれ、前線を80キロに縮小。

 マッカーサーが特別声明を発表し、「中国正規軍20万人余が大陸方面から国境線を超えて北朝鮮に侵入している。これによって我々は全く新しい戦争に直面するに至った。この事態は遺憾ながら国連軍総司令部の権限では解決できない。国連その他の国際会議において解決の道を見出す他ない」、と述べ、戦闘状況次第では 満州進撃や原爆使用もあり得る、と示唆した。

 アメリカ政府が国家安全保障会議を開催。マーシャル国防長官は会議の後、「自由世界は危機に直面している。国連は断固として立ち向かわねばならない」と語った。

 国連安全保障理事会でオースチン米代表が 中国の朝鮮介入は「明らかに侵略行為である」と非難。安保理に出席した伍修権中国代表は、米国が朝鮮戦争を利用して台湾「侵略」を合理化したと非難し、「朝鮮の情勢については討議しない」、と言明。

 英国政府は満州攻撃を主張するマッカーサーの提案に対して反対の立場を明らかにし、アトリー英首相がワシントンを訪問、次の5点についてトルーマン大統領の意向を質した。


アトリー

(Clement Richard Attlee)

 1. 朝鮮戦況の重大性について。

 2. どのような場合に原子爆弾を使用するのか。

 3. 朝鮮派遣国連軍の今後の行動によって西欧防衛が危険にさらされることはないか。

 4. 米国の動員計画の規模について。

 5. トルーマン大統領は、英国が総動員に着手すべきと考えているか。


 11月29日早朝、林彪 Lin Biao 将軍率いる旧満州の中国軍最精鋭部隊第38軍の5個連隊が軍隅里に西進しトルコ旅団を攻撃。軍隅里以東の国連軍は全て壊滅。清川防衛線の確保は不可能となり順川まで後退。第1軍団は安州・順川・平壤を結ぶ国道へ撤退し、トルコ旅団と第2師団は取り残される。

林彪

(林彪 Lin Biao)

 アメリカ政府が中国軍の反撃を過小評価していたことを認め、議会やマスコミからは、中国に対して原爆を用いるべし、との要求が高まる。

 11月30日トルーマンが記者会見で「国連軍は朝鮮を放棄する考えは全くない。米国は朝鮮における軍事的情勢に対応するため、原爆を含めすべての軍事力を行使する可能性がある」と発言。またマッカーサー元帥について、主として外国筋から非難があるが、自分はマッカーサー元帥を支持する。朝鮮で原子爆弾を使用するかどうかはマッカーサー元帥の責任で判断される、と述べた。

 米第8軍の第2歩兵師団が軍隅里を撤退。さらに二昼夜にわたる待ち伏せ攻撃の中を南へ撤退するも、戦闘能力を完全に喪失。

 長津貯水池の第1海兵師団の第5、第7連隊が撤退を開始、負傷者4千名を空輸。その後さらに4,300名の犠牲者を出すも、その殆どは凍死だった。

 12月1日、中国軍が米第2師団の退路を遮断、英連邦旅団が順川の第2師団救援に出動するがも中国軍によって阻まれる。第2師団は夜遅くに英連邦旅団と合流したが、4,940名が犠牲になった。

 米フェイス機動部隊は南に撤退中、間断なく中国軍の攻撃を受け、さらに米軍機からの誤爆にも遭う。最後に中国軍の総攻撃を受けて壊滅。フェイス司令官も戦死し、生還したのは 3,200名中 385名だけだった。

 米共和党上院議員ノーランドが「米国は中国軍の撤退を要求する最後通牒を発すべきである。もし中国がこれに従わない場合には国連軍が鴨緑江北方に進出しなければならない」、と演説。

 12月2日夜、平壌駐在の国連軍部隊と韓国人行政当局が南へ撤退を開始。

 マッカーサーが外国新聞記者との記者会見で次のように述べた。

 これは 新しい敵による新しい戦争 である。北朝鮮軍が壊滅し国連軍の使命がほぼ終ったときに、新しい侵略が開始された のである。朝鮮において中国軍と国連軍との間に、宣戦布告のない戦争状態が存在している。10万ないし15万と推定される残存北朝鮮軍の再編が行なわれ、中国軍の兵力は約50万人に達している。

 わが空軍は北朝鮮に入っていない中国軍に対し攻撃を加えることが出来ないため威力が発揮できていない現状である。戦術的な地上軍掩護活動は成果をあげているが、これをもって地上軍の劣勢を補うことは不可能である。

 アトリー英首相とプレヴァン仏首相がロンドンで緊急会談を行う。マッカーサー元帥のいう「宣戦されざる戦争」が現実化しないよう、中国と正式交渉をはじめることで意見が一致。アトリーがトルーマンと交渉を行うこととなった。

 【英仏首相会談の合意事項】

 1. アジアの戦争は悪夢であり西欧諸国の軍事力を消耗させてしまう。ヨーロッパとアジアのいずれかを選ばなければならないなら、ヨーロッパこそが第一である。西欧側の体面が幾分傷ついても対中国戦はあくまでも回避すべきだ。

 2. 対中国戦を回避する最善の方法は、満州国境から軍隊を撤退させて中国と朝鮮問題について交渉を開くことである。たとえ中国から挑発的行為があったとしても、中国との戦争は不可避、などと考えるべきではない。

 3. マッカーサー元帥は国連の諸指令の範囲内で行動すべきである。原爆を使用してはならないし、万一原爆を投下すべきだと判断した場合であっても、まず参戦している各国政府の司令部と十分な協議を行なうべきである。


 12月3日、国連軍が平壤を放棄することを決定し、大規模な撤退作戦が始まった。北朝鮮軍ゲリラが平壤郊外に迫撃砲で攻撃を開始。東海岸でも38度線以南への撤退の動き。

 国連軍陸上部隊が興南港から撤退を開始。

 韓国の申性模国防長官が国連に対し、速やかに原子爆弾を使用するよう要請 した。「韓国民は中ソ両国の共産主義の奴隷となるよりは、むしろ原子爆弾で死ぬことを欲している。もし7月初めに原子爆弾を使用していたならば国連軍の損害は遙かに少なくて済んだ。そうすれば共産主義者は敗れ平和は回復していただろう」、と述べた。

 12月4日、東海岸の元山で船舶による大規模な撤退作戦開始。米国兵1,800名、韓国兵5,900名、及び難民7,009名が南に向け撤退。

 米第8軍がいったん平壤防衛線を設定したものの、同日中にこれを撤回、平壤を放棄して南へ撤退することを指示。

 中国義勇軍と朝鮮人民軍の連合司令部が結成される。膨徳懐が総司令官兼政治委員として指揮をとることになった。北朝鮮側からは八路軍に参加した金雄が副司令官、朴一禹が副政治委員となる。

 日本の吉田首相が 「国内治安の確保については現在の警備力で十分だ。再軍備も日本人義勇軍も許可しない」 と述べた。

吉田首相

(吉田首相)

 ホワイトハウスでトルーマン大統領とアトリー英首相とが会談し、アトリー首相が 「朝鮮で原爆が使用されれば世界戦争になる だろう。そうすればヨーロッパにはソ連による原爆の雨が降ることになるだろう。西欧諸国はその軍事力の大部分を中国との紛争に消耗させることはできない」 と述べる。トルーマンはアジアで全面戦争を行なう意図を持たない、と述べた。

 12月5日、北朝鮮のゲリラ部隊が国連軍撤収後の平壌を占拠し、その後に中国軍が入る。同時に膨大な数の亡命者の群れが南に向かった。

 インド及びフィリピン、ビルマ、パキスタン、エジプト、イラン、イラク、レバノン、サウジアラビア、シリア、イエメン、インドネシア、アフガニスタンなど、東南アジアと中東の13カ国が中国政府に対し、「中国軍が38度線でとどまるよう要請する提案」 を発表。

(つづく)