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【懐かしの東海汽船船隊 その2】
あの船引退したの? あいつ、どこにいるんだろう? 最近まで、いたのに・・・ |
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頑張っちゃったアルバトロス |
2003.3.23で勇退したアルバトロス 惜しまれつつも、東海汽船を後にした。 東京湾超高速船配置計画の先駆けとなり、 ジェットフォイル導入後は、稲取航路に戻り、 ジェット故障時には、東京航路応援にかけつける など、頼もしい存在だった。 所属は約3年間 |
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シーガル(初代) |
1979年に「めいさ80」として竣工し 約2年間試験船として、SWATH(Small Water-plane Area Twin Hull)型船のデータ採取、実証を行った後、 1981年7月から、東京ー新島に就航した。 夏季繁忙期後は熱海ベースとなり、 シーガル2(現シーガル)就航までの8年間 初代かとれあ丸と共に熱海の顔となっていた。 |
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在りし日のすとれちあ丸 |
ふりいじあ丸の跡を継いで昭和53年から約24年間 三宅島、八丈島に就航していた。 さるびあ丸2が就航するまで、東海汽船の中で一番長かった船である。 就航当時は、今までのシリーズのデザインとは 掛け離れた東海汽船らしからぬ風貌に 違和感を覚えたが、後に新しい世代のデザインとしてのベースとなった。 |
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黒 潮 丸(初代) |
戦後の海運復興のために建造された28隻組のひとつ。 あけぼの丸と共に昭和22年に造られたが、 容姿は橘丸を意識して、流線型を多用した 「あけぼの丸」とは、全く異なった貨客船型。 無骨なれど、生鮮食品運搬の恩恵を受けて船内冷房をもつ一歩リードした船。 参考文献:日本内航資料編纂会発行 小型客船28隻組 東海汽船80年の歩み |
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菊 丸 |
「80年のあゆみ」なる資料によると1929年(昭和4年)には、 榊丸(98トン) 4.29 清水金指造船 柏丸(98トン) 6.7 〃 菊丸(756トン ) 6.25 三菱神戸 桐丸 (531トン ) 6.25 神戸製鋼播磨 紅梅丸(223トン) 6.29 清水金指造船 小桜丸(98トン) 7.17 〃 藤丸(初代 229d)8.18 〃 萩丸 (229トン) 8.29 〃 の8隻が新造され 昭和天皇が大島、八丈島に行幸された年でもあります。 後の銘船「橘 丸」を出迎えた事でも有名な船です。 |
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