
はじめに
本章では、国民所得決定の理論としての45度線分析をさらに発展させたものとして、IS=LM分析を取り上げる。拡充のポイントは、投資関数の導入である。45度線分析では、投資は所与、すなわちモデルの外から与えられたものとして議論していた。その投資の決定をモデルの中に組み込む。理論的な用語で言えば、投資を外生変数から内生変数に変えるということである。
1.貨幣市場の導入
古典派経済学でも、ケインズ経済学でも、投資は利子率の関数であり、この点では同一である。相違点は、利子率を決定するものは何かというところにある。ケインズの流動性選好理論が議論の枠組みに入ってくる。流動性選好説では、利子率は貨幣の需要と供給によって決定される。ここでは、貨幣の供給は金融政策で政策的に決定できるものと考える。問題は貨幣の需要を決定するものは何かということである。ケインズの流動性選好理論では、それは利子率と国民所得であった。国民所得が決まれば、貨幣の取引動機による需要、すなわち取引需要が決まる。単純化のために予備的動機を無視して考えよう。そうすると後は投機的動機による貨幣需要がどうなるかにかかってくる。それを決定するのは、結局、利子率である。貨幣需要が貨幣供給に等しくなるように利子率が決定される。
ここで議論が循環する。すなわち、因果関係の矢印が一回りした。国民所得を決定するためには利子率が決まることが必要である。その利子率を決定するために国民所得が決定されなければならないということになる。このようになると、因果関係による分析とは異なった手法が必要になる。そこで連立方程式による分析の手法が使われる。これがIS=LM分析である。
2.IS=LM分析
財市場では、利子率が決まれば国民所得が決まる。貨幣市場では、国民所得が決まれば利子率が決まる。この2つの関係を同時に成立させる利子率と国民所得を求める。その分析の手法を数値例を使って実際にやってみよう。
財市場を均衡させるような利子率と国民所得の組み合わせをまず求める。
C=150+0.6Y
I=350−20i
ただしY=国民所得、C=消費、I=投資、i=利子率
と仮定する。 財市場の均衡条件は、
Y=C+I
であった。
代入すると
Y=500+0.6Y−20i
となる。これを整理して、
0.4Y+20i=500
が得られる。これを横軸にYを、縦軸にiをとった図に図示しよう。そうすると右下がりの線が描ける。これをIS曲線と呼ぶ。この線は、財市場を均衡させる国民所得と利子率の組み合わせを示している。この線上の点で、貨幣市場も均衡させる組み合わせを考える。
そのために、貨幣市場を均衡させる国民所得と利子率の組み合わせを考える。その条件とは、貨幣市場の需給が一致していることである。貨幣の供給量は金融政策で与えられる。
M=500
ただし、M=貨幣供給
と仮定する。貨幣需要は国民所得と利子率の関数である。国民所得が増えれば、貨幣需要は増えるであろう。また利子率が上昇すれば貨幣需要は減少するはずである。そこで貨幣需要関数を、
L=0.9Y−80i
ただしL=貨幣需要
と仮定する。貨幣の需給が一致する必要があるのだから、均衡条件は、
M=L
代入すれば
0.9Y−80i=500
となる。これを先の図に図示すると右上がりの線が描かれる。これがLM曲線である。
このIS曲線とLM曲線の2つの線の交点では、財市場も貨幣市場も均衡している。この均衡点が安定なら、その点で均衡国民所得と均衡利子率が決定される。
3.数値例による計算
その値を計算するためには、このYとiを未知数とする連立方程式を解けばよい。普通に解く方法については特に説明の必要がないので、ここでは別の方法を使う。すなわち線形代数を使って解く方法を説明する。内容的には結局同じことをやっているにすぎない。
この連立方程式を行列を使って書くと、付録のようになる。普通の連立方程式とどう対応しているか確認しておいて欲しい。最初の2行2列に並んでいるものを係数行列と呼ぶ。なお、2行1列に縦に並んでいるものを列ベクトルという。このような線形代数の式で書くことの利点は決まった解法があることである。この解法はコンピュータのプログラムにもなっている。以下、なぜそうすれば解けるかということについては、線形代数の本を参照のこと。
まずΔを計算する。これは係数行列の行列式と呼ばれる。括弧になっているのが行列で、それが縦線になっているのが行列式であり、この2つは違うものなので注意してほしい。
行列の1行目1列目をA11と書く。ここでは、たとえばA11は0.4である。2行2列の行列式の計算は、
A11×A22−A12×A21
この行列では行列式は、
0.4×(−80)−20×0.9=−50
となる。
第1列の未知数Yの計算の手順を説明する。まず、係数行列の第1列を右辺で置き換えた行列を作る。その行列の行列式を計算する。
500×(−80)−20×500=50000
その答えをΔで割ればYが出る。すなわち、
−50000/(−50)=1000
それで、Y=1000が出てくる。
次に利子率を計算する。今度は第2列を右辺で置き換える。同じようにその行列の行列式を計算する。
0.4×500−500×0.9=−250
となる。これをΔで割ればiが出てくる。
−250/(−50)=5
ゆえに利子率は5%という答えが出てくる。
この答えが正しいことを確認するために検算をしてみよう。財市場の均衡条件は、Y=C+Iである。C=150+0.6Yで、Y=1000だからC=750。I=350−20iで、i=5だから、350−100=250。C+Iは、750+250=1000で、Yに等しいことがわかる。
貨幣市場では貨幣需要は、L=0.9Y−80iであるから、0.9×1000−80×5=900−400=500で、これは貨幣供給の500に等しい。
検算によって、この利子率と国民所得が、財市場と貨幣市場を両方均衡させることがわかった。これが均衡国民所得と均衡利子率決定のIS=LM分析である。
4.均衡の安定性
次に、このような均衡点が安定であるかどうか見てみよう。そのために、IS曲線とLM曲線に分けて分析する。まず、IS曲線を見る。この線の右では何が起こるか考える。IS曲線の右では財市場は超過供給になっている。利子率が同じ点を比較してみよう。利子率が同じなら投資は一定である。45度線分析から考えて、均衡点より生産量が多ければ超過供給になる。それゆえ生産量は減少する。結局、IS曲線の右ではYは左へ動く。IS曲線の左では財市場は超過需要になり、その逆の動きが生ずる。
次にLM曲線についての分析である。貨幣市場が不均衡な場合を考える。LM曲線の右では貨幣市場は超過需要になっている。その理由を考えるために、やはり利子率が同じ点を比較しよう。LM曲線の右では、国民所得が大きい分だけ、均衡点より貨幣需要が大である。それゆえその分だけ超過需要が生じる。すなわちLM曲線の右では超過需要である。この場合、人々は債券を売って貨幣に変えようとする。その結果、債券の市場価格は値下がりする(利子率は上昇する)。逆にLM曲線の左では貨幣の超過供給が生じている。人々は貨幣を手放して債券を買おうとする。その結果、債券価格は値上がりする(利子率は上昇する)。
均衡点以外ではこのような動きが生ずる。その動きを1つの図にまとめると付録の図のようになる。この財市場と貨幣市場の動きから生ずる変化を合成した動きを考える。そうするとIS曲線とLM曲線の交点が安定であることが分かる。この安定性を数学的に分析することもできる。そうしたとき、この均衡点への収束の過程がさらに明確に分析できる。均衡点への収束に、直接的な場合と循環的な場合があることがわかる。
5.IS=LM分析と財政政策、金融政策
さて、このIS=LM理論を使って分析を進める。すなわち、財政政策と金融政策の効果についての分析ができる。まず、財政政策から考えてみよう。
この場合、IS曲線が問題になる。今、財政支出が100生じた場合を考える。その場合、元の均衡条件式との差を使って計算する。未知数は、Yから、Yの変化分、すなわち、新しいY−元のY(ΔY=Y1−Y0)となる。またiは、iの変化分、すなわち、新しいi−元のi(Δi=i1−i0)と変わる。
右辺1行目は、計算すれば600−500=100、2行目は500のままで変化なしだから、0となる。先と同様に計算して、ΔY=160で、Yは1160になる。同様に、Δi=1.8で、i=5+1.8=6.8となる。
これを図で考えてみる。財政支出の増加によって乗数効果が生じる。45度線分析では、乗数は2.5だから、250増えた。しかし、IS=LM分析では、貨幣市場への影響がある。国民所得の増加は貨幣需要の増加を生み、利子率を引き上げる。その結果、投資が減少し、乗数効果が一部相殺される。
その結果として、国民所得が160しか増えない。財政政策の効果が投資減少で減殺されるのが、クラウディング・アウトと呼ばれる現象である。
もう一つの景気対策の政策手段として、金融政策の効果を分析する。金融緩和として、貨幣量の100の増加を考える。今度は右辺の第1行は変わらず、第2行が100になる。ΔYは40、Δiは−0.8と言う答えが出る。この結果を図で見てみよう。貨幣供給が増えれば、貨幣市場の均衡のためには、これまでより貨幣需要が増える必要がある。そのためには同じ利子率なら取引需要が増える必要がある。同じ利子率の元で貨幣市場が均衡する国民所得は高くなる。貨幣供給の増加は、LM曲線の右へのシフトで示される。LM曲線のシフトの結果、利子率が下落する。そのため投資が増加して、国民所得が増加するのである。
ところで金融政策が効かないケースがあった。それを図示しよう。まず、第1に、貨幣量を増やしても金利が下がらないケース。これは流動性の罠のケースでLM曲線が水平である場合である。第2に金利が下がっても投資が増えない場合がある。これは図ではIS曲線が垂直になるケースである。このどちらの場合も金融政策は無効となる。
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