2003年6月17日
愚劣な「ドイツに学べ」論−戦後処理無効化の強弁


「謝罪」だの「戦後補償」だのが、とっくに清算済みという事実をごまかそうという言い訳として 「ドイツに学ぶべし」と強弁する反日左翼は多い。

「ドイツは日本と違って、真面目に個人補償に取り組んだ」という言い分は、実のところ、とっくに破綻している。
ドイツがユダヤ人に対する個人補償に応じているのは、ドイツが国家倍償を出来なかった代わりであり、 「ナチスの異民族抹殺」という、戦争犯罪とも植民地化とも違うものに対するものである・・・という事で、 国家賠償を済ませた日本に全く当てはまらない「例」であると論証したのが、西尾幹二氏の「日本とドイツ・二つの悲劇」 で、これに対して左翼からは、著者である西尾氏に対する執拗な個人攻撃のみで、有効な反論は全く無い。
むしろ「そんな理屈はどうでもいい。ドイツに対しては被害者が満足し、信頼を回復しているんだ」と・・・。

それはまさに「感情論の肯定」であり、覆いようの無い「論理無視の強弁」を吐いている事実は、 この騒ぎで日本が戦後処理を完遂している事実をさらに上書きした・・・というのが、学問的な結論と言っていいだろう。

こうした感情論をもって、左翼は言う。
「一事不再審の大原則」を無視して「戦後裁判後の訴追」を続けているから、
「言論の自由」を無視して「ナチス的な言論(と称して自国断罪に対する反論)」を取り締まっているから、
「ドイツは周辺国からの信頼を回復した」と・・・。だから日本も同じようにせよ・・・と言うのだ。
これほど「正義と真実」を馬鹿にした話は無い。

「ドイツが信頼を回復した」などという戯言の実態はどうか。

湾岸戦争時、イラクがイスラエルに対してスカッドミサイルを発射し、その弾頭に毒ガスが使われているとして、 大騒ぎになった事がある。
この時、イスラエルでは「ドイツ企業がイラクに売った農薬工場の設備が毒ガス製造に流用された」という、 単にそれだけの理由で「ドイツのホロコーストの再開だ。ナチスの復活だ」などという暴言が罷り通ったのだ。

イスラエルがあれだけパレスチナ人の人権を踏み躙って平然としているのは何故か。
未だに「ナチスの被害者」の看板・・・まさに「歴史カード」の特権を振り翳しているからであり、 パレスチナ人はいわば、ドイツの身代わりとして抑圧されているのだ。そういう身代わりが存在するかどうか ・・・こそが、日本とドイツの違いだろう。
そしてそうした強弁は、その歴史カードを武器とした、パレスチナ人に対する人権侵害を、正当化しているに他ならない。 「ドイツモデル」鼓吹者こそは、まさに中東和平の敵なのだ。

湾岸戦争で空軍を派遣した・・・という程度で「過去に縛られて身動きできず、アメリカに叩かれている日本と、何という違い」 などと、アメリカの不当な日本叩きに便乗し、叩かれている日本を嘲笑し歓声を上げる醜い無知ガキ共。
そこにあるものは、理念もへったくれも無い、無節操な憎悪ゲームの乱痴気騒ぎ以外の何物でもない。
「血を流す」事に至上の価値を置く隷米軍国主義者と、自分達が日本を束縛することで、痛めつけられている 日本の姿に酔い痴れる左翼似非平和主義者とが、手に手を取っての「血祭りゲーム」の醜悪さは、まさに「人間としての理性」 に対する侮辱だ。

実際、ドイツが「日本と違って戦略的な自立を回復した」などという、嘘で嘘を塗り固めた神話は、 今回の米仏対立騒ぎで見事に暴露された。
結局、ドイツはフランスの言いなりになっているに過ぎないのだ。
それはEUの発足に至る「フランス主導のヨーロッパ自立」の流れの中で、一貫して変わらない流れだ。 常にドイツはその経済回復によって得た「マルクの力」を、アメリカに対抗するフランスのために捧げ、 フランスに利用されてきたに過ぎない。

それはまさにフランスが「第二次大戦においてナチスドイツん占領された被害者」として、ドイツに対して振りかざす 「歴史カード」の威力によるものに他ならない。
それを「アメリカから自立しているのだから日本と違って・・・」・・・などと取り違える、 アメリカしか見えない似非国際派の国際音痴は救い難い。死んでも直るまい。
アメリカがドイツを「フランスと並ぶ頑固者」などと、その非協力を非難するのは馬鹿げている。 そんな事を言う前に「ドイツが戦後処理を果たした」事実を認め、フランスの歴史カード支配から開放してやればいいだけの話なのだ。

ドイツは第二次大戦で広大な土地を奪われながら、日本のように、その一部の「返還」を求める事すら許されない。 ドイツ統一に際しては、その「最終的放棄」を約束させられる始末なのだ。
「投降ドイツ兵」と称される、実際は女性や子供を含む百万単位の人たちが、 アメリカの政策による過酷な待遇で実質的に「大虐殺」された事実は、つい最近まで完全に抹殺されていた。
ドイツにおいて、あらゆる「勝者への反論」はタブーだった点で、彼らは常に「歴史的事実から目を背ける」事を強いられていた。 「過去に対して盲目なる者は未来に対しても盲目」というのは、まさに彼らドイツ断罪派にこそ突きつけるべき台詞だろう。
最近になってようやく、そうした歪んだ現実を見直そうという動きが起こり、歴史学の権威ヴァルザー氏の 「道徳的棍棒」という指摘は、それに反発するドイツ断罪利権の旧守派から、あらゆる誹謗中傷を受けているという。
最近のアメリカにおける、現地支社を人質にとった、あの卑劣な「対企業戦争賠償法」だって、立場の弱いドイツを標的に法律をでっち上げ、それを橋頭堡として、日本企業に波及させたものだ。日本人にとっては迷惑な話で、最初から日本企業を標的にして、あの暴挙をなす事は、いくら何でも不可能なのだ。

「日本人と違って戦争責任を果たし、見事に地位と名誉を回復」した筈のドイツ人は、実際は日本人より惨めな立場 にいると言っていいのだ。そして、彼ら似非国際派は、その詐欺宣伝の嘘を突き付けられると、どういい訳するか・・・
過ちを認めて訂正するどころか、逆に開き直り、そのドイツの惨めな立場を「戦争犯罪を犯した当然の報い」として、 「日本も受け入れるべきだ」と強弁するのだ。まさに「勝者の論理」の悪逆下劣ぶりを示す汚物標本と言うしか無い。
ドイツは戦後、東西ドイツに分断され、民族の半分を人質としてソ連帝国支配に引き渡された。その「弱み」に乗じて、 周囲の戦勝国のやりたい放題。ドイツの「ていたらく」は、そうしたドイツの特殊事情による物だ。

しかし、そうしたドイツ人に対して、日本人として同情は禁物だ。
何故なら、ドイツ人が許された唯一の「憂さ晴らし」こそ、「戦後処理の見本」ヅラして日本に説教を垂れ、外道反日・・・戦勝国利権屋の手先として日本叩きのお先棒を担ぐ事に他ならないからだ。

偏向に満ちた日本報道で良識ある人々が眉をひそめる「南ドイツ新聞」の記者ゲプハルトヒールシャーや、 「フランクフルターアルゲマイネ」のウヴェシュミットこそ、そうした醜いドイツ人の見本に他ならない。
原爆を礼賛して「核の脅威からの開放」への願いを侮辱する人非人的暴言。
何の追及もされていないナチス対女性暴力の事実を尻目に「従軍慰安婦騒ぎ」をひけらかす確信犯的無知。
「日本人に教えを垂れる」などという傲慢な態度で、ナチス犯罪と戦争犯罪を混同し、国家賠償を終えた日本にそれをしていないドイツの個人補償を当てはめるという、西尾氏がとうの昔に論破した嘘を繰り返しがなり立てる姿は、まさにナチスの手法「嘘を百回言えば事実になる」という、そのものだ。

「ドイツ東洋文化研究協会」という、明治時代から延々と、牢固な西欧中心対日蔑視主義を推進する組織が現在に至るまで活動し、 戦後は日本の左翼文化人勢力とも結びつき、ドイツ人の憂さ晴らしに奉仕する反日似非論説の震源地となっている。
ここを拠点にした岩淵達治という文学者は、ドイツに媚びて下賜された勲章やら地位やらをひけらかして喜ぶ、最低の似非学者だ。 黴の生えた二流のドイツ礼賛・日本断罪を垂れ流し、これに反論した田中敏氏を、ドイツでのヤラセ強弁会議に誘い込んでハンデ付きに数に頼んで叩くという、最低の猿芝居の醜態まで演じた(諸君99年6月号)。

「ドイツに学べ」というのは、日本の近代史において、現在のものも含めて3回存在する。

その1回目は、日本の近代化・・・特に「大日本帝国憲法」制定に際してドイツの制度を学ぼう・・・という動きだ。
日本と同様に「遅れた国家」として英仏に対抗しつつ、ビスマルク外交と科学の発達で急速に台頭したドイツ帝国。 そこから学んだ結果として、日本は旧憲法に重大な欠陥・・・「天皇の統帥権」という齟齬を抱え込む羽目になったのだ。 これがやがて軍部の独走を招き、日本を破滅へと追いやる「悪魔の鍵」となった事実は誰もが知る事実だ。
当のドイツは、裏では特に皇帝を中心に依怙地な反日主義「黄禍論」を持ち、それをヨーロッパ政界で煽る事で、 自分達の戦略的利益のために、東を接するロシアのパワーを日本に向け、逸らそうという策略に血道を挙げていたのだ。
ドイツ東洋文化研究協会の誕生も、そうしたドイツの戦略とも無関係ではあり得まい。その醜い対日蔑視の基で、 ドイツは戦略のために日本を利用し、裏で日本を叩いた。
しかし滑稽なことに、自由民権を阻む保守派として、日本の精神的近代化の足を引っ張る山県有朋などの軍国主義者達は、 「愛国者」を自称しつつ、ドイツの表面的な成功に眼が眩み、その反日に目を瞑った親独派として、 様々な「ドイツ的後進性」を持ち込み、日本近代化の足枷となった事は「皮肉」では済まされない。

2回目は、ヒトラーの成功に幻惑され、これを「手本」と仰いだ挙句に同盟まで結んだ愚行だ。
「大恐慌」以来の日本と同様、米英による植民地経済封鎖で孤立し破綻した中で、ドイツを立て直すという成果を しかしこれも、当のヒトラーは日本人に対しては、最終的にはユダヤ人と同様に 「ゲルマン人種の世界支配のために抑圧・滅亡させる」対象でしかなかったのだ。
それをまたも「愛国者」を自称する松岡洋右などの軍国主義者が「反日などという小さな事」 として目を瞑って推進した結果、日独同盟はまさに「日本の破局が決定」した瞬間となった。

これらの愚行には、いくつかのパターンが浮かんでくる。
ドイツは日本と似た立場を持ち、同様の困難を抱える。「その困難を見事に解決した」という宣伝によって、 その実際はドイツにある「日本人に対する悪意」に目を瞑って支持し、理性に矛盾する行為に走り、結局、破綻してゆく。

これを見ると、現在の日本の「戦後処理の完遂」という事実に目を瞑り、 「ドイツに学んで徹底した謝罪と個人補償要求を受け入れるのが日本のため」などと強弁する馬鹿どもは、 「天皇統帥権」や「ヒトラー支持」によって日本を敗戦へと導いた過去の愚人たちと同じ道を歩んでいる事は明瞭だ。

ヒトラー政権は、第1次大戦による敗戦の後の「外国との協調」のためのワイマール体制において、 戦勝国によって一方的に課せられた巨額な賠償の重圧・・・、特にフランスの「ルール地方占領」という暴挙によって 暴力的に破壊された経済困難の中から誕生したのだ。
そしてそのフランスの暴挙を支えたのが、ドイツ統一を妨害して破れた「過去の恨み」という歴史カードの悪行だった。
個人が感じる「外国への怒り」を代弁すべきマスコミも政治家も、「民主システム」に反して国民に向け、 無道な外国の鼻息を覗うばかり・・・。その歪みが、ついに爆発したのが「ヒトラー台頭」に他ならない。
つまるところ、ヒトラーとは「ワイマール平和主義」という母親が、フランス反独国粋主義という暴漢にレイプ されて産まれた不幸な私生児に他ならないのだ。

そしてヒトラーは、フランスの悪行に向けるべき怒りを、罪もないユダヤ人に向ける事で糊塗し、ホロコーストをやらかした。 ドイツという「事例」は、日本にとって常に「反面教師」の道を歩んでいる。それは現在も同じだ。

だからこそ、第二次大戦の惨禍の中で、一時的に正気に戻った人類は「ヒトラーを生んだ愚を繰り返してはならない」として、 戦後処理を良識的たらしめようという動きが働いた。
冷静に考えれば、日本はけして不当に「寛大な処置の恩恵を受けた」訳ではない。「目には目を」の古代社会ならいざ知らず、 「与えた被害に比べたら」などという暴論が通用しないのは、近代刑法を見れば明らかだ。
しかも、海外の日本人が根こそぎ奪われた巨額の資産は無視され、アメリカ空襲による国際法違反の民間人虐殺も 日本人捕虜虐待も無視され、さらにあそこまで事態を悪化させた中国での国家ぐるみの日本人排斥、 通州虐殺を始めとする諸々の対日悪行は歴史から抹殺された状態だ。

しかしそんな事実をも「理屈抜きの感情論」でねじ伏せた「敗者への報復」という邪悪な欲望は、 「恨みを抑圧された」という被害者意識を持って徘徊し「日本叩き」となって暴れた。
「皆殺しを免除してもらった恩を感じろ」「敗戦国のくせに経済発展など許せない」などという暴言がまかり通った。
「日本民族」に対するホロコーストの「権利」を主張する彼ら・・・アメリカ・中国・韓国・ヨーロッパのジンゴイスト。 それを代弁する日本の似非平和主義・似非人権派・似非国際派も同じだ。
日本人法律専門家と称する人が「日本という存在を丸ごと絞首刑に処すのが本来の戦後処理。 日本人が生きているのは、裁判抜きの有罪受刑者の保護観察状態なのだ」などと、「人権」も「法論理」 をもあざ笑うようなトンデモ論を吐き散らかすのだから、これはもう「馬鹿は死んでも直らない」だ。

彼等こそ、まさにヒトラーの亡霊。これこそが「対日外圧」の正体だ。
「保護監察中の受刑者」という表現は、ヴァルザー氏がドイツの現状を指摘した言葉だ。先の反日派の主張は日本をも そうした状態に陥れたい願望の現われだ。
反日派は穂積八束や上杉慎吉と同じ過去の「ドイツ派法学者」と同じだ。というか、戦前の「右翼」を支えた法学閥の「転向左翼」と言うのが実態なのかも知れない。実際に彼等は、戦時中にナチス法学が世界を席巻したと称し、後の法律学の基礎と称して、今でもそれが絶対的な権威なのだという主張を「教育刑論」の解釈について、延々と強弁していたのを見た事がある。ナチス法学の矛盾を指摘する事がタブーなのだと言うのだ。こんな奴らが日本の法学界に根強く巣食っているのだから、恐ろしい話だ。
この種の人が「日本の非武装は暗黙の刑罰である」などとトンデモ論を吐いていた(「暗黙の刑罰」って何だ? 「罪刑法定主義」はどこに行った?)が、「平和憲法解釈」の学会における硬直状態も、これなら頷ける。

日本はドイツではない。国家賠償によって過去を清算した日本は、いかなるルールにおいても、いかなる基準においても「保護監察中の受刑者」では有り得ない。だからこそ彼等は、法によって不可能な事を感情と強弁によって成さしめようとしている。

こんな事を許していいのか!

それを腰抜けな政府やマスコミは許してきた。そして、我々「主権者」がその被害を受けてきたのだ。
今、外圧で破壊された日本で、高まりつつある民族主義。 それを「情報操作」で力づくで押えれば全て丸く収まると思う、国際利権屋の傲慢な態度。 しかし、どんな頑丈な容器でも、蓋を閉めて中の圧力を上げていけば、いずれは爆発する。
「日本人はある日突然爆発するから危険」などと彼等は言うが、それはつまる所日本人が、そんなになるまで我慢を続ける 「謙虚な優しい民族」だという事に他ならない。
それを外国人が図に乗って外圧を楽しみ、日本人を侮辱し、やりたい放題やった傲慢さの証ではないのか。
「危険だ」などと自分達の都合しか考えず、そこまで日本人を苛め追い詰めた反省の欠片も無い。 そんな傲慢な暴言を吐く輩に何を言う資格があろうか・・・

遠慮はいらない。日本人よ、もっと怒り、そして受けた被害の事実を突き付けるべきだ。
それが我々の「歴史に対する義務」であり、世界平和のための最良の貢献なのだから。


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