チップ買えよと
半導体協定による押売り貿易。
自由主義の基で実行不可能なはずの「シェア20%の輸入保証」に基く官僚コントロールと市場原理否定が、日本の半導体市場を破壊し、電子産業に大きな被害を与えたため、91年の改訂で強い批判が起こったが、アメリカの強い圧力と「未達成でも制裁はしない」という約束で5年の延長を呑まされた。
その結果、バブル崩壊の93年に制裁をちらつかせた20%の実現要求で、日本企業は当面の使用予定の無いアメリカ製半導体前倒し発注と称して「ドブに捨てるための購入」を余儀なくされ、利益を度外視した自前半導体を放棄せざるを得なくなった事は、日本電子産業の没落を決定づけた。
こうした不平等協定の裏には、通産次官棚橋祐二等と自民党安倍・竹下派などが関与した、業界コントロールを回復するための「日本企業弱体化政策」が、アメリカ産官軍との協調によって画策した事実があった事が明らかになっている。
赤字国債
70年代の景気対策の公共事業垂れ流しで深刻化した累積赤字を処理するための、80年代に入っての「行政改革」だったが、半導体協定に付け込んだアメリカが沖電気に対する露骨な囮捜査で、「約束破り」と称して日本叩きを激化させた勢いで、「貿易黒字を減らすための内需拡大」として公共事業垂れ流し再開を迫られ、財政再建は頓挫した。
さらにスーパー301条で始まった「構造協議」で430兆に昇る公共事業垂れ流しを約束させられ、バブル崩壊後も「内需の下支えで輸出を増やさないために」と公共事業垂れ流し要求は拡大の一途を辿った。
財政規律を気にする大蔵省は親米派とマスコミの連合により「自省の都合で対米関係を犠牲にする」と叩かれ、スキャンダルで抵抗力を失い、歯止めを外された政府累積債務は、今や破綻不可避に近い状態にある。
アメリカを庇い続けた人たち
半導体協定における譲歩に味をしめたアメリカは、89年のスーパー301条や92年の包括協定において、広範な産業で同様の押売り貿易を要求し、クリントン政権では基本戦略にまでなって、貿易摩擦は破壊的に深刻化した。
日本の対米感情は悪化し、押売り拒否の気運は市井に沸騰したが、経済誌などでは多くの親米派論者が「反米はいつか来た道」「日本の利益を主張するのは利己的」「理屈で日本が正しくても主張するな」などとして、一般市民の声を押さえ込んだ。
バブル崩壊の後、こうした譲歩は「無定見な追従が事態を悪化させた」として、譲歩政策そのものを批判する声は多くなったが、その無定見な譲歩を要求した親米論者を批判する記事を、マスコミは出さない。
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